軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

134 チープ釣具屋、グリップ位置

さて。

いよいよ腰を据えて夏季タイトル戦の準備ができるようになった。

シルビアとエコに関しては、各々の基礎がしっかりと固まってから定跡と各種特訓を開始しようと思っている。

となると、俺のターンだ。

夏季で狙う予定のタイトルは、 闘神位(とうしんい) ・ 四鎗聖(しそうせい) ・ 千手将(せんじゅしょう) ・ 天網座(てんもうざ) ・ 毘沙門(びしゃもん) の五つ。それぞれ体術・槍術・杖術・糸操術・抜刀術である。

新たに五つ。なかなかに大変だ。

しかし、経験値の心配はほとんどしていない。何故なら、あんこがいるから。

あんこと一緒に適当な甲等級ダンジョンを高速周回していれば一ヶ月と経たないうちに溜まっているだろう。

問題は、それぞれのスキルの習得方法である。

体術・槍術・糸操術は剣術・弓術と大差ないので、後回しでいい。

杖術と、抜刀術……こいつらが厄介だ。

特に抜刀術。その基礎となるスキル《歩兵抜刀術》の習得には、 刀を装備する(・・・・・・) 必要があるのだ。

すなわち【鍛冶】が絡んでくる。そのため、俺一人ではかなり面倒くさい。つまりユカリの協力が必要不可欠と言えるだろう。

「ユカリ。 刀(カタナ) の件、調べはついたか?」

昼メシ後のティータイム、ユカリに尋ねてみる。

習得の難航を見越して、俺は昨日ユカリへと既に依頼を出していたのだ。

現在の環境で、刀を《作製》できるかどうか調べてみてくれ――と。

「ご主人様、それが……」

なんと! 珍しいことに、あのユカリの歯切れが悪い。

俺は一つ頷いて、続く言葉を促した。

「刀の作製には 玉鋼(たまはがね) と呼ばれる素材が必要なようです。しかし、その肝心の玉鋼が何処にも御座いません」

「何処にも? 市場にも、オークションにも? ……裏にも?」

「はい。王都中をくまなく探しましたが、影も形も存在しませんでした」

「マジか」

玉鋼。これが刀を《作製》するために必須の素材アイテムというのは、俺も知っている。メヴィオン時代はそこら辺の“プレイヤー販売”で何も考えずに買うことのできたアイテムだ。

だが、それが何処にもないだと……?

「つまり、現状、刀の作製は不可能?」

「……はい。申し訳御座いません」

無表情のまま頭を下げるユカリ。長く尖ったダークエルフ耳が少し下がっているあたり、本当に落ち込んでいるらしい。

「気にするな。少し方法を考えてみる」

一言フォローを入れておき、俺は紅茶をすする。

とは言え、玉鋼がないとなると、実際お話にならない。

うーん、どうしたものか……。

「せかんど、うみ!」

「…………」

「うーみ! うーみ!」

「………………」

「うーみんみんみんみんみー! うーみんみんみー!」

「……………………」

「うみうみみむいみういむいいみみんみうんみっ!」

「だあああッ! わかったわかった! 行こうか海!」

「いえーっ!!」

……今朝方、海へ到着早々にコケで滑って落っこちてぶるぶる震えていたあの猫獣人と同一人物とは思えないほど元気いっぱいだ。

その日の午後に早くもリベンジか。なるほどアグレッシブ。このフットワークの軽さ、見習いたいものである。

「ちょっとエコと海行ってくる」

「気ぃ付けやー」

「うむ。気を付けるのだぞ」

「いってらっしゃいませご主人様」

……誰も付いてこないらしい。

まあ、こんなクソ寒い季節にわざわざ海へ行くようなもの好きはおらんわな。

「ふぃーっしゅ!」

釣人(アングラー) 以外。

「いいか、エコ。釣りってのはな、まずは情報収集だ」

「さくせんかいぎ!?」

「違う。お前……四文字熟語が全部“作戦会議”だと思ってないか?」

「ううん?」

「……ならいい。まずは釣具屋に行くぞ」

「はーい」

折角だから、俺も釣りをすることにした。

この世界に来てからの釣りは初めてだ。

そのため、クーラの港に到着して直ぐ、俺たちは釣具屋へと向かう。

こっちの釣り場事情がメヴィオンと全く同じとは限らないからである。潮の流れや季節天候で狙いから何から全てが大きく変わるのが釣りだ。これがなかなか厄介なところであり、面白いところと言える。餅は餅屋、釣りは釣り屋、そういうこったな。

「すんませーん」

「はーい、どちら様――え゛っ」

小ぢんまりしたチープな釣具屋に入って呼びかけると、奥から店員のねーちゃんが出てきて俺の顔を見るなり喉に餅を詰まらせたような声をあげて硬直した。

俺を指さしながら口をパクパクと開けて声にならない声を出している。

「困っちゃうね有名人は」

「せかんど、ゆうめい?」

「まあまあ有名」

「よかったね!」

「んー……んー?」

良いことなんだろうかね果たして。

「せ、せ、せ、セカンド三冠、です、よね……!?」

「そうだけど」

「ど、ど、どうしてこんなクソ寂れた釣具屋に!?」

「釣具を買いに」

「で、ですよねぇーっ」

面白いなこいつ。

「今なんかオススメの釣りとかある?」

「あ、は、はい! ありますあります! セカンド様は、釣りは初めてですか!?」

「いやまあまあやる方」

「でしたらショアジギングなんかオススメですね! シーバスから 底物(そこもの) に 青物(あおもの) まで色々釣れますよ!」

「はあ……」

「お連れの方とまったり楽しむなら 穴釣(あなつ) りで 根魚(ねざかな) 狙いも楽しいです! 天秤(てんびん) 仕掛けでチョイ投げなんかもいいですね!」

「お、おう」

「ブラクリ釣り、ご存知ですか?」

「ブラ? クリ……!?」

「いえブラクリです」

「……ああそう」

やべぇこの娘ガチ勢だ。いきなりド下ネタを言いだしたのかと勘違いしてしまったが、どうやら釣り用語らしい。流石は釣具屋の店員、伊達じゃないな。

「そちらの子は、磯竿ですか。でしたらサビキでアジを狙うと今の時期は 尺超(しゃくご) えが入れ食いですよ! それともカゴ釣りで大物狙います?」

「あじ!」

「アジ狙いですね? じゃあこのピンクスキンのサビキが抜群です!」

加えて商売上手ときた。

エコは渡されたサビキ仕掛けの入った袋をぎゅっと握って離さない。ありゃ買うまで離さないパターンだな。

「セカンド様。正直、今の時期は釣れないことはないんですが、 岸(ショア) からだと魚の食いが 渋(しぶ) いんです。船を出して沖のポイントまで行けば爆釣なんですが……」

「船か。借りられんのか?」

「いえいえ! うちの店長がご案内しますよ! その日の朝4時までにご予約いただければ大丈夫なんですが、今は他にご予約のお客様もいませんし、直ぐに出港できます!」

……こりゃ、特別扱いされてんなぁ多分。それはなんだか気が引ける。

「船はいいや。今日は岸から釣る。シーバス狙いだ」

「でしたら河口側にキャストが良いですね! サビキでアジなら港内側へ少し遠めに落としてください! あっ、ロッドの貸し出しもしておりますが、ご利用なさいますか?」

「いや……買うわ。万能型の、シーバスロッド? とリールをくれ。あとルアーと、ジグ? も欲しい。あ、ついでにチョイ投げ? の仕掛けと、エサとバケツとタモもくれ」

「かしこまりました! とすると……これなんか如何でしょう? グリップ位置がかなり下の方にあるので、キャストしやすい設計になっておりまして」

「……よくわからん。もう全部任せる」

「はぁい! 任されました!」

…………はっ、いかんいかん。つい大量に買ってしまった。

凄いな店員のねーちゃん。専門用語が多くて首を傾げることもあるが、言っていることはなんとなく理解できる。それが俺の購買意欲につながっているのだろうか?

そして、地味にワクワクしてきたというか、釣りが楽しみになってきた。なんか釣れる気がするぞ……!

「ぜったいつれる! きがする!」

「だな!」

エコも同じ気持ちだったようで、サビキ仕掛けをその小さな手で大事そうに握ったまま、終始ニコニコしていた。

「お買い上げありがとうございます、セカンド様!」

「おう、こっちこそ色々と説明してくれて助かった」

「お役に立てて光栄です! あの、それでですね……堤防釣りの際に一つ気を付けていただきたいことがありまして。本日15時頃になりますと、港内から 刀八島(トウハチトウ) 行きの船が出ていきますので、投げ釣りされる際は注意してくださいね。仕掛けが投げられたままですと、船が糸を切っていってしまいますから」

刀八島? そんな島、メヴィオンにあったっけ?

はて、聞いたことがないな。この世界特有の島だろうか。

「ああ、わかった。15時前後は船に注意だな」

「はい! ではまたのご利用をお待ちしております!」

「ん、また来る」

「あと、大ファンでっす!! 応援してまぁーっす!!」

「……どうもー」

いやあ……濃いねーちゃんだったな。

なんか結構大事なことを言っていたような気がするが、最後の声援で全部吹っ飛んじまった。

まあいいや。

さあ、釣りするか!

「――ぬわああああッ! 俺の天秤仕掛けが!」

15時10分。

投げっぱなしで放置していた俺の仕掛けを、船が容赦なく切断していった。

根が荒いからか、根掛かりで仕掛けを失うことしばしば。ついに最後の一個となった天秤仕掛けも船の通過によってロストした。

かと言って、ルアーもジグも俺にはまだ早かったようで、釣具屋のねーちゃんに教えてもらった通りにしゃくろうがただ巻きしようが何しようが、全く釣れる気がしない。

エコも同じで、そもそもアジが回遊していないのか、一匹も釣れていない。

そう。2時間半粘って、未だに二人ともボウズである。

「……なあ、エコ」

「うん」

「帰ろうか」

「……うん」

この世界の釣りは、そんなに簡単じゃなかった。

また一つ勉強になったな。

「しっかしあの船、マジで容赦ねえな」

手前で一旦止まってくれればいいものを――と、釣り具を片付けている最中、じわじわと理不尽な怒りが込み上げてくる。

まあ、船から釣り糸が見えるわけがないといえばそれまでだが、堤防で竿を立てている釣人くらいなら見えてもいいだろう。俺が船頭なら……まあ、止まらんか。

…………まあ、止まらんよなぁ。

「仕方ないな、うん」

相手の立場に立って初めてわかった。確かに止まらないわ。

しかも刀八島行きってことは、客を乗せているわけだ。尚のこと止まらないわ。

段々と怒りが静まってきた。よし、今度から、船の往来には気を付けよう。

…………。

……ん?

待てよ。

なんか、引っかかるような気がする。

はて、なんだろうか。

釣り。

船。

……客。

刀八島行き。

刀八島……?

島……?

「……………………あっ!!」

そうか!

思い出した!!

「ユカリ! ユカリぃいいい!」

「い、如何されました!? ご主人様!」

刀の《作製》に必要なアイテム、玉鋼。

その玉鋼の《製造》に必要なアイテムが存在する。

それは――

「 砂鉄(さてつ) だ、砂鉄!」

「……砂鉄、ですか?」

「ああそうだ」

《歩兵抜刀術》習得のためには、刀を装備する必要がある。

その刀を《作製》するためには、玉鋼が必要で。

その玉鋼を《製造》するためには、砂鉄が必要で。

その砂鉄は、恐らく あの場所(・・・・) にある。

……あの場所、とは。

「 日ノ出島(ひのでじま) 、行くぞ」