軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

178 千手将戦 幕間

「……恐ろしいな」

「うん、すごい」

試合終了後の観客席にて。数分経ってようやく口を開いたシルビアに、エコが言葉を返す。

「ええ。ご主人様はまだあれほどに底が知れないのかと身が震え――」

「――ユカリ、違う。恐ろしいのは 彼女(・・) の方だ」

「……今、なんと?」

観客の反応は二分化していた。

圧倒的大差で一方的に勝利したセカンドを畏敬の念とともに称賛する者と……あのセカンドに真正面から一撃を与えた彼女を驚愕とともに称賛する者に。

前者は非出場者に、後者は出場者に、とりわけセカンドと一戦交えたことのある者に多い反応であった。

「セカンド殿の あの顔(・・・) を、たった数回の打ち合いで引き出した。これがどういうことかわかるか?」

「いえ……ご主人様の、お顔? あの少年のように無邪気で素敵な笑みのことでしょうか?」

「そうだ。あの笑顔、私にはこの半年でようやく見せてくれるようになった」

「あたしも!」

「それを、たったの一戦で引き出すなど……」

ぶるり、と体を震わせる。

シルビアはチーム・ファーステストの中で最も長くセカンドと共にいるという自負がある。ゆえにこう思うのだ。あの笑顔こそが、勝負事における彼の 素(・) なのではないかと。

つまりは、猛者の集うタイトル戦でさえ、セカンドに素すら出してもらえない相手がほとんど。そんな中、やっと自分とエコにだけは素を出してもらえるようになったと喜んでいたところに……彼女が現れた。

「わかるで。嫉妬しとるんやろ」

「!」

ラズベリーベルが指摘する。

図星であった。シルビアは、グロリアに嫉妬しているのだ。

「あの女、多分天才や。倍々で成長するで。半年も経ったら、もう追いつけんようになっとるかもな?」

「まさか、いくらなんでも倍々は……」

「センパイって、この半年でどんくらい成長しとる?」

「…………倍々、どころの騒ぎではないな」

「自分もう目の当たりにしとるやん」

「そうか……そうだな。すまない」

才能の壁。

誰しもがいつかはぶち当たる、ぶ厚く頑丈な高い壁だ。

シルビアが直面するのは、これで二度目だった。

「センパイの育成に頼りっきりはあかんっちゅうこっちゃ」

「うむ、本当にな」

「あたしもじぶんでがんばる!」

「そうだな、エコも共に頑張ろう!」

シルビアとエコの二人は、気合十分に頷き合う。

ま、頑張ったくらいでどうこうなる問題やあらへんけどな――というラズベリーベルの達観した呟きは、誰にも聞こえてはいない。

(それにしてもユカリはん、上手く立ち回っとるなぁ……確かに、サポート役ならずっとセンパイの隣に陣取れるもんなぁ……)

そんなラズベリーベルもラズベリーベルで、うっかりユカリに嫉妬しているのであった。

「なぁ皆、これってよぉ、もしかするともしかしねーか?」

「うん、私もエル姉の言う通りだと思います」

ファーステスト、使用人邸。

千手将戦の日程が終わり、帰還した使用人たちは、夕食後の時間に会議を開いていた。

集まったのは、キュベロ、ジャスト、エル、エス、シャンパーニ、コスモスの六人。今夜のところ、部下に仕事を任せておける者のみの集合である。

そして開口一番、赤毛のメイド姉妹エルとエスがそう口にした。

もしかすると、もしかする――その言葉が、意味するところは。

「セカンド様に一撃を与えたとなれば……人間においては過去最高例でしょう」

「ええ、少なくとも 一等級(・・・) は間違いないですわね」

執事キュベロの言葉に、シャンパーニが頷く。

他の使用人たちも異議はないようで、静かに首肯した。

「異論はありませんね。では記入いたします」

キュベロはインベントリから大きな紙を取り出すと、その一等級の欄にグロリアの名前を書き記す。

そう――彼らは、この紙に、あらゆる人々の戦闘能力を「ランキング化」したものを作成していた。

何故そんなことをする必要があるのか。これはリスク管理の観点から行われている。

ファーステスト家にとって 脅威(・・) たり得る存在、それらの戦闘能力を簡易的に可視化することで、有事の際の対応、その初動を起こしやすくするためだ。

当然、仮想敵だけでなく、中立も身内もランキングに書き記している。

かの有名な兵法「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」とは、この世界においても広く認知されている金言だ。

「あ、おい、なァ。一等級からケンシンは消していいんじゃねェ?」

キュベロが書き込む横から、馬丁頭のジャストが口にする。

「いえ。セカンド様が封じたとはいえ、復活の可能性は捨てきれません……と、前回会議にてそう決議されました。報告が遅れましてすみません」

「そうだったのか、悪ィな欠席気味でよ」

このランキング表の更新は、その必要があり、こうして序列上位の使用人が集まれた時のみに行う。そのため、参加不参加のムラや、不定期開催による更新の滞りが多々あった。

また、当然、使用人たちが察知しきれていない部分の実力は反映されていない。それを皆も十分に知りながら作成しているため、このランキング表はあくまで目安として用いられている。

「お気になさらず。貴方の仕事は馬が相手ですから、どうしても手が離せないのはわかります」

「いやいや、いいんちょサマこそお忙しいのにまァご苦労なこって」

「こらそこ、会議中にイチャイチャしない」

「してねェよ!!」

「コスモス、口を慎んだ方がいいですよ」

三者三様、賑やかに会議は進む。

彼らはいつもこうである。

「スチーム辺境伯は……三等級でしょうか?」

「単純な戦闘能力だけで考えたらそんくらいじゃねーかな。あたしは四等級かなとも思うけどよ」

「わたくしは三等級が妥当と考えておりますわ」

「私もパニっちに同意かなー。ご主人様とは同衾したいところだけどなー」

「脈絡がなさすぎて意味がわかりませんわ……」

「無理やり下ネタをねじ込むの止めた方がいいですよコスモスさん……」

「ごめん今のは私が悪かった」

スチームは三等級で決定した。

その後、他に等級の変動がないか皆で話し合っていると……会議室を意外な人物が訪れる。

「――おう、ここに集まってたのか」

「あァっ!? ソブラ兄さんじゃねェっすか!」

「ソブラ……! お久しぶりです」

「あーうっせぇうっせぇ。黙っとけ。ちょっと俺に喋らせろ」

料理長ソブラ。三十五歳独身彼女募集中の元カラメリア中毒者である。

ソブラは以前のような荒っぽい口調でジャストとキュベロを軽くあしらうと、全員の顔が見える位置に立った。

そして――

「すまなかったッッ!!!!!!」

――絶叫と同時に、土下座をする。

彼は泣いていた。

ソブラのイメージとはかけ離れた様子と行動に、全員が驚く。

しかし……彼のファーステストへの熱意は、これでもかと言わんばかりに燃え滾っていた。そしてそれは、肉体と精神をカラメリアに支配されていた頃から何一つ変わっていない。

「……薬は抜け切った。ラズベリーベル様のお陰で体調も回復した。もう、動ける。これから俺は、全身全霊で、皆に、セカンド様に尽くす。一つずつ、少しずつ、返していく。だから、どうか、よろしく頼む……!」

無駄な言葉は発さない。

二度と薬をやらないなどと、当然のことは言わない。

迷惑をかけたことへの謝罪と、経過の報告と、これからのこと。

既に、セカンドたちには伝えてあった。

ファーステスト邸を練り歩き、顔を合わせた一人一人に、部下の部下のそのまた部下にさえも、決して面倒くさがらず一つずつ丁寧に言葉を伝えて回った。

そして最後に、ここを訪れたのだ。

「……わかりました、ソブラ。貴方らしい、強い言葉です。だからこそ、私は…… 恐怖(・・) を禁じ得ない」

暫しの沈黙の後。

皆を代表して、キュベロが口を開く。

「貴方ほどに意志の強い人でさえ、カラメリアの依存性には敵わないのですね」

本当に恐ろしい薬だと、認識を新たにする。

ゆえに、今、王都で義賊R6として騎士団によるカラメリアの取り締まりに力を貸しているレンコの活動が、キャスタル王国にとって必要なことだとも理解できた。

「ですが……それほどの薬に侵されていても、更生できる。貴方によって、そう証明されたのです。ソブラ、よくやりました。貴方は誇っていい」

「……!」

「おかえりなさい、ソブラ。私たちは貴方の復帰を心から祝福します」

「…………ッ!!」

ソブラは、堪えきれず号泣する。

今日一日で、どれだけ泣いたかわからない。

皆、そうだったのだ。ファーステストの皆は、誰しもがそうだった。

――温かい。王国社会においてはゴミクズ同然の男を、こうも温かく、再び迎え入れてくれた。

これを絆と言わずなんと言うのか。十傑並びに四天王、この十四人は、皆一様になんらかの悲惨な過去がある。共に救われ、共に過ごし、共に尽くし、共に癒されてきたからこそ、彼らの間にはまるで家族のような強く深い愛情が育まれていた。

彼らは、ここで、この奇跡のような場所で、家族の愛情を知り、かけがえのない絆を得た。

皆、当然、それを大切にする。これまで得られなかった分、人一倍、大切にする。やっと手に入れた宝物、そう簡単に手放そうとは思えなかった。

そう、たかが薬の一つで、彼らの絆が壊れることなど、到底有り得ないのだ。

「よし、では皆で一発ずつ殴りましょうか」

「……………………えっ」

ただ、それなりに厳しい。

絆を守り切るということは、そういう強さを持つということでもある。

特に、元・大義賊の若頭であるキュベロは、「けじめ」の付け方をよくわかっていた。

「いやァー、ソブラ兄さんを殴れる機会なんてもう二度とねェだろうから、腕が鳴りますぜェ」

肩をぐるぐると回しながら、ジャストが立ち上がる。

「わたくしは肝臓を狙いますわ」

「あたし鳩尾予約~っと」

「ソブラさん、エル姉は容赦ないですから、これを」

物騒な予約を入れる二人を尻目に、エスはソブラにポーションをいくつか手渡す。

「ちなみに私はSTRが低いので喉を狙わせていただきます」

それから、一言そう伝えた。

「じゃあ私は満を持して股間で」

「では最後に私が顎で締めましょう」

コスモスとキュベロも立ち上がる。

「――ッぶ!!」

直後、特に「よーいスタート」の合図もなく、いきなりジャストから順に殴り始め……

……キュベロが手加減しながら顎へと左フックをお見舞いする頃には、ソブラの意識は完全に途絶えていた。

後日、厨房にて「あっはっは全く最高の仲間だぜ……」とぶつぶつ呟きながら、殴られた六人の料理にだけ唐辛子を少し多めに振りかける料理長の姿があったとかなかったとか。

* * *

「すげえなラズ! あいつメチャ元気になってんじゃねーか!」

「思たより効いとったなあ!」

晩メシ後。「お陰様で体調が良くなりました」と挨拶に来たソブラの様子を見てぶったまげた。

あの生気のない抜け殻のような状態で「巨乳だ爆乳だ」と口にしていた彼は今や見る影もなく、むしろ活力バリバリ血色良好のイケイケ料理人へと進化を遂げていたのだ。

ソブラは見ていてしんどいくらいに本気の泣きべそをかきながら謝罪と感謝を繰り返すので、「わかったわかった!」と無理やり説得し回れ右させて、半ば強引にお帰りいただいたため、詳しい話は聞けずじまいであった。

ラズもまさかここまで効果覿面とは思っていなかったようで、少しばかり驚いた様子である。

「それにしてもやっぱり開発終わってたのか。だと思ったよ」

「ちゃうねん。最終試験の段階やねん。でもな、ソブラはんの方からどうしてもってお願いされてもうてな」

「臨床試験に志願したわけか、あいつ」

「絶対に効く確証はあんねんけど、どんな副作用があるかはまだ掴みきれとらんって、きちんと説明したで」

「そうか、じゃあまだ副作用の可能性も……」

「いや、多分ないで。出るとしたらもう出とるはずや。つまり……」

え、それって……。

「……大成功?」

「やんな!」

おおっ!

「やっふー!」

「やっふーやな!」

「ああ、やったなぁラズ!」

「ゃ、ぁふっ……んんっ!」

俺たちは両手でハイタッチしてからぎゅっとハグをして、喜び合った。ラズの悩ましい声は、とりあえず聞こえなかったことにする。

いやあ、いろんな意味で嬉しい。

ソブラは楽になったし、カラメリア関連のあれこれは終息へと向かいそうだし、何よりこれでラズがメヴィオンへと専念できる。

ああ、こんなに嬉しいことはないな。

グロリアとも出会えた。ラズも本腰を入れ始める。そして、まだ見ぬ強敵も……。

「最高だなマジで」

「――ラズベリーベルの抱き心地がですか? ご主人様」

「うむ、それも然ることながら……………………ゆ、ユカリ」

急激に頭が冷え、パッとラズの体を放す。

ラズはボフッとソファーに仰向けに倒れると、素早くクッションを手に取って真っ赤になった顔を隠すように顔面へと押し付け「もがぁああーっ」と叫んでジタバタした。

「これは、あれだ……そう、スチームのせいだ」

「左様でしたか。では後ほど辺境伯宛にカミソリを送っておきます」

すまないスチーム。

「ところでご主人様、早くお休みになられては」

「おっ、ということは明日も俺の出番か」

もはや恒例行事となった、ユカリによる明日のタイトル戦報告。

ユカリは「はぁ」と呆れ気味に溜め息を一つ、口を開いた。

「明日は 四鎗聖(しそうせい) 戦です」