軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

318 丁寧て?

ワンドを装備した状態での【魔術】の行使は、少しばかり特殊と言えた。

使用感もそうだが、何より射程距離が延び、詠唱時間が縮まり、硬直時間が長くなるという三点は大きい。

このワンドを使いこなす上で、「地打ち」と呼ばれる必須の技術があった。

ワンドは武器装備による威力減衰を受けずに【魔術】を扱える武器であり、同時に【杖術】を扱うこともできる便利な装備である。

また、特定の魔術系スキルの使用後には近接系の単体攻撃スキルへと硬直時間を短縮してコンボを繋ぎやすいという特性もある。

これを利用して、特定魔術の使用後に一度《歩兵杖術・打》を発動して地面を打つことで、硬直時間を極端に短縮することができるのだ。

「ちゃー、しゅー、めん……ちゃー、しゅー、めん……」

ムラッティはセカンドに習ったリズムでぶつぶつと呟きながら、《風属性・弐ノ型》《火属性・参ノ型》《火属性・参ノ型》《相乗》を恐るべき早さで連射していた。

【魔魔術】を発動し、杖の先で地面をこつんと突いて、またすぐさま詠唱し、発動する。

まるで伍ノ型を息継ぎなしに辺り一面へばらまいているような火力で、魔物の軍勢を蹂躙していた。

「あーっす……あー……すっごい……」

ムラッティは恍惚の表情で声を漏らす。

もはやワンドの虜であった。

「……気色悪いわね」

そんなムラッティの様子を白い目で見て、ヴォーグが口にする。

一時間以上も一人で魔物の対応をしていたヴォーグは、しかし欠片ほどの疲れも見せず余裕の表情だ。

事実、大して消耗はしていなかった。《精霊憑依》と《変身》という二つのバフを切らさずに戦うことで、ステータス的にも精神的にも余裕を持っていられるのだ。

「ぼーぐ、よろしーくれっと!」

「はいはい……シークレット?」

呆れるヴォーグに、エコが「はやくはやく」と催促する。

ヴォーグはエコの独特な言葉遣いに小首を傾げながらも、準備を始めた。

その準備とは―― 爆発ジャンプ(・・・・・・) 。

プロリンダンジョンの隠し部屋へと飛び上がる際に使用した小技だが、今回は一味違った使い方をするようである。

「ほないくよー」

エコがラズの影響か関西弁のような掛け声を発すると、《飛車盾術》の突進を発動した。

十分に加速したところで、エコはスキルキャンセルと同時にジャンプをする。

「ほ!」

空中で《桂馬盾術》を準備し、くるりと後ろを向くと……そこへヴォーグが放った《風属性・壱ノ型》が飛来した。

盾飛の加速が乗った状態で、盾桂のノックバック効果が加わり、エコは斜め45度で投石のように飛んでいく。

そこへ、ヴォーグから追加の《火属性・参ノ型》が撃ち込まれ、エコが《金将盾術》で弾くと――。

「っぴゃほーーーっ!」

盾金のノックバック効果で更に加速し、エコはまるで砲弾のような速度で敵陣へと突っ込んでいった。

落下地点は、魔物の軍勢のど真ん中。最も魔物が密集している場所である。

エコは着地と同時に《龍馬盾術》を発動。強化防御+全範囲攻撃のスキルだ。巨人の魔物たちは一気に15体ほどエコへと殴り掛かったが……盾馬の強化防御効果で、エコはビクともしない。

そして、全範囲攻撃が発動する。バゴッという鈍い音と同時に、エコへと群がっていた巨人たちが全身バラバラになって吹き飛んだ。まるで中心で爆発でも起きたかのような惨状であった。

次いで、エコは《飛車盾術》を発動すると……暴走したトラックのように巨人たちを次々に弾き飛ばしていく。

盾飛の突進中でさえ、巨人を確殺できるほど火力が出ていた。突進後のフィニッシュ攻撃など五体以上の巨人を巻き込んで倒している。

明らかなオーバーキル。必要以上の火力が出ていた。

そう、今回のスタンピードのキーポイントは――【盾術】。

ファーステストの面々へと配布された全身“穴熊”装備は、VIT強化の効果を持つ。

そして【盾術】は、VITが火力へと直結するスキル。

つまり、まだステータスを思うように上げられていない者でも、穴熊装備の効果によって十分な火力を出せるスキルが【盾術】なのである。

「ふー。いっちょあがり?」

周りを見渡して、一言。エコは《回復・小》で少しばかり減った自身のHPを回復する。

数分間暴れ回っただけで、エコの周囲に巨人の姿がなくなった。

【魔魔術】を恐るべき早さで連射するムラッティ、敵陣の中心で暴れ回るエコ、二人をサポートして全体を見渡すヴォーグ。

そう、この三人の殲滅するスピードが、魔物が湧くスピードを圧倒的に上回ったのだ。

エコは、白い羽織に付いた土をぽんぽんと払うと、再び湧いてきた巨人の魔物に向かって盾を構えた。

テーブルHは、別名「亡霊兵団」。出現する魔物は、全て“亡霊”である。

ゆえに、魔物の体から血は出ない。絶命すると、全身が土のように崩れ落ち、砂のように散って無くなるのだ。

三十分もすると、エコの羽織は土で汚れ、純白から茶色になってしまった。

これが、セカンドと出会ってからずっと続いている、彼女の仕事であった。

皆の壁……つまりは、泥を被る役割。

かつて王立魔術学校でいじめられていた頃も、こうして全身を土で汚したことがあった。

あの頃と、見て呉れは何も変わっていない。

しかし、ただ一つだけ違うとすれば――。

「きゃはーっ!」

――今の泥だらけの彼女は、心の底から楽しそうに、満面の笑みを浮かべているということだ。

◇ ◇ ◇

「あ、リンリンはんこっち来たんや」

「ラズ君、寛ぎ過ぎでは」

「リラックス重要やん?」

「それにしても、耳掃除って……」

「迷走神経刺激で副交感神経優位にするんやで~」

「……流石は大卒ですね」

「まだ卒業してへんけどな~」

ビターバレー南。

折り畳み椅子に腰かけて、目にはサングラス、左手には飲み物、右手には耳かきを持ってゆったりと観戦しているラズベリーベルのもとをリンリンが訪れた。

このリラックスは、ラズベリーベルの試合前のルーティーンである。

彼女も彼女で、だらけ切っているように見えて、しっかりと 本番(・・) へ向けての準備をしていた。

「それにしても、この世界の人たちは、なんちゅうか、慎重っちゅうか、いちいち丁寧やな~」

そして、サングラス越しに見つめる観察眼は、少しもだらけてなどはいなかった。

視線の先には、シェリィ、アルファ、ベイリーズ、リリィ、ヘレス、ロスマン、ロックンチェアの姿。

ラズベリーベルは、中でもヘレスとロスマンとロックンチェアの三人に注目していた。

「いや、命がかかっているからでは?」

「そらそやけど」

リンリンの指摘はもっともである。

ゲームの頃とは違い、実際に命がかかっているのだ。命のかかっていない者の動きと比較すれば、丁寧になって然るべきと言えた。

「リスクを取らな過ぎんのも、考えもんとちゃう?」

「……まあ、それはそうですが」

丁寧なことは良い面の方が多いが、悪い面もある。

特に、火力が必要になってくる15時以降の戦闘には、ある程度の大胆な動きは必要になってくる。

悪く言えば、彼らは縮こまってしまっていた。

練習ではできていた大胆な動きも、本番では慎重になるあまりできていない。

つまりは、 無駄に丁寧(・・・・・) なのだ。

どうしたものかと、ラズベリーベルは考える。

すると――。

「あ、あの、皆さん、えっと、随分、丁寧だな~と言いますか、その、こ、腰が引けてしまっていると言いますか……」

声は物凄く小さかった。

しかし、ラズベリーベルとリンリンという“一流プレイヤー”が思っていた通りの懸念を、アルファがビシリと指摘したのだ。

彼女にとっては言い辛いことだったのか、眼鏡で表情はわからないが、誰よりも縮こまりながら、とても申し訳なさそうに口にした。

ただ、彼女の動きは微塵も縮こまってなどはいない。前線で《風属性・伍ノ型》を吹き荒らしながら、接近してきた巨人の魔物を《飛車体術》で殴り飛ばしていた。

アルファは所謂「殴り魔」として自身の役割を果たしている。

最高のパフォーマンスを発揮するには、それぞれがそれぞれの役割を果たさなければならない。慎重であるあまり、丁寧であるあまり、役割を十分に果たせないようでは、本末転倒なのである。

重要なことは、個々の安全ではなく、全体の安全。仲間同士でカバーし合いながら、個々が最大限のパフォーマンスを発揮できることこそが、15時以降の戦闘に求められるものなのだ。

「彼女はよく理解できている」

リンリンは、思わず感心した。

この世界の人々は、どうしても命を優先してしまう。それは仕方のないことだと納得していた。

だが、中には例外もいる。常軌を逸した訓練を重ねることで“慣れる”者もいれば、要点を理解しただけでマインドを変えられる者もいる。

アルファの場合は、後者である。

「せやろ~?」

ラズベリーベルは、リンリンの呟きに何故か誇らしげに同意した。

早押しクイズの頃から目を付けていたのだ、アルファの類稀なセンスに。

流石はセンパイがしつこくナンパして連れてきただけのことはあると、ラズベリーベルは彼女の秘めたる才能に納得したのである。

そしてその才能は、瞬く間に開花した。

今や、皆を引っ張っていく存在だ。

「お兄様、アルファに言われてるわよ!」

「素直に申し訳ない!」

「ヘレス殿に同じく。私も安全を優先し過ぎていた」

シェリィ、ヘレス、ロックンチェアの三人は、アルファの忠告を素直に受け入れた。

アルファが正しいことを言っているという信頼があったのだ。

「おや? 私は、どうでしょうかねぇ」

一方ロスマンは、自分に言われているものだとは思っていなかった。

元一閃座の絶対王者は、確かに凄まじい戦闘センスを持っていた。スタンピード対策の訓練では、途轍もなく伸びた者のうちの一人だ。

しかし、マインドまでは、そう簡単に変えることはできない。

今まで絶対王者として君臨してきたプライドがあるのだ。彼のプライドは、同じく絶対女王として君臨してきたヴォーグほど、粉々になってはいなかった。

そして、共に訓練してきたタイトル戦出場者たちも、大先輩であるロスマンを相手に何か言えるわけもなかった。それに言ったところで、彼が聞くわけもなかった。

彼が聞く耳を持つとすれば、それこそセカンドくらいのものである。

「ロスマン様、耳掃除して差し上げましょうか?」

「あらやだぁ、アタシも同じこと考えてたっ」

だが、意外なところから指摘が入った。

ファーステストの使用人、ベイリーズとリリィである。

「な……」

あまりのことに、ロスマンは言葉を詰まらせた。

ストレートパンチを2発顔面に食らったような衝撃である。

ロスマン相手にこれほどストレートに言える者は、これまで彼の周囲にはいなかった。

しかしファーステストの使用人である二人には、ロスマンの権威など何一つ通用しない。

彼に対する敬意がないわけではないが、無駄に取り繕う必要性は感じていなかった。

一度同じ戦場に立ってしまえば、元タイトルホルダーだろうがなんだろうが、一切関係がなくなる。単純な実力主義、技量のみがものを言うのだ。ゆえに、ロスマンのプライドを気遣っていてもなんの意味もない。

ファーステストの使用人は、基本的に身内以外には情け容赦がないのである。

「何か反論がおありなら、行動で示していただけると助かります」

「まだ15時にはなってないわよ? 今からそんなのじゃ、先が思いやられるわぁん」

「……っ……」

二人が煽るように言うと、ロスマンは顔を赤くして閉口した。

反論したくなったが、思い当たる節がないと言えば嘘になったのだ。

そうなると、あとはもう黙々と役割をこなすよりない。

その上、少しでも腰の引けた行動をしてみれば「そら見ろ」と指摘されかねない。それは、ロスマンのプライドが許さない。

これまでマイナスにしか働いていなかったロスマンのプライドが、いつの間にかプラス方向へと転じていた。

「ベイリーズはん、人の扱いが上手いやっちゃなぁ」

「管理職が向いているのでは」

「実際もう管理職みたいなもんやろ」

「ああ、確かに」

万能メイド隊“十傑”の名は、伊達ではない。

こんなに凄い人材を何人も揃えて、セカンド・ファーステストは一体何処へ向かっているんだ……と、リンリンは呆れつつも感心した。

そして、即座に自問自答する。そりゃ「世界一位」か、と。

* * *

「おいすー」

「あ、セカンド君。見回りかい?」

ずっとシルビアたちの所にいても暇なので、マサムネの所に来てみた。

ここは確か、マルベル帝国だったか?

「ようやくお出ましか」

「よお、シガローネ。また痩せた?」

「皇帝陛下と誰かさんのワガママに付き合っていたら骨と皮だけになりそうだ」

「ライトはともかく、誰かさんの候補が思い当たり過ぎて笑えるな」

「何処の大使だろうな」

「そういえば帝国の大使と会ったことないなぁ俺」

「…………」

シガローネの皮肉を聞いていると、帝国に来たって感じするなぁ。

お、隣にはナトもいる。

「お疲れか?」

「いえ、ですが念のため15時に備えて休憩しております」

「メルソン元気?」

「ええ、お陰様で」

あの皇女さん、しっかりやっているようでよかった。

「おーっほっほっほ!」

「あっはぁん!」

戦場からは時折、シャンパーニの笑い声と、コスモスの喘ぎ声が聞こえてくる。

いいなぁ、あの二人。個性爆発してやがる。

「セカンド君。弓の三人は、15時以降も射程勝ちを狙って立ち回らせる作戦でいいかな?」

「ミックス姉妹はそれでいいが、アルフレッドはもったいないな。少し前進させて魔弓術で火力出させよう」

「ん、わかったよ」

マサムネは戦場を見渡して、次の作戦を練っているようだ。

もう十分に練ってきているはずだが、本番の肌感覚を加味して微調整って感じかな? 感心感心。流石、零環さんに習っているだけはある。

「マサムネはどう動く?」

「ボク? まあ、15時になったら適当にやるさ」

「ああ、俺もそれでいいと思う」

「ボクには後手が向いている。セカンド君の助言、零環も同意見だった」

「だろうな」

ずば抜けた対応力をフルに発揮させ、状況を見てから動く。そうすることで、この戦場に欠けている部分を補いながら戦える。

常人には容易にできないが、マサムネにはそれができる才能と技術がある。

まさしく逸材。零環さんのコーチングで、どれだけ化けるか見ものだな。

「戦場を前にお熱いなぁ、お二人さん」

俺とマサムネの様子を見ていたシガローネが、茶化すように口にした。

不謹慎だと言いたいようだが、これしきのことで皆の士気が下がるわけでもあるまい。

「そう、ラブラブってわけよ」

「あっ、ちょっ」

シガローネへと見せつけるように、マサムネの細い腰を抱いて引き寄せる。

帝国将軍として仕事熱心なのはいいが、あまりそう頻繁にチクチクと刺されてもな。

お前の皮肉は好きだが、時と場所と場合をわきまえるべきだ。

これから魔の二時間が始まろうとしているこの重要なリラックスタイムに、水を差すような真似は――。

「……セカンド殿、そろそろ放して差し上げた方が」

「え?」

ナトの言葉で、ふと気付く。なんかやたらと熱い。

ちらりと熱源の方を見ると、マサムネの顔が見たこともないくらい真っ赤っかに染まっていた。

「す、すまん」

「ぼ、ボクの方こそ、ごめんね……」

慌てて体を離した。

なんだかくすぐったい空気が流れる。

「御馳走様と言っておこうか」

シガローネの皮肉がクリティカルヒットして、マサムネは頭から煙を出すんじゃないかってくらい赤くなり、俺の後ろに隠れてしまった。

そんな様子を見ていると、なんだか……。

「超可愛いだろ? 俺の彼女」

いじめたくなっちゃうよなぁ。

「~~~っっ」

マサムネはついに、俺の背中をぽかぽかと叩き始めた。

た、たまんねぇ~っ……。