軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

210 記念パーティ(中)

「パーティーに出るのなんて、何十年ぶりだろう?」

「久しぶりです、久方ぶりです」

「今日は本当に良い気分」

「あの人と喋りたいです、あの人とお話したいです」

「楽しみ」

「何を伝えましょう、何を語りましょう」

「杖術のこと」

「それのみです? それだけです?」

「できたら、本のこととかも」

ぶつぶつと独り言を呟きながら、八冠記念パーティの会場に現れたのは、モノクロのゴシックドレスに身を包んだ、腰まで伸びた銀色の長髪が特徴的な美しい女エルフであった。

元 千手将(せんじゅしょう) グロリア――その名を知らぬ者など、この場にはいないだろう。

しかし、彼女の 素性(・・) を知る者は、数えるほどしかいない。

「わたしの席は」

「F席です、Fのテーブルです」

グロリアは、案内状を見ながら、彼女の中にいる彼女の友達シウバへと話しかける。

シウバは、グロリアの口を使って、席を声に出す。

誰がどう見ても独り言であるが、彼女にとっては、幼い頃からずっと続いている立派な会話だ。

「――御機嫌麗しゅう存じます、 姫(・) 」

「―― 姫(・) 、どうぞこちらのお席へ」

グロリアがF席周辺に近付くと、同じテーブルのケビンとニルが頭を下げて丁重に出迎え、グロリアを席へと案内する。

元ヴァイスロイ家の嫡男が、自ら率先して、嫌な顔一つせず、手ずから椅子を引き、グロリアを座らせた。

姫……その言葉の通りである。

グロリアは、エルフ族を統べる族長の娘、すなわち姫。

全てのエルフにおいて最も高貴なる血族の一員。

「ケビン、ニル。あれ? ニル、ケビン?」

「誰がどっちです? どっちが誰です?」

「まあいいや」

「良い景色です、良い眺めです」

グロリアは席に着くと、相変わらずぶつぶつと独り言を呟きつつ、ケビンとニルを一瞥してから、景色を確認するように前後左右を見渡した。

すると、同じF席のアカネコ、レンコ、シルビアと視線が合う。

「刀の娘と、拳の娘と……?」

「弓です、弓です」

「そう、弓の娘」

「刀の勝負観てました、拳の試合観てました」

「本は我慢したの」

「偉いです、凄いです」

「あの人が出てたから」

「興味あります、気になります」

「でも、夜は読んだよ」

「日課です、習慣です」

それは恐らく、彼女たち三人に語り掛けた言葉。

「う、うむ……?」

しかし、如何せんグロリアとシウバの間で会話してしまうものだから、三人はただただ呆然としてしまった。

そしてグロリアもまた、特に気に留めた様子もなく、慣れたことと言わんばかりに、また周囲を観察し始める。

変わり者――誰もが彼女にそのような印象を抱くことだろう。

……ゆえに、彼女がエルフ族の姫であることを知る人間は少ない。

隠していたのだ。エルフ族の上層部は、こんな変わり者の娘が姫だと、エルフはともかくとして、人間には知られたくなかったのである。

一族の恥……中にはそう語る者もいた。

だが、正真正銘、彼女はエルフ族の姫なのだ。

その白銀の長髪と、天稟とさえ言える才能が、何よりの証拠。

だからこそ、エルフたちは彼女に最大級の敬意を払う。

長き時を生きるエルフは、血筋と才能を何より重んじる種族なのである。

「あの人は、本、好きかな?」

「多分微妙です、恐らく微妙です」

「そうかな」

「おすすめしましょう、読んでもらいましょう」

「そうだね」

ぶつぶつ、ぶつぶつ。

彼女の怪しい独り言は止まらない。

だが、それが単なる独り言ではないと理解している者が、この会場にたった一人だけいた。

ネトゲという特殊な環境ゆえ、数々の自称「不思議ちゃん」と渡り合わざるを得なかったあの男である。

その男は異常に経験豊富だった。世界一位という有名さが、彼にそうさせた。やはり、良くも悪くも、彼の周囲には人が集まるのだ。

ただ、そのような経験があったからこそ、彼はグロリアの本質をすぐさま見抜き、そしてすんなりと受け入れられたのだろう。

それは、彼にとって当然のこと。極めて自然体で接し、至って普段通りの会話をした。なんら特別視などしていない、いつもと全く同じ彼の行動だ。

それが、グロリアの興味を強く惹いた。

彼は、彼女の“初めて”を一度に奪い過ぎたのだ。

――初めて、嘘偽りなく普通に接してくれた人。初めて、初対面で気味悪がらなかった人。初めて、何も気にせずに会話ができた人。初めて、杖術で完全敗北を喫した人。初めて、本の続きより先が気になった人。

これは、至極当然のこと。あの日あの時、彼女が彼と出会った瞬間から、こうなることは確定していたのだ。

でなければ、彼女はここまで足を運ぶこともなければ、ここまで おめかし(・・・・) することもない。

決して、恋愛感情などではないが、しかし。

エルフの姫グロリアは、セカンド・ファーステストに心を奪われていた――。

「えー、皆様ご存知の通り、八冠を達成しましたセカンドです」

全員が揃ったところで、マイクを片手にそんなことを喋りながら出てきた男。

セカンド・ファーステスト八冠。

今日は、彼のタイトル八冠達成を記念するパーティーである。

「一閃座・叡将・霊王を防衛して、四鎗聖・千手将・天網座・闘神位・毘沙門を獲りました。セカンドです」

そんなことは誰もが知っているが、男は重ねに重ねて強調しまくった。

彼には深い考えなど何もない。

単純に、嬉しいのだろう。

「ということで、乾杯!!」

何が「ということで」なのかは相変わらずよくわからない。

だが、ほとんどの出席者たちは、彼がそういう性格だと知っていた。ゆえにこのタイミングでなんの疑問も持たずに「乾杯!」と声に出しグラスを掲げられる。

そもそも、八冠自身が八冠を祝えと口にしてライバルたちを招いているおかしな状況だ。そのくらいのおかしさなど今更である。

そして、それでも心から祝えるのが、彼の打ち立てた八冠という記録の偉大さだった。

――八冠。

あまりに現実的でない記録と言える。セカンドという男がタイトル戦へと姿を現すより前に「八冠」などと口にすれば、誰もが鼻で笑っただろう。

半年前ですら、そうだった。三冠という前人未到の大記録をその目にして感動と興奮に涙するセカンドのファンでさえ、八冠と聞いたら「それは流石に無理」と即答するに違いない。

その無理が、実現してしまった。

今、彼らは、歴史の真っ只中にいるのだ。

あと数年もすれば確実に教科書に載る男を祝うパーティーに招待されている。それが、悔しくて、誇らしくて、仕方がない。

八冠という記録がどれだけ凄いことか、それを一番良く知っているのが、他ならぬ彼らであった。

だからこそ、ライバルであっても祝える。

タイトルに賭けるものが大きければ大きいほど、八冠という記録の凄まじさを痛感するのだ。

しばらく経ち、今やプロレベルとなったソブラ料理長主導による一流の食事や、メイド隊によるハイクオリティな吹奏楽などを楽しみ、宴もたけなわという頃。

例のごとく、ビンゴ大会の景品が発表される。

使用人によって会場に運び込まれた大きなボード、そこに掛けられた黒い布が剥がされたその瞬間――会場は俄かに騒然とした。

「……ん!?」

「おいおいおいおいおい!」

「え、大丈夫なんですかねこれ……」

スチームが思わず立ち上がり、ヘレスが焦ったような声を出し、チェリは呆れながら呟く。

出席者のほとんどは、驚くか呆れるか、そのどちらかの反応を見せた。

「ふぉおおおおおおおっ!!」

奇声をあげて喜ぶのはムラッティ。

そこまでの行動はしないが、内心では同じくらいに喜んでいた者は多かっただろう。

景品は、常識では考えられないものだった。

四等~二十六等:“小スキル”なんでも一つ

一等~三等:“大スキル”なんでも一つ

二十七等:“お願い”なんでも一つ

「父上、どういうこと?」

レイヴは俄かに状況を飲み込めなかったようで、ロスマンに説明を求めた。

「四等以下は、剣術において飛車ならば飛車の習得方法を教えてくれるということでしょう。三等以上は、剣術ならば歩兵から龍王の全てを教えてくれるということでしょうねぇ」

「それは、セカンド八冠が、僕らに?」

「でしょうねぇ……」

「……嘘ぉ」

もはや景品というレベルの話ではない。

これを一言で表してしまえば、価値観の違いであった。

セカンドにとっては「覚えていて当然」のスキルでも、この世界では「一子相伝の極意」の可能性があるのだ。

この際、セカンドが何故そのような門外不出の貴重な習得方法を網羅しているのかという点は置いておいても、それを三十人近くいるライバル全員にビンゴの景品として教えてしまうという頭のおかしな行動を、誰もが理解できなかった。

「あ、うちのチームメンバーと使用人は除外で」

ビンゴカードの配布中、セカンドがマイクを使ってそんなことを口にする。

出席者三十五人中、身内は八人。残りは二十七人。

つまり、二十七等まであるビンゴの景品は、全員分きっちりと用意されていることになる。

「はぁー? おいメイド、お前それでいいのか?」

「ええ、これでよいのですわ」

プリンスは、同じテーブルにいたシャンパーニへ向けてそんなことを言う。シャンパーニは、誇らしげに頷いた。

すると、その横にいたノヴァが一笑し、沈黙を破る。

「クハハッ、そんなこともわからんのか?」

「あぁー!? んだコラァ」

「今、セカンドが除外した八人は、 いつでも聞き放題(・・・・・・・・) ということだ」

「……は?」

「そして私もいずれその中に入る。ムフフッ」

ぽかんと口を開けて固まるプリンスを前に、ノヴァはだらしのない顔で嬉しそうに笑う。

スキルを教えてもらえるのが嬉しいというより、セカンドと一緒のチームに入れるのが嬉しいというような顔であった。

「いつでも聞き放題って……アカネコちゃんも?」

「弟子だから、そうだろうねぇ」

ノヴァの言葉を傍で聞いていたアザミとマサムネの二人は、その驚きの事実に改めて愕然とする。

「あの才能溢れるアカネコちゃんがそんなにいっぱいスキルを覚えちゃったら、きっとタイトル保持者に……」

「……なれないだろうね。この場にいる全員が、八つのタイトル戦に同時出場できるくらいスキルを覚えていたとしても。セカンド君、負けるつもりは微塵もなさそうだよ」

「だから、惜しげもなく教えてくれるのね」

「見せつけられてるんだよ、ボクらは。セカンド君の“自信”を」

「無自覚、でしょうねぇ」

「それが尚更悔しいねぇ……」

ぷすり、と。

ビンゴカードの真ん中に穴を開けながら、姉妹は静かに溜め息をついた。

* * *

「はいはいはいはいはい!! キタキタキターッ! 拙者拙者ーっ!」

俺の八冠記念パーティー恒例ビンゴ大会はまたもや熾烈を極めた。

たった今、二十七等が確定し、ようやく終了である。

どうやらムラッティのようだ。

一等二等三等は、確かシェリィとヴォーグとプリンスだったか。

皆、なんのスキルを希望するのか楽しみだ。ムラッティの「お願い」は、全く楽しみではないが……まあ、言い出したのは俺だから仕方がない。後でそれぞれの席まで行って聞いてやろうじゃあないか。

それより何より、今はもっと大事なことがあった。

ビンゴ大会が終わったら、ユカリに時間を作っておいてくれと頼んでいたんだ。

「ええと? これは、一体……?」

お、来た来た。

ビンゴ中にこっそりと姿を消していたシャンパーニとイヴに連れられて、ユカリが会場へと現れる。

待ち構えるのは、俺と、シルビアと、エコ。一歩下がって、ラズとアカネコとレンコだ。

「皆様、ご歓談の最中では御座いますが、しばしのご注目をお願いいたします」

加えて、マイクを手に司会進行を務めるキュベロもいる。

ここにいる九人には、明確に一つ、共通点があった。

それは、ユカリの世話になっているということ。

皆の使っている武器も防具もアクセサリーも全て、ユカリが手入れをしている。

なのに、この会場にいる大半が、その事実を知らないだろう。

俺が三冠を獲った時、皆がユカリのことも認識するものだと、そう思い込んでいたが、そうはならなかった。

俺が世界一位になるのなら、その鍛冶師も世界一位でなくてはならない。

皆が俺の八冠を祝うのなら、ユカリも八冠の鍛冶師として祝われなければ気が済まない。

その上で、俺は、俺たちは……彼女にとても感謝しているのだ。

「ユカリ」

「は、はい」

俺たちと向かい合うと、ユカリは珍しく緊張の表情を見せた。

何を言われるのか見当もつかず、ドキドキしているのだろう。

「元奴隷、暗殺者、使用人、鍛冶師、秘書、メイド長、家令。お前の肩書きだ」

「え、ええ、まあ」

「多すぎる」

「まあ、はい、今更ですが」

「その、なんだ、だから……一つに絞れ」

「はい?」

あー、小っ恥ずかしいなあ。

「つまり……今日のように、表舞台に立つときは、俺たちの鍛冶師として立ってほしい」

「鍛冶師として……」

俺は預けていたプレゼントをキュベロから受け取ると、ユカリの目の前に持っていく。

「私たちからだ、ユカリ。受け取ってくれ」

「うけとってくえ!」

「食べたらあかんで、エコ」

シルビアとエコも、ラズのツッコミを受けつつ隣に並んで、共に。

「これは……ドレス? スーツも?」

きょとんとした顔でプレゼントを受け取ったユカリは、その中身を確かめる。

「うむ。ユカリはいつもメイド服だからな。スーツは私が選んだものだ」

「ドレスはシャンパーニの意見を参考にした」

「ええ、きっとユカリ様に似合いますわっ」

「ネックレスはイヴの手作りらしいぞ」

「……ぅ……ぁ」

「似合うといいなぁ、だってさ」

どのような場にも、ずっとメイド服を着てメイドとして参加していたユカリ。

彼女がメイドという仕事に誇りを持っていることは明らかだった。だが、それと同じくらい、鍛冶師という仕事を大切にしてくれているのもわかっていた。

彼女は、メイドでもあるが、チーム・ファーステストのメンバーでもある。

チーム・ファーステストの鍛冶師ユカリとして、もっともっと大勢の人に高く評価されてほしい。

そんな願いを込めて、このプレゼントを皆で贈ることに決めた。

余計なお世話だって? いいや、違うね。

彼女は、確かにこう言ったのだ。

俺と共に世界一位を目指すと。世界一位の鍛冶師になると。

これは、その第一歩である。

鍛冶師ユカリが世界に認識されるその瞬間を、皆で祝うのだ。

「ユカリ。お前は俺の鍛冶師だ。八冠の鍛冶師だ。だから……これから、こういう機会では、その服を着て、俺の隣にいてくれないか?」

「…………はいっ……!」

真正面から向き合ってそう言うと、ユカリは目を潤ませて頷き、俺の胸に飛び込んできた。

よかった。

全ては彼女の自由。メイドだろうが鍛冶師だろうが、ユカリの好きなことを好きなようにやればいい。

それでも……俺の隣に立つことを選択してくれるのなら、こんなに幸せなことはない。

「喜んでくれたようで、よかった」

シルビアが笑いながら言った。

そうだな、ほっとしたよ。

ただ、泣くほど喜んでくれるとは思わなかった。

最近になってしみじみ思うが、ユカリの冷淡な表情や態度は、生来のものではなさそうだ。単に、元の職業柄、ポーカーフェイスが異常に上手いというだけなのだろう。

まだまだ、俺の知らない彼女の顔がありそうだ。

感極まり俺の胸の中で泣き出した彼女は、とても魅力的だった。

俺だけでなく、皆にも見せてあげたい、ユカリの良い一面だ。

世界一位の鍛冶師ユカリとは、こんなに可愛くて優しくて仕事も家事もできて鍛冶師として超一流な凄い女なのだ。自慢して回りたいくらいである。

そして、半年後には。鍛冶師ユカリとして、共に、表彰を受けたい。

彼女も、ファーステストの一員なのだから。

「さて、パーッとやるか!」

俺は声を張り上げて、一時中断していた皆の歓談を再開させる。

記念すべき八冠達成パーティー。これはユカリのパーティでもあるのだ。

だったらもっと盛り上げなきゃいけないだろう。

「お前たちも一緒に盛り上がろう」

俺は《精霊召喚》と《魔召喚》で、アンゴルモアとあんことミロクを喚び出し、自由行動を命じた。

念のため、来賓には危害を加えないように言っておく。ほら、こいつら常識ないから……。

「じゃあ、巡回していきますかね――」