軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

111 新たなる日常

朝。

少し遅れてリビングに下りると、何故か食卓の席に男が二人座っていた。

「あっ、おはようございます! セカンドさん」

「フン……」

爽やかな犬獣人の青年は快活な挨拶を、水色の髪の美形エルフはニヒルに一瞥を。カピート君とニルである。

ああ、そういえば。昨夜、二人が飲み過ぎていたことを思い出した。

……いや、いやいやいや。それにしても、だ。

「おはようカピート君。そして随分な挨拶だな? ニル」

「おい。僕を呼び捨てにするなとあれほど」

「ハイハイ知っておりますとも。ヴァイスロイ家のお坊ちゃまなんだろう? ここ7日の間に俺が便所でクソした回数より多く聞いたね。間違いない」

「貴様……相も変わらず我が家を侮辱するかッ」

「お前がそうさせてんだよ」

「二人とも、朝っぱらから喧嘩はやめてくれ。鬱陶しいぞ」

俺が態度の悪いニルを皮肉っていると、見かねたシルビアが止めに入ってきた。確かに朝から騒々しかったかもしれない。

ただ、悪いなシルビア。ここは俺の家だ。ビシッと言わせてもらうぞ。だって、あまりにも酷いじゃないか。昨夜この男が何をしでかしやがったのか、お前も知っているはずだろ? そう、こいつは――

「――あ! げろえるふ!」

朝の散歩から帰ってきたエコが、リビングに来るやいなやニルを指さしてド真ん中ストレートを大声で投げつける。

そうなのだ。この男は、 ゲロエルフ(・・・・・) なのだ。

「……おい貴様。それはまさか僕のことを言っているのではあるまいな?」

「そ、あっ……ちがうよ?」

思わず口に出てしまったらしいエコは、今になって左上の方へ視線を泳がせながら「かんちがいだった」と誤魔化している。

「嘘をつけ! 完全に僕を指さして言ったじゃないか! それにこの中でエルフは僕しかいない! 全く失礼な! 何がどうなって獣人如きに誇り高きエルフがそのように言われる筋合いがある! 謝罪しろ!」

……ん? あれ、まさか……。

俺が懸念を覚えた直後、ニルの隣に座っていたカピート君が話しかける。

「ニルさん……覚えてないんすか?」

「何をだ」

「昨晩の、その……」

「昨晩?」

どうやら覚えていないみたいだ。

あー……だったとしたら、この態度も頷けるけども。

……かわいそうに。

「ニル。お前は昨日の夜な、アルファに無視されたショックでやけ酒してベロッベロに酔っぱらった挙句、パーティ参加者に手当たり次第ウザ絡みしつつ号泣しながら大声で喚き散らして、介抱に駆けつけた俺の使用人たちを薙ぎ倒し、そこらじゅうにゲロを散布しまくって最終的に会場のど真ん中でぶっ倒れて昏睡したんだぞ」

懇切丁寧に教えてやる。

「…………う、嘘だ……」

「いや会場にいた全員が完璧に覚えてる」

「……………………」

急激に大人しくなった。

断片的に思い出してきたのかもしれない。じわじわとニルの顔色が悪くなっていく。

「オレ、ポーション飲んどいてよかったっすわ……」

昨晩は大事に至る前に少しでも酔いを醒まそうと解毒ポーションをガブ飲みしていたカピート君が、絶望の表情をするニルを見ながらしみじみ呟いた。

「……まあ、朝メシ食おうか」

* * *

「じゃあなーお前ら。またなー」

「お世話になりました! また会いましょう、セカンドさん!」

「…………」

朝食を済ませ帰宅するカピートとニルを、セカンドが見送る。

カピートは笑顔でお辞儀をしてセカンドと言葉を交わすが、ニルは無言のままであった。

……ニルは思う。帰るといっても、何処に。

ヴァイスロイ家には、もうニルの居場所などない。ぽっと出のプロムナード家の娘に負けた貧弱な男など、それが嫡男であろうと、ヴァイスロイ家は必要としないのである。

では、家を出てどうするのか。

この性格だ。ニルの世間での評判は、すこぶる悪い。

そのくせ魔術の名家で128年育ったがゆえの高すぎるプライドを捨て切れないでいる。

きっと、何処の誰も雇ってなどくれない。むしろ、他人に雇われるなどニルのプライドが許さない。ならばと、その【魔術】の腕を活かして冒険者ギルドに登録し冒険者として生きるか。ニルはそれこそ最大の恥と考える。彼にとって、冒険者は“世捨て人”。土臭い場所で汗と泥にまみれて魔物と戦うなど、高貴なるエルフがするようなことではないのだ。

「……クソッ」

ニルは、嫌になる。

家が、社会が、そして……自分が、嫌になる。

今まで張り続けていた虚勢も、昨夜の一件で、もう通用しない。否、端から通用などしていなかったことは、本人も薄々気が付いていた。

これから、どうやって生きていけばいいのか。

彼がそのようなことを悩んでいると、セカンドが一言声をかけた。

「なあ」

一体何を言われるのか。ニルは身構える。

多大な迷惑をかけた相手。文句の一つや二つ、覚悟していた。

「またいつでも遊びに来ていいぞ。どうせ暇だろ?」

「…………ッ」

あまりにも予想外な言葉に、ニルは目を見開く。

遊びに来てもいい。そのような言葉をかけられたのは、彼の人生で初めてのことであった。

大抵の場合、ニルと関わった者は「二度と呼ぶものか」と腹の中で思いながら、へらへらと笑って胡麻をする。薄っぺらい社交辞令でニルのご機嫌を取るのだ。ニルはいつもそれを冷めた目で見ていた。

だが、セカンドの場合は大いに違った。ポケットに手を突っ込みながら「また遊びに来い」と言い放ったのだ。最早わけが分からない。

親切や同情のつもりならば、もっと他に言葉があるだろう。仕事を斡旋してやろうかとか、冒険者でもしたらどうだとか、この先どうするつもりだ、大丈夫なのかと、優しく声をかけるところである。勿論、張りぼての優しさで。

仮に、そう言われていたとすれば、ニルは間違いなく激昂していた。セカンドに対し見当違いの敵意を剥き出しにして、己のちっぽけなプライドを必死に守ったに違いない。

それがどうだ。セカンドから出た言葉は、明らかに本心であった。

どうせ暇だろ、なんて、むしろ馬鹿にされている。

ふざけるなと、激昂して然るべき嘲笑。

しかし。ニルは、どうしてか、不意に胸が高鳴った。

その飾り気のない遊びの約束が、何処か友達同士のような、心地良い無遠慮さに感じたのだ。

「……うん……」

かろうじて、一言。

ニルはそうとだけ返して、頷いた。

見送るセカンドに背を向けて、赤くなった顔を隠す。

……また、来てやってもいいだろう。

そんなことを思いながら、ニルは新たなる日常へと旅立っていった。

* * *

「ご主人様。本日のご予定ですが――」

カピート君とニルが帰った直後、ユカリが淡々と語り出す。

予定なんてあったっけ? と思いつつも聞いていたら、思い出した。

午前中、ムラッティがやってくるのだ。雷属性魔術と、魔魔術の話を聞きに。

アルファは家のごたごたが片付いたら必ずファーステスト邸を訪れると伝言を残して帰ったらしい。クラウスは一閃座戦出場資格を得たら訪れると、アルフレッドとミックス姉妹は明日の午後に訪れると、これまた伝言である。どうしてどいつもこいつも俺ではなくユカリに伝えて帰るんだろうな? そんなに忘れそうか、俺は。

「諸報告です。まず、国内のカラメリアの現状につきまして。カラメリア取締法の制定以来、第三騎士団による巡回の強化によって相当数が駆逐されています。密輸の発見は今のところありません」

「依存症患者はどうだ?」

「大元が絶たれつつあるものの、未だ大勢存在するようです。特に有効な治療法の確立はされていませんね」

「そうか」

なかなか簡単じゃあないな。うちの料理長ソブラもまだ復帰できていないことを考えると、治療は相当につらいようだ。

「次に義賊R6の生き残り調査についてですが」

「難航中か」

「ええ。ただ、一つだけ。ウィンフィルド主導のイヴ隊による内偵調査で手がかりを得ました。義賊弾圧の最中、カメル神国へ渡った者が一人いるようです」

「マジか。随分と前だな」

「はい。現在の生死は不明。名前はレイ。18歳。親分リームスマの一人娘とのことです」

「女か……」

しかも、よりによってカメル神国。あの国の女性は殆どが修道女として暮らすことになる。カメル教会の厳しい監視を掻い潜って逃げ出すというのは、余程の猛者でない限りは無理だろう。彼女が生きているのならば、恐らくはまだカメル神国内にいるはずだ。

「分かった。今度、俺が調査してくる」

「畏まりました」

聖女のついでにレイとやらも探してやろう。キュベロとビサイドには、世話になっているからな。

「最後に今月の出費です。3億8931万CLとなりました。残金は56億4693万CLです」

「えっ、いつもよりかなり多めだな。やっぱりシルビアとエコの特訓と三冠記念パーティーに金がかかったか」

「加えて序列上位の使用人へのポーション並びに装備品の購入分と、使用人邸の増改築分ですね」

「ああー、そっか。忘れてた」

「億単位の出費を忘れないでください」

怒られてしまった。

使用人たちは経験値稼ぎにやる気を出してくれているため、そこに投資しない手はない。使用人邸は少々手狭になってきていたらしいので、500人くらい収容できるように大きくした。合わせて1億8000万CLくらいの出費だった気がする。人件費とか食費とか維持費とか諸々で月に2億弱ほどかかるので、まあ今月も妥当な出費だろう。

まだしばらく金稼ぎは大丈夫そうだが、今後何があるか分からない。そろそろ暇を見つけてガッポリ稼いでおくのも必要かもな。

「――セカンド氏ぃ! セカンド氏ぃいい!」

おっと、暑苦しいのが来た。

大声で俺の名前を呼びながら玄関のドアをガンガン叩いている。

「うるせぇな! 今行くから待ってろ!」

「スミマセンッ! 待ちますとも!」

ユカリとの会話をぴったり終えて、玄関へ。

案の定、そこにいたのは汗だくの眼鏡デブ、前 叡将(えいしょう) ムラッティ・トリコローリであった。

「ささっ、中へ入りましょうぞっ! せ、拙者もう楽しみで楽しみで! ここ一週間、一睡もできなかったでござる!」

「嘘つけよ……」

相変わらずテンション爆上がりのムラッティは、冬の寒空のもと体じゅうから湯気を出して眼鏡を曇らせながら満面の笑みを浮かべている。

失礼だし馴れ馴れしいし鬱陶しいし、良いところは何一つないはずなんだが、どうも憎めない。

俺はムラッティをリビングへと案内して、対面に座らせた。

流れるように、ユカリがムラッティへと紅茶を出す。

「さて。どっちから聞きたい?」

いきなり本題を切り出すと、ムラッティは紅茶を一息で飲み干して、口を開いた。

「デュフフッ。で、では、雷属性魔術についてをば」