軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16 フラッシュバック

翌日。

授業を適当に聞き流して、午後。

俺たちは図書室に来ていた。

「全属性の弐ノ型の魔導書を見たいんですが」

「はい、構いませんよ。少々お待ちくださいね」

受付にいた司書の女性に話しかけると、彼女はそう言って図書室の奥に行き「こちらです」と4冊の魔導書を持ってきてくれた。なかなか愛想が良い。美形って得だなぁ。

「…………よし」

俺は火属性攻撃魔術「弐ノ型」の魔導書を適当にパラパラとめくった後、ステータスを開き【魔術】のスキル一覧に《火属性・弐ノ型》が増えているのを確認すると、魔導書をシルビアに手渡した。

別に「深く理解」とか関係なかった。多分、前世で使ったことのある魔術だから、既に深く理解しているって判定になったんじゃないかな。どうだろうな。まあどうでもいいや覚えられたんだし。

「む、もうよいのか?」

「ああ、習得した」

「……相変わらずだな」

呆れ顔のシルビアを横目に、俺は残りの3冊もパラパラとめくって、シルビアに渡していく。

オッケー、全部覚えた。お次は参ノ型だ。

「あの、参ノ型の魔導書って見ることは可能ですか?」

「ええと……少々お待ちください」

司書さんはちょっぴり困惑しつつ、図書室の奥へと向かっていった。

しばらく待っていると、彼女は化粧の濃い50歳くらいの太ったおばさんを連れて戻ってきた。

「初めまして、司書長のシルクですわ。貴方は噂の留学生さん?」

「ええ。セカンドです」

おばさんはシルクという名前らしいが、全くもってシルクっぽくない。どちらかというと荷物を包んでパンパンにふくれた唐草模様の風呂敷ってイメージだ。

「イケメンですわねぇ~! お会いできて光栄ですわ」

「は、はあ」

ガシッと両手で握手してきた。ぷにぷにのクリームパンみたいな手だが、紫色のネイルのせいで毒入りのパンに見える。

「さて。参ノ型の魔導書をご覧になりたいとのことですが、いくつかお聞きしても?」

「はい」

「まずは目的を教えていただけますかしら?」

シルクがニコニコと問いかけてくる。しかし目の奥は笑っていなかった。

「俺の国では珍しいものなので、一目見ておきたいと思いまして」

「なるほど。では、弐ノ型を流し見しておられたのも?」

「そうですね。大変珍しいものでした」

「失礼ながら申し上げますわ。中身にあまり興味がないようでしたら、参ノ型も弐ノ型と似たようなものですから、パラパラとご覧になってもつまらないのではないかしら?」

むむ。

「いえ、そんなことはありませんよ。中身からではなく、本そのものから感じ取れることは多くあります」

「例えば、どのような?」

ぐぬぬ。

「今まで使ってきた人たちの思いであったり、歴史であったり、色々です。そもそも珍しいものですから、手に取っているだけで感慨深いものがあります」

「なるほど。しかし、その理由ではお貸しすることは難しいですわねえ……」

くっそ、このババア手ごわい。

「実を言えば、参ノ型の貸し出し手続きは方々からの許可が必要で、書類に残せるような正当な理由が必要なのですわ。申し訳ありませんが、今回は貸し出しをお断りさせていただきます」

「……分かりました。残念です」

ぎゃあああ、駄目だった! 甘く見てたなーちくしょう。

シルクはぺこりとお辞儀をすると、ニコニコ顔のまま去っていった。いちいち憎たらしい。

こりゃ何か別の方法を考えないとマズいな……。

「セカンド殿。どうだった?」

シルビアのところに戻るとそう聞かれたので、駄目だったと答える。「セカンド殿でも駄目なことがあるのだな」と何故か嬉しそうに言うシルビアに腹が立ち、「さっさと覚えろ」と言ってデコピンしておいた。

シルビアは確かに、コミケの時に《歩兵弓術》と《香車弓術》をものの15分程度で覚えていたのに対し、壱ノ型の魔道書はうんうんと唸りながら1時間ほど熟読してやっと覚えていた。「深く理解」というやつだろうか、それとも才能の違いか。魔弓術タイプだというのに魔術に対してここまで苦戦するあたり流石シルビアとしか言えない。

「ううむ、これは2週間で覚えられるかどうか……セカンド殿、何かコツのようなものはないか?」

シルビアが助けを求めるように聞いてきた。

コツ――俺の嫌いな言葉だ。俺が前世で世界一位だった頃、駆け出しのプレイヤー共が「強くなるコツ教えてください」「 PS(プレイヤースキル) 上げるコツとかってありますか」とかなんとかチャットで散々質問してきやがった。これが鬱陶しいのなんの。「世界一位に近道聞いて楽してやろう」という利己的な魂胆が見え透いていて、非常に不快だった覚えがある。

それがどうだろう。この世界に来てから初めて聞いたコツという言葉。俺は全くもって不快ではなかった。

シルビアは「2週間で覚えきれなかったら俺に迷惑がかかる」という思いから、恥を忍んで俺にコツを聞いてきているのだ。その気遣いがとても心地良い。前世とは雲泥の差である。むしろ頼られて嬉しいくらいだ。

「よし、今日は別行動のつもりだったが予定変更だ。俺が教えてやる」

俺は「人にものを教える喜び」という人生で初めての感情を噛みしめながら、すまなそうにしつつも嬉しそうな顔をしたシルビアの隣に座った。

「今日はここまでだな」

図書室が閉まる時間になったので、開いたまま置いてあった魔導書をパタンと閉じる。

初めて魔導書の中身をまともに見たが、そこに書いてあった文章はやたら長ったらしく難解だった。まるで論文である。

こんなの読むよりもっと実用的なことについて知っていた方がいい。そう思った俺は、シルビアに「どんな効果の魔術なのか」「どんなシチュエーションで使うべきか」「どんな魔物に効果的か」という攻略wikiのような情報を思い出せる限り話した。

シルビアはメモをとりながら俺の話を興味深そうに聞いていて、時折質問してくる真面目な生徒だった。

「覚えられたか?」

「……いや、すまない。まだみたいだ」

「そうか。まあ気にすんな」

俺が聞くと、シルビアは申し訳なさそうに首を振る。そりゃ一日で覚えられたら魔術学校なんて建たないわな。

魔導書を返却し、図書室の外に出る。

んーっと伸びをして、さて帰ろうかと歩き出した時だった。

「ほわーっ!」

俺の目の前にちっこいネコミミ美少女が現れた。

そいつは猫のような目を真ん丸にして叫んだと思ったら、今度は口を「ぽけーっ」と開けたままこっちを見ている。

青緑色の瞳は廊下の灯りを反射して光っており、口の端には鋭く尖った歯が覗いていて、栗色のふわふわしたショートカットの髪からぴょこんと耳が飛び出ている。おまけにスカートの後ろからしっぽまで覗いていた。猫か?

……それにしてもすごいアホ面だ。

「ちょーいけめん!」

喋った。

「俺のことか?」

「そうだよ!」

なんか可愛い。

「あたしえこりーふれっと! あなたは?」

エコ・リーフレット。ほほう、君が噂の。

「セカンド」

「せかんど!」

エコは俺の名前を呼ぶと、笑顔全開で近寄ってきた。

そして、俺の後ろにいたシルビアに気が付く。

「あっ! あなたは?」

「シルビア・ヴァージニアだ。よろしく頼む」

「しるびあ! よろしく!」

笑顔で握手する。握手したまま手をブンブン振るのでシルビアが困っている。

なんかこいつを見ていると幸せな気分になるな。

こんな愛玩動ぶ、いや、見るからに無害な彼女が「落ちこぼれ獣人」とか言われていじめられているのか……言語道断だ。許してはおけん。

「なあエコ、お前なんか困ってることとかないか?」

お節介かと思いながらも、俺はつい聞いてしまった。

「え? べつにないよ?」

別にないらしい。あれ?

「そうか? なんか困ったことがあったら俺に言えよ。なんとかしてやるから」

「ほんと!? ありがとう!」

あぁ~可愛い。飼いた……じゃなかった、仲間にしたくなるな。

しかし、気になることがひとつある。

「なあ。ところでこの大荷物はなんだ?」

それはエコの横に置いてある台車。彼女の身長に並ぶほどの量の荷物が積まれている。だいたい1メーター40ってところか。

「これ? これはね、みんなにたのまれたの」

あっ……なるほど、なるほど。

パシリですね分かります。

荷物はよく見ると全て本だった。きっとF組全員分の返却する本なのだろう。こんなに大量の本を台車に乗せて、一人で図書室まで運んできたのか……けなげだ。

「大丈夫か?」

「だいじょぶだよ。あたしけっこーちからもちなんだー」

エコは平らな胸を張って「ふふーん」と誇らしげにしている。

「そうか。でも折角だから手伝ってやろう」

「ほんとに!?」

「ああ。この俺が直々に手伝ってやろう。滅多にないことだぞ。光栄に思え」

俺が偉そうに言うと、エコはひとしきり喜んだ後、何故だか悲しげな顔をした。

「せかんど、ありがとう! ……でも、これはあたしひとりでやるね」

「ん? 何故?」

「だってあたし、このくらいしかやくにたたないから。だからみんなのおてつだいをがんばるの。もっともっとやくにたったら、みんなあたしにやさしくしてくれるとおもうから」

「…………」

不意に、心臓が痛くなった。

何かを思い出したんだ。

何を思い出した?

俺の心の奥底から「やめろ」という声が響いてくる。

やめろ、エコ。それは――

「じゃあねー!」

エコは元気に手を振ってから、荷物をよいしょよいしょと運ぶ。

その実直で必死な様を、馬鹿に一生懸命な姿を……そして、空回りし続け、決して噛み合うことのない努力の歯車を見た俺は、その「痛み」の根底を思い出した。

無駄。

ネトゲなんかやったって、何にもならない。

誰よりも努力して、世界一位になったところで、所詮はネトゲ。

本当は俺自身が一番よく分かっていた。

こんなことに人生賭けるなんて、無駄でしかないって。

「……そう、無駄なんだよ……」

あの絶望のどん底を味わい、俺は嫌と言うほど思い知らされた。

自分の努力が如何に無駄だったか。

自分が如何にバカでクズでカスでどうしようもない人間だったか。

何度も何度も反芻して、それから無様に死んだ。

俺は逃げた。現実はどうにもならないからとネトゲに逃げた。面倒だからと社会から逃げた。他人から逃げた。生活から逃げた。嫌だから逃げた。思い通りにならないからと癇癪を起こして駄々をこねる子供のように、俺が勝手に思い込んだ理不尽に対して理不尽なまでに怒り、自己欺瞞と正当化を繰り返し、最後の最後には無責任に何もかもを放り出して、生きることから逃げた。

そしてこの世界に来た。

まさに奇跡だ。神の祝福と言っていい。こんなにどうしようもない俺は、奇跡的に救われた。

……だが、果たしてエコにも奇跡が起きるのだろうか? その保証はどこにもない。

エコはいずれ、俺と似たような絶望を味わうことになる。

いや、既に味わっているのかもしれない。

彼女の気持ちが痛いほど分かる。

だからこそ。それに気づいてしまったからこそ、俺がこの手で救ってやりたいと、そう思ってしまうのだ……。

「セカンド殿?」

シルビアの心配するような声で、俺は我に返った。

エコは既に荷物を全て運び終えて、もうそこにはいなかった。

「…………すまん。帰ろうか」

俺はシルビアと共に校舎を後にする。

エコ・リーフレット――どこか俺と似た彼女のことを考えながら。