軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

268 こいつ熱い子

「――ん……ん!? 暑っ!!」

ゴトゴトと馬車に揺られながら、壁にもたれて腕を組んで眠っていたシルビアは、目を覚ますと同時に叫んで立ち上がった。

異様に暑かったのだ。

気が付けば、馬車の中がまるでサウナのような暑さになっている。

「なんだこれは……たまげたぞ」

馬車の真ん中に立って、きょろきょろと周囲を見回す。

しかし、これといって、どうしようもない。馬車はまだ走っているため、容易に飛び降りるわけにもいかないし、仮に飛び降りたところで解決するとも思えない。

「……とりあえず落ち着くか」

あれこれ気を揉んだところで無駄だと考えたシルビアは、元の位置に戻って再び壁に背を預けた。

「熱ぅっ!?」

なんらかの理由で熱された馬車の繋ぎ目の金具が、シルビアの肌を容赦なく刺激する。

六十度近くありそうな金具の攻撃を受け、シルビアは堪らず飛び上がった。

「ぬぉ!? 痛ぁ!?!?」

その瞬間――目的地に到着したのだろう。馬車が急停止し、つんのめるようにして後輪が浮き、シルビアは馬車前方へと転げ、今度は後輪が地面へと叩きつけられる衝撃で、シルビアは勢い良く馬車後方へと吹っ飛び、ドアをぶち破って屋外へと転び出た。

「…………厄日だ」

地面へと仰向けに倒れた状態で、シルビアは思わず口にする。

「あ、いや、違ったかぁ。ふふふっ」

直後、セカンドと過ごしたことを思い出し、全く厄日ではなかったと思い直す。

数秒、そのままニヤニヤとしていると……今度は背中がどんどんと熱くなってきた。

「んなぁっ、あ、暑い! というより熱い! なんなのだこれは!?」

足を上げて反動をつけ、勢いと腹筋で一気に立ち上がる。

そして、シルビアが目にした光景は――。

「――なるほど、そう来たか」

そこらじゅうでドバドバと流れ出る マグマ(・・・) 。

馬車から降ろされた場所は、火山の火口だった。

あまりに異常な光景だったからか、シルビアは一周回ってやたらと冷静になり、この常軌を逸した暑さに納得する。

火山なら、そりゃ暑いに決まってるなぁ……と。

「いやいやいやいやいや!! 火山!?!?!?」

それから数秒後、時間差で混乱がやってくる。

瞬間、シルビアの脳裏に一人バーベキューの文字が過った。当然、焼かれるのはシルビアの方だ。

相当に険しい試練だと聞いていたが、まさか火山に置き去りにされるとは思ってもいなかったシルビアは、轟々と音を立てて流れるマグマを見ながら暫し呆然とした。

そうしている間も、チリチリと焼けるような熱を持った風が全身を刺激してくる。

ぼうっとしている余裕などない。

焦ったシルビアは、早く目的を達成しなければと周囲の探索を始めた。

この火山の何処かに、青い炎の鳥、火の精霊ブレ・フィニクスがいるはず。早いところそれを見つけ出し、契約をして帰らなければ、シルビアはいずれ熱で動けなくなってしまうだろう。

しかし……。

「――くそっ! 全然いないではないか!」

ここはフィニクスたちの巣のはずなのだが、何故かブレ・フィニクスどころかフィニクスすら見当たらない。

かれこれ一時間、シルビアはぐるりと火口を一周回って探索したが、一向に見つかる気配はなかった。

火口の周囲には、いない。となると……。

「……まさか、な」

シルビアの視線が、火口の中へと向く。

「いや、冷静になれ」

これまで幾度となくセカンドから危険な目に遭わされてきたシルビアだが、だからこそセカンドが一線は越えないことを知っていた。

火口の中に入るというのは、明らかに一線を越えている。そんな危険なことは、如何なセカンドといえどシルビアにさせることはないだろう。

つまり、火口の中ではない何処かに、フィニクスたちが隠れているということ。

「! しまった、忘れていた。そうだ、観察だ」

次第に落ち着いてきたシルビアは、初見の基本である“観察”を思い出した。

暑い中無駄に走り回ってスタミナを消費してしまったことを反省しながら、岩に上って周辺を見渡す。

「うむ、いないな。ということは、隠れているのか、もしくは……空か」

空を見上げるが、何も飛んでいない。

「ずっと巣にいるわけではないのかもしれないな」

少し観察したことで、そのような結論に至った。

となると、持久戦の可能性が高まる。

「巣に戻ってくるのを待ち構えられるような、涼しい場所を探す必要があるか」

シルビアは暑さから逃れるように歩いて、待機できそうな場所を探した。

しかし、火口付近にそのような場所があるはずもない。

結局、一番マシだと思われる大きな岩の陰に身を潜め、フィニクスがやってくるのを待つことにした。

「――やっと来たか」

三時間ほど経過した頃。

空を見上げていたシルビアは、日没と同時に飛んでくる何かの群れを発見した。

フィニクスの群れだ。パッと見ただけで、数十匹はいるとわかる。

「いた……!」

だんだんと下降してくる数十匹の中に、たった一匹だけ一際美しい青白く光る個体がいるのを見つけた。

あれが、ブレ・フィニクス――シルビアはそう確信する。

「む、あっち側かッ!」

フィニクスたちが空から降り立った場所は、シルビアが待っていた場所から火口を挟んでちょうど反対側であった。

シルビアは急いで走り、フィニクスたちがまた飛び去らないうちに接触を試みようとする。

しかし……。

「あ、このっ、待てっ!!」

あと十メートルほどというところで、フィニクスたちは一斉に飛び立ってしまった。

群れが地上にいたのは、時間にして僅か数分。

この数分の間に、ブレ・フィニクスと接触しなければならない。

「はぁ……はぁ……はぁっ……」

シルビアは肩で息をしながら、冷たい空気を求めて再び岩陰に戻った。

この灼熱の中を全力疾走するのは、さしもの鬼穿将であっても相当に辛いことのようだ。

「あの群れ、次はいつ来る……?」

岩陰から空を見上げて、ぽつりと呟く。

……次に群れがやってきたのは、それから約十時間後のことであった。

フィニクスの群れは、今度は夜明けとともに飛来する。

日没と来れば、日の出。当たりをつけるならこのタイミングだ。夜中の間にそう予想していたシルビアは、地平線から朝日が顔を出すギリギリで、既に岩陰から出てスタンバイしていた。

「やはりあっち側か!」

これも予想通り。

シルビアは群れの下降と並行して移動し、フィニクスたちの滞在予想時間である数分の間に、確実にブレ・フィニクスへと到達できるように調整していた。

しかし……。

「なぁっ!?」

フィニクスたちが降り立ったところへシルビアが歩いて接近した瞬間、フィニクスたちはすぐさま逃げるようにして飛び去ってしまった。

「何がいけなかった……!?」

十時間以上も待ってようやく訪れたチャンスをふいにしたシルビアは、暑さも忘れて暫し立ち尽くす。

暑さと疲労で頭が回らない。

こんなこと、前にもあったなあ……と、シルビアはぼんやり思い出した。

それは、タイトル戦初出場の三週間ほど前。セカンドからの指示で、シルビアとエコの二人が装備を全て外し、木の弓と木の盾だけでリンプトファートダンジョンを周回する訓練をしていた時のこと。

圧倒的火力不足の中、何時間もかけて魔物たちを慎重に処理していく。少しでも集中を切らせば振り出しに戻ってしまう。ゆえに、集中とリラックスを上手く切り替えることがとても重要なのだと身をもって知った。

思えばシルビアは、あの訓練でダンジョンに対する向き合い方を学んだ。

今回とて同様であった。

初心に帰るべきではないか。そう考えた途端、シルビアはハッとする。

気付いたのだ。これまで学んできた知識は、とても応用が利くということに。

「相手は精霊と言えど鳥だ。鳥目と言うではないか、暗いうちの視力は弱いはずだ」

対象の情報を様々な条件と照らし合わせ、弱点となり得る要素を見抜く。

数々の魔物と渡り合ってきたことで、急所を見抜く嗅覚のようなものがシルビアには備わっていた。

「……今のうちに地形を歩いて覚えておこう。かなり暑いが、三時間も岩陰で休めば調子も戻る」

地形の把握。有利を取れるポジションを調べ、いざという時に上手く立ち回れるようにしておく。

加えて自身のコンディションを管理し、チャンスタイムに万全の状態で挑めるようにしておく。

どちらもダンジョン周回では必須の技術だ。

「そうか、視力が弱いのなら、足音で逃げられている可能性もあるな……次の日没で少し実験してみるか」

そして、チャンスタイムが限られているのなら、無闇に挑戦はしない。

力を一点に集中させるように、準備に準備を重ねて、ここぞという時に挑みに行く。これも、事前調査の重要性と、定跡の有用性から応用できた。

「なんだ、よくよく考えてみれば、普段とやっていることは変わらんな」

極限状態にこそ、リラックスを。

これを実践しただけで、シルビアはまるで魔法のように冷静になり、見る見るうちにポテンシャルを発揮し始めた。

常に力み続けていたら、必ず何処かで限界が来る。常にリラックスし、力むべき時のみ力むことが、長時間集中を維持し続けるコツだ。

セカンドが言っていたのはこういうことだったのかと、シルビアは改めて身に染みて理解した。

――そして、日没。

「来たな」

シルビアは少し場所を移し、昼のうちに発見していた、フィニクスの着陸場所から二十メートルほどの岩の陰に身を隠していた。

彼女の中で、この岩の裏は二番目に良いポジション。一番良いポジションは、 本番(・・) のために温存してある。

「火口に下降、と。ふふっ」

こういったユーモアも、リラックスのコツである。

「さて、どんな反応を見せてくれるか」

岩陰の右側から体を乗り出して、シルビアは弓を構えた。

狙うは、ブレ・フィニクスの眼前。斜め前方から、目の前スレスレを飛んでいくように調整する。

「……!」

射った。

矢が狙い通りにブレ・フィニクスの眼前を斜めに通過し……少し遅れて、ブレ・フィニクスが驚いたように飛び立つ。

「やはり!」

音。

ブレ・フィニクスは、矢がよく見えていなかった。

目が見えていれば、接近してくる矢に対して反射的に回避行動をとるはず。だがそれがなく、遅れて反応したということは、音で驚いたと考えた方が自然。

つまり、駆け寄って逃げられた原因は、足音にあったと言える。

「…………」

作戦は、固まった。

あとは決行するのみ。

「まあ、そうか……たまには私も体を張らんとな」

シルビアはそう呟くと、意味深に笑って移動を開始した。

――十時間後、日の出。

空からフィニクスたちがやってくる。

シルビアはその様子を、着陸地点から僅か十五メートルという近距離で待ち構えていた。ここが地形調査で発見した最良ポジである。

「いい子だ」

予定通りの場所に降りてきたブレ・フィニクスを見て、シルビアはそう呟くと、おもむろに岩陰から姿をあらわにした。

そして…………足装備を外し、裸足となった。

「~~ッッッッ!!!」

歯を食いしばり、地面に裸足で立つ。

ここはマグマのすぐ傍。地面の温度は80℃を超えている。

しかしシルビアは、一切声を出さず、無駄に足を動かさず、一歩一歩、足音を立てないようにブレ・フィニクスへと近付いていく。

あまりの痛みに、途中、何度も足を止めた。

だが、彼女の中に諦めるという考えは微塵もない。

どうしてもブレ・フィニクスを使役したかったのだ。

あのセカンドがわざわざオススメしてきた精霊である。強いに決まっているのだ。絶対に契約しておきたかった。

ゆえに、足が大火傷になろうと関係ない。

死ぬほど痛かろうと関係ない。

ポーションで治るのだから問題ない。

今は、ただ、目の前の鳥を捕まえたい。

その一心で、激痛を我慢し、少しずつ少しずつ接近していった。

もはや根性のみで突き進んでいる。

今、この場で最も熱くなっているのは、彼女に違いなかった。

「…………」

そして、ついにブレ・フィニクスの背後に立ったシルビアは、ゆっくりと手を伸ばす。

その手がブレ・フィニクスの首根っこに触れた瞬間――ブレ・フィニクスは飛び立つ。

「熱っ!?」

まるで炎を触ったかのような熱さに、思わず手を引っ込めた。

同時に、ブチッ……と、小気味良い感触がシルビアの手に伝わってくる。

彼女の手には、青い炎のように揺らめく一本の羽が握られていた。

それを目にした瞬間……シルビアは、ブレ・フィニクスと何処か心が通じ合ったような気がした。

ああ、これでようやく契約できたのだ――彼女は、不思議とそう悟る。

「~~ッ! 痛たたた! 痛い痛い痛い!! あぁーっっ! くそっ! 痛すぎる!!」

ホッとした途端、それまでギリギリ我慢できていた痛みが襲いかかってきた。

シルビアは急いで靴を履き、ポーションを飲み、少しでも温度の低い岩陰に移動する。

「はぁ……はぁ……どうだ、見たか、セカンド殿……私だって、やる時は、やるのだ……っ」

ブレ・フィニクスの羽を握り締めながら、シルビアは空を見上げて独り言ちた。

こうして、三人全員が、目当ての精霊と無事に契約を結ぶことができた。

一方その頃、セカンドはというと。

「なるほど、死霊ねぇ」

とある一人の 侍(・) と、対峙していた――。