軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

77 歩いて

ついさっき、笑い合った仲だからだろうか。それとも友達の父親だからだろうか。

横たわり冷たくなっているバウェルが、もう二度と喋ることはないと思うと、言いようのない何かがふつふつと湧き上がってくる。

「宰相閣下! この男の控室を捜索したところ、このような物が!」

第一騎士団の騎士と思われる男が二人、“短剣の鞘”を持ってこの部屋を訪れた。

ああ、そういうこと。感付いた俺は、ちらと床に落ちている凶器と思しき短剣を観察した。柄の部分が、騎士の持ってきた鞘とよく似ている。

俺の控室に、凶器と“つがい”の鞘が置いてあったという筋書きか。

ふーん、へーえ、ほーお……。

「現行犯だ! 証拠もある! 即刻この男を捕えよッ!」

宰相が怒鳴る。

それと同時に、数人の騎士がこちらへと迫ってきた。

「アンゴルモア」

俺は手始めとばかりに《精霊召喚》を行う。

なるべく派手に、と。そう念話で伝えたところ、アンゴルモアは赤黒い雷を部屋中に迸らせながら騎士たちの目の前に顕現した。

「ん、なっ!?」

突如として現れた異様に神々しい存在に、騎士たちと、部屋にいる全員が、一歩後退する。

チャンスだな。

「――ひれ伏せいッ!」

俺の考えを理解したアンゴルモアが、間髪を容れずにアレを発動した。

「何だ……ッ!?」

室内にも関わらず、轟々と唸る暴風がそこらじゅう吹き荒れる。“上”から“下”へと。

名付けるなら“這いつくばらせる風”である。初回召喚時に「自分より頭が高い人間がいるのは気に入らない」というだけの理由で発動していた精霊大王特有の謎技術。ちなみに“這いつくばらせる雷”は腑抜けた精霊とその主人にしか効果がないので今回は使用できなかった。

「さて」

俺はわざとコツコツと音をたてて優雅に歩き、潰れたカエルのような姿勢をした宰相の目の前に立つ。

宰相は風を耐えることで精一杯で、思うように身動きが取れていない。つまり……

「よくもまあこんなことができたなお前」

……一方的に、何でもできる。

今頃、宰相は内心では恐怖のあまり失禁していることだろう。しかし決して表に出すことはできない。それ即ち「自分が真犯人です」と自白することと同義だからだ。

「穴だらけだァ。俺がバウェルを殺す意味がよく分からんね。よりによってこのタイミングなのも分からん。控室に短剣の鞘を置いていたってのも分からん。そうだなあ……俺が誰かを殺すなら、真っ先にお前を殺しているぞ? タイミング的には、うん、今か? 鞘も、普通はインベントリに入れたままだろう? ただ、今、この瞬間は、鞘も短剣も必要なさそうだが」

「……ッ……ッ」

少ししゃがみ、顔を覗き込んで言ってやる。宰相は震えで奥歯が鳴る音を必死の形相で歯を食いしばり我慢していた。

「(我がセカンドよ。ここで殺してしまっては、いよいよもってお尋ね者であるぞ)」

「(しかし我慢ならん。足の一本でも持っていってやろうか)」

「(賛同したいところであるが、ことはそれだけでは済まぬ。ウィンフィルドに任せるのがよい)」

「(……まあ、そうだろうけどさぁ)」

腹の虫がおさまらないとはまさにこのこと。

だが「宰相がバウェルを殺した」という明確な証拠がない現時点で宰相に手を出してしまえば、それは「犯行現場を見られて自棄になった」と捉えられても仕方ないだろう。それに、仮に証拠が見つかったとしても、だからといって宰相を殺していい理由にはならない。相手は国王殺しだ。これは、きちんと、公正に、裁くべき事案である。

……身の潔白を晴らすのが先決、か。

「(冷静になってきたわ)」

「(うむ。それでこそ我がセカンドよ)」

…………。

ここは、退く。

決して逃げるわけではない。このクソ野郎を嬲り殺す準備をするため、一時的に撤退するだけだ。

決して負けたわけではない。

決して、こいつに、帝国に、負けたわけではない。

世界一位が、負けたわけではない……!

「皇帝に伝えておけクソッタレ。これがお前の独断だろうが、マルベル帝国の意向だろうが、お前は手を出しちゃあならないものに触れたと」

「ぐえっ!」

俺は宰相の手を掬うように蹴りを入れ、仰向けに寝転がせた。宰相は何一つ抵抗できず、情けなくも俺に腹を見せた状態で風に押し潰された。

「連絡手段、あるだろう? あるよなぁ」

ウィンフィルドが「可能性は低い」と前置きしつつ言っていたことを思い出しながら、喋る。そう、確かこう言っていた。もしもマインの命が狙われたならば、宰相は――

「チーム限定通信だよ。知らないとでも思ったか?」

――帝国中枢の誰かとチームを組んでいる、と。

狙われた相手がバウェルであっても同様である。独断で仮想敵国の国王殺害などできるわけがない。この短期間で、必ず帝国と連絡を取り合ったはずだ。それは即ち、宰相がマルベル帝国と素早い連絡を取り合うことのできる何らかの手段を持っていることの証左に他ならない。

チームの結成など俺に言わせてみれば至極簡単だ。チーム希望メンバー全員がチーム結成クエストを受注して、全員で丙等級ダンジョンを攻略すればいいだけである。宰相が帝国の誰かとチームを組んでいても、何らおかしくはない。むしろ、こんな便利なもの、スパイが活用しないワケがない。

「…………」

どうやら、図星のようだ。宰相は冷や汗を流して黙りこくり、ただ暴風を耐えるだけの不細工なオッサンと化した。

「ほら、得意の通信で皇帝に助けでも懇願してみたらどうだ? スパイがバレてピンチなの助けてぇ~って」

皆の聞いている前で、宰相が帝国の工作員だということを何度も何度も明かす。チーム限定通信の存在も明かされ、宰相は更に動きづらくなったに違いない。中には信じられない者もいるだろうが、少なくとも疑念は植え付けられるはずだ。

その後、宰相を一通りおちょくって、とりあえずの溜飲を下げた。

しかし、まだまだ怒りはおさまらない。

俺はとめどない苛立ちを「フーっ」と息と一緒に吐きだし、皆の方を向いて、別れの挨拶を始める。

「刮目せよッ! 俺は逃げも隠れもしない! この部屋から、この宮廷から、歩いて出ていく! 止めてみろ! 捕まえてみろ! 俺は歩くぞ! 歩いて出ていく! 覚えておけッ!!」

怒りのままに啖呵を切り、俺は全員に背を向けて、一歩一歩、踏みしめるように、ゆっくりと、部屋を歩いて出ていった。

走って逃げるような無様、世界一位には許されない。

ましてや敵の目の前で、そのような無様は。

逃げたのではない。負けたのではない。その証拠に、俺は今、こうして歩いている。

そんな俺の気迫に圧されたのか。

アンゴルモアの風は、とっくに解いているはずなのに。

俺の後を追ってくる者は、ただの一人も存在しなかった。

「ごめんねっ……ごめんねっ……!」

一本連絡を入れてから帰宅するや否や、ウィンフィルドに縋りつかれ、涙ながらに謝られた。

これほど取り乱した彼女は初めて見る。

「ご主人様に嫌われてしまうのではないかと言って、ずっとオロオロしておりました」

傍らでユカリが苦笑いしながら言う。こっちもこっちでいつもの無表情ではないのは珍しい。ウィンフィルドの狼狽っぷりはユカリをこんな表情にさせるくらい相当なものだったようだ。

「大丈夫だ気にするな。お前のせいじゃない」

「でも、第二王子じゃなくて、国王が暗殺される、可能性も、ほんのちょっとだけ、考えてて、こんなことなら」

「違う。防げる防げないではなくて、そういうことをしてくる相手が気に食わないから……少しプッツンしただけだ」

「いや我がセカンドのあの圧力を“少しプッツン”で済ませてよいものだろうか」

アンゴルモアがうるさいので《送還》しておく。余計に話がこじれそうだ。

ビュンと送って、ふぅと一息。ちらっと何気なく横を見ると、シルビアが拳を握りしめてぷるぷると震えていた。

「ゆ、許せん……! 何の罪もないバウェル陛下を殺すだけでなく、セカンド殿を陥れるなどっ!」

「落ち着けシルビア。お前がここで怒ってどうする」

「しかしっ! そのような外道をのさばらせてはおけん!」

「心配するなただじゃおかねえよ。だがその前に俺の疑いを晴らすのが先だ。だからそう怒るな」

なるべく優しく言って、激怒するシルビアをなだめる。でも、俺はこいつのこういうところが好きだ。清々しいほどジャスティスというか、熱血というか清廉というか。他人のためにここまで怒れる人間はなかなかいないだろうと感じる。

えらい剣幕だったシルビアにエコも驚いてんじゃないかと思い様子を見てみると、流石と言うべきか、こんな時でも彼女は実にマイペースであった。テーブルの上に両手を揃えて置き、その上にアゴを乗せてすやすやと幸せそうに眠っている。寝る子と書いてネコと読むとは、本当なのかもしれない。エコよ、 永遠(とわ) に、どうかこのままで。そしてアニマルセラピーとして俺を癒し続けてほしい。

「……すまない、落ち着いた」

そんなことをぼんやりと考えながらエコの寝顔に癒されていたら、シルビアが冷静さを取り戻した。

「だが、かなりマズいことになったな。セカンド殿は現状、国王殺害で疑われているんだろう?」

「ああ。ただマインやハイライ大臣は表情を見るに大丈夫そうだった」

「うむ、そこは心配していない。ただ、宰相や第三騎士団長は真っ黒に違いない。このまま放っておいたら、本当にセカンド殿が犯人にされてしまうのではないか?」

「そうか、奴らに無期限謹慎と言い渡した肝心の国王が死んだわけだからな……」

王国の一大事、とかいって処分を有耶無耶にされそうだ。

国王亡き今、王国の権力者は王族を除けば宰相か大臣がトップだろう。なるほど、あいつはそれを狙っていたわけか。

「――ん、ごめん。もう、大丈夫」

と、ここでウィンフィルドが復活した。俺から離れると、いつものキリッとした美人の表情に戻る。そして、満を持してといった風に口を開いた。

「このまま行けば、内戦になる、かもね。第一王子派と、第二王子派とで」

「そりゃ、つまり、だ。『第一回 王国の使いやあらへんで チキチキ 兄よりすぐれた弟なぞ存在しねぇ! 次の王様はど~っちだ選手権!』ってことか?」

「そう。次期国王を、どっちにするかっていう、派閥同士の、争い。まー、でも、それは特に、問題じゃない、かな」

「……へっ?」

問題じゃない?

「何故?」

「間違いなく、第二王子派が、勝つ。いや、勝たせる。そしたら、セカンドさんの容疑も、自動的に、晴れる」

「ええと……お前がそう言うんならそうなんだろうな。じゃあ、何が問題なんだ?」

「カメル神国」

「あー……」

あったなぁ、そういえばそんな問題。

「む。大変なことに気が付いたぞ、セカンド殿」

「どうした?」

「国王が殺されたことで、カラメリアの規制の話も消えてなくなったのではないか?」

「うわっ! そうだわ。だって俺それ話したのバウェルが殺される直前だもん」

流石に他の人に話している時間はなかっただろう。ハイライ大臣あたりに話していてくれればスムーズに行きそうなもんだが、ハイライ大臣は今それどころじゃないだろうしな。

王国は第一王子派と第二王子派で割れて戦争しようってんだから、カラメリアなんて規制している場合ではない。となると、王国中枢とは別で動ける人間が必要だろう。

「あ。その点に、関しては、私に、良い考えがある。大丈夫」

「おっけー任せた」

「軽っ!? 軽いなセカンド殿」

ウィンフィルドが大丈夫と言うんだから、これは丸投げしていい案件だ。俺は早くもカラメリアについて考えることをやめた。

「……むう。ところで、一つ気になることがあるのだが」

「どうしたシルビア。トイレか?」

「私はシェリィではないぞ!」

「その返しは実に面白いが本人がいないところで言うとただの陰口だ」

「す、すまん、つい……ではなくてだな!」

「気になること?」

「うむ。セカンド殿、どうして宰相を殺さなかったのだ? 護衛も少なかったのだろう? 好機だったと思うのだが」

あー、そうきたか。確かに、当時の俺の気持ち的にも殺したいところだったのだが。だんだんとクールダウンしてきた今となっては、殺さなくて正解だったと思える。

「あの場で宰相を殺せば、国民の大多数が、俺が国王も殺したと思うだろう。それで得すんのは帝国と神国だ」

「む、そうか……では、第一王子派を全て殺せば、どうだ?」

「物騒だなオイ。そりゃアリっちゃアリだろうが、何千人いる? 流石に把握しきれんぞ」

「ではこれから王城へと乗り込んで、セカンド殿が宰相共々皆殺しにすれば」

「ふざけんな! 俺は殺戮マシーンか!」

失礼しちゃうぜ全く。「なあ?」とユカリに顔を向けると「違うのですか?」みたいな顔をされる。えぇ……。

「正直、セカンド殿なら数千人相手に無傷で帰ってきそうだと思うのだが」

「無理無理。魔物数千なら相手にしたことあるけど、人間数千は流石に無理だって」

魔物は行動パターンが決まってるけど、人間は自由に動き回る。どんなイレギュラーが起きるか分からない以上、そこに命を賭けることなんてできない。俺は勝てる戦いしかしない主義なのだ。というか数千人を殺し回るって、そもそも気分的に嫌だわそんなん。

「魔物数千にいささかびっくりだが……では、彼女を使ったらどうだ?」

「彼女? ……あー」

そういえば。一匹、不可能を可能にしそうな存在が思い当たる。うん、まあ、彼女を使えば……

「でもカメル神国が優先だろ。状況的には」

「セカンド殿、否定しないな」

「ご主人様、否定しませんね」

「うるさい。そもそもこれは他人の喧嘩なんだぞ。俺が骨折って解決してやる義理はない」

確かに、と納得するシルビアとユカリ。それよりも俺が数千の魔物を相手に勝てることの方が衝撃的だったようで、二人で何やら盛り上がっていた。

「…………よしっ!」

「ど、どうした?」

すると、急にウィンフィルドが大声をあげた。今日はらしくないことばかりだな。

「私、心を入れ替えた。本気、出すよ。任せて」

どうやらヤル気のようだ。というかこれで今まで本気出してなかったのかよ。怖いわ。

「セカンドさん、大事な確認。何でも使って、いいから。数千人の、兵隊を、ビビらせること、できる?」

それから、更に驚愕の質問を放ってきやがった。

数千人の兵隊をビビらせるだぁ? そんなの……

「俺に任せとけ」

こう言うしかないだろうが!

* * *

「塞翁が馬、で御座いますな」

第一王子クラウスの私室にて。バル宰相は、クラウスへ淡々と語りかける。

「王位継承は嫡子たる殿下で間違いありません。第二王子派が何を申してこようと、毅然とした態度でおりましょう」

「…………」

クラウスは宰相の言葉に、思うように頷けずにいた。

ある一人の女性の言葉が頭から離れずにいるのだ。

「宰相は敵と思いなさい」――たった一言であったが、それはクラウスが今まで築き上げてきた信頼関係を全てひっくり返しかねないほどに強力な言葉だった。

「もし、あちら側が武力行使に出たとて。第一騎士団並びに第三騎士団は我々の手中。敗北はありますまい」

確かに。そう納得しかけ、しかし疑念が遮る。

義賊弾圧の際、クラウスは協定を結ぶことについて何一つ聞かされていなかった。反政府勢力の掃討、そうとだけ聞いていた。それが蓋を開けてみれば、義賊側を陥れる形での協定が秘密裏に結ばれており、加えてその事実を隠蔽しようと公文書の改ざんまで行っていたのだ。

宰相に問い詰めてみれば「殿下を守るため仕方なく改ざんしたのです」と開き直られる始末。言っていることは分かるが、腑には落ちない。そのような状態が続いていた。

そして、更に。義賊R6はマルベル帝国との歩み寄りに邪魔な存在であるから強行的に弾圧したのではないか、と。クラウスは薄っすらと気付きつつあった。

王都に巣食う義賊の掃討は王国のためになると、そう納得して出張った弾圧隊の隊長。しかし、現在の王都は義賊R6がいなくなったことによって、より治安が悪化していた。こんなことなら、無理に弾圧しない方がよかったと。そう思えるほどに。

何故そこまでして義賊を弾圧する必要があったのか。

何ら国益に繋がらない弾圧。むしろ帝国にとって都合の良い政策。よくよく考えれば、今までも、これからも。

それに加えて、セカンドのあの言葉。

宰相はまさか、本当に帝国の――

「では、来る戦に向けての準備をお願い申し上げます」

クラウスがそこまで考えたところで、宰相は部屋を出ていった。

「……チッ……」

舌打ちひとつ、クラウスはひとまず思考を止め、己の仕事へと向かうよりなかった。