軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

102 金剛戦 その2

金剛(こんごう) 戦挑戦者決定トーナメント決勝。

エコ・リーフレット対ロックンチェア。

金剛戦では大変珍しい、獣人対人間の試合である。

向かい合う二人は、非常に凸凹であった。

かたや、身の丈ほどもある大盾を持った小さな獣人の少女。

かたや、バックラーほどの小さな盾を腕につけた人間の男。

どちらが勝つのか、誰にも分からない。そんな勝負が、今、始まろうとしていた。

「準決勝の戦法、お見事でした。勉強させていただきました」

「うん。いっぱいれんしゅーしたから」

「ふふふ、そうですか。僕もいっぱい練習してきましたよ」

「じゃあ、いっしょ!」

「はい、一緒です」

タイトル戦とは思えない和やかな雰囲気。それはエコが持っている生来の人懐っこさと、ロックンチェアという男の人柄の良さに起因する。

「貴女は楽しそうに戦いますね。見ていてこちらも楽しくなってしまいます」

「あたし、いま、しあわせ。たのしいっ」

「ええ。この試合、僕も楽しませていただきます」

「よろしく!」

「はい、よろしくお願いします」

エコは今、幸せだった。昔では考えられないほどに。

ゆえに、彼女はそれ以上を決して求めない。

今、目の前に楽しいことがあれば、それだけで、彼女は最高に幸せなのである。

「――始め!」

そして、号令がかかった。

瞬間、両者の顔つきが一変する。獲物を狩るそれへと。

ロックンチェアは開幕で《飛車盾術》を発動し、突進。エコとの間合いを詰める。

エコは、その初手を見て……《歩兵盾術》を準備した。

「!」

何故、よりによって歩兵なのか。

突進しながらも、ロックンチェアは考えを巡らせる。

このまま《飛車盾術》で衝突すれば、威力の差でエコの《歩兵盾術》は崩れ、相当なダメージを与えられるはず。

「……否」

これは、罠。

ダメージは与えられるが、確実なダウンは取れるかどうか分からない。ゆえに、その後のカウンターが怖い。

肉を切らせて骨を断つつもりだろう。というのが、彼の最終的な予想だった。

「ありゃー……」

手前で突進を止め、間合いを詰めただけで終わったロックンチェアの挙動を見て、エコは残念そうな声を出す。予想は見事に当たっていたのだ。

奇襲戦法、その弐――“パックマン”。

これは、不発に終わった。

今の《歩兵盾術》は、実に巧妙な毒饅頭であった。誰もがパクッと食べたくなる甘いお饅頭である。向こうがこれを「チャンス」と見て、あのまま《飛車盾術》で攻撃していれば。自身が吹き飛ばされたその瞬間から《龍王盾術》を準備した場合、相手の追撃が来る直前にギリギリで発動できるのだ。距離が近い状態ゆえ、相手は回避不可能。【盾術】最大火力の龍王をモロに喰らわせて、ゲームセットの予定であった。

「いやあ、恐ろしい。ミミックのような戦法ですね」

ロックンチェアは軽やかに立ち回りながら、楽しそうにそんなことを言う。実に的確な表現であった。

その変化に飛び込んだら終わり、という地雷のような宝箱がこれ見よがしに置いてあるのだ。踏んだら終わり、開けたら終わり、である。

「では、今度はこちらから」

エコの戦法に敬意を示すように、ロックンチェアは小型盾を構え、動き始めた。

彼の強みは、その身軽さ、素早さ。小型盾ゆえに防御力には期待できないが、代わりに相手を速度で翻弄するというのが彼の戦闘スタイルである。今までの金剛戦では滅多に見ることができなかった、非常に珍しい盾術の戦い方だ。

「はぁっ!」

「っう!」

エコの周囲を素早く移動し、目ざとく隙を見つけては、《飛車盾術》で攻撃する。

エコが《角行盾術》で防ぐと、軽やかに離脱、更に立ち回りを続ける。

そしてまた隙を見つけては飛車を。エコは今度は《桂馬盾術》でノックバックを狙おうとしたが、余裕を持って見抜いたロックンチェアは飛車をキャンセルしてまた距離を取り、周囲をぐるぐると回って再び翻弄する。

「……うー……」

「どうです、疲れません?」

身軽ゆえ、いくら動いても大した疲労がないロックンチェア。

一方で、大盾を構えながら、四方八方どこから来るか分からない攻撃に逐一対応しなければならないエコは、肉体的にも精神的にも厳しい。

この状態が続けば、いつまでも勝機が見えてこないことは明らか。

……で、あれば。

使うしかない。

奇襲戦法、その参――“カニカニ銀”を。

「やあっ」

エコは【盾術】スキルを使うでもなく、ロックンチェアへ向かって疾駆した。

この状況をどうにかして打開する。そのための第一手である。

「なるほど、いいでしょう!」

ロックンチェアは受けて立つ。彼はどうも勝負を必要以上に楽しむきらいがあった。

《飛車盾術》を準備して、無防備に突っ込んでくるエコに真正面からぶつからんと突進する。

「ここ!」

エコは絶妙なタイミングで《銀将盾術》を準備した。

「おおっと!?」

あまりに機敏な切り返しに、即座の判断で、ロックンチェアは慌てて飛車をキャンセルする。

《銀将盾術》は通常よりも少し強固に防御するスキル。飛車を防ぎ切れるようなものではないが、かといって崩し切れるようなものでもない。即ち、そこそこのダメージが通ってしまう。ゆえに、そのままぶつかっても一戦となっていただろう。

だが、銀将による“パリィ”となると話は違う。“反撃効果”が加わり、飛車を当てた側が尋常ではないダメージを喰らうことになる。

銀将パリィは、テクニックとしては非常に難しい。それも咄嗟に準備した銀将でパリィするなど、なかなかできることではない。

だが、万が一という可能性もある。特に、エコは。これまでの緻密な作戦から、並大抵でないテクニックがあると警戒されていた。

「いくよっ」

ロックンチェアの腰が引けた。それを鋭敏に感じ取ったエコは、ここぞとばかりに《飛車盾術》を準備する。受けから攻めへと転じたのだ。

「っく!」

ロックンチェアは《銀将盾術》を準備し、パリィを狙わずに、エコの《飛車盾術》を受け止める。

エコの突進はその防御を崩しきれなかったが、しかし、飛車によるダメージは確実にロックンチェアへと通っていた。

「まだまだ!」

次いで、ロックンチェアは間髪を容れず《飛車盾術》を準備する。

エコは大盾を構え、スキルを準備せず、棒立ち。

ロックンチェアの突進がエコへとぶつかる直前で、またしてもエコは《銀将盾術》を準備した。

「……駄目かっ」

ロックンチェアは諦める。パリィが怖いのだ。《飛車盾術》をキャンセルし、数歩後退する。

その隙に、エコは再び《飛車盾術》を準備、発動する。

ロックンチェアはそれを《角行盾術》で受け止めた。強化防御のスキルである。ダメージは一桁ほどしか通らない。

「そうか……なるほど」

ここで、反撃のために《飛車盾術》を準備しながら、ロックンチェアは気付く。エコの作戦に。

エコは、自分と相手とで攻めと受けを交互に繰り返すつもりだった。飛車で突進し、受けさせ、飛車で突進させ、受け、また飛車で突進し……と。

この一連の繰り返しにおいて「銀将のパリィに絶対の自信があるこちらが有利」だと、そう考えていた。

カニカニ銀――パリィのテクニックによる“ごり押し”である。《銀将盾術》によるパリィを100発100中でこなせる自信がなければ、とてもではないができない作戦。

しかし、エコはパリィが大の得意だった。獣人特有の鋭い感覚、特に聴覚が良く、バランス感覚も非常に良い猫獣人は、五感をフルに活用して、そのタイミングを図ることに長けていた。

確かに、ロックンチェアは恐れていた。銀将でパリィされては堪ったものではないと、飛車を途中でキャンセルし、攻撃をやめていた。

一方で、エコから来る飛車を彼が銀将でパリィできるかというと、あまり自信はなかった。成功確率は3回に1回くらいのものだろう。

仮に、エコの銀将パリィ成功確率が100%ではない、50%ほどであったとしても。先に倒れるのは、ロックンチェアの方である。

「…………」

どうにか、打開する必要がある。ロックンチェアは《飛車盾術》を準備しながら思考する。

このまま飛車で突進してしまえば、エコはまた銀将でパリィを狙うはず。ならばといって、飛車をキャンセルしてしまえば、その瞬間にエコが飛車を準備し始めて、ロックンチェアは受けるよりない。《角行盾術》で防御すれば問題はないが、膠着状態は脱せない。

この場合、《桂馬盾術》か《金将盾術》のノックバックで切り返すのが良さそうだが……と、ロックンチェアがそこまで考えたところで、飛車の準備が終わり、発動する。

「うおっ!? 歩兵か!」

突然の変化に驚く。

エコの準備していた対応スキルが銀将から歩兵に変わっていたのだ。

これは、ミミック。開けることはできない。

カニカニ銀から、パックマンへ。そしてまたカニカニ銀へ。変幻自在の奇襲である。

どちらにせよ、ロックンチェアは飛車をキャンセルするつもりであった。しかし瞬間の動揺は隠せない。数分前とは打って変わって、今度は彼が翻弄される番となっていた。

飛車をキャンセルした直後、エコの飛車による追撃が来る。

ロックンチェアは、動揺したまま《金将盾術》を準備し始めた。

「きたっ」

エコはにぱっと嬉しそうに口を開き、即座に飛車をキャンセル。《龍王盾術》を準備し始めた。

「――!!」

マズい。ロックンチェアは確信する。

金将は範囲誘導防御のスキル。このままでは、龍王を自ずと誘い込んでしまう。それでは自滅だ。龍王はノックバックなどものともせずに打ち砕く威力がある。

しかし、今、金将をキャンセルしたところで、龍王を何とか耐え切れる角行も、龍王を発動前に潰せる飛車も、どちらも発動が間に合わない。先程の動揺が、ここに大きく響いていた。

…………出すか、出さないか。

ロックンチェアは逡巡する。

ゴロワズ現金剛を倒すために残しておいた、秘策。

「……出そう」

恐らく、彼女は、ゴロワズ金剛よりも、手ごわい。

そう考えたロックンチェアは、その秘策を、ここで、出すことに決めた――。

* * *

「あー。アレを知ってんのか、あいつ……」

俺は思わず呟いた。

エコがカニカニ銀にパックマンを絡めて、良い感じに押している局面。

エコは油断していた。要注意と教えておいた“アレ”を、すっかり忘れている様子だった。否、カニカニ銀に熱中していると言うべきか。意識の外へと置いてきてしまったようだ。

まあ、忘れていても仕方がないかもしれない。常識的に考えて 有り得ない(・・・・・) ことだろうから。

ロックンチェアという男は、エコの《龍王盾術》を見て、準備していた《金将盾術》をキャンセルし……エコへ身を擦り合わせるほどに接近した。

「!?」

観客がざわめく。ロックンチェアの謎の行動にだ。

そして、彼は、俺の予想通り――《桂馬盾術》を発動する。

「うにゃっ!?」

――次の瞬間、エコが ノックバック(・・・・・・) した。

自身の盾が相手に触れている状態で桂馬か金将を使用すると、触れている相手の盾が攻撃と判定され、ノックバックの効果が発動する。

この低い水準の中で、よくもまあ独自で調べ上げ、辿り着いたものだ。やはり彼は頭抜けてレベルが高い。

ギリギリのギリギリまで温存していたということは、彼の秘策中の秘策だったのだろう。

恐らく、この場では、俺くらいしか知らないような事実。

しかし、これで、この場の全員に明らかになってしまった。現金剛は残された僅かな時間で相当に対策を立てるだろうな。

ただ、ここで出したことは正解だ。でなければ……エコには勝てなかっただろうから。

「――勝負あり! 勝者、ロックンチェア!」

龍王発動前に弾かれダウンしたエコへの容赦ない追撃。エコはなすすべなくやられ、そして、スタンしてしまった。

「……良い試合、だったな」

鳴り響く拍手の中、シルビアが感慨深そうに呟く。

「かなり高度な試合だった。最後のうっかりがなければ、エコの勝ちだったな」

「うむ。惜しい……実に」

喝采を受けるロックンチェアを見ていると、こっちも悔しくなってくる。

だが、彼にも惜しみない拍手を。素晴らしい試合だった。

「………………」

ちらりと隣を見ると、エコの父親ショウさんが、押し黙って、闘技場中央で倒れ伏す娘の姿をじっと見つめていた。

「……行こうか。来るだろ?」

声をかける。エコを迎えにいくのだ。

ショウさんは、無言で頷き、自ずと立ち上がった。

そのまま出場者控え室へ移動する。俺とシルビアで両脇を挟むようなことは、もうしない。

「――エコ!」

控え室へと真っ先に入ったのは、ショウさん。

「あ……おとーさん」

エコは既にスタンから回復しており、ベッドに寝かされていた。

「大丈夫なのか? どこか傷はあるか? これを飲むといい」

ショウさんはエコに近付いて、心配するように声をかけながら、インベントリから安くないポーションを取り出す。

「ううん。あたし、じぶんでできる」

ポーションを断り、【回復魔術】《回復・中》で自身を回復して見せるエコ。

心配いらないから、大丈夫だから、と。

元気な様子を、必死にアピールする。

「そうか…………そうかぁ」

ぽつりと、驚くように、そして安心したように、呟きながら。

ショウさんは、そんな娘の様子を、目を丸くして、そして寂しげな目で、ただ見つめていた。

「せかんどっ……みてた?」

「見てたぞ」

「まけちゃった」

「負けちゃったな」

「うん……」

「悔しいか」

「…………うん」

「楽しかったか?」

「……うん……うん……っ!」

一生懸命に笑おうとするエコ。その目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。

「おいで」と言って胸に抱き入れ、その小さな頭を撫でる。

彼女に、悔し泣きするほど熱くなれることができたんだ。

その事実に、俺は思わず、目頭が熱くなった。

「俺の家、来ます?」

金剛戦が終わり、夕方。俺はショウさんを家に誘った。

最終戦の結果は、激戦の末、見事ロックンチェアの勝利。ロックンチェア新金剛が誕生した。

金剛戦初の人間の金剛らしい。ただかわいそうなのは、俺が二冠を獲ったばかりに、あまり騒がれていないことだ。これから三冠も獲るから、より目立たなくなるだろう。こりゃどうもすんませんね……。

「申し訳ないが、これからカピートと合流する予定で――」

「――あれ、ショウ先生? もう魔術学校から帰ってきてたんですか?」

闘技場裏口の通路で会話をしていると、後ろから声をかけられた。若い男の声だ。

「先生?」

「ああ、自分は村の学校で教師をしている」

なるほど、だから先生。しかしこの常識のなさでよく教師が務まってんな……。

「カピート、良いところにきた。これが娘のエコで、彼が――」

「……え゛っ!?」

カピートという犬耳の獣人が、俺と目が合った瞬間、おかしな声をあげて固まった。

「も、も、も、もしかしなくても、せ、せ、セカンド二冠では……!?」

「何だ、知っているのか。では話が早い。今、娘が世話になっているのが彼だ」

「かかか彼だ、ではありませんよ先生!! こ、この方がどのような方か知らないんですか!? っていうか娘ぇ!? ロックンチェア金剛をあれほど追い詰めたエコさんが!? うわあ!? よく見たらシルビア挑戦者までいらっしゃる!?」

「そう言われてもな……」

「ああああああ! もう! これだから田舎は嫌なんだぁッ!」

「何? カピートお前、自分の故郷を馬鹿にするのは」

「うるさい! 先生は黙っていてください! せ、セカンド二冠ッ! うちの田舎者が大ッ変な失礼を……!!」

カピート君が真っ青な顔で頭を下げてくる。

「やはりこれが正しい反応なのだなぁ」

シルビアが何やらしみじみと呟いた。

よく分からないが、まあいいや。もう日暮れまで時間がない。

「カピートだっけ。お前も来るか?」

「…………へっ? ど、どちらへ……?」

「俺の家」