軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30 都合の良い妄想

「――――ッ!?」

激痛で目が覚めた!

胸に何かが刺さっている……!

「いやっ!」

「はっはは! こりゃ上物だ!」

「おい、女は殺すなよ!」

ユカリの悲鳴。

周囲には5人ほどの男たちの姿。

油断した。

盗賊だ。

「…………」

俺は激痛を声を出さずに我慢し、倒れ伏したまま自身のHPを確認する。

5分の1も削れていなかった。明らかに心臓を長剣で貫かれている。にも関わらずそれだけのダメージで済んでいる。盗賊のステータスがクソ低いか、俺のステータスがバカ高いか。おそらく後者だろう。

盗賊たちは、俺がもう死んだと思っているのか、完全に無視している。

当たり前だ。心臓を刺されて死なないなど、常識的に考えておかしい。俺もそう思う。徹夜続きの移動で疲れ果てた居眠り中の馬鹿の無防備な背中から一突きだ。死なないはずがない。だが俺は生きている。

……いや、反省は後にしよう。とにかくラッキーだった。今はそれでいい。

「縛ったか?」

「ああ。さっさと戻ろう」

「いくらになると思う?」

「闇市なら4000万CLは堅いな」

「わはは! 笑いが止まんねぇ」

5人の盗賊は縛りあげたユカリを担ぐと、海とは反対方向の森の中へと入っていった。

ついてる! 奴ら、4000万のお宝に目がくらんで俺(死体)のインベントリを漁らなかった。確かに冒険者風情の持ち物なぞ高が知れているかもしれないが、まさかそれが命取りになるとは思ってもいまい。

「…………許せんよなぁ」

これは好機だ。

“全滅”させる好機。

俺はポーションでHPを回復すると、奴らの後を追って森の中へと入っていった。

* * *

「いやっ!」

女らしい悲鳴をあげたのは何年ぶりだろうか。

最初はあの男が襲ってきたのだと思った。

だが、それは違った。

私を囲む数人の男。慣れた手つきで縛り上げられる。私は一つの抵抗もできなかった。攻撃不可――忌々しい制約がある。

「さっさと戻ろう」

私を担いだ男たちが森の中へと入っていく。そこで私は初めてこの男たちが盗賊なのだと理解した。

焚き火の傍には、胸に剣を突き立てられて倒れたあの男の姿。

呆気ない……なんと呆気ない。世界一位を目指すと豪語していた男は、つい昨日まで喧嘩に喧嘩を重ねていた相手は、こうも簡単に死んだ。

そして、私も。

慰みものにされてから、性奴隷として使い潰され、一生を掃き溜めの中で終えるのだ。

元より掃き溜めの中から始まった命。これが運命なのかもしれない。

……だが。

………………。

嫌だ。

どうしようもなく嫌だ!

まだあの男の方がいい!

どうして私ばかりがこんな目に遭わなければならない!

どうして!

嫌だ!

嫌だ!!

嫌だッ!!

「な、なんだ!?」

盗賊が声をあげる。

「……っ?」

その時、私の額に何か熱のようなものを感じ――そして。

私は全てを思い出した。

「お前は今日から“影”さ。あたしのことは様をつけてお呼び」

「かしこまりました、ルシア様」

「そう、良い子だよお前は」

幼い頃。

ルシア様に頭を撫でられると、その手にたくさんついた指輪に髪の毛が挟まって少しだけ痛かった。

私はその温かい手がとても好きだった。

私のご主人様であり、私の母のような人だった。

「いいかい、お前は仕事をしなきゃならないよ。私の役に立つんだ。このアイシーン家で生き残るにはそれしかないのさ」

「かしこまりました」

「良い子だ」

ルシア様お付きの影部隊によって暗殺の英才教育を受けた私は、ルシア様の陰の右腕として暗躍した。

暗殺しか取り柄がない。そんな女だった。

そして、最後の日。

彼女の最後の言葉。

何故、忘れていたのか。よく覚えている。よく……。

「ああ、来たかい。ちょいと額をかしてごらんよ」

「ルシア様、一体何を……」

「おまじないさ。お前が幸せになれるおまじない」

しわしわの笑顔。指輪がたくさんの手で、私の額を優しく触る。

次の瞬間、私は意識を失い――

――気が付いたら、全てが終わっていた。

ルシア様は謀反を企てた罪で処刑。

影部隊もみな殺された。

私だけが、奴隷としてモーリス商会に引き取られ、命を拾った。

いや、助けられた。ルシア様によって。

私の尊敬するご主人様。

私の優しい母上。

それがルシア様……。

…………。

「……っ」

目が覚める。

ああ、そうか。

私は洗脳されていたんだ。

全てが分かった。

「うっ……げほっ」

堪えきれず嘔吐する。

「げっ! きたねぇなこのっ!」

「っぐ!」

盗賊の男は私の腹を蹴り上げた。私は部屋の壁に叩きつけられ、床に転がった。ここは何処だろう。盗賊のアジトだろうか。

「おーい、大事な商品に傷つけんなー」

「大丈夫だって、腹だ腹」

「なら構わねぇ。だっはっは!」

下衆め。

私は苦痛にうずくまりながら、遠い遠い夢のような過去を思い出す。

…………全て、都合の良い妄想だ。

私はルシア様に撫でられたことなど、たったの一度しかない。それをさも日常のように歪めていた。

優しい笑顔? ルシア様が私に笑顔を向けたことなど、最後の瞬間の一回しかない。

母のような人? 孤児の私を暗殺者に仕立て上げ利用した人間が母? あの苛烈な殺しの日々を忘れたわけではあるまい?

何故私を奴隷にした? 何故洗脳した? 何故私だけ生き残った? 何故? 何故? 何故!?

「何故! 何故ッ!!」

「オイオイオイなんだどうした?」

「気でも狂ったか?」

涙が止まらない。

私は。

私は。

誰にも愛されていなかった。

唯一縋りついた愛は偽りだった。

どうすればいい?

どうすればいい!

「舌を噛まれたら厄介だぞ」

「縄でも噛ませて黙らせるか」

「おう口開けろオラ!」

私は、どうすれば……

* * *

森の中の隠れ家に入っていったのはユカリと盗賊5人。

門の前に見張りが2人。中に元々何人いるかは不明。どうやら裏口はなさそうだ。

できれば夜が明けるまでには決着をつけたい。

俺は弓を構え、矢を番えるとゆっくり引き絞った。

隠れ家の横側へ向かい見張りの2人が一直線上に重なるように調整する。

「…………」

躊躇したら終わりだ。

せっかく見つけた優秀な鍛冶師の卵、ここで手放すわけにはいかない。

《香車弓術》と《桂馬弓術》を複合させる。

発動準備が終わった瞬間、俺は矢を放った。

ヒュンという風を切る音とともに飛んでいった矢は、1人目の頭を貫いて2人目の首元を吹き飛ばした。

見張りの2人は声すら出せずに倒れた。確実に死んでいる。俺が殺したんだ。

俺は勢い良く駆け出して入口まで接近し、中の様子を窺う。

「今なんか音したよな?」

「見てくるか」

そんな会話が聞こえた。

俺は弓を剣に持ち替え、ドアの横に息を殺して張り付いた。

ドアが開いて2人の盗賊が出てきた瞬間に、準備していた《銀将剣術》で片方の身体を斜めに切断した。

ドチャドチャと臓物が撒き散らされる音がする。

「ん、がっ!?」

もう一人が声をあげながら振り向くと、俺は間髪を容れず《歩兵剣術》でそいつの首を斬り落とした。

簡単だ。

俺は剣を構えたまま隠れ家の中へと踏み込む。

部屋数は少ない。台所と物置のような場所には人の気配がなかった。

一番奥の大部屋で大勢の声がする。

俺は《金将剣術》を準備した状態で、部屋のドアをぶち破った。

「な、なんだ!?」

「ぐわぁっ!?」

《金将剣術》は「全方位への範囲攻撃」である。俺の周囲にいた盗賊たち3人が斬撃で吹き飛ばされ、血をまき散らしながらあっという間に絶命した。

「し、死んだはずっ」

驚きの顔のまま、こいつも死ぬ。

盗賊はあと3人いた。

ユカリは猿轡で床に転がされており、その付近に1人。2人は剣を構えてこちらに攻めてきた。

俺は右斜め後ろに2歩後退しつつ《角行剣術》を発動させる。効果は「素早い強力な貫通攻撃」。対人戦では最も重宝される【剣術】スキルだ。

2人の盗賊はアホみたいに直線上に固まっていた。振り抜いた《角行剣術》が1人目の胴体を貫通し、2人目の手首を斬り落とした。

「う、うわあああっ!」

手を失った盗賊はパニックを起こして叫ぶ。直後、《歩兵剣術》で楽にしてやった。

「オイ……なんじゃ、こりゃ……化け物かテメェ」

ユカリの横にいる、おそらく盗賊の頭目であろう男がそう呟いた。

ユカリは床に転がったままこちらを見て、目に涙を溜めている。

その目からは、もう警戒心や敵意のようなものは感じられなくなっていた。

よし! 洗脳は解けていそうだ! 僥倖……!

「おおっとォ! 動くなよ!」

頭目は抜剣すると、ユカリの首筋にその刃を当てた。人質のつもりなのだろう。

「オラ、その剣を捨てろ!」

俺は素直に従う。剣を両手で胸の前に掲げ、パッと手を離した。

「よぉし、そしたら――」

次の瞬間、頭目の顔面に《火属性・壱ノ型》がぶち当たり、ボゥと音を立てて炎上した。

掲げた剣に気を取られて足元の詠唱陣に気づかないなど馬鹿丸出しである。

「ぐわあ!?」

ユカリの首筋から剣が逸れた。

俺は《銀将剣術》と《水属性・参ノ型》を複合させた【魔剣術】で頭目にとどめを刺した。頭目は参ノ型の刺突を胸部に受け、胴体が水圧で吹き飛んだ。火事にならないうちに顔の火も消せて一石二鳥であった。

「大丈夫か?」

他に盗賊がいないか確認した後、俺はユカリの縄を解いた。

「…………」

覇気がない。

心ここにあらずといった具合で、ただただ涙を流している。

「……行くぞ。ここは空気が悪い」

俺はかける言葉が見つからず、そうとだけ言って立ち上がった。

ユカリは泣きながらも無言で後を付いてきた。

そして、4日目の朝がくる。