軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

63 コミュニケーション

晩飯の後。俺は約束を守るため、使用人用の豪邸の奥、厨房の裏口へと来ていた。

「おう、ソブラはいるか」

「あぁ? こんなクソ忙しい時に誰……っせ、せせせ、セカンド様ぁッ!?」

俺に気付いた料理人の一人が、目玉が飛び出るんじゃねえかってくらい驚いて大声をあげた。それを皮切りに厨房は騒然とする。俺の対応をしたやつは見事なジャンピング土下座を見せてくれた。かわいそうなので立たせてやると、今度は泣き出した。流石に始末に負えない。

「あっ、こりゃ、どうも。お騒がせして」

数秒して、奥からボサボサ髪に無精ヒゲのおっさん料理長ソブラが駆け足で出てきた。

「忙しい時に悪いな。出直そうか?」

「いやいやいや! 行きます行きます!」

ソブラは焦った様子で胸ポケットからタバコを取り出して言う。『カラメリア』……? 聞いたことのない銘柄だな。

「実を言うとタバコは久しぶりだ」

共に喫煙場所まで歩きながら喋る。「この世界に来て初めてのタバコだ」なんて包み隠さずは言えないので、それっぽく。

日本社会では過去にタバコミュニケーションなんて言葉があったらしいが、確かに一服を口実にすれば会ったばかりの相手でも話しやすいものだなと感じる。まあ、俺はこの歳で社会に出たことすらないから実際にその文化がどんなものだったかは知らないんだが。

「そうですか。こいつは良いですぜ?」

ソブラは俺の言葉を聞いて、自慢するように自分のタバコの箱をトントンと軽く叩いた。何がどう良いんだよと思ったが、口には出さない。

「へぇ。まあ、俺はこれって決めてるがな」

「ははは、分かりますよ。そういう思い入れみたいなもんは」

いやいや、むしろ思い入れ以外に何があるんだと言いたい。メヴィオンにおけるタバコは「格好つけ専用アイテム」だ。元々バーチャルなので当然だがタールだニコチンだというものは気にする必要がない。ただ単に「タバコって何か格好良いよね」という人に向けたファッションアイテムなのである。

そんな俺のタバコは『初瀬』だ。さっきメイドに王都のタバコ屋で買ってきてもらった。初瀬を選んだ理由? 名前が何か格好良いからに決まってる。

「さて、と」

「おおっ、初瀬かぁ。渋いですねぇ」

灰皿の置いてある場所まで来て、俺も懐から初瀬を一本取り出して口に咥えた。渋いと言われて少し気分が良い。応答の代わりにニヤッと笑い顔を見せると、不意にタバコの葉の香ばしい匂いがふわりと漂った。あれ、何か違和感が……? まあいいや、火をつけよう。

「――んぇっほ! んげっほ! んほぉおっ!?」

ブッハァ! なんじゃこりゃあ!!

「はっはっは、久しぶりすぎたんですかね?」

ソブラはそんなことを言いながらタバコを吸って笑っている。

……ちょ、待ってくれ。本物のタバコかこれ? 俺は本物のタバコは吸ったことがないからよく分からないが、指に挟んでいるこれが今まで知っていたメヴィオンのアイテム「タバコ」とは全く違う物だってことくらいは分かる。だって喉痛いし、煙いし、臭いし。なんだこれ。えぇ……タバコって本物になっちゃったの?

「……あー、なんか、駄目だわ。体質変わったみたい」

「ありゃりゃ、そうですか」

俺は適当に誤魔化して、初瀬の火をもみ消した。変わっちまったなぁ、メヴィオン。なんだかちょっぴり悲しい。

「ん……? お前のタバコはちょっと違うのか? そんなに臭わないな?」

「ああ、これですか? 今、王都で流行ってる銘柄ですよ」

「カラメリア?」

「ええ、すげぇ上質な煙でね。今までのタバコとは一味も二味も違う。それにグーッと気分が良くなって、やる気も漲るってなもんです」

「そうか。じゃあ漲った分だけ研鑽しろ。そしていつかは俺に美味いメシを食わせろ」

「そりゃあ、ははっ、これ以上ないお言葉です」

「俺としては美味いカツ丼が食いたい。だから庶民派の方向で頼むぞ。でもユカリがうるさいだろうから、貴族らしい気取った料理の勉強をちゃんとしつつ、並行して庶民っぽい料理も頑張れ」

「……なるほど分かりました、俺に死ねと言っているんですね? はは、喜んで死にましょうとも!」

「ははは、まあ気楽にな」

その後、5分ほど色々なことを喋って終了となった。打ち解けられた、と思う。ソブラは昼間話した時よりも明らかにテンションが高かった。

うーん。タバコミュニケーション、侮れん。

「えっと、今日の予定は、午前中にマスターの進捗を、チェック。午後に第二王子のところへ、挨拶に行く。オッケー?」

「おk」

翌朝。朝食の前に、ウィンフィルドから一日の予定を伝えられる。

たった一日ですっかり秘書の位置を手に入れてご機嫌のウィンフィルドだが、一方で今まで秘書だったユカリは無言で恨めしそうにこちらを見ている。怖いから何とかしてほしい。お前のマスターだろ。

「ちゃんと、話し合ったよ」

エスパーはやめろや心臓に悪い……それにちゃんと話し合ってあの様子ならもう殴り合うしかないじゃん。見ろよあれ。うらみ魔太郎かよ。

「……ん、あれ? シルビアとエコはどうした?」

そこでふと気付く。いつまで経っても朝食の席に二人が現れないのだ。

「二人には任務を、言い渡した、のだ」

「のだ……って、何の任務?」

「とある組織に、コンタクトを取ってほしい、的な」

「的な……って、何の組織?」

「んー。まあ、セカンドさんは、知らなくていい、かな。というか、知らない方が、いいかも」

「何それめっちゃ気になる」

組織? ギルドとかか? にしても何故?

「始まるよ。 戦争(ゲーム) が」

ウィンフィルドは俺の目を真正面から見据えて、微笑みながらそう言った。

……ゲーム、ねぇ。こいつにとっちゃ、きっとその言葉通りの意味なんだろう。だが 駒(おれたち) にとっちゃ、きっと違う意味だ。

「俺を使うんだ。圧勝しないと許さないから」

「もっちろん!」

心底嬉しそうに頷く。約半日ぶりに見る、満面の笑みだった。

「ご主人様。こちらが4ヶ月の成果になります」

「どれどれ」

朝食後。ユカリに見せてもらったのは、様々な効果が付与されたアイテム。そう、ユカリはこの4ヶ月間“付与”に挑戦していた。

【鍛冶】スキルである《作製》と《解体》、そして《付与魔術》の3つを高段で揃えて、初めて手を出していい修羅の道。それが付与である。

「こりゃまた……すごいな」

「…………」

つい感嘆の声をあげてしまう。ユカリは無言で無表情のままぺこりと頭を下げたが、その尖ったエルフ耳は「ドヤァ!」という風に屹立していた。自身の成果が誇らしいのだろう。

そりゃ、そうだ。付与というのは、わりと辛抱強い(当社比)俺でさえ避けて通りたくなるくらいの面倒極まりない分野である。

具体的に説明しよう。付与というのは基本的に「付与→解体→作製→付与」の繰り返しである。《付与魔術》は特定のアイテムに“ランダム”で何らかの効果を付与するスキル。すなわち“お目当て”の効果が付与されるまではずっと“失敗”が続くということ。当然、効果を付与できずに失敗することもある。否、その方が多い。そして付与に失敗した場合、もしくはお目当てが来なかった場合、その装備を《解体》して素材に戻し、その素材を使ってまた《作製》し、そこへ《付与魔術》をかけ、失敗し、解体、作製、付与、失敗、解体……とこのように延々と続けていく必要があるのだ。

もちろん、《解体》によって得られる素材は完全ではない。ゆえに《作製》のため素材を買い足す必要があり、失敗すればするほど素材費はかかり続ける。

今回はシルビアとエコがリンプトファートダンジョンから持ってきた素材のみを使って試しに付与をしてみろと指示を出していたため、素材費はかかっていない。その代わり出来上がる付与装備は乙等級のもの。つまりはローリスクローリターン。甲等級の素材でやってみたらと考えると、その厳しさが窺い知れるだろう。

まあ、何が言いたいかというとだ、俺は端からあまり期待していなかったのである。だが……流石は成長タイプ「鍛冶師」というべきか、見事に予想以上の仕事をこなしてくれた。

ユカリが4ヶ月の成果と誇るアイテムは3つあった。

まず1つは『 穴熊(あなぐま) 岩甲之靴』という足装備。リンプトファートのボス岩石亀から取れる素材から作製した岩甲シリーズの靴である。このアイテム名の前にある“穴熊”というのが付与された効果を表す。効果は「着用者のVITが150%」という単純ながら強力なもの。防御系の付与では最上級となる。

次に『穴熊 岩甲之鎧』。これまた穴熊装備である。穴熊の付与された防具は、盾役に実に適している。つまりはエコにぴったりの装備ということになる。

そして最後に『 角換(かくが) わり 甲羅のピアス』。この“角換わり”の効果は「着用者のクリティカル発生率が5%上昇」という、一見してちんけなもの。だが、実を言うとこの角換わり、廃人御用達の付与であった。

メヴィオンの装備は武器・頭・胴・脚・手・靴の6部位に加え、アクセサリを腕・指・耳・首の4部位に装着することができる。合計10部位、その全てに角換わりを付与できたとすれば「クリティカル発生率50%上昇」となる。そう、そこに自身のステータス分を加算すると、なんと「クリティカル発生率100%」が実現してしまう場合があるのだ。と、このように角換わりとは浪漫あふるる付与なのである。

「ユカリ」

「はい」

「最高」

「ありがとう存じます」

もう、最高と言う他ない。4ヶ月で3つも成果を出してくれた。この調子でガンガン付与していってほしい。

俺は穴熊装備2つをエコへ、角換わりピアスをシルビアへ渡してやってくれと頼んでおく。どこか上機嫌に見えるユカリは快く頷いてくれた。

「そうだ、ユカリにも何か褒美をあげないとな」

ふと気付く。シルビアとエコにはあげて、ユカリにはあげないとなると、何か不和が生じてしまうかもしれない。

「いえ。私は既にクソあm、ゴホン、精霊を召喚させていただきましたので」

……既に不和が生じている気がしないでもないが、だとしても処置は早めの方が良いだろう。

「じゃあ付与の報酬だ。日頃から世話になっている礼でもあるぞ。何か希望は?」

「希望……何でも、よいのですか?」

「何でも構わん」

そう言うと、ユカリの目が俄かに輝いた。何か良からぬことを考えている気配をビンビンに感じるが、時既に遅し。

そして、衝撃の発言が飛び出してきた。

「……では、今夜……私の部屋で……あの、お待ちしております」

えー……それは、その…………

「……そういうこと、か?」

思わず聞いてしまう。ユカリは耳まで真っ赤にして俯き、こくりと頷いた。

長く伸びた綺麗な白と紫の混じった髪で隠れてその表情は窺えないが、ちらりと覗くその口元は何とも恥ずかしそうに強張っていた。話の流れとはいえ、相当の覚悟を持って言っていることが十二分に伝わってくる。

そうか。そうだったのか。

女にここまで言わせたんだ。ここで応えなきゃあ男じゃない。

「何があろうと行く」

俺はそうとだけ返して、その場を後にした。

去ったはいいが、そろそろ昼食時。すぐにまた顔を合わせることになる。

……結局、昼メシの味はちっとも分からなかった。