軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

213 立つ案もぎ取ると疑問あった?

――《洗脳魔術》。

今は亡き女公爵ルシア・アイシーンが遺した、争いの火種。

「洗脳ババア」の異名を持つNPCの彼女は、ユカリの元雇い主である。

宰相バル・モローの陰謀によってアイシーン公爵家は取り潰され、一族全員が処刑された。

しかし、ルシアは絶望の中でも、ほんのわずかな希望を繋いだ。ユカリという、当時は名前すらなかった一人の女暗殺者に、そして彼女を手に入れるだろう新たなる主人に、洗脳魔術というスキルの全てを託したのだ。

そうして、洗脳魔術はセカンド・ファーステストへと受け継がれた。

キャスタル王国を守るため、ユカリを御することのできる優秀な人間に引き継ごうという、ルシアの思惑は成就したのだ。

その後、王国において巻き起こった政争、バル・モロー宰相の先導による帝国派の駆逐に、セカンドは洗脳魔術を二度使用する。

更には、 刀八ノ国(トウハチノクニ) の 兜跋(とばつ) 流家元ケンシンを罰するために、一度。

計三回、使用した。

一通り使ってみて、彼は思う。「洗脳魔術はつまらない」と。

元より、彼は“チート”が大嫌いだった。彼の愛するメヴィウス・オンラインというゲームにおいて、チートは害悪でしかなかった。

洗脳魔術は、チートにほど近い反則技だったのだ。

身命を賭して目指すべき頂点である「世界一位」に、この洗脳魔術は必要ない。二度と使うことはないだろうと、セカンドはそう心に決めていた。

だが……たった一人、セカンド以外に洗脳魔術の習得方法を知っている者がいた。

ユカリの使役する精霊、ウィンフィルドである。

彼女は洗脳魔術のこれまでにない特殊さを具に感じ取っていた。

ひょっとして精霊の自分でも習得できるのではないか、と。

結果は大当たり。ウィンフィルドは難なく習得に成功した。

それは、洗脳魔術が元はNPC専用スキルであったことなど、様々な要素が噛み合わさって起きた数少ない成功例である。基本的には、精霊はスキルを新たに習得できない。

ただ、洗脳魔術においては、習得できてしまった。

そして、彼女は嬉々として実験を行う。

一体どれほどの情報を詰め込んだ洗脳ができるのか。使用制限回数を少なめに見積もっても四回と推察していた彼女は、うち三回を実験に費やした。

彼女とて「洗脳魔術は特に必要ない」と考えていたのだ。ゆえにそのような贅沢な使い方をした。しかし、“大好きな彼”を喜ばせるために使うことは、彼女としてもやぶさかではない。

だからこそ、四回目、想定していた最後の一回は、それまでの実験結果と照らし合わせ、最大限に 面白い(・・・) 使い方を考えた。

「――冗談でしょう?」

最初に、ウィンフィルドから「セカンドに洗脳魔術をかける」という話を聞いたユカリは、静かな怒りとともに冷たい表情でそう口にした。

自分の使役している精霊が、自分の主人を洗脳するなど、言語道断である。

「でも――」

だが、ウィンフィルドが続けた話を聞いていると、次第に考えが変わってきた。

ユカリにも思うところがあったのだ。彼女は、夏季 一閃座(いっせんざ) 戦においてラズベリーベルの使用した武器「黒ファル」の六段階性能強化に協力している。それは見ようによっては、主人に謀反を起こしたと捉えられても仕方がない行動であった。

そう、共感である。

セカンドを楽しませたい……ユカリも、ウィンフィルドも、根本はそこだ。

黒ファルの時、ユカリには確信があった。セカンドは怒らずに喜んでくれるという確信だ。

しかし、今回の場合はどうだろうか? ユカリは少々不安に思えた。

あのただでさえブチギレやすい世界一位狂いの男が、世界一位を忘れさせられて、なんの興味もない皇帝などを一ヶ月も目指すことにされては、怒らないわけがないではないか……と。

「それは、どうかな~」

ウィンフィルドは相変わらずの眠そうな目で、ユカリの疑問に一言だけ返す。

彼女は既に覚悟を完了していた。セカンドに嫌われる覚悟だ。

セカンドから、世界一位の男から、一ヶ月を預かった。であれば、自身の考え得る最高のシナリオで、最高に楽しませたい。たとえそれで、自分が嫌われてしまうとしても……。

「……いいでしょう、許可します」

ある種の、プロ意識のような徹底。

その熱意に押されてか、理由はそれだけではないが、ユカリは許可を出してしまう。

実を言えば、ユカリも見てみたかった。そして讃えたかったのだ。セカンド・ファーステストが、たった一ヶ月でマルベル皇帝の座を手に入れてしまう光景を。

敬愛する主人ならば、容易く達成してしまうだろう。そう思えて仕方がなかった。

そして、彼が本気で皇帝を目指したとしたら、それは絶対に―― 楽しい(・・・) ことになる、とも。

「流石、マスター、だねぇ」

ウィンフィルドは静かに笑う。

ユカリも“こちら側”であるという確信があったのだ。

人生を賭けて楽しむためだけに生きる素晴らしさを理解することのできる者だと。

遊戯に生きる者を見て、楽しむことができる者だと。

こうして、セカンドに洗脳魔術を使用することが決定した。

内容は、彼の夢を「世界一位」から「皇帝」へとすり替えること。

つまりは、彼が今、世界一位に返り咲くため注いでいる常軌を逸した熱意が、全て、皇帝の座を目指すために注がれるということ。

これが一体どのような結果をもたらすのか。

その答えは、今のところ、ウィンフィルドのみぞ知る……。

「――ってなわけで俺、一ヶ月で皇帝になってくるから」

夕食時。

全員集合したリビングにて、セカンドはあっけらかんとそう言った。

「……ふむ……」

全員、スルーであった。

シルビアは空返事。エコは食事に夢中で、ユカリは無言、ラズベリーベルは「まあそれもええんちゃう」とニッコリ。アカネコは「コウテイ?」と首を傾げている。

セカンドがこのような荒唐無稽なことを突然言い出すのは、全くもっていつものこと。皆、見慣れた反応であった。

「いいか? 俺に言わせたら、今の皇帝は全然なってない。皇帝とはなんぞやということを何もわかっちゃいない。我慢ならん。もう見てられん。とっとと俺が皇帝になるしかない」

「…………」

「とりあえず色々と考えたが、まあやっぱり実力勝負がいいと思ってな。正体を隠して潜入することにした。キャスタル王国にいるわけのわからん国の全権大使で八冠王の男がいきなり帝国にやってきたら、明らかに警戒されるからな」

「…………」

「ウィンフィルドから聞いたんだが、帝国はレイス対策で 針検査(・・・) をしているらしい。城に入るやつは全員、腕にプスッと針を刺されるんだとさ。レイスで 変化(へんげ) しているやつは、それで変化が解けちまう。そこで、俺は対策を立案した」

「…………」

「とりあえず右腕をもぎ取ろうと思う。それからレイスで変化して、義手をはめれば検査対策はバッチリ――」

「セカンド殿」

「なんだ?」

「馬鹿も休み休み言え」

「馬鹿だと?」

「当然だ。疑問に思う余地もない。一ヶ月で皇帝など土台無理な話だろう」

「おいおい、舐めるなよ。俺なら行ける。帝国は徹底的な 実力主義(・・・・) だ。何をするにもまず実力がものを言う。そこに身分など関係ない。ほら、後はわかるな?」

「むぅ……いや、それが本当だとして、たった一ヶ月でなど」

「まあ見ておけ。勝算はある。空前絶後の超絶怒涛の功績をドッバドバあげて、パパパッと皇帝になってやるぞ俺は」

ギラついた笑みを見せるセカンドに、シルビアは「やれやれ」と溜め息をついた。

そんな二人の様子を見て、ユカリは静かに呟く。

「なるほど……」

何も変わっていない――それが、この中で唯一、洗脳の事実を知るユカリの印象であった。

確かに、セカンドなら言いかねないのだ。「世界一位になるために、まずは一ヶ月で皇帝になる」などと、むしろ言いそうなくらいの言葉である。

本来なら彼にとって興味の欠片もないはずの皇帝という座。しかし、彼女たちが普段から嫌というほど散々聞かされている「世界一位」という彼の夢が、あまりにもザックリとしていてスケールが大きすぎるために、今回の「皇帝になる」という目標がどうしても単なる 過程(・・) としか思えないのだ。

そして、セカンドは今日も至って平常運転だった。

世界一位を維持していた頃の自信をそのままに、本気で一ヶ月後には皇帝になろうとしている。

城に入り込むためだけに自身の右腕をもぎ取ることも厭わないあたりが、特に彼らしい。

一ヶ月で皇帝など、正直言って狂っている。だが、彼は普段からこれ以上なく狂っていた。

ゆえに、誰一人として、セカンドが洗脳されていることに気付けない……。

「センパイ、ちょっとええか?」

「おお。どうした? ラズ」

セカンドとシルビアの話を聞いていたラズベリーベルが、半笑いでセカンドに声をかけた。

怪しまれたか? と、ユカリはラズベリーベルを注視したが、その表情を見るにどうやらそうではないらしい。

「腕なんかもがんでも、検査官を洗脳したったらええやん。ほんなら帝国での手駒も増えて一石二鳥やろ?」

「採用! 流石はラズ。大学に通っていただけはある」

「なんやその微妙な褒め言葉……ま、まあ嬉しいけどやな」

ラズベリーベルの助言に、セカンドはポンと手を打って頷く。

その案を採用するとすれば、それはセカンドにとって四回目の洗脳魔術。すなわち最後の一回だ。そんなに大切な一回を、皇帝を洗脳するために使おうなどとは端から考えていないあたりが実にセカンドらしいと、ユカリはそう考えて小さく笑った。

世界一位を目指すために洗脳魔術は不要。勝負の場を整えるために使っても、勝負そのものに使ってはならない。その考えは、ウィンフィルドによって目標を皇帝にすり替えられていてもまだ健在であった。だからこそ、セカンドは検査をパスするためだけに最後の一回を使おうとしている。

ユカリは理解した。本当に「すり替わった」だけなのだと。

洗脳されていても、セカンドの根の部分は、完全にセカンドのままであった。

結果はわかりきっている。彼がこのまま行けば、普段通りの考えで、普段通りの行動をして、普段通りに有言実行するだろう。

そして、洗脳が解けた時、彼が何を思うかも――。

「ご主人様」

「ん?」

だとすれば、もう、彼女が言えることは、これしかない。

「どうか、楽しい 一ヶ月(バカンス) を」

* * *

翌朝。

ひとまずアルファの実家を目指すため、俺はファーステスト邸の門の前でグロリアと待ち合わせをしていた。

一ヶ月間でマルベル皇帝の座を目指すというのに、何故アルファの家なのか。ウィンフィルド曰く「行ってみればわかる」とのこと。

なんだよ、それ。めっちゃワクワクするなあ!?

「おはよう」

「早朝です、朝早いです」

ワクワクしすぎてついにはムラムラしていると、静かにグロリアが現れた。徒歩で。しかも一人で。本当にエルフのお姫様なのか疑わしいレベルのラフさである。

相変わらず綺麗な白銀の腰まで伸びた長髪は、朝日に照らされてキラッキラだ。服装は夏にしては厚着なモノクロコーデのシャツとカーディガンとロングスカート。記念パーティでは確かモノクロのドレスだったっけ。こいつは白黒が好きなのだろうか?

「おう、おはよう。今日も良い白黒だな」

「ありがとう、好きなの」

「メリハリです、スッキリです」

よく見ると、帽子から靴まで、全てが白と黒で構成されている。凄まじいこだわりっぷりだ。

「おはよう御座います、グロリア様。それではこちらへ」

挨拶もほどほどに、キュベロがグロリアを馬車へと案内する。

今回の旅の御者はキュベロに頼んだ。一応、元 千手将(せんじゅしょう) の強者とはいえエルフのお姫様を馬車にのせるのだから、信頼して任せられる者でなければならない。一時は馬の扱いに長けている馬丁頭のジャストも考えたが、あいつの場合は得意の馬以外がてんで駄目だ。よって全てを器用にこなすキュベロが今回は適任である。

「では、セカンド様も」

「ああ」

グロリアに次いで俺も馬車へと乗り込む。入口上部にキュベロの手が添えられているあたり、本当にこいつはそつがないな。任せて良かった。

さて、いよいよ出発か。目的地はマルベル帝国南部にある都市「アカー」だ。二日もあれば到着するだろう。

それにしても、道中この高級馬車が盗賊に襲われたとしたら、逆に盗賊に同情してしまいそうだな。御者は 闘神位(とうしんい) 戦出場者だし、中からは元千手将と八冠王が出てくるんだから。

まあ、そもそも俺とグロリアの出る幕はないだろう。キュベロ一人で全て片がつく。安心して旅ができるな。

とはいえ、二日間、この狭い車内でグロリアと二人きりか。その点は不安だが……。

「わあ、この馬車揺れないね」

「静かです、滑らかです」

「エコが酔うからな、王都で一番良い馬車を買った。というか、お前もお姫様だったら良い馬車なんじゃないのか?」

「わたし、全然移動しないから」

「引きこもります、読書しています」

「へぇ。本が好きなんだな」

「好きだよ。色々学べるの」

「植物読んだ? 草花読んだ?」

「ああ、借りてた植物図鑑か。読んだぞ。ほら」

俺が植物図鑑を返すと、グロリアはニッと微笑んで受け取り、右手の人差し指をピンと立ててから口を開いた。

「じゃあ、問題っ」

「問題ィ?」

なんでまた急に?

「春になると小さな細長いツボみたいな白い花がいっぱい咲いてー」

「アセビ」

「せ、正解です、早いです」

「ちなみにアセビを食う魔物や動物はいない。毒があるからな。すり潰してポーションに調合すれば虫特効が付与される。酸系の攻撃ポーションと組み合わせて虫型の魔物を相手に使うといいぞ」

「凄い! その話、図鑑に載ってなかった」

「為になったです、勉強できたです」

だろう? メヴィオンに関する知識なら任せろ。

「じゃあ、花言葉は知ってる?」

「……すまん、なんだっけ」

メヴィオンに関係ない知識は皆無だ。俺はぽりぽりと頭をかくしかない。

すると、グロリアはにっこり笑って、こう言った。

「――二人で旅をしましょう」

……何故か、鳥肌が立つ。

これを言いたいがために、彼女は俺に図鑑を貸したのだろうか?

だとしたら……面白い女だ。実に。

これからの旅が、より一層楽しみになった。

「よろしく、グロリア」

「うん、よろしく」

「よろしくです、よろしくです」