作品タイトル不明
341 この明け透け、あの娘
* * *
訓練が終わると、大きな拍手が巻き起こった。
騎士達は皆、フジの健闘を称えているのだろう。何度負けようと立ち上がるその姿、さながら悪の大王に立ち向かう勇者に見えていたに違いない。
俺もそう思う。フジ、ナイスよー。
「――セカンド様っ」
すると突然、こんなむさ苦しい訓練所には明らかに場違いな、可憐なお姫様が現れた。
なんと俺の名前を呼んでいるではないか。それも“様”付けで。
「ウィロウさんだっけ?」
「はい!」
あやふやな記憶を頼りに名前を呼んでみると、お姫様はなんとも嬉しそうに返事をした。
「朝早くに失礼いたします。昨夜はご挨拶の途中で申し訳ございませんでしたわ。お詫びに朝食へご招待させていただきたいのですが、セカンド様はこの後お時間ございますか?」
「時間ならたくさんあるぞ。フジのおかげで早起きできたからな」
「まあ、それでは 私(わたくし) はフジ殿に感謝をしないといけませんわ。ふふっ」
ウィロウさんは見るからに上機嫌だった。
昨夜のことはあんまりよく覚えていない。どうせまた俺が失礼ぶっこいたんだろう。そう思っていたのだが、今の彼女の様子を見るにどうやら違ったらしい。
「そうと決まれば、善は急げですわ。ほら、セカンド様、どうぞこちらへ」
「お? っとっと」
一緒に朝メシを食べるとなった途端、ウィロウさんはもう待ちきれないとばかりに俺の背中をグイグイと押してきた。
最初はお姫様然としたお堅い印象だったが、本来はこんな風に無邪気な感じの人なんだな。
しかし、朝メシへの誘いをしつつも俺に予定がないかを確認してきたりと、無邪気な中にも気配りがあって、かつ要求を通そうとする強かさもある。
いずれにおいても、彼女は至って自然体。
なんだか相当に油断ならない相手な気がしてきた。
「……あのように楽しげなウィロウ殿下を見るのは初めてだ」
「私も初めて拝見しました。アウロラ殿下ともよく楽しげにしていらっしゃいますが……」
「それともまた違う。言うなれば…… は(・) し(・) ゃ(・) い(・) で(・) おられる」
「ええ」
去り際、騎士達が何やら困惑した様子で呟いていたが、俺にはよく聞こえなかった。
◇ ◇ ◇
さて、可憐なお姫様に連れられて、俺は中庭の見えるテラスにやってきた。
既に食事の準備はできていたようで、俺とウィロウさんが席に着くや否や、給仕が始まる。
甘そうなパンに、甘くなさそうなパンに、色とりどりの野菜を何種類も使ってそうなサラダ、ベーコンやチーズやスクランブルエッグ、ローストビーフみたいなやつと、ポトフみたいな具だくさんのスープと、フルーツ盛り合わせと、水と紅茶とコーヒーと、あとなんだ、なんかとにかく色々出てきて選り取り見取りだ。
ウィロウさんは全く動じる気配がなく、まるで「いつものこと」とばかりにニコニコしながらメイドが運び終えるのを待っていた。
「では、お祈りをいたします。セカンド様、申し訳ございませんけれど、暫しお待ちくださいね」
「ああ、はい」
お次はお祈りだってさ。
ウィロウさんは胸の前で両手を組んで、何やらぶつぶつと言い始めた。
なんか……すげーや。
ここまで住んでる世界が違ってくると、全く興味なかったけど、逆に興味出てきたぞ。
「お待たせいたしましたわ。それではいただきましょう」
「いただきまーす!」
待ってました。俺は両手をパシッと合わせてから、前のめりになって朝メシにありついた。
「まあ。そんなに慌てなくても、朝食は逃げませんわ」
ウィロウさんは楽しそうにくすくすと笑うと、スプーンをそっと優しく動かして少量のスープをすくい上げ、それはまあなんとも上品にその小さな口へと運んだ。
――ああ、洗練されている。
たったそれだけのことだったが、俺はピンときた。
この感覚……まるで、しっかりと体重を乗せて右腕のバネを上手に使った伸びの良い角行抜刀術の突きのような。
なるほどね。これが、彼女の“技術”なわけだ。
「いいね」
率直な感想を口にする。
「お口に合いましたでしょうか?」
「美味いよ」
「それは何よりです」
料理の味はさておきだ。
「――で、なんの用?」
ただ単に俺とメシを食いたかったってわけじゃないのは、流石の俺でもわかる。
彼女は誘い込んだのだ、“自分のフィールド”に。細部まで行き届いた角行抜刀術の突きのような所作を微笑みながら繰り出せる場に。
彼女が木刀でも持っていればまだ気を抜いて会話ができたかもしれないが、そんな真剣をチラつかされてしまっては、こちらも油断がならない。
さながらアリジゴクとアリである。まあ、そういう戦いも俺は嫌いじゃないが。
「……驚きました。セカンド様は、私を警戒していらっしゃるのですね」
「そりゃあ、いいもん見せてもらったからな」
俺がそう褒めると、ウィロウさんは静かにかぶりを振る。
「このようなもの、恥ずかしいだけですわ」
「そうか? 優れた技術だと思うが」
「私が望んで身に付けたわけではありませんもの。とても誇れるようなことではありません。まるで、施された躾けの自慢をしているような……愚にも付かない所業ですから」
へぇ、今度はこっちが驚いた。
人畜無害そうな顔して、意外と毒づくんだな。
「自分が如何に優れた商品かをセールスする気にはなれんと」
「それがこの国の第三王女に生まれた私の使命ではありますが……セカンド様にはセールストークなどしたくありませんわ」
ヴァリアント王国の第三王女として生まれたウィロウ・ヴァリアントさんは、言ってしまえば、国にとっては商品だ。幼い頃から厳しく躾け、商品価値を上げ、高値で他国や貴族などの有力者へと売り渡し、繋ぎを作る。それは、彼女がこの国に生まれ落ちた瞬間から続く運命のようなもの。
しかし、それが自身でもわかっていながら、まるで唾棄すべきことのように言い切る。
かと言って、その運命に抗おうとしているようにも見えない。
なんだか不思議な人だな。
「ますますわかんねえ。目的はなんだ?」
俺が痺れを切らして尋ねると、ウィロウさんはくすりと微笑んでから口を開く。
「私はセカンド様とお話ししたかったのです。それはもう、清々しいほど、明け透けに」
「明け透けに」
「はい」
俺がオウム返しすると、ウィロウさんはにっこりと笑顔を浮かべて頷いた。
「なんでも明け透けに話してくれるのか?」
「ええ、もちろんですわ」
「王国のこととかでも?」
「はい。では手始めに、私たちヴァリアント王家の現状をお伝えいたしましょう。王国の恥部とも言うべき実態です」
「明け透けと言うか、開けっぴろげだな」
「?」
なるほど、お姫様に下ネタは通じないようだ。
「ヴァリアント王国はマルベル帝国の西に位置する小国です。帝国に比べ、国土は10分の1未満。国力も比較になりません。前帝ゴルド・マルベルの時代にはもう既に、いつ併呑されてもおかしくないほどの力関係でした。もはや属国と言っても過言ではありません」
「アウロラさんも言ってたな。襲撃に関わる物品は全て帝国に持っていかれたと。それで、文句の一つも言えやしない関係ってわけか」
「その通りですわ。しかしそれでも、私たちヴァリアント王国は、ヴァリアント王国として生かされています。それは偏に、ヴァリアント王家にエルフの血が入っているからと言えましょう」
「ああ……なんだっけ、クリアラさん? ゴルドの奥さんってエルフだったよな」
「はい。ゆえに辛うじてエルフ族との繋がりがありました。とは言え、それも何代も前の話です。今は血も薄まり、新皇帝の誕生を以て……とても繋がりがあるとは言い難い状態です」
エルフのクリアラさんが皇妃だったから多少は気を使ってくれていたが、ライトが皇帝になったことでそれももう期待はできないということか。
「しかし皇太后がエルフってことだろ? ライトも一応ハーフエルフだし、まだ繋がりはあるんじゃないか?」
「ほんの気持ちばかりは、あると言えましょう。ですが……シガローネ・エレブニ将軍は、もはや誰にも止められません」
「!」
確かに。あいつ、皇妃がエルフだからと我慢していたことさえ信じられないくらいだ、皇太后がエルフだからと我慢するわけがない。
ライト・マルベル新皇帝の箔付けだとかなんとか言って、ルンルン気分で侵略戦争をおっぱじめてもなんらおかしくないな。
「ゆえに、私たちは求めているのです。新たな、力を持った王の誕生を」
「で、子供が12人全員女の子だったと」
「はい。ですので父は、方針を転換いたしました」
代々続いた男系継承をやめて、女王を誕生させようとしているわけだ。
「しっかし、夢物語じゃないか? 王が変わっただけで一発逆転なんて」
「私もそう思いますわ。恐らくお父様は、新女王を用いて皇帝の正室を狙いに行く腹積もりなのでしょうけれど……」
「女王を用いて? まだ王女として狙った方が良くないか?」
「それでは良くて側室です。みすみす人質を手渡し、ヴァリアント王国は更に悲惨な属国支配から併呑の道を辿るでしょう。王女ではなく女王としてであれば、正室の望みもあり、より待遇の良い両国の統一が望めると、お父様はそうお考えなのですわ」
「まさに夢物語だな」
「ええ、本当に」
ライトが皇帝になる前から積極的に娘たちと仲良くさせておけばまだ辛うじて望みはあっただろうが、それをしなかったということは、まさかライトが皇帝になるだなんて夢にも思っていなかったんだろう。そして、今になって図々しくも動き出し、挙句にこれでもかと欲を出す始末。シガローネがそれを見透かしていないわけがない。
「……きっとアウロラお姉様は、お父様に一杯食わせようとお考えですわ」
「アウロラさんが?」
「はい。私は何も、教えていただけてはおりませんけれど……」
きっと。
そう表現するということは、それが多分ウィロウさんにとって一縷の望みだからに違いない。そして、盲目的に信じている。
ほとんど詰んでいる状況だ。単に父親を計略にはめるだけなら容易いだろう。だが、併せて帝国から一本取るには、どうにも難易度が高すぎる。
もしアウロラさんが全てを諦め、父親の策略に望みをかけたとしても、それは仕方がないことだと言える。何故なら、無茶をして失敗に終わった時、しわ寄せが来るのはヴァリアント王国に暮らす民なのだから。彼女たちの個人的な思想に、国民を巻き込むわけにはいかない。
見るからに聡明な彼女のことだ、そんなことは百も承知だろう。
それでも、きっと――。
もはやウィロウさんは、祈ることしかできない状態ってわけだな。
「アウロラさんしか期待できないのか? 他に何人か姉妹がいるんだろ?」
「……イヴリンお姉様は文武両道で大変に優秀なお方ですが、些か苛烈に過ぎますわ。もし女王となれば、間もなく帝国との戦争となりましょう」
へえ。第二王女は相当過激なようだ。
「第四王女のエルシィはまだ11歳、あまりに幼いですわ」
「そうか」
第四王女も駄目と。
というか、第四王女で11歳なんだったら、第五王女以降は全員11歳以下で駄目じゃねーか。
なるほど、そう聞くと確かにアウロラさんしかいないように思えてくる。
となると、気になってくるのは……。
「じゃあアウロラさんしか期待できないとして、肝心のアウロラさん、身内に命狙われてね?」
「そうなのですわ!!」
ウィロウさんはクワッと顔に怒りを露わにして立ち上がると、それからすぐにハッとして固まり、頬を朱に染めながら「失礼いたしました」と静かに着席した。
「もちろん私の方でも調べてはおりますが、尻尾を掴めるかはわかりません。近衛も気を引き締めてはおりますが、騎士の中に裏切者がいたとも聞きます。全く予断を許さない状態と言えましょう」
「俺になんとかしろと?」
「もしお願いできるのならば、これほど心強い方は他にいらっしゃいません。しかし、これはヴァリアント王国の問題。セカンド様にお願いをするなど、厚顔無恥も甚だしいですわ」
これも目的ではないと。
おかしいな。俺を利用して抑止力を得たいわけでもない。俺を使って謀略を食い止めたいわけでもない。じゃあ、一体なんだってんだ?
「なあ、ウィロウさん。色々と明け透けに話してくれてありがたいんだが」
「はい」
「どうしてこんな話を俺に? 正直、目的がわからないんだが」
重ねて聞いてみる。
「私は、セカンド様と明け透けにお話しがしたいのですわ」
すると、ウィロウさんは同じ回答を口にした。
明け透けに。
確かに明け透けだ。何も隠そうとしていないというか、蛇口が開きっぱなしというか。
父親の狙いについてとか、アウロラさんの画策だとか、イヴリンさんなら戦争になるだとか、言っちゃマズそうなことバンバン言ってら。
そんな垂れ流し状態で俺と話をしたいと。なるほどね。まあ、わかった。目的はわかったが、そうだったとして、じゃあ……。
「なんで?」
単純な疑問である。
ウィロウさんは、俺の問いに暫し逡巡する様子を見せてから、鷹揚に口を開いた。
「とても……とても気さくに話しかけてくださいました。私には初めてのことでした。そして、そんなセカンド様は、誰に対してもそうであって、その本質に目を向けてくださる方なのだと気付いたのです。ですから、私も、少なくとも貴方様には、そうでありたいと思ったのです」
「!」
もっと単純な話だった。
俺が明け透けだから、自分も明け透けになったというだけのこと。
そんな明け透け同士で、明け透けに話しながら朝メシを食おうや――と、ただそれだけのことだったと。
「ははは」
「うふふ」
この娘、面白いな。
「すまんな、国のことばかり聞いちまって。もっと他のこととか喋りたいだろ?」
「いいのですわ。私、こんなに何も隠さず気を遣わずにお話ししたことなどありませんのよ? 途轍もない解放感があって、とても楽しいですわ」
まさにこれを求めていたと言わんばかりの笑顔。
明け透けに話すという、ただそれだけのことが、楽しくて仕方ないという感じだった。
「なあ、メシの前になんかお祈りしてただろ? あれってなんなんだ?」
ためしに話題をがらっと変えてみると、ウィロウさんはなんとも嬉しそうに語り出す。
「幼い頃から教え込まれたウニベルス教のお祈りです。将来的に私がウニベルス教会への影響力を持つために刷り込まれたものでしょう。わかってはおりますけれど、いつの間にやら習慣化してしまいましたわ」
話していて宗教とか信じなさそうだなと思っていたが、なるほど、全部わかっててやってるわけね。
「習慣で、つい祈っちまうのか」
「はい。アウロラお姉様がセカンド様に救っていただいたと耳にした時も、私はお祈りを捧げましたわ」
「何に?」
「ウニベルス神とやらに」
「ははっ」
うける。
「心の内は至って真剣ですわ。不安で、心配で、そして安心して、涙も流しましたもの」
「なんの信仰とかもないけど、いただきますの時に手を合わせちゃうのと同じか」
「そうです! セカンド様はたとえがお上手ですわね」
褒められちった。
「まあ、よかったよ。マジで祈ってるわけじゃなくて」
「それはまた、何故でしょうか? お祈りがお嫌いなのですか?」
「好きではない」
……いや。
「違うな。祈らせるのは好きだが、祈るのは嫌いだった」
「嫌いだった……今は、違うと?」
「……大勢を数え切れないほど祈らせてきた。半面、片手で足りる程度は祈った。だが、とんとご無沙汰だからかな? 最近はこうも思うようになった。誰か俺を祈らせてくれって」
「!」
もう祈るしかないだなんて、嫌で嫌で仕方がないが……久々にそんな状況になってみたくもあるという気持ちが、次第に大きくなってきた気がするな。
「セカンド様にとって、お祈りとはそれほどに重いものなのですね」
「重い……まあ、そうなのかもな。俺にとっては、手段を尽くし切った後、最後の最後にやることだ」
「とても勉強になりましたわ」
ウィロウさんは真面目な顔でスッと目を閉じると、深々とお辞儀をした。
祈りとは、手段を尽くし切った後、最後の最後にやること――顔を上げた彼女は、とても興味深そうに俺の言葉を反芻している。よいしょしているような感じではない、本心からの感心に見えた。
まあ、わかる。好きそうだ。彼女もまた、物事の本質を求むタイプのようだから。
「ウィロウさん。俺さ、道場に興味があんだよね」
「道場ですか? それは、合気術のでしょうか」
「ああ。今にも見に行きたい気分なんだけどさ、フジでも駄目だって」
「なるほど。それは、如何なフジ殿でも難しいでしょう。お父様のお許しがなければ、立ち入りは禁じられておりますから」
「じゃあ、アウロラさんでもウィロウさんでも難しいんだな」
「ええ、お力になれず申し訳ございません」
さて、どうしよう。謁見は明日だ。今日一日、ぶらぶらして暇潰しだなんてあり得ない。
明日に許可を貰えるとしても、今日のうちに下見くらいはしておきたい気分だ。
だが、残念ながら俺は道場の場所がわからん。ウィロウさんがこの感じだと、場所を聞いても教えてくれないだろう。
誰か道場に通ってるやつを尾行でもできりゃいいんだけど、誰が通ってるのかわかんねえ。唯一通っているのを知ってるフジは、俺の護衛をやっている間は道場なんか行かないだろうし。
もう、道場入りを許してもらえるようにお祈りでもするか?
いや、その前に味方を一人増やしておこう。
その後は、今日中に道場を見れるように食後のお祈りだな。
「ウィロウさん、俺に味方してくれる?」
「事と次第によりますわ」
流石、聡明な明け透けお姫様。蛇口はガバガバだが、至って冷静だ。
「お父さんの前で俺が道場見たい入りたいと駄々をこねた時に、味方してくれ」
「……承知しました」
俺の要求を聞いて、ウィロウさんは怪訝な表情で、慎重に頷いてくれた。
こちらを疑っているという感じではなさそうだ。未だ掴み切れないが、アウロラさんへの恩もあり、明け透けな姿勢は好印象、目的はわからないが信じてみよう……そんな感じだろうか?
抱き込もうともせず、味方に付けようともせず、擦り寄ろうともせず、助けを求めようともしない。しかし、俺のことは信じて味方になるときた。
一体、何が彼女にそこまでハマったのか。気さくで明け透けだったから? 本質を見ようとするタイプだから? よくわからないが、一つだけ言えることは……俺も彼女を気に入ったということだ。
「ありがとう。なら、俺も君の味方をしよう」
「! ありがとうございます。とても心強いですわ」
「そして、安心させるわけじゃないが、二つだけ伝えておこう」
「はい」
「俺は帝国の人間じゃない。なんなら一度、帝国中枢をぶっ壊したこともある」
「――っ!?」
俺とウィンフィルドのたった二人のせいで帝国がぶっ壊れたのは、今思い出しても激ヤバだ。何がヤバいって、あの日あの時セブンに化けた俺がグロリアと一緒にアルファの実家を訪れただけで、巡り巡って帝国がぶっ壊れたのである。
まあ、ウィンフィルドにかかれば、国なんて大した相手ではないのだろう。彼女が読みを入れれば、そこはただの盤上となり、俺は彼女の駒となる。俺がウィンフィルドの駒である限り、どのような相手にも敗北はないと自信を持ってそう言えよう。
「もう一つ」
「は、はい」
「ウィロウさん、さっき前帝ゴルド・マルベルと言ってたけど」
「ええ」
「正しくは 前(・) 々(・) 帝(・) だ」
「……?」
「前帝は」
「ま、まさか――」
YES
「俺だ」
* * *
化け物。
いや、己の持ち得る物差しで測り、そう言い表すことさえ烏滸がましい。
ではなんと言えばいいものか。
悪鬼羅刹でももっと可愛いものだろう。
神? 中らずと雖も遠からずか。
私はヴァリアント王国の騎士団長として、単純な武力で言えば最強格を自負してきた。
剣術も斧術も盾術も、あらゆる方に師事し、魔物を狩る地盤を整え、多種多様なスキルと技術を得て、日々鍛錬を重ね、ついには合気術さえもこの身に付けることを許された。
一介の騎士では、まるで相手にならない。
五人同時にかかってこようと、スキル一つの行使で終わらせられる。
確かに、セカンド八冠は強い。
“八冠”とは少なくとも、八種の大スキルについて、その小スキルを全て習得し、その全てを九段に上げているということ。
龍馬や龍王を選り取り見取りに行使できるのならば、確かに彼には勝ちようもない。
……そんな単純に考えていた己が嫌になる。
彼我の差は、そのような稚拙な考えでは到底想像のつきようもないほど隔絶されたものがあった。
ただのスキルの一つも使われず、完封されたのだ。
本気で挑んだ。プライドも何もかも捨て、途中からは殺す気で打ち込んだ。
それでも、何一つ通用しなかった。
何一つだ。
まるで赤子扱いである。
この私が。
一国の騎士団長が。
「――ッ」
壁を殴る。
怒りが湧いてきてどうしようもない。 己(・) に(・) 対(・) す(・) る(・) 怒(・) り(・) が。
何処か舐めていたのだろう。まだまだ考えが足りなかった。見えているものが少なかった。あまりにも、愚かだった。
手札の数が重要なのではない。手札の中身が重要なのでもない。手札を使いこなすこと、それこそが最も重要だったのだ。
多種多様なスキルを覚えることも、強力なスキルを習得することも、それはそれで大事なことではあるが、使いこなせなければ意味がないのである。
セカンド八冠は、とても大事なことに気付かせてくださった。
一意専心……否、彼の場合は八意専心かもしれないが、物事を極めるということがどういうことか、その一端を垣間見れたのは、私の人生にとって非常に大きなことであったと言える。
大勢の騎士たちの前で無様を晒したことも、今思えば私にとって必要なことだったのかもしれない。
騎士団長というポストに納まり、いつの間にか上を目指す気概をなくしていた。そんな私に、鮮烈なモチベーションを与えてくださった。
タイトル戦。なるほど、出ても良いかもしれない。そう思えるほどに。
それにしても、あそこまで完成された技術を持ちながら、更に合気術を習得せんと王国を訪れたのならば……凄まじいモチベーションだ。
ああ、駄目だ。正直に言って、見てみたい。心の底から見てみたいのだ。セカンド八冠が合気術を極めるところを。
あの飄々とした性格の彼は、きっと風心館のシキシマ館長と気が合うに違いない。引き合わせるならそこだ。
今すぐ陛下に嘆願してもよいと思えるくらいには、私はもう彼の味方をしたいと思ってしまっている。
たとえそれが、ヴァリアント王国のためにならなかったとしても……。
* * *
第二王女イヴリン・ヴァリアントは、山心館へと入門を許された七年前から、合気術の稽古を一日たりとも欠かしたことはない。
早朝と正午は、道場に誰もいない。一人で集中して稽古をするにはお誂え向きな時間だった。
それから夕方には、ニシキ館長を含めた山心館の者たちの行う稽古にも顔を出す。
夕方の稽古内容に納得いかなければ、日が暮れてからも稽古を続けることさえあった。
イヴリンは非常に勤勉だった。
この日も普段通り、イヴリンは正午に山心館道場へと足を運んでいた。
体の動かし方、立ち姿勢、座り姿勢、受け身の取り方、突きの入れ方、関節の曲げ方……一人であっても稽古すべきことは山ほどある。
合気術を極めることが、自身を護ることに繋がり、ひいては女王の座へと繋がる。イヴリンはそう信じていた。
ゆえに努力する。誰よりも努力する。
血筋や才能が全てではない。
努力こそが全てなのだと証明するために。
「――誰? 貴方、山心館の人間ではないわね?」
そして、出会ってしまう。
血筋や才能や努力などものともしない、埒外の存在に。
「ここは立ち入り禁止よ。それを知っての愚行かしら?」
警戒するイヴリンに対し、山心館道場に突如現れた キ(・) ツ(・) ネ(・) 面(・) の(・) 男(・) は、不敵に口を開いた。
「いいねえ~!」