軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

28 アシアスパルンの罠

アシアスパルンダンジョンはのっぺりとした灰色の岩に囲まれた洞窟である。

中へと入り、最初に出くわした魔物はゴブリンだった。茶色の肌をした猿と人間のハーフのような魔物で、こちらに気付くと前傾姿勢のまま手に持った棍棒を振り回して突進してくる。

「はっ!」

先制攻撃はシルビアの【魔弓術】、《歩兵弓術》と《火属性・壱ノ型》の複合である。

ゴブリンは「ぶギャッ」とブサイクな悲鳴をあげて、一撃で倒れ伏した。

「なるほど……」

俺の後ろにいたユカリが呟く。魔弓術が魔術と弓術の複合スキルだと納得したのだろう。

「これは余裕だな」

シルビアが言った。そりゃそうだよ丙等級だもの。

「よゆー!」

エコはよゆーよゆーと言いながらゴブリンの群に飛び込んでいった。

「ご主人様。よろしいのですか?」

「尤もな疑問だが……まあ見ていろ」

エコの先には10匹以上のゴブリン。そこへ突撃する小さな獣人の女の子。傍から見れば不安でしかない光景だが、彼女は壁のプロフェッショナル『筋肉僧侶』である。心配ご無用だ。

エコはゴブリンたちへと突っ込みながら《金将盾術》を発動した。すると、ゴブリンはまるで車に撥ねられたかのようにバッタバッタと弾き飛ばされていく。

ノックバックで倒れるゴブリンたち。そこへシルビアの矢が次々と飛来して、とどめを刺していく。

「……これは」

「エコは前衛、シルビアは後衛だ。エコが魔物のターゲットを引き受け続ける限り、無防備な魔物にシルビアの矢が突き刺さり続ける」

2人で行うダンジョン攻略の理想形の一つだ。単純に隙が少ないうえ、後衛が火力を出しやすい。

そうこう言っている間に、20匹近くいたゴブリンが全て掃除される。

この分だと俺が入ったら2人の連携の訓練にならないな。俺は不意打ちの警戒やユカリの護衛に専念するとしよう。

「経験値も美味しくないから先を急ぐぞ」

俺の指示にシルビアとエコは頷き、ずんずんと奥へ進んでいった。

ユカリは無言で俺の後を付いてくる。彼女が心を開いてくれるには、まだまだ時間がかかりそうだ。

「もうボスだ」

「早いな。まだ2時間と経っていないぞ」

「丙等級ってのはこんなもんさ」

アシアスパルンのボスはゴブリンケイオウという魔物だ。全長4メートルもある巨大な魔物だが、動きがのろく防御力も低い大したことのないボスである。だが周囲にゴブリンメイジという魔術を使う魔物が10匹ほどおり、ボスと取り巻きどちらにも気を配らなければならないのが面倒くさいところだ。

まあ俺たちくらいの火力があれば、ケイオウは2発、メイジは1発で落とせてしまうので、何ら苦労することはない。

「さくせんは!?」

エコが聞いてくる。何故かは分からないが、こいつ「作戦」が大好きなようで、ボスの前になるといつも作戦をねだってくるのだ。しかし今回は作戦も何も……

「…………!」

……駄目だ。キラッキラした目で期待してやがる。

「あー……エコは真ん中にいるでっかいののターゲットをとって、角行で耐えていてくれ。その間に俺とシルビアで終わらせる」

「おぉーっ! わかった!」

俺の適当な作戦を聞いたエコは、口をパッカーと開けて目を見開いて感心すると笑顔で頷いた。なんか騙しているみたいで申し訳なくなってくるが、本人はものすごい嬉しそうだからまあいいや。

「シルビアはいつも通り。ユカリは俺から離れないように」

「承知した」

「かしこまりました」

俺は最後にそうとだけ言うと、エコを先頭にボスのいる広場へと入っていった。

「でっかーっ!!」

エコが驚きの声をあげる。

確かにゴブリンケイオウはでかい。そして太い。見るからに不健康なデブさだ。それに比べてゴブリンメイジは小さくて細い。小枝のようだ。身長は1メートルもないんじゃなかろうか。

「行くぞー」

俺の号令で、まずエコがゴブリンケイオウに突っ込んでいく。

それと同時に、シルビアがゴブリンメイジを1匹仕留めた。シルビアは「味気ないな」と呟きつつ、もう1匹仕留める。

「……あれー?」

エコがゴブリンケイオウの一撃を《角行盾術》で防御して、そんな声をあげる。食らったダメージはたったの3ポイント。リンプトファートダンジョンのヨロイリザードよりも少ない。

「な、ナイスだぞエコ」

俺はとりあえず褒めておいてから、エコに構っているゴブリンケイオウに《飛車弓術》を放った。クリティカル出ず6680ダメージ。まずまずだ。

「…………っ」

ユカリが目を見開いている。ダメージ量に驚いたのだろうか。

俺は《桂馬弓術》と《銀将弓術》の複合であと2発だけ撃ってゴブリンケイオウをぶち殺す。

取り巻きのゴブリンメイジは既にシルビアが全て掃討していた。

「終わったか?」

エコへと近づき、周囲を見渡す。魔物の姿はない。

…………。

「………………あぁ?」

おかしい。

チーム結成クエストが完遂されない。

俺の覚えでは、丙等級ダンジョンのボスと取り巻きを倒した瞬間にチームが結成されるはずだが――

「――――ッ!!」

まずい!

俺が気付いた時には、もう遅かった。

全長4メートルのゴブリンケイオウの死体が一定時間経過により消滅していく。その陰に1匹、ゴブリンメイジが隠れていた。

ゴブリンメイジは瀕死の状態。必死の形相で魔術を唱えている。

そして、その発動のタイミングが「ゴブリンケイオウの死体の消滅」と一致した。

うわっ最悪だ!!

「クソッ!」

ゴブリンメイジがターゲットしている相手はユカリだった。

俺はユカリの手を掴んでこちらに引き寄せながら、ゴブリンメイジに向かって《火属性・壱ノ型》を撃つ。

次の瞬間。

ゴブリンメイジが絶命し――……

……――俺の立っている場所が「海の見える砂浜」へと変わった。

『吹っ飛ばしダンジョン』

アシアスパルンが何故そう呼ばれるか。

それはボスの取り巻きゴブリンメイジが瀕死の状態で使う《ランダム転移》という【魔術】が原因だ。

《ランダム転移》とは「対象をここから4km先の何処かへ転移させる」魔術である。

つまるところ「ダンジョンの外へと強制的に弾き出される」ことを意味する。

ゆえに『吹っ飛ばしダンジョン』……とはならない。実はそう呼ばれるようになったのはとある“発見”があったからだ。

ある日のこと。メヴィオンwikiに一つの報告が上がった。

題名は「足明日でクソ吹っ飛ばされた件」。

その内容は衝撃的だった。《ランダム転移》では4kmしか飛ばされないはずが、その報告者はなんと255kmも吹っ飛ばされていたのだ。

すぐさま有志による検証が始まる。

結果は驚きのものであった。

なんと「ゴブリンケイオウの死体が消滅する瞬間、その死体に触れているゴブリンメイジが《ランダム転移》を発動した場合、移動距離が4kmから255kmになる」という非常に不思議な現象だったのだ。かなり奇跡的な条件のために今まで判明していなかった新事実である。

プレイヤーたちはバグだバグだと大騒ぎした。

……しかし。実を言うと、これはバグでもなんでもなく仕様であった。

転移系の魔術は「その場から失われたMP量」で移動距離が決まる。ゆえに遠い場所への移動ほどMPを消費するシステムになっている。

今回の場合は「ゴブリンケイオウの死体が消滅する瞬間が、ゴブリンケイオウのMP全量がその場から失われた判定となる」ということ。すなわち、ゴブリンメイジの《ランダム転移》の距離にゴブリンケイオウの全MP分が加算され、結果255kmもの長距離転移になってしまっているのである。

ゆえに、この「クソ吹っ飛ばし事件」によって、アシアスパルンダンジョンは『吹っ飛ばしダンジョン』との呼ばれ方が定着するようになったのだ。

俺は、この事件をすっかり忘れていた。

丙等級ダンジョンのことなんて上位プレイヤーにはあまり関係がなかったからだ。

「……あーあ」

思い出した時にはもう遅かった。

目の前には広い海。青い空、白い雲。足元は砂浜。そして隣には

「な……!?」

流石に驚愕の表情を浮かべるユカリの姿。

そりゃ一瞬で海岸に移動していたら驚かない方がおかしい。そう考えるとユカリも意外と人間らしいところがあるな。

「心配するな。あのゴブリンに転移させられただけだ」

「……転移、ですか?」

すごい。もう落ち着きを取り戻した。

「ああ。多分さっきのアシアスパルンから255km離れた場所だ」

「…………」

ユカリは疑わしい目でこちらを見てくる。

だって本当なんだから仕方がないじゃん……。

「ん? おお! チームが結成されてるぞ」

ふと俺はその事実に気が付いた。やはりあのゴブリンメイジが最後の“取りこぼし”だったようだ。

「えーと」

俺はステータスウィンドウの右下からシルビアへ向けてチーム限定通信を起動すると、恐る恐る話しかけた。

「あー、あー……おーい、聞こえるかー?」

「ば、馬鹿者!! 何処へ行ったのだ!? 大丈夫か!?」

うおおおっ!? 耳がキーンとするっ!

「だ、大丈夫だ。転移魔術で遠くに飛ばされた。これから戻るからシルビアとエコはペホの町で待機していてくれ」

「そ、そうかっ! 安心したぞ。どれくらいかかる? 早く帰ってこい」

「んー……多分6日か7日はかかると思う。その間は休暇だ。のんびりしてろ」

「………………は?」

「じゃあなー」

「おい! ちょっとま――」

ぶちりと通信を切って、ユカリの方を見る。

「……本当にそれほど遠い場所なのですか?」

「勿論だ。嘘を言う意味がないだろ?」

「……ええ、まあ」

渋々頷くユカリ。

よくよく考えれば、これから一週間2人きりである。

これを機になんとか打ち解けたい――俺はそう思いながら、海岸沿いを北に歩を進めた。