軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

215 見入る意味

「大丈夫、気負う必要はないぞ。かと言って、気を抜くなよ」

日が傾き、薄暗い中。

あんことミロクと向かい合い、セカンドは直立不動で言った。

「すぐ終わっちまうからね」

穏やかな声であった。

彼の言葉は、彼自身が体現している。気負わず、気を抜かず、至って自然体。

「……っ……」

キュベロとグロリアが、思わず固唾を呑んだ。

傍から見ていてもわかるのだ。セカンドの、その異常なまでの集中が。

当然である。命のかかった勝負。「本気でかかってこい」とは、「寸止めしてくれ」ということではない。「あわよくば殺せ」と言っている。

実を言えば、キュベロとグロリアの二人は、セカンドが虚勢を張っているのだと思っていた。常軌を逸した実力を持つあんことミロクの二人に対して、抗えるわけがないと思っていた。

どう考えても不可能なのだ。身の毛も弥立つバケモノが二体、同時に襲いかかってくるのである。これをいなすのは、まさしく至難の技。

しかし、それがどうしたというのか――と、彼を知る者は言うだろう。

至難の技など、これまで幾度となく呼吸するように魅せてきたではないか、と。

「準備は?」

「いつでも」

「同じく」

セカンドが聞くと、あんこは糸目と微笑みで、ミロクは瞑目と小声で返した。

「――始めい!」

アンゴルモアの号令で、勝負が始まる。

「いざ……!」

最初に行動を起こしたのはミロク。

《飛車抜刀術》、溜めるほど強力な抜刀攻撃。

「うふ、参ります」

次いであんこが、つい溢れ出た悦びに笑い声を漏らしながら、《暗黒召喚》を発動せんと右手を前に突き出し――

「!!」

――寸前で、キャンセル。即座の判断で、 影を消した(・・・・・) 。

《虚影》スキル。3秒間、如何様な攻撃も無効化する。クールタイムは300秒。

セカンドはいつの間にか手に 弓(・) を持っていた。そして接近するミロクを無視しながら、いつ射ったのかわからないほど微かな動きでスキルを発動した。

あんこに飛来したのは、単なる《歩兵弓術》。躱してしまえばどうということはない。しかし、何故だか、あんこは……それを躱してはいけないような気がしたのだ。

その判断は正解だった。瞬間、二本目の矢が飛来する。一本目と二本目の角度は微妙に調整されており、ほぼ同時にあんこへと到達するよう工夫されていた。躱していれば、これに当たっていただろう。

「ん」

セカンドは時計をちらりと見て、現在時刻を記憶した。《虚影》のクールタイム管理だ。

その間も、ミロクは飛車を溜めて接近している。

だが、セカンドは至って冷静に視線を動かし、弓をインベントリに仕舞いながら……“フロロカーボン16lb”を取り出した。

「……ふむ」

セカンドが発動したのは《金将糸操術》、半径4メートル以内の対象を糸で拘束するスキル。

ミロクはその漂う糸の危険性を察知し、4メートル手前で足を止め、落ち着いてセカンドの隙を窺う。

【抜刀術】ばかりのミロクには遠距離攻撃の手段がない。ゆえに、リーチの長い【糸操術】との相性は最悪と言えた。

「うふ」

だからこそ、あんことの連携が重要になってくる。

二人は、それを理解していた。

確かに、理解していたのだが。

「!?」

あんこは《暗黒転移》によってセカンドの背後へと瞬間移動し、《爪攻撃》を発動する。

次の瞬間、セカンドはまるで予定調和とでも言うかのように、平然と、悠然と、振り返り――《銀将盾術》を発動した。

盾の銀将は強化防御のスキル。そして、通常より0.01秒間縮まった、攻撃到達前の0.027秒間にスキルを発動させると……。

「よもや!!」

ミロクが驚きの声をあげる。

特定時間内パリィを成功させ、反撃効果の乗った《銀将盾術》をモロに受けたあんこが、ダウンしたのだ。

あの渾身の抜刀を眼球で受け止めたバケモノをダウンさせる……その事実はミロクの背筋に得体の知れない怖気を走らせたが、しかし、今は臆している場合ではなかった。

あんことミロクの攻撃は、僅か一秒ほどの差しかない。あんこの攻撃は弾けても、ミロクの攻撃は弾けないだろう――誰もが、ミロク本人さえもが、そう思っていた。

「変身」

「がッ――」

直後……《変身》が、発動する。

ミロクの繰り出した神速にほど近い《飛車抜刀術》は無慈悲にも無効化され、ミロク自身は《変身》の無敵時間によって吹き飛ばされ、ダウンした。

無敵時間は8秒間。6秒経過後から、自由に動くことができる。

「……っ……」

あんことミロクの二人は、無言のまま立ち上がった。

無駄口を叩いている余裕などないと理解したのだ。

ミロクは左方から強力な範囲攻撃である《龍王抜刀術》を溜め、あんこは右方から《暗黒魔術》を準備する。

完全に 殺すつもり(・・・・・) の布陣だ。

やはり、少々の手加減があったのだ。セカンドには死んでほしくないと、無意識に手を抜いてしまっていたのである。

だが、もはやその必要はないとわかった。

セカンドが動けないこの変身時間を利用して、容易には躱せない攻撃を準備する。決着とまでは行かなくとも、HPを1にすることはできるだろう程度にはえげつない挟み撃ちを。

「!」

6秒経過。同時に、セカンドはミスリルバックラーをインベントリに仕舞いながら、フロロカーボン16lbを進行方向へ 投げ捨て(・・・・) て、《龍馬体術》を準備し始めた。

これは、ダッシュパンチのスキル。つまりは、残り2秒の無敵時間で準備を完了させ、二人の同時攻撃に合わせて高速移動し、どちらか片方を潰しながら片方の攻撃を回避しようという考えである。

「見切った」

ミロクは確信した。自分の方へは来ないと。

何故なら《龍王抜刀術》は範囲攻撃。範囲外へ逃れれば回避はできるが、範囲内へ接近してくる者に対しては滅法強いスキルである。

ここで、先程あんこに対して使われたセカンドの《銀将盾術》に繋がった。あんこの《爪攻撃》を弾くだけならば、《変身》だけで事足りたのだ。わざわざ銀将で反撃を喰らわせた理由は、ダメージを稼ぎ、ここの龍馬であんこを仕留めるための可能性がある。

ミロクは瞬時にそこまで考えた。ゆえに、見切ったと、口をついて出た。

「愚か者!」

あんこが射殺すような目でミロクを睨む。

「!」

無敵8秒間が終了した瞬間、セカンドは ミロクへ向かって(・・・・・・・・) ダッシュを開始した。

予想が外れて動揺し、一瞬、反応が遅れてしまうミロク。予定通り《龍王抜刀術》を発動するが――

「う、上かッ!?」

範囲到達の寸前で、セカンドは地面を殴り、 上方向(・・・) へと飛び上がって躱した。

抜刀とは言わば刀の横スライド、《龍王抜刀術》は横方向に広い範囲攻撃。ゆえに、上空は些か手薄であったのだ。

「 」

ミロクはゾクリとする。

空中からミロクへと接近するセカンドは、インベントリから取り出したミスリルロングソードを構えていた。

そして放物線を描き落下しながら《銀将剣術》と《桂馬剣術》を複合させる。

強力な単体攻撃と、精密攻撃+急所特効のスキル。セカンドは、一切の情け容赦なく、急所である顔面を狙っているのである。

「させぬッ!」

土壇場の判断だ。

ミロクは《龍王抜刀術》使用後の硬直が終わるや否や、《人化変身》を解除した。

直後、ミロクは人間の姿から、 阿修羅(アスラ) の姿へと形を変える。

「ぐぅ……ッ!」

結果、セカンドの正確無比な一撃は、頭部からズレて、腹部へと突き刺さった。

「イイね」

ここで、ようやくセカンドが一言だけ発する。

急所を外す方法が、どうやらお気に召したようだ。

「……ご、ふ」

変身中の銀将桂馬複合というなかなかの攻撃を喰らったミロクは、HPを減らしながら後方へと倒れる。

「主様、あんこにも構ってくださいまし」

一方、《暗黒魔術》をキャンセルし、疾駆して間合いを詰めるあんこ。

このままではミロクがトドメを刺される、といったところで……あんこは《暗黒召喚》を発動した。

取り出したるは、黒炎之槍。一振りするたび黒炎を噴き出す、3メートルはあろうかという大槍である。

セカンドが最も警戒していた武器だ。メヴィオンでは「これを召喚されたら終わり」とまで言われていた。

しかし――

「没収~」

「あ、ら……?」

――《桂馬糸操術》。一定時間、糸に触れた対象を操るスキル。

セカンドの手には、いつの間にかフロロカーボン16lbが握られている。

そう、《龍馬体術》発動の際に投げ捨てたものだ。

基本的に【糸操術】は火に弱い。異常な火力を持つあんこの黒炎など、到底耐えられる強度ではない。そのため、あんことの距離が開いている現状、糸を使って何かを狙うことは無謀と言えた。

だが、その糸が、既に地面を伝って伸びていた場合。不可能は可能となる。

セカンドは数十秒も前にこの展開を読んでいた。否、試合が始まる前から予想していた。このタイミングであんこが《暗黒召喚》を使ってくることなど、対策していて当然であった。

「嗚呼、嘘……これでは、まるで……」

セカンドに操られ、黒炎之槍を地面へと捨てさせられたあんこは、微かに震えながら呟く。

その言葉の続きは、この場にいる全員が思っていたことだ。

――まるで勝負になっていない。

あんこは、怒りに震えていたのだ。セカンドの期待に応えられない、愚かな自分への怒りに。

「ぬああああッ!」

唸り声をあげ、血を吐きながら起き上がったのは、ミロク。

三面六臂、2メートルを越す巨体を存分に活かし、《桂馬抜刀術》を準備してセカンドへと飛びかかる。

セカンドはミロクが起き上がるとほぼ同時にあんこを転ばせダウン状態に、それから《桂馬糸操術》をキャンセル、インベントリからミスリルスピアを取り出して《飛車槍術》を準備した。

《飛車槍術》は、槍を構えて突進し、最後に突きを入れるスキルだ。ミロクへの突進なら、ぶつかり合った後に、黒炎之槍を拾ったあんこを相手取るセカンドが不利。あんこへの突進なら、あんこは起き上がった後の対応が間に合うスキルは《爪攻撃》程度しかなく、ミロクには遠距離攻撃の方法がないため、セカンドが有利。

ここは、あんこに向かうだろう。腹部に受けた傷の痛みに耐えながら《桂馬抜刀術》を発動するミロクは、思考を巡らせ――

「否!」

気付いた。セカンドは、こちらへ来ると。

ミロクはすぐさま空中で桂馬をキャンセル、カウンター+防御の《金将抜刀術》を発動する。

その直後、セカンドはくるりと方向転換、ミロクへ向かって突進を開始した。

やはり、とミロクは納得する。

あんこが《飛車槍術》に対応する手段は、もう一つあったのだ。

それは……《暗黒変身》。狼形態となれば、あんこへの物理攻撃は一切無効となる。

「いざ」

そして、ミロクの読み通り、ダウンから起き上がったあんこは《暗黒変身》を発動した。

それを見て、セカンドは突進を止めるかと思いきや、そのままミロクの横を通り過ぎ、回り込むようにして停止、《飛車槍術》をキャンセル、そして《龍馬槍術》の準備を始める。

その間に、あんこは狼型への変身を着々と進めていた。あと4秒もすれば、恐るべき速さでセカンドへと近付き、《爪攻撃》を喰らわせるだろう。

だが、セカンドの準備している龍馬は、衝撃波による遠距離攻撃とはいえ物理属性の攻撃。狼型のあんこに通用するものではない。

「!!」

直後、ミロクとあんこは認識を新たにする。

セカンドは《龍馬槍術》へ《風属性・弐ノ型》と《土属性・参ノ型》を《相乗》させた。

そう――【魔槍術】である。

しかも、龍馬の遠距離攻撃に、弐ノ型の風で範囲を広げ、飛び散りやすい土で威力を底上げしていた。その上、ミロクの後ろに回り込んだことで、あんことミロクを同一射線上に置いている。

全くもって抜け目のない一撃だ。「常に複数の狙いを持て」とは、セカンドの言葉だが、まさしくそれを体現したような立ち回り、一石二鳥どころか三鳥四鳥の一手。

「ぐ……!」

ミロクは今からセカンドの龍馬を潰しに走っても間に合わないと悟り、金将をキャンセル、大きく横に移動して回避行動を取った。だが、傷の痛みで思うように動けない。

次の瞬間、セカンドの龍馬が発動。衝撃波と風魔術によって放出された《土属性・参ノ型》がまるでクラスター弾のように飛び散り、ミロクとあんこを襲う。

ミロクは間一髪で直撃を免れるも、余波を喰らい、体勢を崩してダウン。あんこは再び《暗黒変身》を行ったが――

「は、ぁんっ!」

《相乗》は、一つの攻撃に二つの魔術を乗せるスキル。複合とは違って、若干威力は落ちるものの、槍術の属性も魔術の属性も有しているスキルであった。

そのため、あんこは龍馬分の攻撃を喰らって、ダウンする。

「……………………」

――まさか、このような状況があり得るとは。

意味がわからない。

観戦していたキュベロとグロリアは、絶句するしかなかった。

いや、時には、笑っていたかもしれない。もはや、笑うよりなかったのだ。

そして、痛いほどに心臓を鼓動させながら、魅入られたように見入っていた。今、目の前の、あり得ない、信じられない、嘘のような現実を。

あんことミロクが、共に倒れ伏している……!

一方のセカンドは、無傷だ。たったの一撃も受けていない。

それが単純な強さではないと、二人は観戦者の立場であっても理解していた。

STRとAGIだけを見れば、ミロクの方が上かもしれない。スキル一つ一つの厄介さを見れば、あんこの方が断然上である。

それでも、何故、ここまで圧倒的なのか。

……技術だ。対人戦における技術。その一点が、天と地ほども違うのだ。

侍同士の試合ならば、ミロクはここまで追い詰められることなどないだろう。【剣術】【弓術】【魔術】だけのセカンドならば、あんこはここまで追い詰められることなどないだろう。

「なんでもあり」のPvPにおける技術の差、たったそれだけである。

この男は、今や八冠。

だが、まだまだ、道のりは長い。

段々と、近付きつつあるのだ。世界一位の、本来の姿へ。

そして、この世界の住人は、次第に気付きつつあった。セカンドの語る、本物のエンターテインメントの姿に。

「――なあ」

セカンドは、ダウンから回復せんとしているあんことミロクに向かって、静かな声で語りかける。

その目は据わり、淀んでいた。まるで、この世界へと来た時のように。

「舐めてんのか?」

それは小さな苛立ちだった。

そして何より……自分への、虚しさ。

「舐めてんのかって聞いてんだよ」

「主様、然様なことは!」

「余とて、真剣そのもの」

「だったら俺を裏切れ。頼むから……意味を、教えてくれ」

器用に一瞥もくれずミスリルスピアをインベントリに仕舞いながら、セカンドは言う。

かつては「神経が通っている」とまで謳われた、そのインベントリ捌き。

そんな昔話を思い出し、セカンドの虚しさは更に加速する。

それが、刹那、意味のないもののように思えてしまったのだ。

もしや、この世界は、あの世界に成り得ないのではないか。ほんの一瞬だけ、そう危惧してしまったのだ。

「ああ。なんなんだ、俺は。馬鹿らしい。いつだ? 一体いつまで待てばいい? なあ。いつになったらなれる? 俺は――」

彼の目指す頂は、このようなものではなかった。

常に、常に、常に、常に、常に、期待を下回られる。

いや、期待を良い方に裏切られ、心躍ることは何度かあった。だが、それは、成長性を見込んでの条件付きだ。

彼が最も期待していた二人も、結局、裏切ることはなかった。

成長性は大いにある。未だかつてない高レベルでもある。宝の持ち腐れだ、洗練されれば話は違ってくるだろう。

しかし、それでもまだ、全くもって足りない。

一体いつになったら届くのか。彼にとっては気が遠くなるような思いだった。

差は歴然としている。言ってしまえば、今のセカンドが二人がかりでも、在りし日のsevenとは、まるで勝負にならないだろう。

そんなsevenでも苦戦するような相手が何人もいる世界。

その世界の頂点。それが、それこそが、彼が返り咲かんとする、たった一つの頂。

「――俺は、いつになったら、世界一位になれるんだ?」