軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

170 一閃座戦 その5

* * *

「やっぱ、お前だよなぁ」

最終戦。俺への挑戦者となったのは、まさに予想通りの人物。

「うち、ほんま嬉しいわぁ。こうしてまたセンパイと向かい合える日が来るとは……あぁ、夢みたいや」

ラズベリーベル。

かつては『フランボワーズ一世』として世界ランキング最高128位につけていた世界ランカー。

ただ、その順位のみで彼を、いや彼女を評価してはいけない。特筆すべきはメヴィオンにおける 一閃座(いっせんざ) 戦での活躍。ラズの大剣を振り回すスタイルは唯一無二と言っていい。何故なら大剣は「弱いとされていた」のだ。にもかかわらず、ラズは何度かトーナメントを制したことさえある。それは、単純に、物凄く強いから。大剣を使おうが何を使おうが、彼女は安定して強かった。

しかし、この世界での、この勝負においては、話が違ってくる。

メヴィオンでの彼女は成長タイプが「重騎士型」だったが、現在は「サポート型」なのだ。

「大剣か?」

「まっさか。正味、火力不足や。どうしようもあらへん」

気になったので聞いてみる。当たり前だが、どうやら彼女も現状はよく理解しているようだ。

そう。大剣を使っているようでは、俺には勝てない。

当然、長剣でも、短剣でも。

他に様々なスキルを上げている俺と、サポート型のうえ【剣術】しか上げ切っていないだろう彼女とでは、ステータスがあまりにも違いすぎる。それこそ、勝負にならないほどに。

だが、俺は特に心配していなかった。

ラズの表情を見ればわかる。試合開始が近付くにつれ、徐々に真顔となっていく。

……彼女は本気だ。本気で、勝ちに来るつもりだ。

ならば、俺は安心して、受けて立てばいい。

「さて、と」

「何か秘策がありそうだな」

「ま、センパイ相手に隠したって仕方あらへんしな」

互いに礼を済ませ、剣を構えるタイミングで、ラズベリーベルは 切り札(・・・) を明らかにする。

それは、彼女の取り出した剣。

俺は、いつものミスリルロングソードを。

ラズベリーベルは……

「うーわ」

思わず、声が出た。

彼女の持つ、真っ黒な片刃の剣。あれは、もしや。

「黒ファルや」

そう、ファルシオン。それも 黒(・) 。

この武器は白と黒の二種類存在する。それぞれ特徴があり、白はクリティカル特化、そして黒は…… ノックバック(・・・・・・) 特化。

一時期、一閃座戦でもこの「黒ファル」が流行ったことがあった。

黒ファルVS黒ファルの定跡が整備されるほどの流行りようだった。

それだけ厄介で、強力な武器だったのだ。

何故それほど厄介なのか。その理由は、六段階目までノックバック特化で《性能強化》すれば、単なる《歩兵剣術》でもノックバック効果が発動するという「ぶっ壊れ性能」にあった。これは、相手が防御した場合でも発動する。

まともに攻撃を防げなくなるというのは、これまでの一閃座戦の常識を丸っと覆しかねない要素。

結果、出場者の八割方が黒ファルを使いだし、一閃座戦と言うよりは「黒ファル戦」と言った方がいいような状況と化した。

しかし、流行とはいつか必ず廃れるものである。

『黒ファルワクチン』と呼ばれる対黒ファル必勝定跡が出場者に広く認知され、あえて黒ファルを使う旨みが全くなくなったのだ。

これは非常によくできた定跡で、練習すれば誰でも簡単に実現可能というまさに入門向きのものと言えた。そのお手軽さから、タイトル戦初出場のような初級者まで覚えている始末で、ついに黒ファルは一閃座戦から姿を消してしまう。

黒ファルワクチンで準備すべきものは、たったの一つ。 レイピア(・・・・) だ。

剣類の中で最も攻撃モーションが早く、最も防御効果が低いという特徴を持つレイピアは、言わば黒ファルの天敵。防御効果が低いため、黒ファルの攻撃を防ぐだけで 特大の(・・・) ノックバックをしてしまう。

実は、弾き飛ばされたその瞬間から《龍王剣術》を準備し始めれば、黒ファル側がどう足掻こうと《龍王剣術》を発動できてしまうのだ。つまりは、特大ノックバックをバックステップ的に利用する技術。相手のスキル使用後硬直開始とほぼ同時に龍王の準備ができるところがミソである。

そういった罠を用意しながら、素早い攻撃モーションで常に先手を取って戦うことで、黒ファルは完全に無力と化す。

当時は、出場者全員がインベントリに必ず一本はレイピアを忍ばせていた。そして皆、それを知っているからこそ、黒ファルを出そうとはしなかった。

もちろん、ここぞという場面で出そうとするやつはいたが……上級者になればなるほど、相手に武器の転換を許さない。そんな暇を与えずに終わらせるというのは、不変の常識だった。

「参ったなぁ、そういうことか」

すっかり失念していた。

俺、今、レイピア持ってねえ。

つまり、黒ファルワクチン、使えねえ。

「やっぱりなぁ。持ってへんと思うててん。センパイ、あえて 強武器(・・・) 使わん人やから」

仰る通り。このうえ強武器なんて使ったら、本当の本当につまらない。だから俺はしばらくミスリルロングソードのつもりだ。

しかし、そうか……レイピアなしで、黒ファルの相手すんのか。

……いや、面白いか。そうだな、アレしよう。

「ラズ」

「どしたん?」

「“三十一手組”で行く」

「……望むところやっ」

三十一手組――黒ファルワクチンの発見以前、対黒ファルの主流とされていた定跡。

黒ファルを後手として、三十一手先までじっくりと間合いをはかりながらの攻防を続け、三十一手先の場面においてなるべく先手有利の状況を作り出すことが目的である。

地道にこつこつポイントを稼ぎながら、100:0よりも51:49を目指そうというスタイル。非常に地味だが、やる価値はある。

……ラズの黒ファルが六段階強化されているという事実。これはユカリの協力に違いない。敵に塩を送った? 馬鹿を言え、ユカリはそんな性格じゃない。多分、彼女は俺のためを思って、あれを六段階強化してくれたのだ。全く最高な女だ。だったら、めいっぱい楽しむしかないだろう?

「――始め!」

審判の号令と同時に駆けだす。

俺の初手は《角行剣術》。

さて、三十二手目、ラズが どれ(・・) で来るのか、今から楽しみだ。

* * *

ついに一閃座を賭けた対戦が始まった。

……しかし。

セカンドとラズベリーベル、二人が一体何をしているのか、その一端でも理解できた者は、この会場内に一人として存在しなかった。

あのレイヴでさえ、混乱を極めていた。

彼は、目の前で繰り広げられる二人の長い長い攻防、その一手一手の意味を必死に考える。

何故、セカンドは今、右足を引きながら銀将をラズベリーベルの左手前に振り抜いたのか。

何故、ラズベリーベルは今、歩兵を一度キャンセルしてからまた歩兵を発動したのか。

何故、セカンドは今、金将で受けるべきところで香車を準備し一度キャンセルしてから回避に専念したのか。

何故、ラズベリーベルは今、飛車で押し切れるだろうところで銀将と桂馬の複合を選択したのか。

何故、何故、何故。

答えは一つもわからない。

二人の動きは、あまりにも高度すぎた。

恐らくは、その一見して意味のないような手や足や視線の動きにまで、想像を絶するような深い意味や効力があるのだろう――と、そこまでの予想は立つ。

しかし肝心のそれがわからない。

やがて、ラズベリーベルの使う黒い剣の特性をある程度察するにまで至ったレイヴだが、それでもまだ二人の動きの意味がわからない。

否、もはや考える暇などない。

互いに寸分の狂いなく一切の隙も与えぬまま限界ギリギリの勝負を三十一手もノンストップで続けるのだ、当然である。

だが、当の二人は冷静そのもの。対して、観戦している人々は皆、頭がどうにかなりそうなほど白熱していた。

一閃座戦へとセカンドが登場して以来、最も長く続く戦いに、誰もが目を奪われている。

二人が何をしているのか全く理解できなくとも、「何か凄まじいこと」をしているという事実だけは確と伝わるのだ。

「さあ、何で来る!」

三十一手目、《銀将剣術》をラズベリーベルの右肩に突き入れるようにして放ったところで、セカンドが満面の笑みでそう口にした。

ついに、形勢がハッキリと動く。

直後、ラズベリーベルが選択したのは――《歩兵剣術》。

「ど、や!」

それは超絶技巧と言い表すことさえ烏滸がましいほどの一撃であった。

本来ならセカンド側が優勢であるはずの三十一手目。そのセカンドの鋭すぎる突きに対して、更に鋭く、ミスリルロングソードの側面へ垂直方向に突き刺すようにして黒ファルを押し込むラズベリーベル。

――コツン、と。優しく当たる。

銀将は、ラズベリーベルの右耳から一センチの場所を通過し、そして……

「おぇえ!?」

セカンドは、変な声をあげながら大きくノックバックした。

これが黒ファルの威力であり、ラズベリーベルの用意していた 決め手(・・・) 。

形勢は、一気に逆転する。

黒ファルを出した自分に対してセカンドが三十一手組を採用することを、ラズベリーベルはずっと前から予想していたのだ。

その三十二手目に、自身の温めていた研究を思い切りぶつける。

言わば「三十一手組破り」の決め手。

完璧だった。武器の選択も、セカンドがレイピアを忘れるという予想も、ここへ至るまでに殆ど手の内を明かさなかった徹底も、この研究をぶつけるべきタイミングも、気の遠くなるような高難易度の技術の習得も。全てが完璧だった。

「もろたで、センパイ!」

ノックバックしたセカンドを、すかさず追い詰める。

無慈悲な追撃。《飛車剣術》を準備しながら前進するラズベリーベルの脳裏を、“勝利”の二文字がよぎった。

……この《飛車剣術》、セカンドは、躱すことも防ぐこともできない。

躱すには、どうしても近すぎる。何かをぶつけて防ごうにも、ミスリルロングソードと黒ファルシオンがぶつかり合うことで再びノックバック効果が発動してしまう。

時間を稼ぐならそれでも防ぐしかないが、防ぎ続けることでいずれ必ずダウン値が溜まり、ついにはダウンし、ラズベリーベルの大剣による《龍王剣術》を受け、ゲームセットとなる。

逃れようがない。

つまりは……詰み。

* * *

ああ、うち、今、センパイと、うちらしか知らん定跡で、二人にしかわからへんように、戦っとる。

最高や。なんて幸せな時間なんや。

うち、もう死んでもええ。

……いや、死なへんけどもな。

「おぇえ!?」

センパイ、喜んでくれたやろか?

三十一手組破りの一手――名付けて『新三十二手組』。

多分、センパイは盲点やったはず。

黒ファルワクチンがあるっちゅうのに、今更、対黒ファル三十一手組なんて研究する物好き、モサさんくらいなもんや。

「もろたで、センパイ!」

ああ、ああ、最高の時間が、もう終わってまう。

ほんま夢のような時間やった。

追撃の《飛車剣術》。これは、躱せへんし、防げへん。

詰み(・・) や。こればっかりは、流石の世界一位でも、もうどうしようもあらへん。

きっとセンパイのことや、防御はせえへんやろ。潔く、真正面から、うちの《飛車剣術》を受けて――

「 」

――何、笑とんねん、この人っ……!?

「あっ」

…………忘れとった。

センパイって、こういう人や。

うち、天才って、誰よりも勝ちたいと思える人って、言うとったけど。

……せやな、センパイ。その 先(・) が、あるやんなぁ。

誰よりも勝ちたいくせに、絶対に負けたくないくせに、目先の勝ち負けを超越して、自分も、相手も、見とる人も、全員を楽しませられる人が、 ほんまもん(・・・・・) や。

…………。

多分、センパイ、うちに付き合うてくれてたんやなぁ……。

まだまだやったわ、うち。

勝ちに、こだわってしもた。

はー。

はぁー、好き。ほんま、好き……。

* * *

マジでびっくりした。

三十一手組の後、ラズの三十二手目。「そんな歩兵ありかよ!?」と、大声で叫びそうになったが、情けなくも俺の口から咄嗟に出た声は「おぇえ!?」という汚い鳥の鳴き声のような音だった。

しかし、確かに、こんな《歩兵剣術》ができるのなら、この三十二手目は成立する。

実に素晴らしい! 実にワンダフォー! 俺の予想の斜め上を行くウルトラC級のテクニックだった。

じゃあ、 新三十三手組(・・・・・・) で終わらせようか。

「あっ」

今度はラズが情けない声を出す。

彼女が右上から振り下ろさんと準備している《飛車剣術》に対し、俺はそれに合わせるようにして左上から《銀将剣術》の準備を始めた。

剣が、平行に並ぶ。

さて、ここからがミソである。

剣と剣をぶつけてしまえば、衝突判定が出て、ノックバックの餌食。

しかし剣をぶつけなければ、衝突判定すら出ずに飛車をもろに喰らい、ダウンしてしまう。

では、どうすればいいか。

話は単純、衝突判定を出さずに防御すればいい。

そんなこと、ほとんど不可能だが、ある条件を満たせば可能となる。

それは……

「ここで、こうだ」

相手のスキル発動の前後0.02秒以内の範囲において同系統スキルの発動タイミングを合わせ、剣を振る速度と方向もある程度合わせること。

メヴィオンのシステムを見ていればわかるが、攻撃同士の行く末は、空振るか、衝突するかの他に、相殺という形が存在する。この相殺、【魔術】だけでなく【弓術】にも【剣術】にも存在し、実は衝突判定が出ないのだ。

しかし、これがなかなか難しい。非常に難しい技術だが……俺は成功確率90%程度である。

ノックバック後の崩れた体勢で、90%だよ。

死ぬほど練習した。

いざという時、体が動いて損はない。だから対黒ファル・対レイピア・対大剣・対短剣などあらゆるパターンを想定して、何度も何度も剣を振った。

相手のスキル発動のタイミングを間合いと接近速度から予測し、時にはフェイントで発動を誘発し、スキル発動をビタッと合わせに行く練習を、いつか来るだろう今日この日この時のために何年も前から準備していたんだ。

ラズはこの相殺を見逃していたわけではないだろう。現に三十一手もの間ずっと相殺をされないよう互いに警戒しながら慎重かつ巧妙に手を進めていたのだから。

ただ、三十三手目の、この瞬間だけは、考慮から外していたことは間違いない。

理由は俺もよくわかる。 常識(・・) だ。「ノックバック後に相殺を狙わない」というのは、常識。理由は単純、成功するわけがないから。「成功確率五割で超人」と言われている相殺を、体勢が崩れた状態で行うなど成功するはずもない。

……と、誰しもが思う常識。そこにこそ活路があり、勝利を拾える一手を用意できる。

たとえ何年かかろうが、備えておくのが世界一位というもの。

新三十三手組。主導権は常に俺にある。正直言ってしまえば、レイピアを使っても使わなくても、黒ファルなんか怖くない。

「あ、うっ!」

《飛車剣術》後の硬直時間と、《銀将剣術》後の硬直時間。当然、後者の方が短い。

ゆえにこの状況、俺はラズの心臓へと《銀将剣術》《桂馬剣術》複合を一発叩き込める。

急所攻撃。クリティカルが、出る。

俺とラズとのステータス差なら、これが……致命傷。

ああ、最高の時間が、終わってしまった。

「――そこまで! 勝者、セカンド・ファーステスト一閃座!」

防衛成功。

夏季も、俺が一閃座だ。