軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

127 アロハ

「そいつの命は後6分や! 倒すこと考えたらあかん!」

狂化剤を服用したネクスと対峙するロックンチェアへ、ラズベリーベルがアドバイスを叫ぶ。狂化剤の効果は、全ステータス2000%。すなわちHPもVITも20倍されるのだ。攻撃は焼け石に水である。

それを聞いて、ロックンチェアは納得した。ネクスの全身から放出されている不気味な青白い光、これがその異常なまでの力の源であり、6分後の死がその代償であると。

「…………」

タイトル保持者の戦いを見よ、と。ロックンチェアは見得を切ったが。

しかし、彼の左腕は……先ほどの《飛車盾術》を《銀将剣術》で弾かれた時から、じんと 痺れて(・・・) いる。

20倍という数字は、如何なタイトル保持者とはいえ、容易に覆せるものではない。

……6分間耐える。それが、自身に課せられた試練。ロックンチェアはバックラーを構え、にこりと微笑んでから、静かに息を吸った。

命懸けのこの状況でさえ、彼は普段のルーティンをこなすことで、心を落ち着けられる。揺るぎない自信が彼をそうさせる。盾の扱いで己の右に出る者などいない、と。そう信じて疑わない。

彼こそが、【盾術】世界最高峰――『 金剛(こんごう) 』。

「ユクぞ」

ネクスが、青く光る瞳を揺らしながら、ぼそりと呟く。

瞬間、残像が見えるほどの高速移動でロックンチェアの眼前まで接近し、荒々しく《歩兵剣術》を振りかぶる。

速い。鋭い。そして、重い。

受けたら終わる(・・・・・・・) 。ロックンチェアはそう直感し、《歩兵盾術》でタイミングを合わせてパリィする。パリィならばノーダメージで切り抜けられるからだ。

結果、パリィはなんとか成功した。ネクスはノックバックし、体勢を崩す。

本来なら、ここで追撃に出るところ。しかし……ロックンチェアは逡巡した。

不意に、果てしない恐怖を感じたのだ。まるで足元の地面が急になくなり、奈落の底へと落下していくような、得も言えぬ不安。

果たして、これを6分間も耐え続けられるだろうか――と、考えてしまったのだ。

相手は、常軌を逸したスピードで動く剣術師。その攻撃をパリィし続けるなど、土台無理な話。今回はたまたま成功したから良いものの、失敗したならば場合によっては一撃死もあり得る。

「角行しかなさそうですね」

ロックンチェアのパリィ成功率は3分の1から2分の1ほど。ネクスが相手となると、4分の1もないだろう。ここはパリィを確実に成功できる状況のみに控えて、基本は《角行盾術》の強化防御で手堅く行こうというのが、現在のロックンチェアの判断であった。

「シネッ!」

のけぞった状態から回復したネクスは、剣を大きく振りかぶり、《銀将剣術》をロックンチェアへ叩きつけんとする。

ロックンチェアは間合いを取りながら《角行盾術》の準備を間に合わせ、剣に盾をぶつけて防いだ。

九段でVIT600%の強化防御。【盾術】で最も高い防御力を発揮するスキルである。

「凄い……!」

あのネクスの渾身の一撃を受けきった! ――ロックンチェアの戦いの様子を見て、ブライトンが息を呑む。

ブライトンとレンコは、ものの1分も経たないうちに苦戦を強いられ、ディザートの戦士たちと共に総攻撃を仕掛けても数分と持たずに瀕死に追い込まれた。手も足も出なかったのだ。

それが、金剛ロックンチェアは、もう三度もネクスの攻撃を防いでいる。ディザートの戦士たちの支援もなしに。

金剛とは、タイトル保持者とは、斯くも強いものなのか――と。その場にいた殆どの者が、俄かに感動を覚えた。

……だが、ラズベリーベルだけは見抜いていた。ロックンチェアも、そう長くは持たないと。

「くっ……!?」

一見して、《角行盾術》による防御が決まったかに思えた状況。ロックンチェアは、顔を顰めて二歩後退した。

VIT600%の防御。【盾術】を歩兵~龍王まで九段に上げきったロックンチェアのVITは並大抵のものではないが、それでも……2000%のSTRの前には意味をなさない。防御していて尚、ダメージが通ってしまったのだ。

ロックンチェアの少なくないHPの2割ほどが削れてしまう。これでクリティカルが出ていたら、と。ロックンチェアはそう考え、顔を青くした。

パリィは成功率が低い。角行はダメージが通る。ならば、どうするか。必死に次の手を考える。

しかし、ネクスは待ってなどくれない。即座に体勢を立て直すと、次いで《歩兵剣術》で斬りかかってきた。

「勝負、するしか、ないでしょうっ!」

今、己にでき得る最善を尽くす。それがロックンチェアに残されたただ一つの道。

HPを削られようが、パリィを失敗しようが、何が起きようが、めげずに最高のパフォーマンスを出し続けることが、6分間、否、残り5分と30秒間を耐え抜くための必須条件であった。

……そして。

1分が経ち、2分が経ち。

ロックンチェアのHPは、どんどんと削れていった。

そもそも、勝負にならないのだ。技術でどうこうできる話ではないと、天を仰ぎたくなるような大きすぎる差。全ステータス2000%とは、こつこつと積み重ねてきた何もかもを一発で覆してしまう力技なのである。

「ソロソロ、ゲンカイか?」

圧倒的優勢。しかしネクスは、嘲るでもなく、挑発するでもなく、至って険しい表情でロックンチェアへと剣を向ける。

「まさか。後3分は耐えて見せますよ」

そう虚勢を張るロックンチェアの限界は近かった。

もう、パリィは絶対に失敗できない。《角行盾術》での防御もHP残量的に不可。その他の防御方法など、もっての外。すなわち、後はパリィし続けるしかない。

「……くそォッ……!」

ブライトンは、悔しげに叫び、拳を握り締める。

なけなしのポーションでHPは半分ほど回復した。再び戦えるようになった。だが……ネクスへと立ち向かっていけなかった。

何故なら、ロックンチェアの邪魔になるとわかってしまうから。

実の弟の最大のピンチに、何一つ力になれない自分が悔しい。ブライトンの口の端から、血が滴り落ちる。彼の奥歯は強く噛み締めるあまりに砕けていた。

「…………っ」

一方、レンコは。

今か今かと、駆け出すタイミングを待っていた。

《変身》は解けて、生身の状態。ポーションなどとっくのとうに使いきり、HPは残り1割ほど。それでも、ネクスの気づかないだろう絶妙のタイミングを見計らって、 ブラック教皇(・・・・・・) に一発ぶちかますつもりでいたのだ。

その後のことなど、何も考えていない。ただ、己がスッキリするための一撃。最後まで立ち向かうための一撃。

「……まさか、お前……」

「ああ……あたいはやるよ」

ブライトンが、レンコの狙いに感づく。

瞬間、ブライトンは目的を見失っていた己を恥じた。

いかなる犠牲を払ったとしても、革命を成功させること。これがディザートの大志である。

弟が命を賭して作り出した時間を、無駄にしてなるものか――兄は覚悟を決めた。

「一、二の、三だ。私とお前で、左右から迫る。どちらかが殺されても、その足を止めるな」

「ふん。言われなくても」

レンコは不敵に笑う。

もし娘が生きていたら、このくらいの歳だったか……と。ブライトンは胸元の指輪を握り、悲しげに笑った。

「行くぞ……一、二の…………三!!」

ブライトンの号令。直後、二人は駆け出した。

「――クソ!」

両脇を抜けていこうとする二人に、ネクスは苛立ちの表情を浮かべる。

ロックンチェアが、想定の何倍も粘り強かったのだ。残された時間は少ない。その上、余計なことをする雑魚が二人。焦り、苛立ちもするだろう。

「げ、ふ……ッ!」

ネクスは目にも止まらぬ速さで疾走し、その勢いのままレンコを蹴り飛ばした。【剣術】を使っている余裕はないという判断だ。

蹴りは、レンコの脇腹に直撃。スキルを用いない攻撃だというのに、レンコは5メートル以上吹き飛ばされた。

起き上がろうとするが、起き上がれない。彼女のHP残量は三桁にすら届いていない、すなわち瀕死の状態。メヴィオンでは通称「ガチ 瀕(ひん) 」と呼ばれる状態である。全体の4%未満のHPとなってダウンすると、HPを回復しない限りダウンが解かれないのだ。

「うおおおおおおッッ!!」

ブライトンは、雄叫びをあげた。

届け、と。神に祈りながら、《飛車盾術》を発動し、全力で突進する。

レンコがやられたのは、目の端で捉えていた。

死んだかもしれない。娘の年齢にほど近い、あの若く力強い命が、失われたかもしれない。そう考えると、途端に悔しさが爆発したのだ。

……だが、甘かった。20倍のAGIの前では、左右から不意を突いてダッシュしたところで、大した意味はなかったのである。

「があッ!?」

容赦のない《歩兵剣術》がブライトンを襲う。

レンコを蹴ったのち、移動してきたネクスが斬ったのだ。

そして、ボトリと。ブライトンの盾を構える左腕が、地面に落ちた。

「くっ……兄さん!!」

「ザコが、ウットウシイ……!」

ロックンチェアによる《飛車盾術》の突進。

ブライトンへ止めを刺そうとしていたネクスが、舌打ち一つ、強引に《歩兵剣術》をぶつけて対応する。たったそれだけで、ロックンチェアの突進は止まってしまった。

「マズは、オマエカラだ!」

焦燥感を隠そうともせず、ネクスがロックンチェアへと歩を進める。

「……少々、まずいですか」

直前の《歩兵剣術》で、ロックンチェアのHPは残り1割ほどに削れてしまった。

次はパリィで受けるよりない。後何分だったか? 後何撃来る? 底なしの不安がよぎり、ロックンチェアの頬を冷や汗が伝う。

「う……嘘、やろ……っ!」

……次の瞬間であった。

ラズベリーベルが、ロックンチェアの後方を見て何かに気づき、声をあげる。

え? と、ロックンチェアが視線を動かそうとした刹那。彼の後ろから姿を現したのは――

「実に面白かった」

――おかしな言葉を口にする、おかしな服装の男であった。

アロハシャツと短パンにサンダルという、全くもって冬に似つかわしくない格好。そのくせ肩まで伸びた銀髪に筋の通った鼻と切れ長の目、高い身長に引き締まった体と、どこからどう見ても美男だからか、更におかしく感じてしまう。

唯一、このおかしな男の様相を、なんとはなしに理解している者がいた。ラズベリーベルである。

アロハシャツと、短パンと、サンダル。この格好は、メヴィオンを始めたばかりのプレイヤーが着させられる 初期装備(・・・・) の一種。

そして、何より。あの男は。あの男こそは……!

「後3分だろう? さあ、楽しもうじゃないかッ!」

メヴィウス・オンライン世界ランキング第一位――『seven』。

そう、他ならぬセカンド・ファーステストである。

セカンドは、レイスによってsevenの姿に化けたのだ。しかし誤算だったのは、レイスがsevenのキャラクターデータを複製できたまではよいものの、装備データまでは呼び起こすことができなかったのである。結果、超絶にダサい格好となってしまった。

「センパイ、機嫌ええなあっ!」

「おっ。まあな~」

突如ウッキウキとなったラズベリーベルが、満面の笑みでセカンドへと話しかける。セカンドは「そうかあいつが」と納得し、ひらりと手を振って答えた。

依然として絶体絶命のピンチだというのに、聖女はどうして笑顔に……? と、誰もが疑問に思ったが、ラズベリーベルにとっては地球が自転するくらい当たり前のことであった。

ついに、この目で姿を見られたのだ。この耳で声を聞けたのだ。その上、言葉を交わせたのだ。喜ばないわけがないのである。そして、sevenが、センパイが、狂化剤を使った程度の相手に負けるわけがない。それは当然中の当然であった。

「すげー良いもん見ちゃったからなぁ」

一方、セカンドが上機嫌な理由。これは非常に 趣味が悪い(・・・・・) と言えた。

彼は暫く見ていなかったのだ……「全身全霊を賭した者同士の対戦」を。

10分後に確実に死ぬ者と、ステータス20倍のバケモノに死を覚悟して立ち向かう三人。それは、セカンドにとって最高の“見世物”であった。メヴィウス・オンラインの時代でさえ、ここまで鬼気迫るPvPは滅多になかったのだ。

ゆえに、セカンドはついつい長いこと眺めてしまった。

本当なら、もう少し早く出ていけるはずであった。そう、ロックンチェアが現れた頃くらいには。

だが、思いのほかロックンチェアは頑張った。ギリギリのスレスレを3分間も。「そりゃ見ちゃうだろ」と、セカンドは当然のように言う。彼にとっては、三人の命の危機よりも、血湧き肉躍るPvP観戦の方が優先順位が高かったのである。

「俺の名はsevenだ。そっちは?」

「ネクス」

「よろしく、ネクス。狂化剤を飲んだお前に敬意を表する」

「……ザレゴトを」

残り時間、3分。

狂化ネクス vs アロハ野郎

二人の対戦が、今、始まる――。