軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

304 彼の名、見つめる目、罪なのか?

一週間が経った頃、ジョーイはようやく覚悟を決めた。

様々な葛藤があった。しかし、考えれば考えるほど、アーク・パラダイスの言葉が体中に深く深く浸透していく。

知識欲こそが人を狂わせる。

自分の気付かぬうちに、自分も狂ってしまっていた。彼女の中に、その自覚が生まれたのだ。

「――新人のうちはこういう大きな話題を取り扱おうとしたがるもんだな、俺もそうだった、気持ちはわかる。まあ本当だとすれば面白いニュースだよ。しかし説得力に欠ける。まずは裏を取ってこい、話はそれからだ」

ジョーイが編集長へと一週間かけて書いた記事を提出すると、編集長はそれを軽くあしらった。

世紀のビッグニュースに対して、大したリアクションもない、冷淡で事務的な対応。

当然だ。いきなりスタンピードが起こるなどと言われて信じられる者など稀有である。それもぽっと出の新人記者から。

編集長の態度に悔しくなったジョーイは、すぐさま裏取りへと向かった。

裏取りについては、アークから既にアドバイスを得ている。ファーステストに出入りしている宮廷魔術師か騎士を狙えばよいのだ。

「ね、お兄さん一人? よかったら、こっちで一緒に飲みましょ」

……覚悟さえ決めてしまえば、あとはひどく簡単だった。

ジョーイは女性に免疫がなさそうな第一騎士団所属の騎士を調べ上げ、一人になったところを狙ってハニートラップを決行する。

騎士は見事に引っかかった。気のありそうなジョーイの態度に気分を良くし、勧められるがままに酒を飲み、記憶が飛ぶほど酔っ払ってしまう。出てくる酒には、更に度数の強い酒が混ぜてあった。

「…………」

ジョーイは宿の部屋へと場所を移し……騎士である彼ならば所持しているだろう“隷属の首輪”を見たいとしつこく強請る。

わけもわからずインベントリから出してしまった騎士は、すぐさまそれを付けられてしまう。泥酔している騎士は、自分に何が起こったのかさえわかっていない。

そして、ジョーイの命令によって、騎士は洗いざらい喋ってしまった。

スタンピードの発生予想地点、当日の人員配置の予定、戦力の配分。騎士が知っていることは、全て。

「どうもありがとう、お休みなさい」

必要な情報を聞き終えると、ジョーイは騎士の隷属を解除し、隷属の首輪を騎士に握らせると、静かに部屋を去る。

予想の何倍も上手くいった。悪事とはこんなにも簡単なものなのかと呆気にとられるほどだった。

宿屋を出て、夜の王都を行き交う人々に紛れて歩き出した時――得も言われぬ快感が彼女の体を震わせる。

己の目的のため、明確な犯罪行為をやり遂げた。

その達成感は、尋常ではなかったのだ。

罪を重ねたことに対しては、もはやなんとも思わない。

彼女は、完全な異常者となった。その自覚があった。もう言い逃れはできないし、する必要もない。

これでいいと言えた。どうせ同類なのだから、これで。

「編集長! 裏が取れました! 関係者でしか知り得ない情報を――」

「そうか」

終業後の編集長室を訪れる。

編集長は、まるでジョーイを待ち構えていたかのように、椅子に座らず立っていた。

「ジョーイ。こんな話を知ってるか?」

「なんですか? 急に」

「神の溜め息の話だ」

「いえ、初めて聞きます」

薄暗い編集長室で、二人は対峙したまま言葉を交わす。

「どこぞの神様が、気分が優れないから、溜め息をついた」

「はい」

「どうなったと思う?」

「ええと……?」

「大きな竜巻が起きて大勢が死んだ」

「つまり、力には責任が伴うと?」

「それだけじゃない。この話には続きがある」

「はあ」

「本当は――」

編集長の見た目をした人影は、一歩前進し、言葉を続ける。

「神は溜め息なんてついていなかった。溜め息をついたらそうなってしまった、ということになっているだけだ」

「……それは」

ジョーイは一歩後退した。

それに合わせて、相手は更に一歩前進する。

「神は、竜巻で大勢を殺したかった。これが事実です。そして、その真相を語る者は、もはや……この世にはおりません」

「……っ……!」

急に口調の変わった編集長に、ジョーイは身の危険を感じ、後ろを向いて走り出した。

その直後――背部への衝撃とともに、ジョーイの意識は暗転する。

「ああ、スッキリ」

最後に聞こえた声は、編集長のものではなく……知らない女のものだった。

◇ ◇ ◇

「――ほら、立て。喚くのは後だ。皇帝かスピカか、好きな方を選べ。お前もスッキリしたいだろう?」

何度も夢に見る場面。

彼女はいつも、目覚めの直前にこの優しく凛々しい声を感じる。

そして、心地好く高鳴る心臓とともに瞼を開けるのだ。

「お前も洗脳されているのか」「ようやく声が聞けた」「回復しな。痛そうだ」

あの日に賜った言葉の数々を反芻し、幸せを噛み締める。

彼女は「あぁ」と吐息を漏らし、堪らなくなって、自分自身をぎゅっと抱きしめた。

人生で最も光り輝いた瞬間は、あの時に違いない。彼女にはその確信があった。

ろくな人生じゃなかった。だからこそ確信できる。

あまりにも眩い光が倒れた彼女の手を掴み、縛り付ける地獄の茨を焼き払って引き起こしたのだ。

「……セブン様……」

己が信仰し崇拝する名を呼ぶ。

地獄に落ちた人間を救い出せる者がいるとするならば、それは神と呼ぶべきだと考えた。

ゆえに彼女の中では、彼こそが、唯一無二の神。

彼女の名は、カサブランカ――自らを神の使徒と思い込む暗殺者である。

そして今日もまた、神の使徒は活動を開始する。

レイスを《魔召喚》し、《変化》する時でさえ、カサブランカは神を身近に感じるのだ。

セカンド・ファーステストがセブンと化した方法も、同じレイスなのである。カサブランカは、このレイスを使役して神の為に行動することで、より神の使徒たり得る存在になれると信じていた。

「愚か者に、神の鉄槌を――」

アーク・パラダイスと新人記者のジョーイは、カサブランカの目下の監視対象であった。

誰の入れ知恵か、この二人が行動を起こすことを予見できていたのだ。

全ての準備を終えたカサブランカは、夜の王都ヴィンストンの闇へと紛れ込む。

もはや彼女を止められる者など数える程しかいないだろう。

神の啓示を受け、レイスを《テイム》した、《暗殺術》全九段の、生粋の暗殺者など――。

* * *

「ね、セカンド、さん。暗示って、効くと思う?」

「どうした薮から棒に」

俺が今日のノルマを終えて家に帰ってくると、リビングで待っていたウィンフィルドがいきなりそんなことを聞いてきた。

何かあったんだろうか? 彼女は最近、多忙な俺に気を遣っているのか、あまり込み入った話をしてこない。大体が「ダンジョン、お疲れ様、ちゅっ」みたいに新妻のようなことを言ってみてはユカリにバレて《送還》されてばかりだった。

「まあ効くんじゃないの?」

「だよね」

テキトーに返事をすると、ウィンフィルドは満足そうに頷いた。なんなんだ一体。

「じゃ、自分を異常だと、思い込んだら、異常者になれると、思う?」

「どうしたよマジで」

「いやあ、ちょっと気になって、ね」

ウィンフィルドというのは大抵、意味のないことはしない精霊だ。きっとこの質問にも何か彼女なりの意味があるんだと思う。多分、俺の答え次第で、先々の何かに影響するんだろう。

しっかし、自分を異常だと信じたら異常者になれるかぁ? そんなの……。

「なれない。異常を自覚した時点でそれは真似事だ。異常は、正常との比較があって初めて成り立つ。そいつにとっての異常は誰かにとっての正常かもしれないから、半端な異常者にはなれても、完全な異常者にはなれないだろうな」

「うふ、うふふふっ! だよね!」

ほどほどに考えて答えたら、ウィンフィルドは嬉しそうに笑って頷いた。だからなんなんだよこれ。

「じゃ、自分を神の使徒だと、思い込んだら、神の使徒になれると、思う?」

「…………」

もう何も言うまい。

「なれる」

「その、心は?」

「俺の世界一位とかシャンパーニのお嬢様と一緒」

「うん! だよね」

自覚こそが重要で、誰に何を言われようと貫ける信念というものもある。それさえ持ち続けていれば、きっとなれるさ。どのような異形であれ。

「じゃ、最後、ね」

「はいはい」

「異常者になるには、どうすればいいと、思う?」

ほう?

何をもって異常者とするのかはよくわからないが、話の流れ的には、神の使徒みたいなやつのことを言っているのかな? だとすれば――。

「正常を見つめ続けることだ。それしか見えなくなったら、もうなっているんじゃないか」

「……ふふふふ!」

ウィンフィルドはぽんと手を胸の前で合わせ、ご満悦といった表情で笑った。

さて、へんてこアンケートは終わりかな? 俺の回答が今後の何に繋がるのかは、どうにも恐ろしくて聞けないね。

「あの人、生かしておこっと」

ほーら、なんか物騒な独り言が聞こえてきた。あえて触れないでおこう。

今はそれどころではないのだ。

明日、いよいよ、シルビアたちの精霊強度が45000に到達しそうなのである!

シルビアとエコとラズ、この三人が“転身”を習得すれば、大いに戦略の幅が広がる上、俺の負担もある程度は軽減されるだろう。

いやあ、明日が楽しみだ。

「あ、セカンド、さん。アーク・パラダイス、なんだけど、ね」

「え? アーク?」

「うん。記者を操って、国民を扇動させて、暴動を起こして、脱獄しようと、してたよ。セカンドさんの、反応を見たかったって、言ってたみたいだけど、半分は嘘、だろーね。だって、自覚してる、半端な、異常者だから」

「!」

なんだなんだ、水面下でそんなことが巻き起こっていたのか? そいつは大変だ。知らんけど。

「それでも、仲間にしたい? セカンド、さん」

「あー……」

やっぱり見抜かれていたか。

「好意を、拒めない。セカンドさんの、美点でもあり、欠点でもある、よね」

流石、そこまでお見通しなわけだ。

じゃあ、ちょっと本音を吐露しておくか。

「まあ、そこを突いてきてもらわないとな」

「!」

「何年も俺だけを愛して研究してくれた定跡になら、俺は負けるとわかっていても飛び込んでしまうかも?」

彼女の指摘した弱点とも、もう随分と共に過ごしている。

上手く付き合わないとな。己の弱い部分とは。

「うん、わかった。セカンドさん、当日は、楽しみにしてて。彼らの、末路も……ね?」

「……はい」

何がわかったのかはよくわからないが、そう言われてしまっては頷くよりほかない。

ただ、徐々に準備が整うにつれ、スタンピードが楽しみになってきている自分もいる。

どこまで行っても俺は、ゲームとしか見れていないんだなあ……と、少し反省する次第であった。