軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

277 彼が小悪魔か、逆巻く憧れか?

魔術師の最高峰とは何か?

魔術学校に通い魔術師を目指す者は、誰もが一度は夢想することである。

この議論は、まず何をもって成功とするか、それが肝となる。

ルートは主に三つに分かれるだろう。

一つは、宮廷魔術師を目指す道。キャスタル王国に暮らす王国民であれば、これが一番の出世の道であると皆知っている。

次に、冒険者として名を上げる道。多大な危険が伴うが、実力さえあれば稼ぎは良い。

最後に、魔術学者を志す道。地味ではあるが、多くの者から「先生」と呼ばれ尊敬される職業だ。

しかし、それぞれの道の中でも、格差はハッキリとしている。

一生を平の宮廷魔術師として終える者もいれば、宮廷魔術師団長となって王国の国防を担う栄誉を得る者もいる。

死ぬまで低級冒険者の者もいれば、宮廷魔術師の給料の何倍も稼ぐ者もいる。

無名の研究者として薄給のまま終える者もいれば、各国の名立たる研究者たちが集まる学術大会で大勢を唸らせる者もいる。

一体、何が成功で、何が失敗なのか。魔術学校に通う学生は、そういった成功のビジョンが曖昧なまま過ごしている者が多いだろう。

だが、“最高峰”……これだけは、学生全員が異口同音にたった一人の名前を挙げる。

セカンド・ファーステスト――と。

第一宮廷魔術師団特別臨時講師を務め、先の内戦時は獅子奮迅の活躍を見せた男。現国王陛下マイン・キャスタルとも非常に懇意であり、その交友関係は国内外に広く及ぶと噂されている。

彼がリーダーを務めるチーム「ファーステスト」は、冒険者ランクAに認定されており、史上最速Aランク到達の記録保持者でもある。稼ぎは言うまでもなく莫大で、王都郊外の高級住宅街にある王宮よりも広い敷地の邸宅はあまりにも有名だ。

そして何より、魔術戦闘における頂点の証明、タイトル「叡将」の保持者である。

魔術の第一人者として長らく君臨し続けてきたムラッティ・トリコローリを下しての奪取は、多くの者に衝撃を与えた。

それだけではない。半年後、彼は防衛に成功した上で、前人未到の八冠を達成し、その地位を確固たるものとした。

特筆すべきは、彼が登場してからのタイトル戦の変化である。

水準が劇的に上昇したのだ。特に叡将戦は、魔魔術という新たなるメソッドが明かされたことにより、目覚しい進化を遂げている。否、今なお、進化の過程にあるとも言えるだろう。

まさに、魔術の歴史に名を刻む偉大な男であり、現時点で既に、歴史上最も魔術を発展させた男である。

つまるところ、セカンド・ファーステストは、全魔術師の憧れであった。

魔術の最高峰は間違いなく彼だと、誰もが口を揃えてそう語る。

当の本人はというと……そんな風に思われていることなど露知らず、魔術学校の廊下を歩いていた。

* * *

「こんにちは」

ガラッ――と教室のドアを開いて、中を見回す。

「きゃあぁっ!?」「え、嘘!?」「八冠!?」「はい!?!?」

黄色い悲鳴だけでなく、野郎たちからも「マジか!」「凄ぇ!」「本物だ!」と喜んでもらえて、留学生当時とは知名度が変わったんだな~と喜んでいたんだが……。

「間違えました」

「え?」

お目当てのニルはいなかったので、口の前に人差し指をあてて「しー」と内緒ポーズをとってから、ぴしゃりとドアを閉める。

「…………えぇ……」

教室内からなんともいえない困惑の声が聞こえてきた後、一気にざわざわと騒がしくなった。

ごめんなさい先生、なんとか収拾つけてください。

あと、暫く他の教員には黙っといてください。

「これで三つめか」

「師匠、そろそろ見つけないと、騒ぎを聞きつけて人が集まってきてしまいます」

「それもそうだな。じゃあ、挨拶もほどほどにして――」

「あの、ええと、ほんの少し隙間を開けて中を覗けばいいのでは」

「カッコ悪いからヤダ」

「全く……なんて、アカネコさんの口癖が移ってしまいそうです」

とか言いつつちゃんと付いてきてくれるあたり、ファーステストのメンバーはみな頼もしいな。

「こんにちは」

四つ目の教室。

ガラッとドアを開くと、一瞬の静寂の後、絶叫にも似た声が上がる。

あー、気持ちッ。気持ちが良いわ。前世でも流石にここまでのアイドル的な人気はなかったから、つい調子に乗ってしまうな。

「…………は!?」

「あ、発見」

そして、お目当ての人物を見つけた。

「よおニル」

「ば、ばっ、馬鹿か貴様、授業中だ!」

「また今度やれ」

「はぁ!?」

あれ、きっと寂しがっていると思っていたんだけど、あんまり嬉しそうじゃない。おかしいなぁ。

「今日は報告に来たんだ」

「……今でないと駄目なのか、それは」

「いや別に」

「では授業後にしてくれ頼むから!」

珍しく下手に出るニル。そんな彼の様子を、教室内の学生たちは興奮の最中でも「珍し~!」というような顔で見ていた。

「ほら、アルファだ。見つかったぞ」

俺はニルが一番喜ぶだろう人物を教室内に呼んで、再会させる。

「えっ、あ、ぉ……そ、そうか」

「何、照れてんの?」

「照れてない! というか敬語を使え! 僕は年上だぞ!」

「はい先生」

「馬鹿にしてるだろッ!」

教室内から笑いが起こる。

ニルもだんだん調子が出てきたようだ。

「……ってことでね」

さて、困ったぞ。早くも用事が終わってしまった。

しかし学生たちは、皆キラッキラとした期待の目でこっちを見ている。

一体何に期待しているのか? なんだろう。期待に応えなければ世界一位ではないぞ。

よし。

「じゃあアルファ、折角だから俺たちも授業を受けていくか」

「えっ」

「え゛」

アルファとニルから困惑の声が出て、直後に「きゃあーっ!」と教室中が盛り上がる。

どうやら正解だったようだ。

「なあ、今はどんなこと勉強してるんだ?」

たまたま視線が合った女子学生の隣の席に腰掛けて、そう尋ねてみる。

見たところ第一学年、つまり俺の後輩にあたるわけだ。成長を見越して買ったんだろうちょっと大きめのローブが初々しくて可愛いな。

「ど、どどど、どっ、ど、どんなっ、どんなこと、です、ですかっ!?」

「なんかごめん」

ヤバイくらい緊張していた。

「あ、あああ、あの、私あのめっちゃファンであの、そう、ファンクラブにも入ってまして、ええと、仲間たちにも、あの、代表して、あの、誇らしいといいますか、えっと、えー…………もう死んでもいいです」

「待て、どうしてそうなった」

「思い残すことはありません。よければ最期に握手してください」

「面白いよね君」

思い残してるし。握手。

しっかし、ファンクラブなんてあるのか……へぇ~(←嬉しい)

「ふうぉぉぉおおぉおおおっ! 一生洗えねぇええええええっっっ!!」

「やっぱり面白いよね君」

握手してあげると、彼女はガッツポーズしながらかすれ声で静かに絶叫した。

教室中から視線が突き刺さる。彼女がやかましいからではなく、「自分も握手を……」という視線だろう。

一人ずつできる時間があればいいんだが。あーあ、またユカリに叱られるな。

まあいいや、久々の学校だ、楽しんで帰ろう。

「ニル、授業して」

「できるかッ!」

「なんでよ。さっきはあれほど授業したがってたのに」

「貴様がいるからやり辛いんだ!」

「えー、見たいなぁニルの授業。なあアルファ、お前もニルの授業受けたいよな? な?」

「は、はい、それはまあ」

アルファに問いかけると、渋々といった風に頷いた。興味がないわけではないのだろう。

「……チッ、静かにしておけよ」

ちょろっ。

アルファに甘過ぎる。

「あー……クソッ、何処までやったか忘れたじゃないか。ええと……」

ニルはぶつぶつと悪態をつきながら、教科書とチョークを手に黒板の方を向いた。

スーツのようなピシッとした恰好だからか、きちんと教師に見える。

「先生ぇー、今はどんなこと勉強してるんですかぁー」

「黙れ」

「いや今のは真面な質問だったろうが!」

「声が馬鹿っぽかった。却下だ」

「学生の声が馬鹿っぽいからって理由で黙らせる教師は初めて見た」

「貴様が本当に学生だったらもっと懇切丁寧に教えてる!」

駄目だ、授業になんねえ。マジで黙ろう。

「チッ。静かになったところで、あー……魔術倫理についてだ。教科書14ページを開け。では出席番号14番、頭から全て読め」

随分と高圧的な先生だ。本当に教育実習中か?

「は、はい――キャスタル王国社会において我らが生活する上では、王国によって定められた法を遵守する必要がある。しかし魔術師というものは、そういった他律的行動規範のみならず、確固たる自律的行動規範を持ち、規律ある個人または団体として振る舞わなければならない。我々は、社会における今日の魔術師という地位を形成している一部分であることを自覚し、倫理的責任を負うべきなのである。何故ならば、魔術師が社会で最も魔術というものをよく理解しているためである。ゆえに魔術師は、魔術の専門性をより高め、法令を遵守し、自律的倫理性を磨かなければならない。それが、社会的受容に、ひいては王国民の安心と安全に繋がっていくのである」

……頭が痛くなるな。

つまり、倫理観のないやつが魔術師に一人でもいたら、他の魔術師も問題視されて、王国内での魔術師の立場が悪くなると。だから倫理的に問題のない行動を心掛けろよと、そういうことだろう? どうしてこうも難しい言い回しをするんだ、教科書ってやつは。同時に読解力も鍛えろってか? ありえそうだな。

しかし……へぇ~、魔術倫理か。その発想はなかった。

意外と興味深いぞ。俺は魔術戦闘については誰よりも詳しい自信があるが、この世界の魔術の在り方みたいなものは全くわからないから、聞いていて新鮮で面白い。

なるほどなあ。魔術学校では、こういうことについても教えているわけか。

「!」

ふと、俺の頭の中をとあるアイデアが過った。

学校で知識をばらまいたらどうなるんだろう――?

勿論、多種あるスキルの習得方法をまるっとそのまま公開するようなそんなアホなことはしない。ここは魔術学校なのだから、ばらまくべきは【魔術】だ。

しかし、そのばらまき方が難点である。皆が俺のように魔導書を開くだけで習得できるのならば、こんな大きな魔術学校などは建たないのだ。そう、【魔術】の習得には“理解度”のようななんらかの隠しパラメータが存在しており、一定の値をどうにかして満たすことで習得できるのかもしれない。

つまり、かつて俺がシルビアに教えたような、【魔術】の「極めてゲーム的なノウハウ」をばらまいたらどうなんだ……と、そんなことを俺は閃いちゃったわけだ。

効果はシルビアで実証済みである。シルビアの習得は平均と比べると相当早い方だった。恐らく、個人差はあるかもしれないが、俺の説明は理解度の上昇にそれなりの効果がある。

これが実現すれば、各種【魔術】の習得にすら苦戦している学生諸君の水準が、グンと底上げされるのではないだろうか。

魔術学校の授業は授業で大切だと思うが、せっかく魔術師を目指して勉強するんだから、全属性の【魔術】を扱えた方がきっと面白い。

そう、学校の授業のほんのおまけでいい。プラスアルファ的なものとして、学生たちに教えられる機会があれば……。

「駄目だ、こうしちゃおれん。ちょっと校長の所に行ってくる」

「は?」

校長に交渉だ。

“教育”……ああ、その発想はなかった。しかし、学校規模でそれができたなら、そんなに効率的なことはない。

なんだか急にワクワクしてきたぞ。

「ポーラさんに教科を増やしてくれと頼みに行ってくる」

「馬鹿を言うのもやるのも休み休みにしろ」

「休んだら言っていいのか?」

「チッ、馬鹿につける薬はないな」

「おいニル、そう気に病むな」

「貴様のことだ!」

思い立ったが吉日。ニルと軽く言い合いをして、俺は席を立った。

「えっ、授業はもういいんですか?」

アルファがきょとんとしながら口にする。

「聞きたい? じゃあ聞いてったら?」

「……いえ、非常に居辛いので付いていきます」

アルファも付いてくるようだ。

一瞬、ニルが寂しそうな顔をする。わかりやすいやつだな、相変わらず。

「皆、ニルのことをよろしく。こいつはこう見えて純粋で、過去に色々とあったが……ある意味“真っ直ぐ”なやつだ。信用していい」

その性格のせいでPvPはクソほど向いてないけどな。

「うるさい! 早く出ていけ!」

「はいはい、またな~」

学生たちに挨拶を終えて、教室を出る。握手会はまた今度だ。

さて、校長室はどっちだったか――。

* * *

「ニル先生って怖いよね」

ニル・ヴァイスロイが魔術学校で教鞭を執り始めた頃の、学生たちからの評価は、主にこうであった。

彼は、勘当されたとはいえ、生粋のお坊ちゃまである。魔術の名門ヴァイスロイ家に生まれ、貴族でありながら酷く甘やかされて育った結果、プライドばかりが高くなり、謙遜とは程遠い態度が常となってしまった。

ゆえに、相手が学生であり、自身が教師であっても、彼は丁寧語など喋らない。

いつだって高圧的で、冷たく突き放すような喋り方をする。

「それがいいんじゃない。貴女、わかってないわねぇ」

……だが、それがいい。と熱弁を振るう学生もいた。

「いい? ニル先生は貴族の生まれなのよ。そして、叡将戦出場者。生まれが良くて実力もあるんだから、上から目線で当然でしょう。丁寧に喋っていた方が、違和感というものだわ」

「なるほど。言われてみれば、そうかも」

ニルの魔術学校での評価は、意外と悪いものではなかったようだ。

それから暫くすると、ニルも学生たちも、互いに慣れてくる。

具体的には、ニルは授業のやり方を徐々に覚えてきて、学生たちはニルの人となりが見えてきたということ。

「ニル先生、意外とおっちょこちょいなところとか、いいよね」

「うん、いいよね」

「ねぇ聞いた? 昨日ケビン先生と喋ってた時、笑ったんだって!」

「えー! 見たかったぁ」

「萌え、だね」

「うん、萌えだね」

容姿が優れているということもあり、主に女子学生からの人気が高かった。

男子学生からはというと……。

「流石、叡将戦出場者は凄いな。説得力がある」

「ケビン先生も凄いけど、ニル先生の方がわかりやすいな」

「そうか? 俺はケビン先生の方がいいな」

「まあ、お前は宮廷魔術師コースだからそっちのがいいか」

「冒険者目指すならニル先生に聞いた方が為になりそうだな」

これまた、意外と悪くなかった。

やはり叡将戦出場者というのは、魔術師を目指す学生たちにとっては、憧れの的なのである。

そして――。

「――事件よ! 事件! ヤバ過ぎる!」

「見た!? 私は見たッ!! 聞きたいでしょう!? 聞きたいわよねぇ!?」

セカンド・ファーステストが来校した日の、昼休み。

学生たちは半ばパニック状態であった。

「あのニル先生が顔真っ赤にして声荒らげて……はぁあああ、堪らん」

「生セカンド様、クッソ良い匂いしましたよね」

「まだ教室と廊下にセカンド様経由の空気が残ってる気がして……私ちょっと深呼吸してきます」

「軽口を叩き合うあの友達感、やっぱりニル先生って凄かったんだね」

「嫉妬してニル先生に詰め寄るケビン先生が見える見える……」

「男三人、放課後、誰もいない教室、何も起きないはずがなく……」

セカンドが来ていたという噂はあっと言う間に広まり、あることないこと拡散されていく。

「なるほど、それで?」

「人差し指を口に当てられまして、悪戯っぽい笑顔で、しぃー……と」

「……おっと失礼、鼻血が。それで?」

そんな中、セカンドファンクラブの解析班は、放課後のクラブ活動のネタとすべく、事実のみを冷静に収集していた。

「凄いな王立魔術学校、八冠が来ちゃったよ……俺、入学できて良かった」

「メッチャクチャ美形なのな。間近で見てびっくりしたわ」

「一緒にいたのって、アルファ・プロムナード様でしょ。叡将戦出場者の」

「そうそう。師匠って呼んでたから、弟子入りしたんじゃない?」

「マジか。じゃあ次の冬季は」

「出るかもな」

「お前の推しだっけ」

「ああ。メッチャ強いよ。で、おっぱいがメッチャ大きい」

「知ってる。俺も今日でファンになった」

男子学生たちは、セカンドだけでなくアルファに関しても盛り上がる。

「それにしてもニル先生、凄かったな」

「ああ、俺ちょっと見直したというか、尊敬したわ」

加えて、何故かニルの株が上がっていた。

あのセカンド・ファーステストと仲良さそうに喋っている。たったそれだけで、学生たちからは尊敬の対象だったのだ。

「……握手、してもらいたかったなぁ」