軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

54 狂気とは

狂っている。

率直な感想だ。

我らが初めて一体となった時、我はその“深淵”にほんの少しだけ触れてしまった。

我らは一体。我がセカンドはやり方を分かっていないようだが、実を言えば互いに双方の記憶を呼び起こすことなど造作もない。

しかし。呼び起こし一体となって尚、我には理解が不能だった。

あの何者にも理解の及ばぬであろう深き心の闇が、今、我がセカンドの全身を突き動かしている。

否、我がsevenと呼ぶべきか。

我がセカンドには前世がある――もう思い出せない程の長きに渡り我は精霊大王として君臨し、星の数ほどの者共の一生を垣間見てきた。が、その我でさえ前世を持つ者など見たことも聞いたこともない。我を初めて使役した誉れ高き人間セカンドは、似て非なる世界より来訪せし甚だ特殊な存在であった。ゆえに分からぬ。理解ができぬ。その心の闇を分かってやれぬ。

……だが、これだけは分かる。少なくともこれだけは。

我がセカンドは狂っている。心の在り方が、絶妙にズレている。

我の理解の範疇を超えた記憶を持っているからなのか、何処かがおかしいのだ。

我がセカンドは嬉々として向かっていった。精霊大王の目をもってして到底勝ち得ないであろうと即断できた相手に。

そして今、その暗黒狼を“圧倒”している。

ただの一度も相手から攻撃を食らうようなことはなく、まるで未来を予知するかの如く彼の狼の隙を見抜いては自身の攻撃を当てている。まるで何十寸も先から針の穴に糸を通すような、神がかり的な技を何度も何度も繰り返しているように見える。

有り得ん。一体何を考えているのか? 気になった我は、その心を一度だけ覗き見た。

……後悔した。より理解から遠ざかった。

我がセカンドは、何も考えてはいなかったのだ。

いや、表層では暗黒狼の行動パターンに照らし合わせた最善の対応を考えてはいたが。

深層では……強く、狂おしい、“悦び”を。

我がセカンドは、今を生きていることに悦喜していた。それは思考などという浅はかな行為ではなく、生きているからこそ止めどなく湧き出る制御不能の感情だった。

何故?

スリルを楽しんでいるのかとも考えたが、ちと違う。

我がセカンドは、暗黒狼との戦いに生きる意味を、存在意義までをも見い出していた。そして同時に、この戦いを“遊戯”だと思い込んでいる。いや、ただ思い込んでいるだけではない。もう後戻りできないくらいに信じ込み、その心身に修復不可能なほどに刻み込まれている。ゆえに「遊戯としか思えない」のだ。ゆえに「心身が勝手に悦ぶ」のだ。

――『世界一位』――ふと、思い出す。我がセカンドの悲願。ただ目指しているわけではないと我は知っている。いつか「取り戻す」のだ。その座を。そこに嘘偽りなどなく、我がセカンドは紛うことなき本心から命を賭して世界一位に返り咲かんとしていた。

…………ハッと、する。

もしや、我がセカンドは「遊戯に命を賭けている」のでは……?

遊戯することが生きるということであり、世界一位に君臨し続けることが存在する意義であり、そして……今、今世では、世界一位ではない。

我がセカンドは“自分の存在そのもの”を取り戻す為に、今ここに立っている。

最早どうしようもないくらいに狂いながらも。

たとえそれが誰から見ても勝ち目のない戦いであっても。

精霊大王たる我が想像もつかず理解すら及ばぬ、奇天烈かつ奇想天外な戦法を駆使して、たった一人で戦っている。

「(我が、セカンドよ……ッ!)」

我は心の奥底に熱いものを感じた。

何たる執念! 何たる強靭! 何たる孤独……!

誰よりも強く在ろうと願い、何としても叶えんと持てる全てを擲つ、その孤高で崇高な狂った男に、我は甚く感服した……!

「(我がセカンドよッ!!)」

「うるせぇ黙って憑依してろ!」

応。喜んで、憑依しようとも!

我がセカンドよ、我は、我だけは確と分かっておるぞ。もう独りではないのだ。このアンゴルモア、身命を賭し其の道共に往こうではないか!

「(ハァッハッハッハッハ!)」

「うるせえな!!」

* * *

だいたい1時間くらいか。あんこのHPがやっと2割を切った。

見抜くのは簡単だ。暗黒狼はHPが2.5割を切ると全身から黒炎を迸らせ「バーサクモード」に突入する。入ったタイミングでそれまでの攻撃回数からおおよそのダメージを逆算し、あと何回の攻撃で2割を切るか算出すればいい。

で。テイムの仕方だが、これも簡単だ。突進してきたところに《テイム》を使えばそれでおk。前世であんこをテイムできた時もこのタイミングだった。

「……で、失敗と」

まあ知ってた。

俺はため息ひとつ、インベントリから高級ポーションを6つ取り出して、噛み付き攻撃をスカした状態のあんこに全て投げつける。

ポーションの瓶がバーサクモードの黒炎でパリパリと割れて、飛び散った液体があんこの全身に降りかかった。すると、見る見るうちにあんこのHPが全快していく。

「(よいのか!?)」

「言ったっしょ。この方が効率良いんだって」

「(そういうものか……)」

ぷしゅーという感じであんこが全身に纏っていた黒炎が収まり、唐突にバーサクモードが終了する。心なしかあんこも「え? あれ? なんで?」みたいな顔をしているように思える――が、所詮は魔物。悲しいかな、噛み付きの次は暗黒咆撃という決まった行動パターンに抗えない。

「さぁて振り出しだ」

また8割削る作業が始まる。

1時間か……あの頃の倍以上かかってんなぁ。

まあ、辛抱強くやるしかない。

俺は両手で頬をバチンと叩いて、再びあんこへと向かっていった。

「ぬわー、チカレタ……」

あれから9回半殺しにして《テイム》をかけるも失敗、流石に疲れた俺はテントに戻ってきた。暗黒狼はアイソロイス地下大図書館から外に出ることができないため、追ってくる心配もない。

「十時間もあの化物を圧倒し続けたのだ。疲れぬはずがなかろうに」

アンゴルモアは久々に実体化している。そして疲れを労うかのように俺のコップへ酒を注ぐ。精霊大王に酌をさせる人間なんて世界中探しても俺だけなんじゃなかろうか? そう考えると実に気分が良い。

「これから毎日だけどな」

「……ううむ。今日のような戦闘が続くのならば、毎日でも特に問題はないと思ってしまいそうであるな」

「いや、今日は運が良かった。暗黒召喚のタイミングで虚影を使われなかったからな」

「ほう?」

「人型への暗黒変身からは、暗黒召喚もしくは暗黒魔術へと繋がる。変身中に龍王剣術を準備、ぶち当ててスタンさせてから足に飛車クリ2発でダウンをとる。そうすりゃ暗黒召喚や暗黒魔術を気にせず安全に戦えるが」

「なるほど。龍王剣術をぶち当てる際にあの狼が虚影状態であると、スタンをとれずに暗黒召喚や暗黒魔術を食らう危険が増すのだな」

「そうだ。暗黒魔術はほぼほぼ問題ない。暗黒召喚に関しては影杖召喚から杖術モードならばまあ大丈夫だが、黒炎之槍召喚から最強モードに移行した場合は……」

「……場合は?」

「奥の手を……使わざるを得ないかもなぁ」

* * *

ここは退屈でした。

私はどうしてここに閉じ込められているのか。

埋もれるほどにある本を全て読んでも分かりません。

私が自我を持ってから、一体何百年の月日が経ったのでしょうか。

人間がここを訪れたら話を聞こう、と。そう考えていても、この体が私の言うことを聞いてくれません。

心の奥底から強烈な殺意が溢れ出し、私の体は即座に行動へと移します。

嗚呼、また殺してしまった。

なんと呆気ない命。

誰も私の心を満たしてはくれません。

次こそは。次こそは。

しかし殺してしまう。

どうしようもないのです。

……次第に。私は殺生が楽しくなって参りました。

人間は皆、か弱い。吹けば消えるような命の炎は、とっても大切で、愛らしくて、何よりも尊い。ゆえに、どうしても奪いたくなるのです。壊したくて堪らないのです。そう、この手で。

ほら、もっと粘りなさい。強く賢く生きなさい。己の生命力を誇りなさい。その体が活き活きと跳ねたところを私が刎ねて差しあげましょう。

はい終わり! ……たわい無いものですね。

次はいつ来るのか。どのような命が来るのか。どのような風に死ぬのでしょうか。待ち遠しい、待ち遠しい……。

私の楽しみ。私の全て。私が生を感じられる、唯一の瞬間。

そして。

――来た。ついに。いらっしゃった。私の運命の人。

まるで前世で生き別れた愛しの人であるかのように、私は強い運命を感じました。

しかし体は動き出す。殺害せよと命令が下るのです。どうしても抗えない神の力によって。

嗚呼、嗚呼、嗚呼! 私はこのお方も殺してしまうのですね! なんと……なんと、素晴らしいことでしょう! これほどの愉悦はありません――!

…………!?

不意に、私の身体を甘い痺れが突き抜けます。

それは数百年生きてきて初めての刺激でした。何故。どうして。生命の危機を感じている! この、私が!

くっ……!

手も足も、出ません! この私が! この私がっ! 有り得るでしょうか!? 否! 有り得ない! しかし有り得ている!

ふ、ぅっ……! 痛みが、蓄積していきます! こんな、ああっ、こんなこと、初めてです……!

く……ふ……っ!

……く……くふっ、くふふ、うふふふふふふっ!

生きている! 私は生きている!!

そうか! 私はこの時を迎える為に何百年もの時間をこの常闇に閉じ込められ、このお方に出会う為に暗黒から生まれてきたのですね!

痛い! 苦しい! 気持ち良いっ!!

もっと、もっと痛みを! 苦しみを! 快楽を我が身に! ああっ、素晴らしい!

駄目、死んでしまいそう……! もう、もう終わりなのですね……まこと良き時間でした。最期は貴方の手で絶頂したい。何百年と生きていて初めて抱くことのできた私の夢は、1時間と経たずに叶えられそうです。嗚呼、幸せ……。

………………えっ?

何を……!? 貴方は、貴方は……私を回復させて……!?

こ、このようなことが、現実に! ここは、夢の中なのでしょうか!?

貴方は、まさに、私の理想を具現化したような存在! 貴方のその素晴らしさは筆舌に尽くし難い! 私の運命の人! 私の 主様(あるじさま) ……!

ああ、ああああああっ!

最高! もう、最、高……っ!

…………。

……ふふ、うふふふふっ。

あれから私、無我夢中で殆ど意識がなかったけれど。あの悠久を思わせる快楽の連続は、忌々しきこの体が確りと覚えています。

やっと出会えた。私の主様。

何度も何度も私を甚振ってくださる。今まで私が摘んできた儚き命たちの分だけ私を躾てくださる。痛みを、苦しみを、生の実感を与えてくださる。

主様は、帰っていってしまった。しかし私には分かる。去り際のあの玲瓏たる目は間違いなく「お前を逃がさない」と仰っていた。主様は必ずまたいらっしゃる。そしてまた私のお世話をしてくださるのです。

嗚呼、なんと素晴らしいことでしょう。願わくば、願わくばどうか、主様と共に生きたい。血湧き肉躍る死闘の末、この世で最も美しく尊いその手で私の首を刎ねていただきたい。神よ、この相反する二つの願いをどうか叶えてほしい。

初めて恋を知った少女のように、妄想が溢れて止まりません。主様、主様、主様……いつか、お名前を教えていただきたい。あわよくば、私に名前を付けていただきたい。そして、その手で、この首に……