作品タイトル不明
325 回転儚い中判定か
彼らは障壁の中で、ただただ呆然とした表情で、眼前に広がる光景を眺めていた。
あんこが《暗黒召喚》によって喚び出した“黒炎之槍”は――3メートル近いリーチのある巨大な槍であり、一振りするたびに黒炎が吹き荒れる凶悪な武器である。
あんこはこれを低く腰に据えて構え、軽々と振り回す。すると、一瞬にして辺り一面が黒い炎の海となり……。
「……凄い……」
ロスマンが思わず声を漏らした。
雲霞の如く押し寄せていた魔物の軍勢が、まるで灰でも吹き飛ばしたかのように一掃されていく。
やつらは全て、《暗黒魔術》の影響でHPが強制的に1にされている。ゆえに、奔出する黒炎にほんのわずかでも触れるだけで死んでしまうのだ。
しかし恐ろしいことは、それだけではない。なんと、この黒炎は5秒間―― 地面に残る(・・・・・) 。
これが、あんこの“最強モード”たる所以。そして、セカンドをして「最強モード突入は可能な限り回避すべき」と言わしめる要因であった。
この地面に残る黒炎は、相手が触れている間、凄まじい威力のスリップダメージを与える。
具体的には、盾術師の亡霊相手ならば9秒燃やせば確殺できるほどのダメージである。
そんな超火力の黒炎を際限なくそこらじゅう広範囲にばら撒き続ける――これを最強と言わずなんと言うべきか。
当然、弱点はある。しかし、亡霊の魔物がそこを見抜いて突いてこれるわけもない。
結果……こうなってしまう。
「もう全部あいつ一匹でええやん……」
ラズベリーベルが呆れ顔で呟いた。
皆、同意という名の沈黙をする。
あんこが槍を振る度に黒炎が迸り、数えきれないほどの敵にえげつないダメージを与え続け、それが何度も繰り返されるうち、放置しておくだけで魔物が次々に息絶えていく。
果ては、あんこによる《龍馬槍術》。前方への強力な遠距離攻撃――まるで火炎放射器のように黒炎が撃ち出され、30メートル先の魔物まで一気に焼き尽くす。
「味気のない」
あんこは退屈そうに一言呟くと、視線を奥へと向ける。
そこには、錆色の巨人の姿があった。
「うふ」
微笑む。その見上げるような巨躯に、少しばかりは殺生の手ごたえがありそうだと、期待が生まれたのだ。
「!」
あんこが突如として消える。
――次の瞬間、錆色の巨人があんこの《龍王槍術》によって吹き飛ばされ、ダウンし、火だるまと化した。
「そうか、転移……」
戦慄とともに、ロックンチェアが呟く。
そう、あんこは《暗黒転移》を使用し、錆色の巨人の影へと転移したのである。そして、背後から《龍王槍術》をぶちかましたのだ。
あんなに恐ろしい攻撃を連発する相手が、瞬間移動してくる。ロックンチェアは、そう考えただけで恐怖に足がすくんだ。
それから、心底安心した。味方でよかった、と。それは、この場にいる全員が同じ思いであった。
「皆、邪魔にならんように隅っこでやろか……」
ラズベリーベルの卑屈な提案に、皆は苦笑して頷いた。
◇ ◇ ◇
「マサムネ! 1on1よ! 気合い入れてネ!」
「うん……!」
帝都マルメーラ東地点。
錆色の巨人と亡霊の軍勢が湧いた瞬間、零環はマサムネへと即座に指示を出した。
つまりは、錆色の巨人と一対一で戦い、あわよくば“ガチ瀕維持”をして無力化してしまおうという意味である。
当然、ぶっつけ本番だ。準備段階でテーブルHの可能性は考慮していたが、そこまで焦点を絞って訓練する時間はあまりにも足りなかった。
「ほう! 弓兵が出たか」
亡霊の軍勢を見渡して、ミロクが思わず声を漏らす。
ついに来た、と。 魅せる(・・・) 時が来た、と。心が躍ったのだ。
「アカネコ、余をよく見ておれ」
「はい」
遠距離攻撃の克服――これは、ミロクがセカンドから出されていた大きな大きな課題である。
阿修羅という魔物の特性として、ミロクは抜刀術以外のスキルを習得することが難しい。【吸収】スキルによって【抜刀術】以外のスキルをメインとする対象を取り込んでしまえば、今まで千年かけてコツコツと育ててきたステータスとスキルランクがリセットされてしまうからだ。
ゆえにミロクは、「遠距離攻撃スキルには遠距離攻撃スキル」という至極当然の対応ができない。
【抜刀術】にも遠距離攻撃はあるが、それは準備に時間のかかる大技の《龍馬抜刀術》と《龍王抜刀術》の二つのみ。
では、一体どうやって遠距離攻撃に対処するというのか。
それは――。
「……???」
アカネコは、首を傾げざるを得なかった。
突如、何故だかミロクが 全力疾走(・・・・) を始めたからだ。
「!」
そして、すぐさま考え直す。理に適っていると。
素早く移動し続ける相手には、基本的に遠距離攻撃を当て辛い。それは、距離が開けば開くほどそうだ。距離のあるうちの移動を全力疾走で行うというのは、確かに対策になっている。
ただ、疑問は残った。
それだけなのだろうか?
「……否」
アカネコは首を横に振る。ミロクがその程度のことで観戦を指示するわけがない。
ミロクが前線へと到達し、剣術師と盾術師の亡霊と戦闘を始める。
しかし……一向に、対策らしい対策は出てこない。
ミロクは次々に亡霊の軍勢を薙ぎ倒す。
その間、今にも弓を射られそうで、アカネコはハラハラと見ていた。
だが、なかなか射られない。
何故か。
「!」
アカネコは気付く。
ミロクは、弓術師の亡霊からの 射線(・・) を常に気にして立ち回っているということを。
必ず、剣術師か盾術師の亡霊が遮蔽となるようにして、弓術師の亡霊との間に置いて戦っているのだ。
なるほど、これが抜刀術師の遠距離攻撃対策か……と、アカネコが納得しかけた瞬間。
「――!?」
信じられない光景が飛び込んできた。
ミロクが壁となっていた亡霊たちを倒し切り、遮蔽がなくなった直後、弓術師の亡霊が矢を放つ。
その時、ミロクは――《香車抜刀術》を準備していた。
周囲に敵もいないのに何故? その理由がわかる前に、矢がミロクへと到達する。
「!!」
……そして、 それ(・・) は起こった。
「当たって……いない……!?」
アカネコは目を疑う。
今、確実に矢がミロクの体を貫いていた。
しかし、ミロクはまるで透けるようにして、《香車抜刀術》の移動によって矢を通り過ぎていったのである。
何が起こったのか? アカネコは理解が追い付かない。
「愉快愉快! 何度やっても気分が良いものだ」
ミロクはカラカラと笑って上機嫌である。
精霊界にて零環より習ったこの技術を皆の前で披露できて嬉しいのだ。
「ミロク様、その技は一体……!」
「知りたくば余が教えて進ぜよう。その前に、先ずはこの雑魚共を掃除せねばならんか」
「承知!」
アカネコは教えてもらう約束を取り付けて、臆することなく前線へと突っ走っていった。
ミロクは教えるなどと言っているが、実際に原理を理解しているわけではない。ただ やり方(・・・) を知っているだけである。
これは、所謂“フレーム回避”と呼ばれる鉄板テクニック。
精霊界にて、ミロクに教えを乞われた零環は、こう言った。「遠距離攻撃の弱点は、 判定の短さ(・・・・・) ヨ」と。
ミロクは全くもって意味がわからなかったが、何度も何度も訓練するうち、体で理解した。
つまりは、《香車抜刀術》の移動中にあるほんのわずかの無敵時間と、遠距離攻撃が体に到達した瞬間をピタリと合わせる。こうすることで、単発の遠距離攻撃であれば無効化できる、と。
あんことミロクの二対一でセカンドに挑んでボロ負けした時から、来る日も来る日も訓練を続けて身に付けた、ミロクのとっておきの遠距離攻撃対策であった。
「おぉーっほっほっほ! ついにわたくしも奥の手を出す時がきましたわ!」
「ついにヤっちゃいますか~、我々も」
「やっちゃいますわーっ!」
一方、シャンパーニとコスモスは、再び二人一緒に前線へと繰り出して、何やら新たな戦法を行おうと画策していた。
「変身ですわ!」
まず、シャンパーニが《変身》する。
コスモスは変身していない。二人のうち必ずどちらかが変身している“変身維持”を行うようであった。
そして前線へと到達すると、コスモスが《銀将杖術・払》《風属性・弐ノ型》の複合魔杖術で、なるべく多くの魔物を攻撃して釣る。
「こっちこっち~」
すると、コスモスはお尻をぺしぺしと叩いてから逃げ、魔物を挑発した。その効果ではないが、逃げるコスモスめがけて集まってきた魔物は、次第に密集していく。
そこへ、シャンパーニが《桂馬槍術》《火属性・参ノ型》の複合魔槍術を放った。
前方へ飛び上がって空から叩きつける跳躍攻撃に、火属性魔術の爆発が加わって、魔物たちの群れのど真ん中へと風穴を空ける。
コスモスからシャンパーニへとターゲットを切り替えた魔物たちは、シャンパーニを取り囲んで一斉に襲い掛かるが――。
「練習通りですわっ!」
シャンパーニの《角行槍術》による円形の薙ぎで、ぐるりと一回転、周囲の全ての魔物がバッサリと斬られて息絶えた。
「ぅちらマヂ最強~ってカンジ!?」
「なんなんですのその口調……」
実際、とても良いコンビネーションであった。しかし、性格は似ても似つかない。
「やはり、この射程勝ちを狙うという作戦、見事に刺さっている」
「ええ。でも、少し苦しくなってきた気がしない?」
「セカンド八冠の仰った通り、ということですか……」
「そのようだ。私は少し前に出て魔弓術で火力を出す。二人はこのまま続けておくといい」
「はい」
アルフレッドとミックス姉妹は、変わらず超遠距離からの狙撃で弓術師の亡霊を主に処理していた。
しかし、これまでの湧きと比べて、次第に処理スピードが追い付かなくなってきている。
セカンドは、火力の出せるアルフレッドが射程勝ちだけを狙っていてはもったいないと14時の視察時点で指摘していた。現在、その通りの状況となっている。
アルフレッドは魔弓術の射程まで前進し、敵の密集しているところを狙って最大火力をぶっ放す。
「縁の下の力持ちというのも悪くない」
前線で活躍する皆と比べるとどうしても地味なポジションだが、間違いなく役に立っている。その確かな手ごたえが、アルフレッドのモチベーションをぐっと上げていた。
「――馬鹿者が! 油断をするなッ!」
「!?」
シガローネの一喝。
次の瞬間、アルフレッドのもとへ一本の矢が飛来する。
届くのか!? ――と、アルフレッドは驚愕に目を見開いた。これまで出てきた遠距離攻撃をする敵よりも、明らかに射程が伸びていたのだ。
「っ……! あぁ糞!」
シガローネが風の精霊ジルを《精霊召喚》し、対処しようとしたところへ……《飛車槍術》の突進でナトが現れる。
「……私の方が近かったので、つい」
アルフレッドを突き飛ばし、代わりに矢の一撃を受けるナト。
「っ、すまない! 無事か!?」
アルフレッドが起き上がり、慌ててナトの様子を見たが――。
「ご心配なさらず。忍耐力には定評があります」
ナトは顔色一つ変えず、腕に突き刺さった矢を引き抜くと、ポーションをぐいっと飲み干し、颯爽と去っていった。
「おいナト! 貴様よくも私が出した精霊を無駄にしてくれたな! どう責任を取る!」
「ご聡明な閣下ならば、次なる一手をもうお考えでは?」
「考えた上でなじっておるのだ!」
「存じておりましたが、酷い性格だ……」
「聞こえているぞ! 貴様は減給だ!」
「今は宰相閣下ではなく将軍閣下であることをお忘れですか?」
「終わったら覚えておけ!」
前線で大量の魔物と戦いながら、言い合う二人。
もしもナトの助けが間に合わなければ、アルフレッドのVITではかなりの大ダメージを負うところであった。
二人はまるで「気にするな」とでも言うように、アルフレッドをあからさまに無視している。
気持ちの良い方々だ……と、アルフレッドはそう感じ、足に力が入った。
まずは慎重に敵の射程を見極める。愚かにもその確認を怠った。
焦らず、油断せず、着実に火力を出す。そうして皆を援護すれば、きっと乗り切れるはず。この頼もしい仲間と共にならば、きっと。アルフレッドには、そんな確信があった。
……誰よりも矢面に立たされている 彼女(・・) が、今や窮地に立たされているとも知らずに。
「 OMFG(なんじゃぁこりゃあ) 」