軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

156 綺羅星に夏の約束を

「うわあ!?」

隠し部屋から出てくるなり、誰かに驚きの声をあげられる。

「な、なんだ、セカンド君か……いきなり壁から出てくるんだもん、オバケかと思ったじゃないか。驚かさないでくれるかい?」

「マサムネか。来てたんだな」

声の主はマサムネだった。

おっ……ということは?

「お前、大陸に付いてくるのか?」

いきなり本題を切り出す。

すると、マサムネは俄かに機嫌が悪くなった。ぷくっと頬を膨らませて、俺をジトーっと睨んでいる。

何か悪いことを言ってしまっただろうか。

「すまん。気を悪くしないでほしい」

「……いいんだ。ボクにも都合があるように、君にも都合がある。それはわかってた。わかってたから、ボクは、やっぱり、君に……」

「君に?」

「…………」

沈黙。

駄目だ、ちっともわからない。難しいな、女心ってやつは。

「マサムネ」

わからないなら、わからないなりに突き進むしかない。

俺は借りていた刀と脇差を取り出し、マサムネに差し出した。

すると、彼女は一瞬だけ悲しい顔をして俺の手元を見つめ、それから俺に笑顔で向き直った。

「君の役に立ててよかった。ボクの誇りだ」

「ああ、存分に誇れ。お前が貸した刀が、ミロクを破った刀だ。それは間違いない」

マサムネは刀を静かに受け取る。

脇差と、刀。一つずつ、丁寧に、装備していく。

「その後どうだ? 後手番での良い発想は浮かんだか?」

「そんなに簡単に浮かんだら苦労しないよ。もう」

「そうだな」

確かにその通りだ。俺たちは思わず笑った。

だが、マサムネの笑顔はぎこちなかった。無理矢理笑っているような、寂しげな顔。俺にはその顔が何処か泣き顔のように見えた。

「さあ、セカンド君。どうせ君のことだ、もう行くんだろう? 別れの挨拶をさせておくれよ。晴れやかに送り出したいんだ」

マサムネは俺に背中を向けて、カラッとした声で言う。

……嘘だ。明らかに分かる嘘。晴れやかに送り出したいのなら、どうしてそんなに肩が震えている?

「…………」

俺は次の言葉を発せなかった。

彼女の肩の震えを止めてやれる、決定的な言葉。

「付いてこい」と、たった一言、そう言えばいい。

だが、俺はこいつの夢を知っている。知ってしまっている。その崇高で、高潔な、彼女の過酷な生い立ちから芽生えた、執念とでも言うべき強い意志と信念の大樹が、今にも実を結ばんとしていることを、知っている。

だから言えない。俺は言ってはいけない。

彼女に何もかもを捨てて付いてこいと、言ってはいけないんだ。

弁才(べんざい) 流。彼女の、夢の根城を、決して捨てさせてはならない。

俺がシルビアやエコを拾い上げ育成したことと同じように、それはとても価値あることであり、大きな責任の伴うこと。

そうか、彼女はそれを“都合”と言っていたのか。

……そうか。だったら……。

「見送りは、いらない」

「……っ」

小さな声が漏れる。

女性の声だ。か細い、女性の声。その細い背中も、緩やかな曲線も、隠してはいるが、やはり。

……彼女は、女性として、男性の俺に、好意を抱いてくれているのだろう。

それが、自身の立場上、許されないことだとも知りながら。

「約束しよう」

だから、見送りはいらない。

代わりに、約束をしよう。

「傘を」

「……傘?」

俺は必死になって考える。

彼女の心と夢を、どちらも傷つけずにおいてやれる言葉を。

「傘を、壊してしまったんだ」

らしくないことはわかってる。

でも、何故だか、言わずにはいられなかった。

「修理に何ヶ月もかかるくらい、ぼろぼろに」

「酷いね」

「ああ、酷い。梅雨にも返せそうにない」

「……君、もしかして」

こっちを向いてくれるなよ。

俺はそう願いながら、熱くなった顔を冷ますように、吐息まじりに口を開いた。

「雨が止んだら、 お前が(・・・) 取りに来い。もっとも、傘なんてそう要らない季節だろうが。どうしても必要なら……きっと、修理して、待ってる」

暫しの静寂。

不意に、マサムネの肩が、再び震え始めた。かと、思えば。

「あは、あははっ! く、ふふふっ! あっはっははは!」

笑いやがった!

く、屈辱ぅ! こいつ、俺が折角……!

「無茶苦茶だよ! ボクに取りに来させるのかい? ボクは貸した方なのに? あっはは! あはははは! あー、やっぱり君って、おっもしろいなぁ」

「ぐぎぎぎ……っ!」

クッソ、顔が熱い! 言わなければよかった!

……それから暫く、マサムネは嫌がらせかというほど笑っていた。

俺は最初のうちは恥ずかしさを隠すように言い訳をしていたが、だんだんムカついてきて、仕舞いには一言も喋らなくなった。

互いに顔を見せ合わず、言葉も交わさない。なんとも不思議な雰囲気。

すると、マサムネが唐突にこんなことを言いだした。

「……台風」

「何?」

「台風!」

台風がどうしたというのか。

「傘、要るかもね」

ああ、そういうこと。

「…………」

「…………」

二人、沈黙する。

互いに、互いの言いたいことはなんとなく伝わっている。

でも、ストレートに言うことはできない……今は、決して。

ゆえに、下手くそなたとえ話で、核心に触れずに探り合う。

それが不思議と心地良かった。

だからだろうか。

マサムネは、最後に一言、最高の笑顔で振り返り、こう言った。

「雨、止まないね」

晴れやかな笑顔。

再会の約束。

遠ざかるマサムネの背中が見えなくなり、行き場を失った視線を空へと持っていった俺は、ついくすりと笑ってしまう。

満天の綺羅星。

冬の夜空は、何処までも澄み渡っていた。

* * *

「アカネコ様、ゆかれるのですね」

明け方。

兜跋(とばつ) 流道場にて、整列した門下生の前に、アカネコは師範として一人立つ。

門下生の一人が、感極まったという風に呟いた。

家元であるケンシンが退いた今、この流派の頂点は一人娘であるアカネコとなる。

しかし、そのアカネコもまた、道場を後にせんとしている。

門下生の中には、まだ道場を任せられるほどに腕の立つ侍は存在しない。

このままでは、兜跋流は 途絶える(・・・・) 。門下生もそれがわかっているのか、皆不安げな表情をしていた。

だが、だからと言って、アカネコを引き留めるような者はいなかった。

それは何故か。

「アカネコ様ならば、更なる高みへ至れると確信しております。 毘沙門(びしゃもん) 、いえ、お父上よりも」

「あの方の元で抜刀を学べること、これ以上ない環境と心得ます。我らのことは気にせず、是非ともお誘いを受けるべきです」

「我ら一同、遠いこの地にて心より応援しております。どうかご武運を」

皆、骨の髄まで侍なのだ。

家元たちを完膚なきまでに下したミロクを従える男の様を一度でもその目にしてしまえば、尊敬せずにはいられない性。侍の性である。

むしろ、自分たちも付いていきたいとまで思っていたほどだ。

しかしながら、それには実力が足りていない。セカンドの抜刀術に喰らい付いていけるほどの実力がない。そこも彼らは痛いほどよくわかっていた。

ゆえに、託す。

彼らの希望とも言える流派の星に、持ち得る全ての意志と願いを込めて。

「……私は」

アカネコは、門下生全員の視線を受け、静かに口を開いた。

決意は、固まっている。

後は。

「私は、兜跋を捨てる。二度と兜跋は名乗らぬ。父上とも縁を切る。そして、お前たちとも……こんな私でも、皆は、夢を見ていてくれるか?」

震える声で、問いかけた。

彼らの腹もまた、決まっていた。

「無論!!」

誰からでもなく、門下生は声を合わせ、腹から声を出して答えた。

全く、気持ちの良いやつら――アカネコは吐息を一つ、言葉を続ける。

「私の夢は、楽しむこと。勝負を一生賭けて楽しむ。私は抜刀術が心の底から好きなのだ。そう気付けたのだ。お前らも、そうであったら嬉しい。私の夢を、お前らにもずっと見ていてほしい。だから、だから……」

最後の最後、彼女は耐え切れなかった。

また顔を合わせることもあるかもしれない。だが、歩む道はどんどんと離れてゆく。生まれ育ったこの島から、苦楽を共にした侍たちから、離れてゆく。もう二度と、その道が交わることはないだろう。

言わば、今生の別れだ。

「笑え、戯けどもが! 笑って、私を見送れ……っ!」

おかしな光景だった。

全員が泣いていた。

全員が笑っていた。

遠く旅立っていく彼女。あまりにも眩しい星を見つめる彼ら。

「御達者で!!」

一同、礼――その号令とともに、彼らはアカネコへと頭を下げる。

去りゆくアカネコを、笑顔で見送った。

いつまでもいつまでも、見送った。

ほどなく、兜跋流はその形をなくすだろう。その運命を知りながら、それでも、彼らは心からの笑顔を浮かべた。

そして、朝日が昇る。星はもう、見えない――。

「貴女……酷い顔よ」

吉祥(きっしょう) 流道場。

普段通りに広い道場の掃除をたった一人で行うアザミの前に、普段通りに男装をしたマサムネがふらりと現れる。

マサムネは、アザミに嫌われていると知っていながらも、いつもこうしてふらりと様子を見にきては、きつい言葉を浴びせられ、ふらりとその場を去るのだ。

しかし、二つだけ普段と違った。一つは、マサムネの顔。もう一つは、アザミの反応。

「そんなに酷いかな」

「その目、泣き腫らしたのね……良い気味よ」

「それはどうも」

義姉と義妹。幼い頃から仲の悪いこの姉妹が、こういった会話をするのは実に十数年ぶりのことであった。

「姉さんこそ、凄い顔してる」

「あら、どんな?」

「憑き物が落ちたみたい、かな」

「ふぅん……」

思う所があったのか、アザミはぽつりと声を漏らすと、視線をマサムネから外し、箒を壁に立てかけて、庭を見ながら口を開いた。

「私ね、パン屋さんになりたかったの」

「……はい?」

あまりにも唐突な呟き。

マサムネは呆気にとられ、聞き返す。

「覚えてる? まだ私たちが幼くて……なんのしがらみもなかった頃の話よ。トウキチロウさんの手引きで行商人が初めてこの島に訪れた時のこと」

「ああ、よく覚えているさ。姉さんとボクは、そこで義母さんに“くりいむぱん”を買い与えてもらった」

言いながら、マサムネがふと気付く。

「あ、まさか」

「ふふっ、まあね。私、その味がずーっと忘れられなかったわ……それからこっそりパンづくりの本の入荷をお願いしたりして、地道に勉強していたの」

アザミは懐かしむように言って、微笑んだ。

その柔らかな様子を見て、マサムネは少し驚きつつも、しかし同じ記憶を思い出したのか、似たような微笑みを浮かべた。

「……美味しかったねぇ」

「ええ、美味しかったわ……私、それでパンが大好きになったのよ」

「知らなかったよ。そっか、そうだったんだ……」

「うふふ。貴女と二人並んで、海を見ながら食べたわね」

「うん。もっとも、その頃は 貴女(・・) じゃなくて 貴方(・・) と呼ばれていたけれどね」

「そうよ。ええ、その通り。本当に、馬鹿げてる。本当に……」

瞑目し、思い出を箱の奥底に仕舞って鍵をかける。

それから、アザミは過去と決別するように一つ息を吐き出し、マサムネに向き直って、言った。

「私、島を出るわ」

「……そんな気がしてた」

「あら、驚かないのね。どうして?」

「毎日、気にかけてたんだ。ここ最近の姉さんの変化くらい、わかって当然」

「…………」

毎日気にかけていた。その言葉の意味がわからない姉ではない。

絶対にわかりあえない部分は、勿論ある。しかし、二人がもっと純粋で、ただの一つの疑いも知らない時代が、確かにあったのだ。

あの頃に戻れるなら――そう思っていたのは、妹だけではないのである。

「ねえ、マサムネ。もし、向こうで会ったら、今度は……」

「雨」

「え?」

「雨、止んだらさ……アザミ姉さんのお店、行ってみようと思う」

「……ええ、そうね」

雨が止んだら、また。

小さな子供が遊びの約束を取り付けるように、無邪気な言葉を、ありったけの楽しさで。

そんな簡単なことが、いつの間にかできなくなっていた。

子供のようなあの男が、大人の世界を木っ端微塵にぶっ壊さない限りは。

二人は澄み切った空を見上げ、太陽の眩しさに目を細める。

燦々と照り付ける太陽が、彼女たちにふとこう思わせた。

夏は、そう遠くはなさそうだ――。