軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

283 怒って糞ルール即撤回

* * *

―― あの(・・) ノヴァ・バルテレモン陸軍大将が、公衆の面前で男と抱き合っている。

否、ただ抱き合っているだけではない。“イチャイチャ”している。

俄かには信じられない光景が、彼らの眼前で繰り広げられていた。

「セカンド~~! ヴァーリーンでのデート以来だな? 寂しかったぞ~」

むぎゅっとセカンドに抱き着いて、蕩け切った声を出すノヴァ。熱烈にもほどがある歓迎の仕方であった。

その場に居合わせた人々は「デート??」と耳を疑う。デートとは、慕い合う二人が日時を決めて会うことを意味する。

つまり……いや、 そんな馬鹿な(・・・・・・) 。人々の心の内を代弁すればこうである。

彼らは、目の前で自国の大将が見たこともないほどデレッデレの顔で男と抱き合っている事実を容易には受け入れられなかったのだ。

中には噂に聞いていた者もいる。先のタイトル戦で、ノヴァ・バルテレモンにはセカンド・ファーステストという彼氏ができたと。

まさか、あり得ない――現場を目撃していない者は、誰もが否定した。

彼女は、ついこの間まで「人類最強」だったのだ。未だにそうだと信じて疑わない者も多い。

終身栄誉処女。彼女を倒せるような強い男でない限り、彼女と付き合うことは許されない。そんなバルテレモン家のルールを揶揄した異名であるが、しかし誰も彼女の実力は疑わず、彼女に敵う者などいないと確信していたからこそ、その名が定着してしまった。

今、皆の目の前で起こっているこの事態が意味するものは、つまるところ――セカンドがノヴァ以上の強者であるということに他ならない。

でなければ、こんな行為が許されるはずもないのだ。

誰に許されないのか。具体的には、バルテレモン家のルールを定めた 二人の男(・・・・) に……である。

「今ちょうど用事が終わったところで、会いに行こうとしてたんだ」

「本当か、嬉しいぞ! では、私が王都ダイダを案内しよう!」

え!? と、驚く者が数名。ようやくノヴァに追い付いた陸軍の部下と、未だにデレデレと化したノヴァの姿に理解が追い付いていない者たちであった。

ノヴァは現在、シガローネ率いる帝国特使団に対する一個師団を動員した王都特別警戒態勢の指揮の真っただ中。セカンドを引き連れて王都を歩いている暇などあるはずがない。

そもそもノヴァが男と二人きりで王都を歩くなど、それは明らかにデートである。言わば、前代未聞の事態だ。

「……あ、用事のついでみたいになってすまんな。気分は全然ついでじゃない。メインだメイン」

「セカンド、言わずともわかっているぞ! そして気にすることはない。私はセカンドが約束を違えるような男ではないと知っている」

「そうか。ならよかった」

「それに、大切な用事だったのだろう?」

「ん? ああ。オランジ王国で学術大会があるって聞いたから、良い機会だと思って、これを発表してたんだ」

ノヴァはセカンドと抱き合う体勢から、腕を絡めて横から密着するような体勢へと位置を変えて、セカンドが取り出した冊子を同じ方向から一緒に覗き見た。

暫く離れていたからか、ベタベタしたい欲求が爆発でもしたかのように、頑として体を離そうとしない。

セカンドもセカンドで、悪い気はしないうえ、心臓に毛が生えているため、ノヴァの密着を受け入れている。

その間も「一体何を見せられているんだ……?」と、会場の人々は困惑を極めていた。

「ば、馬鹿者がッ……!!」

不意に、ただただ唖然としていた男が我を取り戻し、声をあげる。キャスタル王国魔術師会特別栄誉教授イーコイだ。

彼が怒鳴ったのは、たった今セカンドが行ったことについてである。

「え、うるさっ。何、俺?」

「クハハッ、私が答えよう。よろしいだろうか、イーコイ教授」

「……ッ……」

首を傾げるセカンドに、ノヴァは微笑みかけてから、イーコイへと有無を言わさぬ口調で問いかけた。

陸軍大将と特別栄誉教授では、権力があまりにも違う。イーコイは首を縦に振らざるを得ない。

「見たところ、この冊子……魔術習得の常識が根底から覆されるようなものなのだろう? 私が理解できないことを期待していたところすまないが、残念、理解できてしまった。そして容易に信じられる。他の誰でもない、セカンドが書いたという事実が私をそうさせる。このような素敵な発表が行われているオランジ王国魔術学会学術大会に出席されている魔術研究者諸君は、さぞ素晴らしい方々に思えるな。この冊子の内容をあたかも信用していないというようなポーズを取り、その実は国に帰ってから我がものとして利益を貪ろうなどという魂胆の者は……まさか、いるわけもない」

ノヴァはイーコイの心中を見透かすように語る。図星を突かれ過ぎたイーコイは、冷や汗を流しながら苦虫を噛み潰したような顔でただ黙っていることしかできなかった。

「だが、安心しろ。たとえそのような不埒者がいたとしても、私の手にこの冊子が渡った今、その小癪な目論見は水泡に帰したと言っていい。セカンド、礼を言うぞ。オランジ王国陸軍大将、このノヴァ・バルテレモンが、責任を持って陛下へと進言しておこう」

セカンドの発表した情報を個人で独占し、利益を貪る。または、国と取引する。そういったことを狙っていた者は、この場に少なくない。

しかし、セカンドがノヴァへと冊子を渡してしまったことで、事情が大きく変わった。

ノヴァはオランジ王国の陸軍大将、すなわち軍のトップである。つまり、この瞬間、「オランジ王国そのもの」が、魔術習得の情報を握ったということ。

マルベル帝国も、キャスタル王国も、黙っていられるわけがない。この事態を知った各国は、是が非でも情報を得ようとするだろう。

情報を独占して取引で利益を得る、などと言っている場合ではなくなってしまったのだ。

「セカンド~、これで合ってたか? それとも、違ったか?」

ノヴァは相も変わらずキレッキレの頭を遺憾なく発揮して研究者を一人残らず黙らせた後、すぐさまデレッデレの顔になってセカンドへと甘えるように囁いた。

彼女の真に恐るべきところは、その異常な戦闘能力もそうであるが、極めて頭脳明晰な点であると誰もが言う。しかし……セカンドの前に限っては、もはや見る影もない。

端的な話が、べた惚れであった。

「ノヴァが進言するんじゃなくて、俺が直接言うことはできないか? オランジ王国の魔術が遅れてるって馬鹿にしてるやつらが多くてムカついたから、国王に一発キレておきたい」

「……キレずに言うのは無理か?」

「無理じゃない」

「すまない、キレないパターンで頼むぞ」

どれくらい惚れているかというと、国王陛下を相手にキレると言っている輩の謁見を彼女の一存で決めてしまうくらいには首ったけであった。

公私混同甚だしいが、しかし、ノヴァはこれでも陸軍大将。きちんと考えあってのことである。セカンドのお願いならばなんでも聞いてしまうというようなことは、ないだろう。おそらく。

「しかし、セカンドは陛下に怒っているのか? 何故だか聞いてもいいか?」

「魔術研究にあまり予算を割いていないらしいじゃないか。そんなんじゃあ駄目だと思うわけよ」

「それは、その通りだが……」

ノヴァはセカンドによる事実の指摘に納得する一方で、同時に疑問に思ったことを口にした。

「セカンドはどうして他国の他人の心配ばかりする? ことさら国を気にしない理由があるのなら、よければ教えてほしい」

「心配?」

「スキルを教えて回っているように見える。タイトル戦然り、記念パーティのビンゴ大会然り、帝国での一件然り、今回の予算の件然り、事あるごとに皆を育てようと動いているな?」

「ああ」

質問を受け、セカンドは「なんだそんなこと」という風に片眉を上げ、半笑いで答える。

「つまんないから」

とても純粋な言葉だった。

彼は良い意味でも悪い意味でも馬鹿である。彼のばらまく情報が戦争の引き金になる可能性さえ孕んだ劇薬であることなど、これっぽっちも考えていない。だが、そんな彼のためならばなんとしても戦争を起こさずに可能な限り協力してあげたいと考える各国の首脳もまた存在している。ゆえに、奇跡的なバランスが取れているのだ。

「ク、クハッ! クッハハハハハ!」

ノヴァは呆気にとられた後、豪快に笑った。

そして、セカンドをぎゅっと抱き寄せて、しみじみと一言。

「あぁ~~~、好きだ~~っ……!」

謎の告白。これで 素面(しらふ) である。

普段は、ただそこに立っているだけであまりの威圧感に後退りしてしまいそうになるほどの風格を漂わせ、一日に一度笑顔を見せるかどうかというほど厳格な佇まいで、寝る間も惜しんで訓練に励むほどストイックな、人類最強の名に恥じないオーラを持った女性なのだ。オランジ王国民全員がそのような認識だった。

それが、ものの数分で、跡形もなく崩れ去った。

あのノヴァ・バルテレモンが男の腕にひっついて愛の告白をしているだなんて、誰一人として想像のできない衝撃的な光景だろう。

ただ、その渦中の男はというと……。

「逆になんで国籍とか気にしてんのかがわかんねーな俺には。タイトル戦は皆で盛り上げていくものだろう? 技術を隠してばっかいたらろくに進歩しないぞ。そもそもお前らは技術どころかスキル習得方法さえ隠してる始末だ。だから明かして回ってる。大人しく待ってたらジジイになっちまうからな」

相も変わらず馬鹿げたことを言っていた。

それを聞いたノヴァは「クハッ」と笑って、口を開く。

「それで家族にメシを食わせている者もいるのだ。秘匿するのは許してやってほしい。事実、私もセカンドと出会うまでは手の内を隠していたからな。だが、私は、できる限りセカンドの力になりたいぞ! 手始めに、陛下との謁見だな! 私に任せてくれ、今すぐ実現してみせよう!」

「ノヴァ、こんなタイミングで言うなんて現金なやつだと思われるかもしれないが」

「なんだ?」

「好きだ」

「…………はぅん」

ワンテンポ遅れての告白返し。あまりの不意打ちに、ノヴァは可愛らしい声を出して気を失った。

セカンドとしては、思ったことをそのまま口に出しただけである。

実際、彼も理解しているのだ。「手の内を明かす」ということの心理的な難しさを。

だが、それでもノヴァは、力になりたいと言って、すぐさま行動に移そうとした。セカンドを信じ、損得を抜きに、己の常識をアップデートしたのだ。元闘神位であり陸軍大将という地位を考えても、容易にできることではない。まさしく愛である。

ゆえにセカンドは、つい、声に出してしまった。

結果が気絶である。

「……よし、じゃあ謁見しに行こう。案内してくれ」

「へ!? は、はい!」

セカンドはノヴァをお姫様抱っこして、ノヴァの部下の兵士に王城への案内をお願いした。

兵士は混乱と共に頷くよりない。

「ん、ん……? …………へぁん」

目を覚ましたノヴァは、自分がお姫様抱っこされているという事実に気付いて再び気絶する。

「……セカンド氏、パネェっすわそりは」

残されたムラッティやイーコイたちは、悠然と去っていくセカンドの背中をただただ唖然として眺めているよりなかった。

* * *

「――くっ、すまないセカンド! 走らせてしまって!」

「いや、別にいいが、なんで走ってるんだっけ?」

会場を立ち去って数十分後、意識の戻ったノヴァが急に焦り始めたかと思いきや走り出し、俺はわけもわからないまま並走している。

「今、王都にシガローネ・エレブニが来ているのだ! 私はその警戒のため指揮を取っている!」

「シガローネか。もう会った?」

「会ったぞ!」

「機嫌良かっただろ?」

「絶好調だったぞ! 将軍に戻れて嬉しいと顔中に書いてあって鬱陶しかった!」

「ははは、わかるわかる」

なるほど、シガローネが来てるからこんなに焦ってるわけね。

そんな状況でも俺に会いに会場まで来てくれたわけか。嬉しいじゃないの。

「で、なんで走ってるんだっけ」

「間もなく謁見だ! このままでは遅刻する!」

「そんなギリギリで会いに来てくれたのか」

「無論! 私の優先順位は一番から百番まで全てセカンドで埋まっているッ!」

「す……き焼き!」

「なんだ、食べたいのか!? では、今夜は家に来ないか!? 私が作ってあげるぞ!」

「いぇい! 行く行く」

「そ、そうか! た、楽しみだッ!」

危ねぇ、また弾みで言いそうになった。ここで気絶されたら完全に遅刻である。

いや、でもファインプレーだったな。お誘いを受けてしまった。ノヴァのすき焼き、とても楽しみだ。

もしや、お家デートか? いや、実家暮らしかもしれない。あまり浮かれない方がいいな。

なんて考えてる間にもう王城ですよ。あ~あ、高AGIのなせる技ね、これ。

……おっと、あの後ろ姿は。

「――おやおや廊下は走るなと学校の先生に教わらなかったのかね? いいや教わっているはずだ。その上で廊下を走るということは、教わったがすっかり忘れている間抜けかそもそも従うつもりのない馬鹿かの二択となるが、バルテレモン大将閣下はまさかそのような馬鹿でも間抜けでもあるまいし、いやはやおかしなこともあるものだ」

シガローネ・エレブニ。久々に会ったが、今日も 舌(・) 好調だな。

「これはエレブニ将軍閣下、失礼いたしました。つい自慢の彼氏と時を忘れて語り合ってしまいまして」

「ほう、自慢の彼氏! 大将閣下ともあろうお方が色事にうつつを抜かして謁見に遅刻寸前というわけでございますな。これは帝国を軽視していると捉えられても仕方のないように聞こえますが、如何お考えか」

「どうとでも言ってくれていい。私はセカンドと大事な話があったのだ。それより優先すべきことなど何もない」

「……これは、予想以上の重症と言うべきか」

なんと、あのシガローネが呆れ顔をしている。珍しい。

ノヴァのギャップにやられたのだろうか? わかる。可愛いよな。

「やれやれ。早い再会だったな、セカンド・ファーステスト。相変わらず他国の政治にちょっかいか?」

「久しぶり……でもないか、シガローネ。ちょっと老けた?」

「お陰様で忙しない日々を過ごしている」

「ナトと同じ皮肉言ってるぞ、それ」

「……チッ」

被ったのが嫌だったのか、シガローネは悔しそうな顔で舌打ちした。

相変わらず、皮肉には一家言あるようだ。

「凄いぞセカンド~! あいつに舌打ちさせるなんて、流石は自慢の彼氏だ~!」

「そうでもない」

「バカップルめ……」

なんだこの状況。

結局、三人でなんやかんや喋りながら移動していたら同じタイミングで謁見の間に到着してしまった。

仕方がないので、謁見の間の前で三人並んで声がかかるのを待つ。

その間も、当然のようにノヴァは俺と腕を組んで離れない。

まさか、そのまま謁見の間に入ったりは……

「――お入りなさい」

……するよねぇ!? するする。そう、ノヴァはこういう女子なんですよ。知ってる。

「面を上げなさい」

玉座の前で頭を下げて待っていると、落ち着いた女性の声が聞こえてきた。

ああ、そういえば、そうか。

「シガローネ・エレブニ将軍、ようこそいらっしゃいました。そして……セカンド・ファーステスト殿。ノヴァから話は聞いておりましたが、よもや……」

カレント・オランジ女王――オランジ王国の女王陛下である。

年齢は確か四十路くらい、茶色の髪を後頭部で纏めて、縁なし眼鏡をかけている、理知的な印象の女性だ。

しかしながら、その形の良い眉は困惑に歪んでしまっている。理由は考えなくてもわかる、俺と腕を組んだままのノヴァだろう。

それにしても、ノヴァは一体何を思って俺に引っ付いたまま謁見しているんだ? 聡明な彼女のことだ、きっと何か思惑があると思うんだが……。

「!」

直後、俺は気が付いた。

カレント女王の横に立っている人物。赤黒い短髪の、素手で何人も殺していそうな凄まじい眼光をしたガタイの良い男だ。誰かさんによく似ている。

そして、更にその横。

……ああ、見覚えがある。俺を射殺しそうなほど睨んでいる爺さん。メヴィオンにもいた、肉体派爺の異名を持つ男。

体術最強NPC――ネヴァド・バルテレモン。

「――陛下、失礼ながら。いや、しかし、私はもはや黙っておられません」

口を開いたのは、女王の横に立っていた男。

額に青筋を立てて、尋常じゃないくらいの威圧感を発しながら、言い放った。

「セカンド・ファーステスト、誰の許可を得てノヴァに触れているッ……!」

メッチャ怒ってらっしゃる。

「それほど我が娘に触れたくば、このヴァデル・バルテレモンを倒してからにせよ――!!」

やっぱり、ノヴァパパだったかあ……。

「…………」

不意に、ぎゅっと、俺の腕を握る力が強まった。

絶対に放すもんか、という風に。

なんとなく、俺にはそれが、ノヴァからのSOSのように感じた。

OK、任せな。

「いつでもどうぞ。足腰は大丈夫ですか?」

「足腰だと? 私に然様な安い挑発は――」

「え? 二対一じゃないんですか?」

「――ッ!?」

謁見の間にいるノヴァとシガローネ以外の全員の、息を呑む音が聞こえてきた。

ネヴァドさんと、ヴァデルさん。ノヴァの戦闘能力から二人の強さを予想するに、二対一できっと良い勝負だ。

そうだろ、お二人さん?

「おい、若ぇの」

ここで初めて、ネヴァドさんが口を開いた。

「後悔すんなよ?」

なるほど。

「シガローネ」

「なんだ」

「俺の心の声、当ててみな」

「こっちの台詞だ、耄碌してんのかジジイ」

「前半だけ正解」

「後半は大正解というわけだ」

「ノーコメントで」