軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第64話

「澪先輩、凛先輩、おめでとうございます!」

潮見第二中学の卒業式の日。

式が終わり撤収のタイミングで、澪のお世話係女子を代表して、生徒会副会長がお祝いの言葉をかけてくる。

その隣では、総一郎と沢渡が、男子を代表して生徒会長にお祝いをもらっている。

「ん、ありがとう」

「今年一年は、いろいろ助かったよ」

「いえいえ。先輩方の力になれて、光栄です。ただ、できたら来年も澪先輩や凛先輩とご一緒したいんですけど、残念ながら多分あたしは潮見高校は無理だと思うので……」

「あたしも総君も、まだ潮見高校に合格すると決まった訳じゃないんだけど……」

「でも、先輩たちは模試A判定じゃないですか。あたしはかろうじてBに引っかかってる程度で、ちょっと調子悪いとあっさりCに落ちるんですよ!」

凛の言葉を聞いた副会長が、思いっきりそう吠える。

潮見市のある県では、公立高校の入試は三月中旬から下旬にかけて行われるため、まだ二人とも入試は終わっていない。

「むう……」

それを聞いていた澪が、少し不満そうに口を開く。

「どうしたの、澪ちゃん?」

「やっぱり、ボクも本試験を受ければよかったかも……」

「いやいやいや。そこはもう、何度も話し合ったじゃない」

「そうですよ。澪先輩が普通に受験だなんて、何が起こるか分かったものじゃないんですから」

「深雪先輩も、春菜先輩の直接の関係者はトラブル防止のため、お金とか推薦とかで解決できることは極力それで解決しよう、って言ってたじゃない」

「うん。それはちゃんと納得してる。だけど、一人だけ経験してないのは、なんか損した気分……」

今更どうにもならないことでむくれる澪。

全国で見ても高難易度のほうに入り、たとえ辛うじてでも模試でB判定を取れるのであれば、県内の高校の八割に余裕で合格できる潮見高校の入試。

が、真琴同様フェアクロ世界で習得した多数のスキルで底上げされたうえ、なんだかんだ言ってまじめに勉強を続けてきた澪が苦戦するほどのものではない。

なので、推薦ではなく一般入試を受けていたとしても、澪が凛や総一郎と感覚を共有することはできないだろう。

が、たとえそうだったとしても、自分だけ同じ苦労をしていないというのは、ハブられている感じがするのは仕方がないところである。

それ故に、感じが悪いと知りつつも、文句が口から出るのを止められなかったのだ。

「高校入試はもう手遅れだから、大学入試は春姉たちみたいに一般入試受ける」

「そもそも澪ちゃんが推薦になったのって春菜先輩の大学入試でいろいろあった反省だから、あたしとしては主に関係者の胃と頭髪の健康のために、大学入試も素直に推薦で行ってほしいよ」

「てかさ、澪。一般的な受験を経験したいんだったら、ちょっと種類は変わるけど資格試験の類を受けてみたらどうだ?」

澪と凛のやり取りを見かねた総一郎が、横から割り込んでそんな提案をする。

その提案を聞いて、その手があったか、と目を輝かせる澪。

「よく考えたら、それもありだよね」

「何をとるかにもよるんでしょうけど、大半の資格試験は一回二回落ちても高校入試ほどは大きな影響ないはずですし、かといってそれなりにピリピリした雰囲気はあるでしょうから、受験を経験したいだけなら十分じゃないでしょうか」

澪が何か言うより早く、凛と副会長がそんなことを言う。

卒業までのあれこれのせいか、どうやら本気で澪の大学受験は回避したいらしい。

実際のところ、各種運転免許や士業に就くためのものなどは別として、資格の類は大部分が持っていれば若干就職や出世に有利に働くとか、その程度のものでしかない。

しかも、それすら必ずしも機能するとは限らず、例えば簿記三級などは受験資格が緩く小学生でも取れるため、持っている人間が増えすぎてアピールポイントにならず、かといって必要な部署ばかりでもないので取っていなくても大きなマイナスもつかない状況になっていたことすらある。

それは極端な事例だとしても、全体的に資格や検定は一定水準の技量と知識を保証するだけのものが多く、特定の作業を行うために絶対に持っていなければいけない資格というのは案外少ない。

どう考えてもまともな就職をするわけがない澪の場合、まず間違いなく資格の有無が人生を左右するようなことにはならないので、記念受験でも問題ない。

余談ながら、資格マニア的なところがある雪菜は使いもしないのに大量の資格を持っており、機材さえあれば一人でちょっとした基礎工事をして簡単な建物を建てるぐらいはできたりする。

「……せっかくだから、師匠や春姉の役に立てそうなのをとる」

「具体的には?」

「比較的とりやすいところで簿記、可能であるなら司法書士が取れるならうれしいかも」

「つまりそれって、法学部のほうに行くってこと?」

「学部としては総合工学のつもり。ただ、師匠や春姉みたいに延々論文書かなきゃいけないほど発明だの発見だの、ボクがするとは思えない。というより、ボクがやりそうなことは多分、師匠が先にやると思う」

「「「あ~……」」」

澪の言葉に、思わず納得する凛たち。

天音や雪菜ほどではないにせよ、宏と春菜の名はそろそろ有名になってきている。

特に春菜は天音の血縁であり、その美貌から早くも天音の後継者と目されている節すらある。

春菜自身も最近そのことに薄々感づいているようだが、現在エアリスに関する事柄で悪い方向に迷走しており、そちらの方まで気にする余裕は持っていないようである。

その結果、潮見に住んでいれば全く接点のない小中学生でも、時折名前を聞く程度には名前と業績が広がってしまっている。

そういったことから、凛たちも宏や春菜のやらかしについてはよく知っているので、澪の言葉はこれ以上なく説得力があるのだ。

「それはそれとして、凛先輩と総一郎先輩はやっぱり、これから追い込みですか?」

「うん。そのつもり」

「だな。油断して落ちた日には、何やってんだかわかったもんじゃないし」

「澪先輩は?」

「ボクはちょっとした用事で、この後教授のところに行かないと」

「なるほど……。だったら、これ以上引き止めるのは申し訳ないですね」

そう言って、名残惜しそうに話を切り上げる副会長。

とはいえ、今後恐らく顔を合わせる機会は皆無になるだろうと分かっているので、見送りだけは最後までしようと校門まで同行する。

校門を出てすぐに、目と鼻の先にあるコインパーキングで車から降りてきた達也から声をかけられる。

「澪、山手君、大友さん。卒業おめでとう。山手君と大友さんは、二年半も澪の面倒見てくれてありがとうな」

「あっ、香月さん」

「こちらこそ、澪ちゃんにはいろいろお世話になりました。特に料理教えてもらったのは、凄く助かりました」

達也の言葉に、どことなく恐縮したようにそう返事をする総一郎と凛。

余談だが、検査などの関係でよく澪を迎えに来るため、総一郎と凛は宏や春菜より達也と詩織のほうが接点が多い。

最近は澪のついでにいろいろ奢ってくれることも多いため、下手をすれば澪の両親よりも澪の保護者としての印象が強い可能性すらあったりする。

ちなみに、おごりの原資は貰い物のタダ券や割引券、真琴の勧めで購入した株による各種株主優待などなので、達也の小遣いにも香月家の家計にもそれほど響いていないのはここだけの話である。

「香月さんは、澪を迎えに来たんですか?」

「おう。普通なら二人もついでに送って行くところなんだが、さすがにここからだと歩いて帰った方が早いからなあ」

「そりゃまあ、公立中学ですからねえ」

「あたしの家とか、ここからだと道が狭くて車入っていけないから、ものすごく遠回りになりますしね」

達也の言葉に、苦笑しながら同意する総一郎と凛。

潮見二中の校区にある住宅街は、藤堂家がある高級住宅街のような例外を除き、大体が一方通行の塊だったり車の出入りできる場所が一カ所でかつすれ違いが非常に厳しい構造だったりする。

大体、比較的都市化が進んだ地域にある公立中学なのだから、基本的に生徒は徒歩圏内だ。

車のほうが早い生徒なんて、荷物が大量にあるか校区の端でかつ一番遠くなる方角に住んでいるかのどちらかくらいだろう。

「まあ、今後とも澪のこと、よろしく頼むわな」

「えっと、それに関してはまず、潮見高校に受かってからかな。ね、総君?」

「だよなあ……」

達也の言葉に、そう応じる凛と総一郎。

正直に言って、澪と行動するのは楽しいし、まだまだ世間知らずなので目を離すと不安なこともかなりたくさんある。

なので、澪の面倒を見ること自体は問題ない。

が、さすがに同じ高校に通えないと、友達付き合いすらいろいろ限界が出てくる。

残念ながら、現時点では達也の言葉に応とも否ともいえないのである。

「とりあえず、凛、総一郎。四月一日にお花見兼春姉の誕生日祝いやるから、その時ついでにボク達の進学祝いもしてくれるって」

「了解。素直に祝ってもらえるように、がんばってくるよ」

「だな。とりあえず、結果が出たら連絡するよ」

「ん、お願い」

そう言って、車に乗り込む澪。

「じゃ、また」

「うん、お花見の時に」

車に乗りながらそう告げた澪に、笑顔でそう返す凛。

こうして、澪の中学生活は無事に幕を閉じたのであった。

「さて、全員そろったし、予定通り進めよう」

三十分後、綾瀬研究室。

澪が到着し、神の城で待機していたエアリスとアルチェムを回収しに行った春菜が戻ってきたところで、真剣な表情を作った天音がそう宣言する。

「とりあえず、実際に作業に入る前に、分かっていることの説明をさせてもらうね」

「うん」

「まず最初に前提条件の確認だけど、アルフェミナさんによる意図しない東君の乗っ取りを防ぐには、エアリスさんの中に高濃度で凝縮されているアルフェミナさんの神気を一定以下の濃度になるまで排除するか、エアリスさんの資質を変質させる必要がある。ここまではいいよね?」

天音に確認され、同時にうなずく春菜たち。

いまさら言われるまでもないことではあるが、勘違いがあってはいけないので、言葉に出して定義やらなにやらの認識を統一しているのだ。

言うなれば、指差し呼称と同じことである。

「それで、いろいろ調べたんだけどね。方法自体はいくらでもあるけど、リスクの観点で言うなら、一番安全なのは春菜ちゃんが繰り返しエアリスさんと性交渉を重ねて、ちょっとずつアルフェミナさんの影響を追い出して春菜ちゃんの神気で染める方法なのは間違いなかったよ」

「……やっぱり、やらないと駄目かあ……」

「待って、まだ話は終わってないから」

天音の結論を聞いて、がっかりしつつも腹をくくる春菜。

その春菜に待ったをかける天音。

「あくまでもリスクが一番低い方法っていうだけで、現実的に飲める範囲のリスクでどうにかする方法だって一応あるから」

「えっ?」

「いやいやいや。前回一応言ってたよね。多分方法自体はあるって」

「……おばさんのことを信用してなかった訳じゃないけど、今までの流れから現実的な手段はないものとばかり……」

「まあ、アルフェミナさんの脅し方とかまで考えると、春菜ちゃんがそう思うのは無理ないけどね」

春菜の反応に、思わず苦笑する天音。

ここ最近の春菜の迷走ぶりや思いつめ方を見ていると、こういう話の持っていき方をすれば、早合点するのも無理はない。

はたから見ればいい加減にしろと言いたくなるが、思いつめて視野が狭くなっている人間なんてこんなものだ。

「ねえ、教授。現実的に可能な方法があるんだったら、最初からそれを言ってくれればよかったんじゃ?」

「あくまで現実的に飲める範囲だっていうだけで、ノーリスクじゃないからね。心情的に折り合いがつけば実質リスクなしで可能な方法があるんだから、それを最初に提示しておかないとフェアじゃないでしょ」

「それは分かる。でも、春姉とエルがエッチすることが、本当にノーリスクだとは思えない」

「一応言っておくけど、私もこういうケースで心情的な問題を軽く見るつもりはないよ。この件が原因で、みんなの関係が破綻する可能性だって十分あるんだから、ね」

澪の突っ込みに対し、大真面目にそう告げる天音。

医師としては、可能な治療はリスクも含めてすべて提示するのが義務だ。

今回もその基準に従って、提示できる情報を提示しただけである。

「それに、他の方法で進めてしまうと、もうこの方法でって訳にはいかないから、念のために確認は必要だよね」

「試してみて駄目だったから、は無理?」

「可能性を切り捨てることでリスクを下げるから、無理。ついでに言うと、私が一番本命になると思ってる方法は、実行した時点で東君が乗っ取られる可能性自体が無くなるから、どっちにしても他の方法では無理になるよ」

「いきなり結果が出るとか、それはそれで怖い気がする……」

天音の説明に何となく納得しつつ、何となく不安を覚えてしまう澪。

そんな澪の様子がマイナスに働いたようで、春菜の表情に迷いが浮かぶ。

「あの、エル様は今回の事、どう思っているのでしょうか?」

春菜の迷いを察したアルチェムが、エアリスのそのあたりのことを確認する。

本当は前日までに話し合いたかったのだが、こんな時に限ってエアリスにもアルチェムにも動かせない予定が入ってしまい、前回天音に相談した直後から昨日までずっと拘束されていたのだ。

無理をして話し合いの時間を作ることも出来たのだが、その結果今日に余計な予定が入ってしまっては元も子もないので、相談の上諦めざるを得なかったのである。

「ハルナ様とそういう事をする、という点に関しましては、最近お父様やお母さま方から受けた教えを考えれば、早いか遅いかだけかな、という気がしなくもないのですが……」

アルチェムに振られて出したエアリスの答えに、天音を含めた全員が一瞬固まる。

「……ねえ、エル。早いか遅いかって言うのも気になるけど、王様たちから受けた教えって、どんなの?」

「複数の妻を持つ殿方に嫁ぐ際の心得として、ご自身の経験からいろいろと教えてくださいました。特に重要だったのが、全員で同時に子作りを行う際の心得でして……」

「……ん、何となく察した。たしかに、重婚の一番の醍醐味は、一夫一妻だと普通は味わう機会なんてないはずの乱交を堂々とできること……」

「その際、男性一人に対して女性が三人以上になると、どうしてもあぶれる女性が出る時間がありますので……」

「うん、凄く理解した。いつでも割り込めるように体の準備をしつつ、気を引く手段として……」

「あ~、澪ちゃん。それ以上はちょっと置いておこうか」

やたら生々しく赤裸々な話に、困った様子で割り込む天音。

この中で唯一の子持ちなので、今更この程度の話で恥ずかしがったりはしないものの、この状況は天音にとっても何となく気まずいものを感じざるを得ない。

何が気まずいと言って、今日卒業したとはいえ書類上の身分はまだ中学生である澪と、学年は澪と同じであるエアリスが、春菜やアルチェムより突っ込んだ話をしそうなところが気まずい。

二人して春菜やアルチェムよりその手の話と無縁そうな外見をしているのが、さらに気まずさに拍車をかける。

もっとも、春菜が妙に初心で実践的な知識に欠けている理由は、どちらかというとポルノ産業が発達している割にちゃんと当てにできる作品や教材がほとんどないことが大きく影響している。

この点に関しては別に日本だけの問題ではなく、世界的に問題視されては解決に失敗している案件で、ひそかにどこの国かに関係なく、育ちがよくて教養がある若者ほど男女の肉体構造以外の知識に疎い傾向があったりする。

「……えっと、エルちゃんは、その、平気なの?」

「平気かと言われますと、微妙なところですね。嫌ではないですけど、できれば最初はヒロシ様といたしたいというのが本音ですし……」

「だよね、そうだよね」

エアリスの本音を聞いて、我が意を得たりと急に元気になる春菜。

本当にいい加減にしろと言いたくなるその様子に、再び苦笑を浮かべてしまう天音。

どうせこの後で自分の身勝手さにへこむのが目に見えているので、天音としてはあえてここではそういう突っ込みはしない。

「じゃあ、一番安全確実な方法は不採用、っていう事でいいよね?」

天音の確認に、全員が首を縦に振る。

それを見て一つうなずき、話を続ける天音。

「それじゃ、他の方法についての説明に移るよ。基本的な方針としては、肌を合わせない方法の亜種でエアリスさんを強制的に東君か春菜ちゃんの従属神に神化させて、アルフェミナさんの影響を排除する形になるんだけど、それはいい?」

「はい。物心ついたころから、私はおそらくいずれ生きたまま神の国へ召し上げられるのだろう、と、何となく考えていました。自身が神となるとまでは思っていませんでしたが、人の世界から切り離される覚悟はできています」

「まあ、神化させると言っても、今回は本物の神に至る折り返し地点で止めるんだけど」

「そうなのですか?」

「うん。エアリスさんもアルチェムさんも今の段階ですでにほぼ亜神になってるから、それぐらいで止めておかないといろいろと不都合が出るんだ。寿命自体はとっくになくなってるから、後は自然に任せたほうが問題が出ないし」

「それは何となくわかります」

「でしょ? だから、そこは長い年月をかけて、東君や春菜ちゃんの神気を取り込んで完全な神化へつなげる必要があるの。まあ、これに関しては、既に神気の取り込みを始めてるから意識しなくても大丈夫、というか、それがあったから荒っぽいやり方でもできるって感じなんだけど」

天音の説明を聞いて、システムについては納得するエアリスたち。

が、澪がすぐに疑問を口にする。

「ねえ、教授。教授がこれからやろうとしてる方法のリスクって、何?」

「エアリスさんとアルフェミナさんの縁をリスクが生じないレベルまで薄くする、っていう目的は確実に達成できるけど、それ以外にどんなことが起こるか分からないことが一つ。もう一つは、まず間違いなく想定外の何かが起こるだろうけど、それに四人全員が巻き込まれること」

「どんなことが起こるか分からない、って?」

「単純な話で、春菜ちゃんの体質が一時的に増幅された状態で活性化するの」

「……ああ、なるほど……」

天音の非常に致命的な説明に、思わず絶望した顔でそう返す澪。

春菜の体質は、今まで様々なトラブルを巻き起こしてきた。

基本的に結果だけを見るならケチのつけようがないほどプラスの結果に落ち着くのだが、その過程やその際に起こる周囲への影響を考えると手放しには喜べないのが、春菜の体質により巻き起こされる出来事である。

それが確実に、しかも増幅された上で活性化して起こると言われれば、絶望したくなるのも仕方がないだろう。

「あの、アマネさん……。ハルナさんの体質が活性化するって、いったいどんなやり方するんですか……?」

「皆さんがやることはすごくシンプルで、四人で手をつないで輪になって、春菜ちゃんの神気を循環させるだけ。リスク低減のために、細かい制御はこっちでやるよ」

「細かい制御をアマネさんがやらない場合、どんなリスクがあるんですか?」

「春菜ちゃんの体質が、余計な仕事をする可能性が増える。ぶっちゃけ、大した差はないとは思うけど、できることをやってもどうにもならなかったら、一応あきらめはつくから」

アルチェムの質問に、自身の考えを説明する天音。

正直な話をするなら、春菜の体質に関してはありとあらゆる因果関係を無視するため、何をしても無駄な面はある。

同じように因果律や物理法則の類を完全に無視する体質でも、せめてアルチェムのように結果が予測できるのであれば対策も立てられる。

が、残念ながら春菜の場合、スタートからゴールまで何一つ予測できる要素がない。

せいぜいが春菜自身が著しく不利になることはないのと、お約束と呼びたくなるような傾向がなくもない程度である。

それ故に対策なんてやるだけ無駄でありながら、何もしないとそれはそれで不安になってしまうのだ。

「あと、どうしても必要になったから、今回のことについて性交渉云々以外の内容をわたしの方から東君に説明したよ」

「えっ?」

「本来なら、春菜ちゃんか澪ちゃんが説明するのが筋だったんだけど、時間がなかったからね」

あえて一切の感情を消し、淡々と告げる天音。

その言葉に、何を言われたのか理解できないという表情を浮かべる春菜。

「ん、それはしょうがない。先送りにしたのボク達だし、ボクも春姉も踏ん切りはついてなかったし」

「恐らく私達だと、ヒロシ様にプレッシャーをかけることなく繊細な要素をぼかして事実を上手く伝えることはできなかったと思います。ですので、アマネ様から伝えていただけたことは誰にとってもよかったことだと思います」

「そうですね。私とエル様は話を聞かされたのが前回アマネさんに相談させていただいたときですし、ちゃんと詳細を理解しているとも言い難いですし……」

「というか、ボク達は全員又聞きレベルだから、ちゃんと説明できるのは多分、元凶であるアルフェミナ様か直接聞かされた春姉、後はこの件について深く調べてくれた教授しかいない。だから、結局は教授から説明してもらうのが一番だったと思う」

「そう言ってくれると、助かるよ」

何やらショックを受けているらしく、完全に固まっている春菜。

そんな春菜を放置して、現状について澪とエアリス、アルチェムの三人がそんな内容で意見を一致させる。

「そういうわけだから、春姉。さして致命的でもない問題でいつまでも固まってないで、このあとやることについて説明聞く」

「あっ、うん」

「というか、何をそんなにショック受けてるの?」

「えっとね、今回私全部人に押し付けて、逃げ回って状況を悪くしてるだけだって今のですごく自覚しちゃって……」

「ねえ、春姉。きついこと言わせてもらっていい?」

「えっ? あっ、うん」

「ここ最近の春姉だと、どうせ積極的に動いたら動いたで状況悪化させるだけだから、今のほうがむしろ状況としてはマシ」

澪の厳しい上に否定の余地がない言葉に、今度こそ完全に固まってしまう春菜。

それを見て、言っちゃった、という表情を浮かべる天音。

「この後のことを考えたら、もうちょっと加減するか終わった後にしてほしかったかな?」

「……教授、ボクにそこまでの器用さを求めないで……」

天音の苦情に、心底困った表情でそう反論する澪。

そもそも、澪の口が回る状況などネタに走った時とその後の言い訳の時ぐらいだ。

こういうシリアスな状況で、オブラートに包みつつ相手に伝わるように、なんて能力的にもキャラ的にも、さらに言うなら人生経験的にも不可能である。

そもそも、春菜に丸投げするだけで自分では何もしていない以上、澪の言葉はどの口で言うのかと言われる種類のものである。

澪自身、それぐらい十分すぎるほど自覚しているため、嫌われるぐらいのつもりでないととても物申せなかったのだ。

なので、内心では申し訳なさでのたうち回っている。

「とりあえず教授。春姉の復活を待ってるといくら時間あっても足りないから、今のうちに春姉が聞いてなくても問題ないことだけでも話進めたい」

「そうだね。とりあえず私から言わなきゃいけないことというと……、ああ、そうそう。なんで東君に説明が必要だったか、は一応教えておいた方がいいかな?」

「ん。知っておきたい。けど、春姉が聞いてなくても大丈夫?」

「どっちかって言うと、澪ちゃんとアルチェムさんに関連した内容だからね。春菜ちゃん自身には特に関係ない感じかな」

「えっ? ボクとアルチェム?」

「うん」

天音の言葉に、不思議そうに首をかしげる澪。

今回の件で、春菜でもエアリスでもなく、そのままでも特に何の影響も問題も出ない自分とアルチェムに関わる事というのがピンとこないのである。

「ボクとアルチェムが、何で関係してくるの?」

「東君が卒業祝いに渡すって言ってた澪ちゃんのブレスレットに、今回必要になる機能を追加してもらったんだ」

「そういう事なら、ボクが関係するのは分かった。ということは、アルチェムのも?」

「そうだね。ただ、アルチェムさんのほうは仕上げに使うことになるから、お花見の時に渡してほしいって頼んであるの」

「えっと、私の分で仕上げする、とは?」

「春菜ちゃんの体質がどんな仕事をするかにもよるんだけど、エアリスさんの神気が完全に入れ替わった後、ちゃんと馴染んで定着するのにお花見の日までかかると予想してるの。だから、そのタイミングでアルチェムさんにブレスレットを渡してもらって、四つのブレスレットで不要な変化をしないようにいろいろ調整する予定なの」

「そういう事ですか」

天音の説明で、いろいろ納得する澪とアルチェム。

確かにこの内容であれば、春菜が聞いていようが聞いていまいがあまり関係ない。

「なんだか、私のためにいろいろとお手数をおかけしているようで……」

「誰も悪くない事情で、本人の力ではどうにもならない問題を代わりに解決するのは、先達の務めだよ。私だってうっかり神化しちゃったときに、いろんな人の手を借りて出てきた問題を解決してきたわけだし」

自身は何もしていない、というよりできることがこれといってなかったことも含め、天音にひたすら世話になりまくっていることに恐縮するエアリス。

そんなエアリスに、穏やかな笑顔で気にするなと告げる天音。

天音だって、宏や春菜と同じ年頃は、同レベル以上にいろいろやらかしては人間も神々も含めて様々な人たちに助けてもらっている。

なので、天音からすればその時助けてくれた人の役割を、自分が果たす番になっただけだ。

ただ、内容が内容だけに仕方がない面があるとはいえ、もう少し報連相は迅速にかつしっかりとしてほしかったのと、相談する際の表現その他をもう少し考えて持ってきてほしかったというのはあるが。

「それで、教授。ボクのブレスレットが重要な役割を果たすみたいだけど、師匠がここに持ってきてくれるの?」

「東君いわく、エアリスさんの時みたいに勝手に飛んで行ったりしない限りはそのつもりだって」

澪の疑問に天音がそう答えたタイミングで、部屋中を派手で荘厳な光が覆いつくす。

「……来たみたいだね」

「……エルの時も、こんな感じだった?」

「細かい部分はいろいろ違いますが、大体こんな感じでしたね」

澪がエアリスに対してそんな確認をしている間にも、大々的に所有権を主張するように、やたらと自己主張の激しい光が澪を包み込む。

そのまま、見せつけるように左腕の手首に光が集まり、直視できないほどの光量を周囲にばらまく。

光が収まった後、澪の左手首には春菜やエアリスが着けているものと全く同じデザインの、実にシンプルで上品なチェーンブレスレットが巻き付けられていた。

「ねえ、教授。完成した時点でこうなるんだったら、アルチェムのブレスレットの時、非常に困るんじゃ?」

「そのあたりは東君ともう一度ちゃんと打合せして、場合によっては仕上げの時に直接監督するよ」

「あっ、その方がいいかもですね。そもそも、お花見だとあまりこういうシーンを見せてはいけない一般人の方もいらっしゃったはずですし」

澪の重大な疑問に、天音が真顔でそう予定を告げる。

天音のその頼もしい言葉に、ほっとしたような笑みを浮かべてアルチェムが同意する。

こうやって所有権を大々的に主張してもらえるのは非常にうれしいという女心はあるが、奇跡を起こすレベルとなると仰々しすぎて恐縮のほうが勝る。

それに、アルチェムの中では自分は末席なので、他三人と同じようにというのはちょっとどころでなく気後れする。

「で、確認し忘れてたけど、このまま進めちゃっていいかな?」

「ボクは問題ない」

「あっ、ハルナさんとエル様が問題なければ、私は特に問題ありません」

「私も、わざわざ死んだりハルナ様だけに心労を押し付けるよりは、このままみんなでいろんなことを分かち合ったほうがいいと思います」

「だってさ。春姉、いつまでも呆けてないで、ちゃんと返事する」

「……あっ、……うん。このままやっちゃおう。というか、私のわがままでいろいろお膳立てしてもらっておいて、他のやり方はないかとか言うつもりはないし、そんなことを言うかもと思われてるのが情けない気分かも……」

「春姉、いちいちへこまない」

面倒くさいことこの上ない女になっている春菜に対し、ビシバシ厳しく突っ込んでサクサク話を進めようとする澪。

普段とは見事に力関係が逆転している。

「今後的な意味で春菜ちゃんの精神状態が非常に不安ではあるけど、腹をくくったなら移動するよ」

これ以上春菜を待っていても時間の無駄と判断し、ゲートを開いて全員を追い立て、儀式の準備をしている空間へと移動する天音。

こうして、エアリスとアルフェミナをめぐる問題は、強引に最後の仕上げへと移るのであった。

「こっちの準備はできたから、はじめよっか」

中央にある神聖な印象を与える大きな祭壇を大量の機械がぐるりと取り囲んでいる、一種異様な雰囲気の部屋。

その祭壇の上に春菜たちを並べさせて何やら機械をいじっていた天音が、ついにゴーサインを出す。

「えっと、循環させるのはいいけど、どっちから回した方がいいの?」

「どっちからでも、春菜ちゃんがやりやすいほうでいいよ」

天音のその言葉に従い、軽く経路を確認してから右手につないだ澪の左手に神気を流し込む。

澪に流し込まれた神気はそのまま身体の隅々まで駆け巡った後、澪の右手からエアリスに流れ込み、アルフェミナの神気を押し出しながらアルチェムを経由して春菜の元へ戻ってくる。

「……なるほど、こういう事か」

アルチェムの体を通り抜けた際、神気が一定以上の圧力になりかけるたびに外に排出されるのを見て、ようやく一人だけブレスレットをつけていない理由を察する春菜。

空圧回路で必須となる、圧力を設定範囲に保つための弁。その役割をアルチェムが果たしているのだ。

そのついでにアルフェミナの神気を外に逃がしているので、普通に考えたら神気の流れが逆方向だと困ったことになりそうだが、そのあたりの問題を解決するために様々な機械が設置されているのだろう。

澪の役割はある種のフィルターらしく、春菜から出た、もしくは春菜に戻ってくる神気になにがしかの調整を加えているようだ。

アルフェミナの神気の影響が大きいため、残念ながら現段階では澪の体を通り抜けた神気がどんな調整をなされているのかは分からない。

が、戻ってきた神気の状態を見る限り、これをやっていなければ春菜以外の三人が神化しすぎるのだけは分かる。

「……春姉。制御内容が気になるのはすごくよく分かるけど、とりあえず今は余計なこと考えない」

「あっ、ごめん」

流し込んだ神気で筒抜けになっていたようで、澪にサクッと釘を刺される春菜。

もっとも、釘を刺している澪自身、何を行うために自身のブレスレットを改造したのかという不安がないわけではないらしく、その気持ちを必死になって忘れようとしていることが神気を通じて伝わってきている。

逆に、この手の儀式に慣れているエアリスとアルチェムは、始まって早々にトランス状態に移っており、完全に無我の境地に至っている。

その差に本日何度目かのがっくり状態に入りそうになり、余計なことを考えまいと首を左右に振って意識を切り替える。

(今大事なのは、今後そういう機会があった時に、エルちゃんが仲間外れになったり後悔したりせずに済むようにすること。個人的な反省とか後悔とかは後でいい)

澪に釘を刺されたこともあり、できるだけ頭を空っぽにするように意識を切り替える春菜。

とはいえ、雑念を追い出そうとすればするほど、雑念が湧いてくるのが人である。

(頭を空っぽに、空っぽに……。そういえばマヨネーズが空になりそうだから、そろそろ作らなきゃ……。って、そうじゃ、無くて……)

こんな雑念入りまくりの思考を続けること、三十秒。

下手にハイスペックな脳みそが災いして、たった三十秒で十万を超える回数余計な連想を続けたところで、ついに春菜は雑念を追い出そうとすることをあきらめた。

なお、言うまでもないことだが、雑念の九割はマヨネーズを何味にするか、とか、ケチャップもそろそろ作り足そう、とか、そう言えば来週バックコーラスの仕事だっけ、とか、レポート三つ、来週期限だったかも、とか、そういった日常的な内容である。

むしろ、色ボケしているのにエロ関係がほとんどないことと、食い意地の割に飯関連が半分程度であることに驚くべきかもしれない。

(もう無理っぽいから、宏君のことだけ考えよう……)

どうやっても雑念を追い出せなかった春菜が、腹をくくって没頭できることに思考を移す。

結局のところ、究極的には宏とエアリスの不利益につながらないのであれば、過程も結果もどうでもいいのだ。

そう割り切れたあたりで、春菜の口から無意識に歌が零れ落ちる。

「は、春姉……!?」

「ハルナ様!?」

「あの、ハルナさん!?」

唐突に歌い始めた春菜に、ぎょっとして声を上げる澪、エアリス、アルチェム。

そんな三人とは対照的に、やっぱりという表情とあちゃーという表情が入り混じった顔で事態の推移を見守る天音。

春菜の根源に絡みついている以上、天音はいずれ歌いだすだろうという事を予想してはいた。

が、予想してはいても歓迎はしておらず、さらに言えば何事もなく最後まで終わらせるという点においては、儀式が安定し始めて澪たちがほんの少し気を緩めた瞬間という割と最悪なタイミング。

だからこそ、澪たちが慌てた様子を見せたのである。

「──────♪」

そんな周囲の様子を一切合切無視し、歌に没頭しながら一気に封印もリミッターも吹っ飛ばし、全開で神気を循環させ始める春菜。それにも伴い、どんどん高まっていく神気の圧力。

アルチェムという圧力弁がなければ、澪たちは自身で制御できないレベルの権能を得て強制的に神化させられるか、逆に跡形もなくミンチになっているかのどちらかであっただろう。

なお、普通にやれば神化する可能性は億分の一にも満たないが、春菜の体質的と神気の性質、更には澪たちとの関係性を考えれば、ほぼ確実に神化してしまうパターンである。

それだけの強さで循環させたのだから、歌が始まって数秒もたたぬうちに、アルフェミナの神気はエアリスの中からひとかけらも残さず追い出されている。

しかも春菜の神気はアルフェミナの神気だけでなく、何か別のものも一緒に排出している。

その穴埋めをするかのように、アルチェム以外の三人が身に着けているブレスレットから宏の神気を引っ張り出し、春菜の神気と半々になるように混ぜて満たしていく。

「春菜ちゃん、春菜ちゃん」

約一分後。恐らく一番にあたるであろう部分を歌い終えた春菜に、天音が有無を言わさぬ声色で呼びかける。

排出してはいけない大切な何かまで排出してしまっているので、強引にでも儀式を終わらせる必要があったのだ。

本来ならアルフェミナの神気を全て追い出した時点で止めたかったのだが、春菜の意識に割り込めるのがいわゆる間奏のタイミングしかなかったのである。

「……あれ?」

「良かった。ちゃんと戻っては来たんだね」

天音の呼びかけに反応し、不思議そうな表情で周囲を見渡す春菜。

それと同時に神気の流れが途絶え、澪、エアリス、アルチェムの三人が手を放して座り込む。

「……もしかして、私暴走してた?」

「暴走というか、トランス状態に入ってたね」

「うわあ……、ごめんなさい……」

「まあ、タイミングも含めて最悪の流れではあったけど、一応予想はして対策も打ってはいたから、本当の意味で最悪にはなってないよ」

「そっか……。ごめんなさい……」

「やっちゃったことはしょうがないから、今は無事に終わったことを喜ぼう」

そう言って機械を操作し、何が起こっていたのかの記録を確認する天音。

ざっと記録を見て眉をひそめる。

「……うん。やっぱりアルフェミナさんの神気以外に何かが抜けてるんだけど、何が抜けたのかが分からない」

「そうなの?」

「うん。春菜ちゃん、何か変わったことはない?」

「……ん~、……なんか頭がすっきりした以外、特にさっきまでと違うところはないかな?」

「頭がすっきり、ね……」

嫌な予感しかしない言葉に、さてどう調べたものか、と頭を抱える天音。

春菜の権能や神気の性質に、何かを抜いて頭をすっきりさせるなんてものは一切ない。

なので、間違いなく体質のほうが何かを起こしているのだが、それを調べるとなると至難の業だ。

そこへ、ブレスレットにつながっているパスから神気を大量に持っていかれた宏が、慌てた様子で転移してくる。

妙にタイムラグがあったのは、転移するシーンを見られないようにする必要があったのと、この儀式場の時間が外部と切り離されているからである。

ちなみに、宏自身には、神気を抜かれた影響は一切出ていない。

「なんぞ、えらい神気が暴走しとったけど、大丈夫なん!?」

「ああ、東君。かなりの量の神気を抜かれたと思うけど、大丈夫だった?」

「あんなもん、封印の隙間からにじんでる量にもなってません! で、春菜さんらは!?」

「とりあえず、即座に命とか人格とかに影響する類の問題は出てないよ」

「また、不安になる言葉ですやん……」

天音のあいまいな言葉に、思わず頭を抱える宏。

そこへ、困ったような顔で天音が追い打ちをかける。

「私もね、絶対何か大問題が発生してるとは思うんだけど、春菜ちゃんは頭がすっきりしたとしか言わないし、澪ちゃんたちはばててるしで、どうやって調べたものかって悩んでるところなんだよね……」

「なんちゅう難儀な……」

天音の正直な告白に、渋い顔をしながら春菜たちを観察する宏。

そこで、最近春菜たちから感じていた、ある種肉食獣じみたプレッシャーが薄れている事に気が付く。

「なあ、春菜さん。なんか、ものすごい穏やかな感じになってへん?」

「あ~、そうかな? ……うん、そうかも」

「落ち着いてくれたんやったらそれはそれでありがたいんやけど、いろんな意味で喜んでええんかどうかがなあ……」

「誤解されるといやだから念のために言っておくけど、私が宏君をすごく愛していることも、望むなら何でもしてあげたいと思ってることも、何一つ変わらないよ。むしろ、さっきより気持ち自体は深く大きくなってるかも」

「……マジかい……」

「ただ、なんていうのかな? 宏君が求めてくれるのを、いつまでも待っていられる感じ?」

アルカイックスマイルを浮かべながら、ストーカーすれすれの台詞を言い切る春菜。

その視線や口調に色を感じないのがかえって色っぽく、宏の背筋にぞくりとした恐怖が走る。

「なんや、春菜さん。落ち着いたっちゅうか、怖なったっちゅうか……」

「ふむ。これは俗に言う、賢者モードって奴だね」

ビビりまくりながらついつい正直な感想を口にした宏の言葉を受け、突然現れた青い髪の青年がそんな事を言う。

「あっ、アインさん」

「教官、来とったんですか?」

「そりゃね。大事な教え子と親戚の一大事で、何が起こるか分からない儀式をするっていうんだからさ。関係者全員のために、スタンバイぐらいするよ」

現れたのは宏と春菜の指導教官であった。

「ねえ、アインさん。私だと春菜ちゃんたちの状態をどう調べればいいのかすら分からないんだけど、アインさんは分かったの?」

「ああ。といっても、これは権能を完全に縛ってる天音が分からないのも仕方がない。そうでなくても、本来ならかなり強引にこじつけても難しいレベルで管轄外の部分だからね」

「と、いうと?」

「さっき賢者モードって言ったように、春菜たちの性欲が純粋な愛情に昇華された上で、余分な部分を全部外に排除したんだよ」

「うわあ……」

「ちなみに、根絶させたわけじゃない、というより、あのやり方だと完全になくなることはないから、そのうちまた性欲は元に戻るよ。具体的には、ざっと百年ぐらい待てばいいかな?」

サクッと答えを教えてくれたアインに、全員の表情が完全に固まる。

「まあ、僕も人のことは言えないけど、理由はどうであれ一度宏のレベルで女性に対してヘタレるようになったら、それを乗り越えるには相当な根性が必要だし、あんまり強引に迫られたら逆効果だからね。タイムスケール的にもちょうどいいんじゃないか?」

「ちょうどいいって、アルチェムさん以外は身内がみんな普通の人間の寿命しかないから、ご両親に子供を抱かせてあげられないのは問題なんじゃ……」

「そんな元から無理だって分かってること、今更気にしてもしょうがないさ。それに、性欲が排除されたって言っても、宏から求めれば秒でスイッチが入る状態だしね」

「それはそれでありがたないなあ……」

天音の示した懸念に対し、アインがあっさりそう言う。

アインの追加説明に、思わずそうぼやく宏。

どこまでも男の側に都合がいい状態だが、宏としては正直、手放しには喜べない。

そんな宏の様子を、慈愛に満ちたアルカイックスマイルで見守る春菜。

「ちゅうか、教官。状況がよう分かってへんのですけど、こうなるんは防げんかったんですか?」

「無理無理。儀式に影響を与えない形で春菜がどんなことを考えるかを正確に確認する事なんて、心や思考を読む類の権能に特化した神でなきゃできない。それに、読めたところで、春菜の体質やら何やらがどんな形で結果を出してくるかは、起こってみるまで分からないし」

「教官でも無理なんや……」

「この手の極まった混沌系の権能って大抵制御不能な上に、同じ混沌系の極まった権能でも干渉できないからね。そもそも春菜の体質を何とか出来るんだったら、君たちが日本に帰ってきたときにどうにかしてるよ」

「そらまあ、そうですね」

アインの説明に、あきらめの表情で納得する宏。

どうにかできるのであれば、春菜本人も含めて誰も苦労はしていないのだ。

「とりあえず、天音、宏。多分気が付いてるとは思うけど、仕上げは五年ほど待った方がいい」

「うん、分かってる。まあ、ここまで春菜ちゃんが囲い込んじゃってたら、無理に仕上げしなくても外部からおかしなことをされるリスクは低いかな?」

「っちゅうか、この状況で関係ない連中がエルらに手ぇ出すとか、自殺願望があるとしか思えませんで……」

アインの注意事項に、思わず遠い目をしながら言う天音と宏。

「ねえ、宏君。そろそろ澪ちゃん達を休ませてあげたほうがいいと思うんだ」

話が一段落したと判断したか、春菜がそんな風に割り込んでくる。

見ると、座り込んでいた澪たちが、うつらうつらと舟をこぎ始めている。

「ああ、せやな。教官、教授、神の城に連れてって大丈夫ですか?」

「僕の見立てでは、むしろその方がいいだろうね」

「澪ちゃんのご両親には私から連絡しておくから、一晩ぐらい神の城で安静にさせてあげて」

「了解です。ほな、いこか」

「うん。それじゃあ、おばさん、アインさん。今回はお世話になりました」

そう言って、澪たちを連れて神の城に転移する宏と春菜。

こうして、エアリスとアルフェミナに絡む一連の騒動は、根本的な性欲の問題を強引に解決する形で幕を閉じたのであった。