軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

285 感想、損か?

* * *

見誤った、というのがカレントの正直なところであった。

もしくは、挑発に乗せられた、とも。

筋が通らないのだ。あれほど無礼だった男が、試合が始まった瞬間から全く別の顔をしている。その迫力ある真剣さは何処か神聖なまでに感じるほどで、まるで神事に身を捧ぐ神職のようだと彼女は感じた。

彼女は政経には明るいが戦事には滅法疎い。その事実を、これほど恥じたことはなかった。

冷静に考えればわかることであった。タイトルを一種類しか獲得したことのない男二人と、一人でタイトルを八種類も獲得している男。たとえ二対一であっても、勝負になるかすら怪しい差と言える。

だが、惑わされた。バルテレモンの血筋を過信したのだ。彼らの強さは、何度も目にしてきている。人間離れした強さだ。まさに怪物と言ってよい強さ。それが二人も揃っていて、たった一人に勝てないわけがない。誰しもが、そう思ってしまう。

カレントは反省した。オランジ王国における戦事をバルテレモンに一任していた自身の愚かさを。

ノヴァ・バルテレモンは優秀である。カレントの見立てでは、既に父親や祖父よりも。バルテレモンの血筋には熱くなりやすいきらいがあるが、ノヴァはそのようなこともなくいつも冷静であった。そういった信頼があったからこそ、ノヴァはこの若さで陸軍大将に任命されている。ゆえに、そんなノヴァがデレデレとはいえセカンドの味方をしている以上、今回の一件は細心の注意を払って判断すべきだったのだ。

そう考えていたはずなのに、どうしてかカレントはヴァデルとネヴァドに味方してしまった。

いったい何故。セカンドの飄々とした態度か、ノヴァの惚け切った表情か、シガローネの人を馬鹿にしたような顔か、クラウスの鋭い視線か。

原因など、考えるだけ無駄である。今となっては全てが遅い。

衆目の面前で、オランジ王国女王カレント・オランジの目の前で、ヴァデル・バルテレモン国防大臣とネヴァド・バルテレモン特別顧問が、二対一にもかかわらず、たった一人の男にボコボコにされているのだ。

何も言い訳できない。もはやどうしようもない。

そうさせたのは、間違いなく、カレント自身。

責任を取らなければならない。

「あぁ……」

ここでようやく、カレントは溜め息とともに己の勘違いに気が付いた。

セカンド・ファーステストは、強さ比べなど目的としていなかったのだ。「価値ある試合を」という言葉通り、ネヴァドとヴァデルへ、クラウスへ、観戦している全ての者へ向けて、試合に価値を持たせ、純粋に披露している。

対して「本当に娘より強い男なのか確かめてやる」などという二人の私情丸出しの小手調べは、まさに驕りの窺える舐めた態度。セカンドの指摘していた通りだ。

後悔先に立たず。どうして感情的になってしまったのか、カレントは数分前の自分を殴りたい気分であった。

あの場で戒めるべきは、ネヴァドとヴァデルの方だ。感情に流され、明確に判断を誤った。

さて、どうやって謝るか。カレントの目にはもはや試合など映っておらず、思考は謝罪の方法へと傾いていた。

ここで謙虚に間違いを認めることができなければ、オランジ王国はいよいよ矜持を失うことになる。現時点で国防大臣と特別顧問のプライドはズタズタとなり、女王は馬鹿のレッテルを貼られているのだ。被害を最小限に済ますためにも、ここは謝罪の一手しかない。

「…………」

一方で、渦中のノヴァは、目の前の試合を茫然と眺めていた。

彼女の中ではあり得ないことが起こっていたのだ。

否、頭では理解していた。父親と祖父よりも、セカンドの方が戦闘能力が優れていると。

しかし……頭で考えるのと、実際に目にするのとでは、わけが違う。

今、手も足も出せずに投げ飛ばされているのは、ただの体術師ではない。どちらも怪物級の男なのだ。オランジ王国においては、生きる伝説と言っていい。

ノヴァにとっては、二人とも、子供の頃から何度挑んでも倒せずに苦しんだ壁のような存在である。

そんな二人が、それも二人がかりで、手も足も出ない。

まさか。いや、こうなるだろうと予想できてはいた。だが、やはり、ノヴァにとっては、容易には受け入れられない光景だった。

「……なるほど」

しかし、徐々に彼女の頭は冷えていく。

そして、次第に引き込まれていく。

セカンドの試合運びは、一挙手一投足が鮮烈で、斬新で、感心するものだった。

考えれば考えるほど、見えるものが増えていく。見れば見るほど、考えるべきものが増えていく。

人類最強と謳われたノヴァでさえ、まだ知らないことが山ほどあるのだと気付かされる。そんな試合だった。

そう、彼女は【合気術】をよく知らなかったのだ。名前は聞いたことがある、といった程度の認識である。それもそのはず、【合気術】の秘匿性は【抜刀術】にほど近い。あのシガローネ・エレブニが対バルテレモン戦に備え奥の手として隠していたくらいには、切り札たり得る情報の少なさである。

ゆえに、体術師としてこれほど勉強になる試合はない、と言ってもいいほど、ノヴァとしては貴重なものであった。

少なくとも【合気術】は【体術】に対してこんなにも相性が良いのだと、それを知れただけで、観戦した価値はあっただろう。

「クハッ、ハハハ」

ノヴァは我慢できずに笑みをこぼした。

大好きな彼氏が誇らしくて堪らなくなったのだ。これほど学ぶところの多い彼氏を持てて、自分はこの上ない幸せ者だと、想いが溢れたのである。

しかし、今回の一件で、愛する彼氏のウィークポイントもハッキリと見えた。

セカンドは、良く言えば素直だが、悪く言えば無作法だ。そういった意味では、相手を 無礼(なめ) ることもある。そして、上手に嘘をつけない。それは、相手にもそうだが、自分にも。

将来の妻として、私が横でフォローしてやらねば――ノヴァはそう心に決めた。

「くくくっ」

そして、笑っている者がもう一人。帝国将軍シガローネ・エレブニであった。

彼もまた、セカンドという男を見誤った者の一人。

よもや、数日前に【合気術】を覚えたばかりの男が、これほど【合気術】を使いこなせるとは思ってもいなかったのだ。

シガローネでさえ「【合気術】は【体術】に対して相性が良さそうだ」という考えに辿り着くまで習得から数年かかっている。だというのにセカンドは、覚えて数日のはずの《歩兵合気術・投》で【体術】の元最高峰二人を子ども扱いだ。

普通、ああはできない。いくら相性が良いからといって、ああは。

想像を絶するほどに常軌を逸した天才か、人生二回目か、そのどちらかしかあり得ないとシガローネは天を仰ぎたい気持ちになったが……まさか実際はその どちらも(・・・・) だとは思ってもいなかった。

もはや笑うしかない。色んな意味で。

マルベル帝国としては、これほど愉快なことはなかった。オランジ王国の国防大臣と特別顧問がボコボコにされている光景をその国の女王と陸軍大将とキャスタル王国の元第一王子と共に見ているのだから。

さあ、この試合が終わった後、どのようにして突いてやろう。シガローネは早くも皮算用を始めた。

たとえば、国防について手を叩いて絶賛してやるだとか、国家として些かINTが足りないのではないかと指摘するだとか。どちらも彼好みの皮肉であり、いずれにせよヴァデル・バルテレモンの国防大臣としての価値は暴落し、カレント女王は愚かにも判断を誤ったのだと周知できる。できればそのトドメの一撃は、セカンドではなく帝国が刺したいと、シガローネは帝国将軍としてそのように考えていた。

「……チッ」

しかし、そう思い通りにはいきそうにないと、読みを深めるにつれ見えてくる。

クラウス・キャスタルの存在だ。

シガローネとしては、セカンドとカレントのいるこの場で、クラウスに対マルベル帝国の姿勢を明確にしてほしくはないのだ。

現皇帝ライト・マルベルの描く新帝国の骨子は、キャスタル王国との融和にある。逆に言えば、キャスタル王国との和解なくしてマルベル帝国の復活はあり得ない。

最悪のシナリオは、オランジ・ディザート・キャスタルの三国が手を取り合ってマルベル包囲網を張る形。ゆえに帝国は、この三国間の関係を絶対に近付けるようなことをしてはならない。せめて、キャスタル王国と組んで二対二の構図にしたかった。それが帝国の考えである。

よって、この場で下手にオランジ王国を挑発してしまえば、立場が悪くなるのはオランジ王国ではなくマルベル帝国なのだ。セカンドとクラウスという、たった二人の存在がそうさせている。

知ってか知らずか、セカンドはこの土壇場で外交としてこの上ないカードを切ってきた。

シガローネは当然それをセカンドの読み筋だと考えている。何故なら彼にとって、このセカンドという男は、たったの一人で、たった一か月足らずで、帝国を木っ端微塵に崩壊させた男なのだ。

「――そうそう、そういうのが見たかったんだよ」

試合開始から数分、セカンドがようやく反応らしい反応を顔に出した。

それまでは淡々と、牽制しては投げ、足並みを揃えてきたら分断し、再び牽制しては投げ……と、同じことの繰り返し。流石に飽きがきていたところだった。

ネヴァドとヴァデルの二人は、このままではいけないと考えたのか、何やら二人で言葉を交わした後、一度大きく距離を取って構えた。

彼らはセカンドの射程外から、《龍馬体術》によるダッシュパンチで一気に接近しようという作戦のようだ。

射程外……否、本来は【弓術】の射程内であるが、セカンドはあえて弓を出さなかった。

「クラウス、龍馬体術みたいに突進して距離を詰めるスキル、二つ挙げるとしたら何が思い付く?」

そして、妙な落ち着きを維持したまま、クラウスへと話しかける。

「飛車槍術。あとは……飛車盾術か!」

クラウスは、今そんなことを話している場合かとハラハラしながらも、律儀に考えて答えた。

そんな様子がクイズに熱中する子供のようで、セカンドはつい微笑んだ。

「正解。じゃあ突進から攻撃へのモーションが一番短いのは?」

「……飛車盾術、か?」

「そういうこと」

刹那、セカンドは皿を取り出して装備し、《飛車盾術》を発動する。

ネヴァドとヴァデルは既に《龍馬体術》を発動しており、恐るべきスピードでセカンドを挟撃できるよう左右から同時に接近していた。

「――ッ!?」

セカンドがネヴァドへ向けて突進を始めると、二人は目を見開いて驚く。

まさか、逆に突進してくるとは思ってもいなかったのだ。

二人は瞬時の判断を迫られた。ネヴァドとぶつかり合ったセカンドの背後を取る形でヴァデルが殴りかかるか、それともネヴァドが手前でキャンセルしてヴァデルと同時に挟撃できるようタイミングを調整するか、もしくは……。

「…………」

もしくは。

もしくは。

もしくは。

「……え、詰み?」

クラウスが呟いた。

あのプライドが高く剣術に優れた高貴なるキャスタル王国第一王子らしくない、なんとも間の抜けた呟きだった。

まさか! 誰もが疑う。しかし……。

「クハハッ」

「へぇ」

どれだけ考えても活路が見出せない。

本当だ。ノヴァは思わず笑い、シガローネは感心の声をあげた。

いくら生きる伝説ネヴァド・バルテレモンの《龍馬体術》でも、八冠王セカンド・ファーステストの《飛車盾術》と真正面からぶつかり合ったら 終わり(・・・) である。《飛車盾術》はSTRだけでなくVITも火力として加算されるため、習得スキル数並びにそのランクと累積経験値量がダメージに直結するスキルだ。

かと言って、ではセカンドとぶつからずに手前で龍馬をキャンセルし、いったい何で切り返せばいいのか? セカンドは既に突進中、しかも突進から最も早いモーションで攻撃に移ることのできる《飛車盾術》だ。言わば、「後出しじゃんけん」ができる状態。龍馬のパンチ発動を見てから余裕で発動できる。

「ああそうか、駄目か」

ネヴァドが龍馬キャンセルから《金将体術》の防御で我慢して、ヴァデルの龍馬が背中に刺さるのを期待してはどうか――と、ノヴァはそこまで読んで、絶望した。

セカンドは、《金将体術》に《飛車盾術》を当ててくれないのだ。

「!!」

実際の試合も、ノヴァのその読み通りに進行した。

ネヴァドが必死に切り返し、《金将体術》を準備する。

瞬間、セカンドは《飛車盾術》を食い気味にキャンセル。そして――。

「うわ」

――《金将糸操術》。半径4メートル以内の対象を糸で拘束するスキル。

あまりにも無慈悲な一手だった。

【糸操術】は【体術】に対して無類の強さを発揮する。序列戦にてキュベロがイヴに苦戦していたのは、この相性の悪さも一因であった。

「くおッ……!」

間合いの外から何一つ抵抗できないまま縛られるネヴァド。

そこへ遅れてヴァデルのダッシュパンチが到達するが……。

「クソォッ!!」

セカンドの《歩兵合気術・投》が余裕で間に合ってくる。

フロロカーボン16lbでぐるぐる巻きにされたネヴァドは、復帰に十秒以上かかるだろう。その間、投げ飛ばされダウンしたヴァデルをカバーする者は誰もいない。

そう、クラウスが呟いた通り、セカンドが《飛車盾術》で突進を始めた瞬間、二人は既に詰んでいたのだ。

では、どうすればよかったというのか。

答えは、どうすることもできなかった。

二人並んで一方向から同時に迫ろうが、範囲攻撃で纏めて葬られる。一人が攻撃した直後の硬直を狙ってもう一人が攻撃するにしても、タイミングを僅かにずらしただけでは同じく範囲攻撃で対応され、大きくずらせば一人ずつ【合気術】の餌食だ。上手いタイミングの調整は、二対一を相当に練習していなければ難しいだろう。そもそも、距離があるうちにセカンドの遠距離攻撃で分断されるため、そのような状況にさえさせてもらえない。

始まる前は、誰もこうなると予想できていなかった。

もっとまともな勝負になると予感していた。

結果がこれである。

手札の暴力。そのように感じた者も少なくない。

多種多様なスキルを持っていることが、こんなにも有利に働くのかと、誰もが改めて認識する。

だが、仮にこの場にいる他の誰かがセカンドと同じスキル・同じステータスを持つことができたとしても、こう上手くはいかないというのは、PvPの心得がない者でもなんとなく理解できていた。

あの男、ただ一人が おかしい(・・・・) のだと。

「――それまで!」

セカンドがヴァデルのダウン中に《龍王体術》の準備を完了したところで、ネヴァドとヴァデルの二人はようやく戦意を喪失する。そのタイミングで、試合終了の号令が発せられた。

「……あ、あり得ない……ネヴァド様と、ヴァデル公が……」

近衛兵の一人が、慄きながら口にする。

当然だった。彼にとって二人は、言わば神のような存在だ。そして同時に、オランジ王国の力の象徴でもあった。

現在の陸軍大将はノヴァであるが、多くのオランジ王国民にとっては陸軍大将といえばヴァデルのイメージなのだ。ヴァデルは元陸軍大将であり、現国防大臣なのである。更に言えば、ネヴァドも隠居をして特別顧問になる前は国防大臣であり、その前は陸軍大将であった。

バルテレモン家こそ、オランジ王国国防の要。国民は皆そのような認識なのである。

それが見るも無残に蹴散らされた。二対一で、一方的に、まるでボロ雑巾のように。

目撃してしまった者は、もう、こう思うしかなかった。あれはバケモノだと。馬車に轢かれたようなものだと。だから、仕方のないことだと。

でなければ、到底、納得などできるはずもなかった。

そして、それは同様に――ネヴァドとヴァデルの二人も。

「何故……何故……!?」

ヴァデルは両手を床について、息も絶え絶えに考えを巡らせる。しかし、いくら考えたところで“勝ち方”など浮かぶわけもない。

「…………」

ネヴァドは糸が解けると、その場から動かず腕を組んで黙りこくった。彼もまた、考えているのだ。セカンドへの勝ち方を。

だが、浮かばない。浮かびようがない。

試合前は「勝って当然」だったはずの認識が、今や……。

「ありがとうございました」

動かない二人に対して、セカンドはぺこりとお辞儀をする。それから何やら考える素振りをした後、口にした。

「いや、結構、苦戦でしたね。多分、もうちょっと飛び道具あったらとは思うんですが。壱ノ型とか、まあ場合によっては歩兵弓術とかでも、一個あるだけでやっぱそれなりに形になるんで。たとえば遠距離で歩兵合気術後の硬直狙われたりとかされると、こっちは嫌でした。あと龍馬の使い方なんですが、ダッシュ後のパンチで地面殴って飛び上がってこられると、そっちに合気術使い辛いんで、まあまあ困ってましたね」

感想戦だ。

普段のセカンドと比べると、やや丁寧な言葉遣い。彼女の家族だからと気を遣っていた。

ああ、セカンドはそういう男だと、納得できたのはクラウスとノヴァとシガローネだけである。

ヴァデルも、ネヴァドも、カレント女王も、近衛兵たちも、口をぽかんと開けて唖然としてしまった。

今、セカンドが口にしたこと。それは、彼らにとっては考えられないほどに異常なもの。

最初は煽りとしか捉えられず、二人は怒りに震えたが、しかし、聞いているうちに印象が少しずつ変化していく。

セカンドの言っていることは、明確に「答え」だったのだ。

遠距離攻撃という、たった一枚の手札を増やせ――と。

浮かびようもなかった、勝ち方の答えである。

本来、決して教えることのない情報、言わば手品の種明かしのようなもの。手の内を曝け出すことなど、普通に考えて損でしかない。それは彼らにとっては常識だった。

だが、セカンドはいつも、これを必ず口にする。試合と感想戦はセットであり、そこで己の手の内を綺麗サッパリ曝け出すことが、彼にとっての常識だった。

「……君は、何故……」

ヴァデルがぽつりと呟く。

本当に、わからなかったのだ。

何故そのようなことができるのか、全く理解ができなかった。

「お父様、お祖父様」

「!」

暫しの沈黙の後、ノヴァが口を開く。

「何故、手の内を曝け出せるのか。それは、セカンドが 強さ比べ(・・・・) など目的としていないからではないかと、私は思う」

「……強さを比べず、では何を競う?」

「つまるところ……技術。究極のその先を求め、良い試合を相手と共に創り上げ、より多くの人に魅せること。それがセカンドの目的であり、生きがいのように私は見える」

ゆえに、各国へ知識と技術をばらまいている。ノヴァは、セカンドの行動の理由をそう考えていた。

彼女のその考察に、多くの者が得心がいった表情をする。

思い返してみれば、セカンドの言動は謁見の最初から一貫していたのだ。些か失礼ではあったが、「力をひけらかして見下してやろう」などという気持ちは微塵も感じられなかった。

「私にはできなかった。思いも付かなかった生き方だ。だからこそ、憧れる。素敵だと思う。心から惹かれている。そして私も、そうなりたいと思う」

ノヴァは、ようやく聞く耳を持ってくれただろう父と祖父へ、ここぞとばかりに本心を打ち明ける。

おそらく、こうでもしなければ許しを得られない。それがわかっていた。ゆえに、セカンドと腕を組んだまま謁見の間へとやってきたのだ。

「私は、この人と共にありたい。認めていただけるだろうか……?」

ノヴァはセカンドの隣に立ち、ヴァデルとネヴァドへ問いかける。

彼女らしい、クレバーな交渉術だった。

ここで、この場で、女王の御前で、娘の交際を認めざるを得ない状況なのだ。認めなければ、「娘より強い男云々」という約束を破ることになる。結局「娘を取られたくないだけ」なのだと、多くの者に呆れられるだろう。

そう、これは、ど~~~~~~してもセカンドと一緒になりたいノヴァの、頭脳冴え渡る作戦だったのだ。

「…………好きにしなさい」

ヴァデルは小さな声でそう口にすると、ガックリと項垂れる。

ネヴァドは大きな溜め息をついて「やられた」という表情を見せた。

「やったぞ~~セカンド~~~! 私たち、これで正式に交際できるな! 嬉しいぞ~~ッ!!」

「うおっ、と!」

感極まったノヴァは、満面の笑みでセカンドに抱きつく。

「あ、まだセカンドのご両親に挨拶へ伺っていないから、不十分だな。すまない」

「ああ、親いないから大丈夫」

「……そうだったのか。すまない」

「いいよ、謝んないで」

そう言ってはぐらかすセカンドの顔が何処か寂しそうに感じたノヴァは、セカンドを無言で抱きしめた。

普段の熱烈な抱擁とは違う、とても優しい抱擁であった。

「陸軍大将閣下には時間と場所と場合をわきまえるよう厳重に注意しておいた方がよいのではないかと私なぞは愚考してしまいますが、如何お考えですかな? カレント陛下。今のままでは貴国のモラルが疑われてしまう。それともそういうお国柄というのであれば、私はもう何も余計な口は挟みませんがね」

謁見の間だというのに二人の世界へ入ってしまったセカンドとノヴァを見て、シガローネが呆れ顔で皮肉を口にする。

投げかけられたカレントは、眉間の皺を更に深くして口を開いた。

「少し、仕切り直しをさせていただけませんでしょうか」

「断る理由はありませんな。いつまで待てばよろしいので?」

「明日の朝で、如何でしょうか」

「それで収拾がつくものなら」

「…………」

こうして、波乱の謁見は幕を閉じた――かに、思えた。

* * *

謁見が打ち切られた後、俺は王城の一室で待機している。

クラウスは長い間マインから離れることをよしとしないので、試合終了後すぐに帰っていった。帰り際、ほくほく顔を隠しきれていないくらいには有意義な観戦だったようだ。呼んでよかったな。

「――え、カレントさんと?」

「すまない、陛下に招待されてしまった。もし嫌なら、私から伝えておくが」

「いや、別に嫌じゃないけど……」

暫くすると、ノヴァが申し訳なさそうな顔でやってきて、このあとの予定について教えてくれた。

なんと、カレントさんが夕食に招待してくれたらしい。あんなに失礼ぶっかました俺をだ。凄ぇ懐の広い女王様だな。

うーん、嬉しいようで、残念なようでなあ。個人的には、ノヴァのすき焼きの方が楽しみだったな。

「セカンド~! もしかして、すき焼きを楽しみにしててくれたのか!? あぁ~~嬉しいぞ~~ッ!」

「む、むぐぐ!」

「安心しろ! 共に暮らせるようになったら、いつでも作ってやるからな! あ~ッ! なんて愛おしいやつなんだ~~! セカンド~~!」

「むぐぉ!」

ノヴァのやつ、以前にも増してスキンシップが激しくなってないか? いや、全く悪い気はしないけども。毎度ながら呼吸が苦しい。

それにしても、オランジの女王と夕食か。わりと良い機会かもしれないな。

ムラッティとの共同研究の成果、あれを女王の主導で有効活用してもらえたら、オランジ王国は一躍「魔術大国」に……なんて、そんなすぐには無理か。

だが、魔術学校のポーラ校長が言っていたような“しがらみ”は、国王には少ないだろう。女王へ直談判できるなら、オランジの学会やらなんやらを相手にするよりよっぽど効率的でいい。

ノヴァに任せておいてもきっと上手くやってくれるが、折角なら直接じっくりお話しておきたいよな。

「む、セカンド、もう準備が整ったようだ! 行くぞ~!」

「うおっ、待て、引っ張るな!」

ノヴァに腕を組まれたまま、王城の廊下を歩く。

すれ違う人たちは全員、俺たちを見てぎょっとした後、慌ててお辞儀をする。

そりゃ自分の国の陸軍大将がこんなデレデレの状態で彼氏と歩いてたら目を疑うわな。

「ここだ、着いたぞ~セカンド~」

「ここかぁ」

暫く歩くと、晩餐会の会場のような場所に行き着いた。

中に入ると、そこには既にカレントさんが待っていた。そして、その隣には、おそらく旦那さんだろう男性の姿もある。

どうやら、夕食はこの四人だけで食べるようだ。

俺とノヴァが椅子の前まで行くと、カレントさんが立ち上がり、神妙な面持ちで口を開いた。

「――セカンド・ファーステスト殿。この度は、ネヴァド・バルテレモンおよびヴァデル・バルテレモンによる礼儀を失した行為の数々、誠に申し訳御座いませんでした」

なんと、謝罪だ。

女王自ら頭を下げて謝ってきた。

「いや、気にしてないです。頭を上げてください」

「しかし」

「しかしも何も、別に俺も礼節なんて欠けまくってますし」

「はははっ……おっと失礼」

つい笑ってしまったというような感じで口を覆って照れた顔をしているのは、旦那さんだ。なるほど、堅苦しいイメージのカレントさんとは逆で、旦那さんは意外と素を出すタイプらしい。

そして、コミカルな動きでぽんと手のひらを打って、喋りだす。

「ああ、挨拶がまだでした。初めまして。私はセスタ・オランジと申します。魔術・言語学者の端くれです。セカンドさん、今日の学術大会、陰ながら拝見しておりましたよ。いやあ、実に素晴らしかった!」