軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第58話

「……その娘が?」

「うん。私たちの娘の冬華。冬華、ご挨拶して」

「はーい。初めまして、東冬華エアルーシアです」

春菜に促され、自分の母親たちだけでなく天音や雪菜にも見守られつつ、緊張しながら自己紹介する冬華。

そのかわいらしい姿に、相好を崩す彰蔵。

目が覚めてから約一時間後。自身が倒れたことに関する様々な処理が一段落した彰蔵は、ようやく待ちに待った玄孫との対面を果たしていた。

「冬華は今、いくつだ?」

「ふぇっ!? えっ、えーっと……」

聞かれて当然の質問に、半ばパニックになる冬華。

その特殊な生まれから、冬華の実年齢は見た目や精神年齢と大きなずれがある。

また、精神年齢にしても実年齢よりは確実に上ではあるが、現在の環境が環境だけにどうしてもいびつな成長の仕方をしてしまっている。

これらのことを冬華自身が自覚しているため、どう答えていいか分からなくなったのだ。

「ごめんね、曽お祖父ちゃん。冬華の年はちょっとややこしいことになってて答えづらいんだ」

「そうなのか?」

「うん。実年齢で言うと多分三歳になるんだけど、ね。生まれた時から今とそんなに変わらない感じだったし、私たちが見てないところで冬華になっちゃったから、正確なことが分からなくて……」

「……まあ、伝承を踏まえると、天上の神々だとそういう事もあるようだしのう……」

パニックで涙目になる冬華を見かねて、そう助け舟を出す春菜。

そんな春菜の妙な説明に、なぜか納得する彰蔵。

外交官という仕事柄と個人的な趣味の関係上、彰蔵は世界各地の神話や伝承、宗教などにかなり詳しい。

それらの中には、天上界では微笑むだけで子供が生まれ、生まれた時から六歳ぐらいの年齢であるという伝承もあるので、冬華がそういうややこしい存在だったとしてもおかしなことではないという認識があるようだ。

「しかし、そうなると冬華はどんな暮らしをしているのか、あと、そちらで控えている女性たちとどういう関係なのか、少しばかり気になるのう」

「えっとね。あっちにいるのはわたしのママなの。エアリスママと、アルチェムママだよ」

「……衝撃的なことを聞いたような気がするが、天上界というのはそういうものなのだろう。冬華の暮らしぶりの前に、そのママ達について紹介してもらったほうがよさそうじゃな。春菜、全員紹介してもらっていいか?」

「ああ、うん。まあ、そうなるよね」

彰蔵に言われて、素直にうなずき、宏達に目配せする春菜。

その会話が聞こえていた宏達が、春菜の目配せを受けて近くまで歩み寄る。

「まず、こちらの男の子が東宏君。冬華の父親で私の好きな人。残念ながら、いろいろ事情があってまだ恋人づきあいもさせてもらってないんだけど……」

「東宏です。春菜さんには、いつもものすごいお世話になっとります」

「ふむ。君が東君か。天音や春菜から、色々聞かせてもらっているよ。そう身構えなくてもよろしい」

春菜に紹介されて、無難に挨拶を済ませる宏。

宏の挨拶と周囲の人間の態度から、何やら察して納得する彰蔵。

言うまでもないことかもしれないが、彰蔵は宏について、過去の事件も含めたおおよその経歴は知っている。

知らなかったことは冬華についてと、神になってしまったということだけだ。

その程度には事前知識を持っていたため、あれだけの事件に巻き込まれて春菜と友人づきあい出来ているということに興味があったのだが、本人を実際に見るといろいろと察して納得するところがあるようだ。

「もう少し話したいこと、言いたいことがあるが、先に君の嫁候補を紹介してもらってからのほうがよさそうじゃ」

「あの、事実やから反論できませんけど、そういうこと言われると自分がものすごい屑な男みたいで……」

「別に、そんなつもりで言ったわけではないのだが……」

どんよりした態度を見せる宏に苦笑しながら、宏の隣に立っているエアリスに目を向ける彰蔵。

彰蔵に見られたことで、次は自分の番だと心得て、一歩前に出てカーテシーを行うエアリス。

「ハルナ様とともにトウカの母親とヒロシ様の婚約者候補をさせていただいております、エアリスと申します」

「別の世界にあるファーレーンっていう国の王女様で、私たちはエルちゃんって呼んでるんだ」

「こんな姿で失礼します。かつて日本の大使としてこの国に赴任してきました、小川彰蔵と申します」

「王女といえど継承権があるわけではありませんし、そもそもこちらではファーレーンなどという国は全く影響力はありませんので、そんなにかしこまらないでください」

王女という肩書と気品あふれる態度に見事なカーテシー。その組み合わせに、自然と初めて女王陛下に拝謁した時のようにかしこまってしまう彰蔵。

その彰蔵の態度に、困ったような笑みを浮かべてそう告げるしかないエアリス。

そのままだと押し問答が続きそうだと判断した春菜が、さりげなくアルチェムを前に押し出す。

春菜に押し出されたアルチェムが、心得たとばかりに彰蔵の前に歩いていく。

なお、現在アルチェムは偽装を解いているため、特徴的なエルフの耳がそのまま彰蔵の目にさらされている。

「お初にお目にかかります。アルチェムと申します。ハルナさんやエアリス様とともに、トウカの母親とヒロシさんの婚約者候補をさせていただいています」

「……長生きはするものだ。子や孫に語ったおとぎ話、その妖精郷に連なる種族の方に出会えるとは……」

アルチェムの挨拶を受け、何やら感じ入ったようにそう漏らす彰蔵。

彰蔵は駐在大使としてこちらに就任後、基本的な教養としてヨーロッパを中心に世界各地の神話伝承やおとぎ話を学び、そういった幻想の世界にどんどん魅了されていった。

家庭用ゲーム機が一般に出回り始めたころにはすでに五十をいくつも過ぎていたこともあり、残念ながらコンピューターゲームにこそ馴染めなかったが、別に毛嫌いをしているわけではない。

もちろん、近年のイギリスを代表するファンタジー作品であるメガネの少年魔法使いの物語はすべて読了済み、映画も全作きちっと鑑賞している。

そんな彼が、本来の伝説で語られているものとはまったく別種とはいえ、妖精の代表格であるエルフに出会えたのだ。

感激の一つや二つは、して当たり前だろう。

余談ながら、彰蔵がコンピューターゲームになじめなかったのは、当時のコンピューターは起動手順が割と煩雑だったために覚えきれず(何しろ、記録媒体にフロッピーディスクが出回る前に触れている)、家庭用ゲーム機だとRPGはパスワードで、アクションゲームは反射神経的な問題でついていけずに挫折したのである。

理由がそれなので自分で遊ぶこと自体はあきらめているが、子供のころ彰蔵と一緒に暮らしていた雪菜が遊んでいる時は、高確率でそのプレイ画面を横で見ていたりする。

「あの、私はこちらのエルフとは全く違う種族なんですけど……」

「ああ、勝手な感動を押し付けてしまったようで、申し訳ない」

何やらとてつもなく感激されていることに対し、居心地悪そうにかつ申し訳なさそうにそう告げるアルチェム。

そのアルチェムの言葉に、我に返って謝罪する彰蔵。

妖精という言葉から受ける印象とそぐわぬ肉感的な体つきをしているアルチェムではあるが、それでも清楚な顔立ちに加えて今日はアランウェンの巫女装束を身に着けていることで、どことなく現実感のない神秘的な雰囲気を身にまとっている。

あこがれはあれどフェアクロ世界のエルフに対する知識などない彰蔵が、思わず幻想を抱いてしまっても仕方がないだろう。

「……ねえ、師匠……」

「……なんや?」

「……アルチェムが悪いわけじゃないんだけど、なんか騙してるみたいですごい罪悪感……」

「……せやな……」

澪がポツリと漏らした感想に、思わず全力で同意してしまう宏。

アルチェム単独で見るならば、体型とエロトラブル誘発体質を除けばイメージからそれほど大きく外れてはいないのだが、彼女の出身地であるオルテム村のことを考えると、彰蔵に対して与えた印象は詐欺も同然であろう。

「それで、そちらの娘さんも、うちの曽孫と一緒に囲い込もうとしているのかね?」

「正確には、ボク達が師匠を囲い込もうとしてる」

そんなことをひそひそとやっていた宏と澪を見とがめた彰蔵が、さすがにそんな子供まで囲い込もうとするのは感心しないという態度で声をかける。

どうやらここが正念場だと判断したのか、その彰蔵の言葉に真正面から澪が反論する。

この時、奥の扉が開いて誰かが入ってきたのだが、そのことに気が付いたのは宏と春菜、天音の三人だけであった。

「初めまして。ボクは水橋澪。深雪姉の一個下で中学三年生。冬華に対しては、姉妹と言っていいぐらいには因子が入ってます。こう見えてもエルと同い年です」

「……むしろエアリス殿下がそんなに幼かったのかというほうが驚きではあるが、どちらにしても日本の法では、まだそういう関係になる事を認められておらんのは変わらんじゃろう?」

「正確には違う。結婚可能な年齢に達していない未成年が認められていないのは肉体関係を持つことであって、恋愛を禁止されているわけじゃない」

彰蔵の一見たしなめているようでその実試している言葉に、形ばかりだった敬語を捨てて真っ向から反論する澪。

その反論に対して一般的な正論を突き付けようと彰蔵が口を開いたところで、畳みかけるように澪が追撃を入れる。

「そもそも、結婚できる年齢になるまで待ってお行儀良く、なんてやり方だと、ボクは師匠に対して何のアプローチもできない。逆に、春姉だけだとこっちでの師匠に対するガードが足りない」

「それとこれとは別問題だと思うがの? それに、お嬢さんではガードとして足りんのでは?」

「ボクがガードとして必要なのは神様関係で、人間相手じゃない。彰蔵さんは師匠の経歴について知っているはず。春姉のおかげで師匠の症状がかなりマシになってボクにもチャンスはできたけど、あの経歴でボクをちゃんと女性として見てもらおうと思ったら、結婚できる年までアプローチもしないなんて言ってられない」

澪が淡々と告げた切実にもほどがある言葉に、いじめすぎたかと追及の手を緩めることにする彰蔵。

謝罪の言葉を口にする前に、頬を膨らませて怒りの表情を浮かべた冬華が彰蔵に食って掛かる。

「澪お姉ちゃんとパパをいじめないで!」

「いや、別に本気でいじめるつもりでは……」

「ひいひいお祖父ちゃん、嫌い!」

「す、すまん……」

割と本気で怒っている冬華の様子と言葉に、ショックを受けてタジタジになる彰蔵。

その後ろでは、宏達が唖然とした表情で成り行きを見守っている。

「なあ、春菜さん……」

「私も、冬華が怒ってるの初めて見たよ……」

「やんなあ……」

言いたいことを先回りして口にした春菜に宏が同意し、エアリスとアルチェムも無言でうなずく。

聞き分けがよく叱られたら素直に謝る性質の冬華は、しょんぼりすることはあっても基本的には機嫌よくにこにこ笑っているところしか見せていない。

忙しくてあまり顔を出さない親失格な宏達を恨む気もない時点で、神の城にいる限りはこれまで怒る理由がなかったというのが実際のところだったのだろう。

このあたりは、常に一緒に暮らしているローリエの教育がよかったとしか言いようがない。

結果として、初対面の彰蔵が玄孫を初めて怒らせた人間になってしまったのは、なかなか皮肉な話であろう。

「本気で思ってるわけでもないことで、無駄に意地悪するからだよ」

あたふたと玄孫の機嫌を取ろうとしている彰蔵に対し、付き添いで控えていた雪菜が思わず冷めた目でそんなことを言ってしまう。

それを聞いた彰蔵が、非常に情けない顔で雪菜を見る。

「そもそもお祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、側室とか妾とか、そういう話にあんまり抵抗ないでしょ? 表立ってはともかく、裏では普通に横行してた時代から生きてるんだし」

「……まあ、そうじゃなあ……」

「だったら、そういうのはお父さんにでも任せとけばいいじゃない。どうせ誰かが言うんだしさ」

雪菜にズバッと言い切られて、むう、という顔をしてしまう彰蔵。

実際の話、彰蔵は生まれた時代が時代だけに、男が複数の女を囲うことに対して、それほど忌避感はない。

宏が春菜たちを囲う、というより春菜たちに囲われていること自体は別に気にならないが、その結果大事な曽孫がないがしろにされるのではないか、というのが心配で意地の悪いことをしてしまっただけである。

「冬華も、それぐらいにしておこうね。ひいひいお祖父ちゃんも、別に意地悪するためだけに言ってるわけじゃないんだし」

「そうなの?」

「うん。ひいひいお祖父ちゃんが言わなくても、多分誰かが同じようなことを言ってるだろうし、パパや澪お姉ちゃんがどの程度真剣に考えてるのか、確認したかっただけなんだよ」

雪菜が釘を刺したのを見て、冬華に対し彰蔵のフォローを行っておく春菜。

もっとも、冬華ほど腹に据えかねるものがあるわけではないにせよ、春菜とてあまり愉快な気分ではない。

言葉の端々に、そのあたりの気持ちが微妙ににじみ出てしまうのは仕方がないところであろう。

「なんだか、楽しそうな話をしているわねえ」

そこに、先ほどこっそり入ってきていた上品な老婦人が、いろいろな意味で素敵な笑顔を浮かべながら割り込んでくる。

「イザベル……」

「ちょうどよかったよ、お祖母ちゃん。いつから聞いてた?」

「澪さんとおっしゃったかしら? 彼女が彰蔵に問い詰められているところから、かしらね」

雪菜に振られて答えたイザベルの言葉に、彰蔵の目が見て分かるほど泳ぐ。

「とりあえず、自己紹介かしら。私はイザベル・小川。そこの彰蔵の妻をさせていただいているわ」

「あっ、東宏です。春菜さんにはいつもすごいお世話になってます」

「ハルナ様とともにトウカの母親とヒロシ様の婚約者候補をさせていただいております、エアリスと申します」

「アルチェムと申します。ハルナさんやエアリス様とともに、トウカの母親とヒロシさんの婚約者候補をさせていただいています」

「水橋澪、十五歳中学三年生です。春姉やエルたちと一緒に、師匠に娶ってもらおうと頑張ってます。ボクだけ、冬華の母親じゃなくて姉に近い感じです」

「わたし、東冬華エアルーシア! 宏パパと春菜ママ、エアリスママ、アルチェムママの娘で、澪おねーちゃんの妹なの!」

上品でおっとりしたイザベルの自己紹介に合わせて、宏達も各々自己紹介を済ませる。

宏達の自己紹介を聞いて満足そうに一つうなずくと彰蔵に視線を向け、情けないと言わんばかりに表情を一変させる。

「ねえ、彰蔵。先ほどの澪さんへの言葉、あなたどの口で言っているのかしら?」

「そ、それは、その……」

「あなたに口説き落とされた当時の私と今の澪さん、それほど年は離れていないわよ?」

イザベルの衝撃的な発言に、思わず動きが止まる宏達。

春菜もそのあたりの話は聞く機会がなかったようで、驚愕の表情を彰蔵とイザベルに向けている。

そんな子供たちの反応に気をよくしたイザベルが、そのまま話を続ける。

「私と彰蔵が初めて出会ったのは、まだ私がローティーンだった頃の事。それはもう、情熱的に口説かれたわ」

「今と当時では、時代が……」

「それを踏まえても、二十代も半ばを過ぎたいい大人が、中世でもまだデビューもしてない年齢の子供に一目ぼれして口説いてきたのは言い訳できないのではないかしら? しかも当時の私は、それこそ見た目も澪さんの胸を絶壁手前まで減らしたような感じだったし」

微妙に見苦しい彰蔵の抵抗を、笑顔で事実をもってばっさり切り捨てるイザベル。

春菜の曽祖母だけあって、全盛期のイザベルは欧米人女性のイメージそのままの起伏にとんだ実に女性らしい素晴らしいプロポーションをしていたが、実は背が伸びたのも胸が膨らんだのも十六を過ぎてからだった。

彰蔵がイザベルを口説いたのは戦後の事であり、時代や民族の違いを踏まえても、なかなか擁護しづらいところがある。

なお、彰蔵とイザベルが結婚したのは、イザベルが日本でもイギリスでも結婚可能な年齢になってからの事である。

「それに、宏さんは言い寄られている相手にはっきりしたことを言う度胸がないタイプのようだから、逆に安全だとも言えるわね。彰蔵と違って」

「う、うむ……」

いろいろ知ってるんだぞ、と密かにプレッシャーをかけるイザベルに、タジタジになってしまう彰蔵。

さすがに、あと数年で八十年というほど夫婦を続けていると、きれいごとだけでは済まないものである。

恐らく、イザベルのほうも彰蔵に言えない後ろ暗いことがいろいろあるのだろうが、二人のやり取りを見る限りでは、差し引きすると彰蔵のほうが大幅にやらかしていることが多いようだ。

年齢を横に置けば昭和のドラマやコントでよく見るような流れになっているが、女性の立場がかなり弱い文化でもない限り、こういう状況で男のほうが分が悪くなりがちなのは時代や地域にあまり関係ないのかもしれない。

「……助けてもらっといてなんやけど、なんっちゅうかこう、いつ亡くなってもおかしない人相手にそういう話で攻撃するんって、ええんかなあ……」

「いつ逝ってもおかしくないからこそ、ちゃんと言っておかなければならないのよ」

「なんか、すんません……」

居心地が悪そうな宏の正直な感想に、イザベルがどこか寂しそうな笑顔でそう言い切る。

その姿を見た宏が、自分の失礼な感想を取り下げる。

アルチェムですら自身の年齢以上、他のメンバーの人生と比較すると何倍という時間を連れ添った夫婦に対して、そもそも自分たちのような「子供」が何を言うのも失礼で野暮な話である。

そのあたりは女性陣も同じようで、言う言葉が見つけられず黙っている。

「それで、彰蔵。何か言う事は?」

「……いろいろすまなんだ……」

「よろしい」

完全にイザベルにやり込められ、どことなくしょぼくれた態度で謝る彰蔵。

イザベルはその様子にどこか満足そうにうなずき、視線を冬華に向ける。

「冬華も、ひいひいお祖父ちゃんを許してあげて」

「え~」

「ひいひいお祖父ちゃんも、本気で反省してるから」

「……うん。許してあげる」

イザベルに頼まれ、不承不承という感じでうなずく冬華。

冬華が許すといったことに対し、むしろ宏達のほうがほっとしてしまう。

「形だけでも仲直りできてよかったで……」

「だよね……」

冬華が彰蔵に対して割と本気で怒っていることに気が付いていた宏と春菜が、イザベルのとりなしで事なきを得たことに心から安堵の言葉を漏らす。

それを聞いたイザベルが、小さくため息を漏らす。

「本当に、彰蔵が余計なことを言うから……」

「でも、内容的には言われてもしゃあないことです。僕かて同じような状態になっとる奴がおったら、自分の事棚に上げて言うてまいそうですし」

「まあ、人は自分の事には寛大なものだから、仕方がないわ。でも、どの口で言うのかってこと以外の面でも、言うのであれば彰蔵じゃなくて別の人じゃないと駄目だったのよ。だって、今の世の中がそのあたりのデリケートな問題に対してどれだけ厳しくなってるのか、肌で感じたことのある世代ではないもの」

自分も人のことは言えないと自己申告した宏に対し、イザベルがため息交じりに言う。

「この年になってしまうとね、社会で騒いでいることの大半は、大したことでもないのに必要以上に騒いでいるように感じるのよね。私がなんだかんだ言ってずっと上流階級として生きてきた人間だから、そう思うのかもしれないけれど」

「儂らが結婚した時代はセクハラをはじめとしたハラスメントに対して、世界的にさほどうるさくなかったからのう。妾を囲うことに関しても、あまり大っぴらにやると冷たい目で見られるが、職を失った上で世間から徹底的に制裁を受けるほどでもなかった」

「まあ、セクハラに関してはそれ以前の問題として、まず女性の地位向上と社会進出のほうが重点項目だった部分も大きいのだけど」

「正直な話をするなら、ハラスメント関係、それもパワハラ関連に関しては、儂が現役の時でなくてよかったと本気で思っておる。日本とイギリス、双方の国益を自分勝手な行いで台無しにした部下を、数え切れんほど怒鳴りつけてきたからの」

「私も毎日のように、実権のない名誉理事長の立場に退いていてよかったと思っているわ」

そんな風に世相を嘆く年寄り二人。

その話が難しすぎたのか、それとも彰蔵との初対面からここまでの情報量が多すぎたのか、唐突に冬華が意識を飛ばす。

いつものようにアップデートモードに入った冬華の体を、春菜がさすがの反射神経で受け止める。

「やっぱり、オーバーフローしちゃったかあ……」

「ん。正直、ボク達でも重たい話だから、むしろ冬華がここまで持ったほうが驚き」

「そうですね。ヒロシ様とハルナ様の成長についていけないだけで、トウカの体は私たちが思っている以上に強くなっているのかもしれません」

「えっと、それはいいんですけど、この後どうすればいいんでしょうか?」

春菜に抱き上げられた冬華を見ながら、そんなことを言い合う春菜たち。

どちらかというと藤堂家の問題だからとこれまで完全に沈黙を保っていた天音が、この状況を解決すべく初めて口を開く。

「冬華ちゃんを寝かせておく部屋、っていうか皆さんに泊まっていただく部屋は手配してあるから、まずはそっちに移ろうか」

「そうだね。お祖父ちゃんもそろそろ休んだほうがいいだろうし」

「そうねえ。皆さんも移動で疲れているでしょうし、彰蔵もさすがに次に眠ったら起きてはこない、というほど切羽詰まっていないのでしょう?」

「年齢や状況的に絶対とは言い切れないけど、多分、明日春菜ちゃん達と冬華ちゃんの関係についてちゃんと説明するぐらいは大丈夫なはずだよ」

「だったら、お互いにちょっと頭と気持ちを落ち着けるために、一度解散したほうがいいわね」

天音の提案に雪菜が同意し、イザベルが彰蔵の状態を確認した上で結論を出す。

その結論に全員が賛成したことで、ややこしい説明は翌日に持ち越されるのであった。

冬華と彰蔵の顔合わせから三日後。彰蔵の病室。

「少し疲れたな……」

「ひいひいお祖父ちゃん、大丈夫?」

「ああ……」

宏達保護者一同が見守る中、ベッドを起こして冬華とおしゃべりを楽しんでいた彰蔵が、急激な脱力感に見舞われる。

そんな彰蔵を、すっかり仲良くなった冬華が心配そうに見上げる。

心配そうな冬華の頭を撫でてやろうと腕を上げようとし、それすらも億劫になったという様子で途中でやめる彰蔵。

そのままぐったりとベッドに背中を預けて、穏やかな表情で目を閉じる。

「……ひいひいお祖父ちゃん?」

目を閉じてすぐピクリとも動かなくなった彰蔵に対し、不安そうに声をかける冬華。

だが、どんなに声をかけても、彰蔵は一切反応を示さない。

「……パパ、ママ、ひいひいお祖父ちゃんが……」

ほんの数分前までは、普通に話をしていた彰蔵。

それが、唐突に眠り始めたことに対して、冬華なりに何か感じることがあったらしい。

一度空を見上げた後、後ろで見守っていた宏たちに対し、「どうしよう?」という表情を向けてくる。

「イザベルさんと、あと教授らお医者さんを呼ばなあかんな」

「そうだね」

冬華同様空を見上げていた宏と春菜が、静かな声でそう結論を出す。

「旅立たれましたか……」

「うん。冬華と仲直りできてて良かったよ……」

宏たちの様子からいろいろ察したエアリスの言葉に、どこかほっとしたような、それでいて寂しそうな様子でそう答える春菜。

自然の摂理であり、一切苦しんだ様子がないこともあって、不思議と悲しみは感じない。

が、それでもよく知る血縁が亡くなったのだから、どうしても寂しさは消せない。

「パパ、ママ。ひいひいお祖父ちゃん、お空に昇って行ったけど、帰ってくるよね?」

「トウカ。ひいひいお祖父ちゃんは、天寿を全うしたの。もう、戻ってこないの」

冬華がどことなくすがるように発した疑問に、何とアルチェムがそうきっぱりと告げる。

オルテム村には短命なゴブリンたちが出入りしている。

そのため、アルチェムにとって言葉を交わした相手の寿命での死は、むしろこの場にいる誰よりも身近なものなのだ。

「彰蔵さん、もう輪廻の輪に入ってる。春姉の体質が仕事してない限り、恐らく小川彰蔵っていう人格はもう消えてる」

「……そうだね。いつ、何に転生するかまでは分からないけど、もう曽お祖父ちゃんは記録と記憶の中にしかいないよ」

冬華に聞かせるために言った澪の言葉を受け、春菜が補足するようにそう言う。

多少の心残りはあれど己の人生に悔いが一切なかったようで、彰蔵の魂は驚くほどの速さで輪廻の輪に入っていった。

「……うん。曽お祖父ちゃんに守護霊や地縛霊になるような心残りがなかったことを、素直に喜ぼう」

「春菜さんと教授の祖やから、普通に神格とか持つんちゃうかと思っとったけど、そんなことはさすがになかったか」

「戦後の曽お祖父ちゃんの功績とか考えたら、なっても不思議ではなかったんだけどね。さすがにそこまでではなかったみたい」

宏のわざとらしい軽口に対し、大真面目にそう返す春菜。

どれほど濃い神の血を引いていて偉大な功績を残した人物であっても、それだけではそうそう神化などしないようだ。

そもそも、神化して輪廻の輪から外れることが、それほど幸せな事なのかは疑わしい。

「ひいひいお祖父ちゃんに、ごめんなさいって言えなかった……」

「あの時の事なら、それを言ってしまうと彰蔵が素直に逝けなかっただろうから、気にしてはいけないわ」

いろいろ満足して逝った彰蔵とは違い、自身の言動を悔いる冬華。

天音と医療チームのスタッフを引き連れて入ってきたイザベルが、その冬華のつぶやきを聞きつけて、しっかり目を合わせてその言葉を否定する。

わざわざ子供の前で言う必要のないことを言って、冬華を怒らせたのは彰蔵だ。

宏達はまだしも、冬華に関しては間違いなく正当な怒りなので、それについて謝るのは筋が違うだろう。

「それとも、冬華はあの後、彰蔵を怒らせたり傷つけたりするようなことを言ったのかしら?」

「見とった限りでは、そういうんは特にありませんでしたわ」

「それなら、全く問題はないわ。そもそも、彰蔵は穏やかに旅立ったのでしょう?」

「はい。ちょっと疲れた、っちゅうて眠って、そのまますっと……」

「そう。玄孫と楽しくおしゃべりして、そのまま昼寝して、だなんて、ずいぶんと贅沢で幸せな最期だったのね」

宏の報告を聞き、心底羨ましそうにイザベルが言う。

その間に天音たちが確認を終え、死亡診断書を書き上げる。

「十五時三十六分、急性心不全でご臨終です」

春菜に時間を確認した後、私情を交えないように淡々と告げる天音。

天音の告知に一つうなずき、彰蔵の傍らに腰を下ろすイザベル。

その横にちょこんと座った冬華が、彰蔵の手を軽く握る。

先ほどまで、時々優しく冬華の頭を撫でていた手。まだほんのりと残る温もりが、その時間が幻ではなかったことを、急速に消えていく体温が、もう二度とその時間が来ることはないことを冬華に教える。

「……おやすみなさい、ひいひいお祖父ちゃん」

とても寂しそうにそうつぶやいて、己の感情を受け止めきれずにアップデートモードに入る冬華。

「……冬華も眠ってしまったことだし、しばらく彰蔵と二人にしてくれないかしら」

「うん」

イザベルに請われ、冬華の手を彰蔵の手から離しながらうなずく春菜。そのまま冬華を抱き上げ、イザベルの邪魔をしないように静かに出ていく。

春菜に続いて宏達が出ていき、天音と医師団が片づけを終えて立ち去ったのを見送ってから、イザベルは最後の夫婦の時間を静かに過ごすのであった。

「……結局、お父さんと冬華は行き違いになっちゃったよね……」

「飛行機での移動時間までは、どないもならんからなあ……」

「スケジュール的にどう頑張っても無理だったんだけど、せめてお通夜に間に合ってたら、ちょっとぐらいは話す時間もあったんだけどね……」

「冬華がお骨上げまで持たんと思わんかったからなあ……」

彰蔵が亡くなってから四日後の夜、藤堂家のリビング。

密葬を終えて帰ってきた春菜たちが夕食を終え、ぐったりしながらそんな話をしていた。

なお、現在この場には春菜と宏以外に真琴と澪がいる。

スバルをはじめとしたブレスのメンバーと雪菜は、彰蔵の追悼式典が終わるまでしばらく、仕事もかねてイギリスに滞在することになる。

日本人なのに国主導のセレモニーとして追悼式典が行われるのだから、やはり彰蔵も天音たちの祖であるというのがよく分かる。

「まあ、そもそもの話として、時期的にヨーロッパ方面でのコンサートがメインだった雪菜さんと、国内でのテレビ番組やライブがメインで、撮影が色々重なってたスバルさんとじゃ、スケジュール調整の難易度も大違いだしねえ……」

「うん。むしろ、途中からとはいえ、よくお葬式に参列できたよ」

「売れっ子はつらいわよねえ」

一緒に食後のお茶を飲んでいた真琴が、事の成り行きを聞いてしみじみと言う。

春菜の言葉通り、スバルは通夜を欠席し、葬式の途中、焼香が始まった時間になって到着したのだ。

タイミングの問題で冬華とは顔こそ合わせたもののお互いの紹介をしている暇はなく、火葬場への出棺の時はイザベルの希望で藤堂家と離れてイザベルと同じ車に乗って移動。

その際に何かを受信してしまったらしい冬華が意識を飛ばしてしまったため、結局顔こそ合わせたものの、互いの自己紹介まではできなかったのだ。

なお、ここまでの話で分かる通り、彰蔵の密葬は仏式で行われている。

これはイザベルの希望によるものである。

葬儀を行った寺はどうしたのか、という点については実は、彰蔵とイザベルが暮らしていた地域には神社と寺があり、今回はその寺が葬儀を行ったのだ。

ちなみにこの寺と神社、興味を持ったイザベルがわざわざ日本で仏教や神道の話を聞いて帰り、自分たちの生活に取り入れる価値のあるものだと地元に広めたことがきっかけで出来たものである。

どちらも相当英国風にカスタマイズされてはいるが、自分たちからは布教に動いたりせず淡々と宗教行事を行う姿に共感した人が多かったのか、下手をすると平均的な日本の寺や神社より信者や檀家、氏子の数が多かったりする。

面白いのは、神社は現地に語り継がれている妖精譚をベースにご神体と神社の位置を決め、その妖精譚の主人公を神の一柱として信仰していることと、現在の神主が現地の人物で、わざわざ日本に行って神主の資格を取ってきたことであろう。

神道に特有の様々な意味での緩さが伝染したか、彰蔵とイザベルの住む地域ではイギリス国教会と仏教、もしくはこの神社と平気で信仰をチャンポンしている始末である。

「それで、エルとアルチェムは、直接帰ったの?」

「ん。そろそろ冬の神事のために準備始めなきゃいけない、らしい」

「冬華はまだ寝てるの?」

「ん。起きてくる気配は全くなし」

真琴の疑問に、澪がすべて答える。

葬儀が終わったのは昨日の事なので、久しぶりにずいぶん長く眠っていることになる。

「大丈夫なの? アップデートモードに入るのはいつものことだけど、今回はいつもと状況が違うでしょ?」

「目覚めない、ってことはないよ。ただ、変な言い方になるけど、今回は大規模アップデートだから、何日かはかかった上で何回も落ちることになりそうな感じだけど」

「大規模アプデの後は何回も緊急メンテが入るのは、どんなものでもお約束って訳ね……」

「うん。変な上にものすごく言い方悪いけど、そうとしか言えない感じなんだよね」

冬華の状況に関する春菜の説明に、ネトゲだのOSだのによくある話を持ち出して納得する真琴。

実際問題、大は法律から小は家庭内ルールまで、たとえ必要な事であってもシステムを大きく変えれば、不具合が大量に出て調整に時間がかかるものである。

「もうしばらくはあっちこっち連れまわして環境の変化になじみやすくしてあげないと、学校とかはどう頑張っても無理だよね」

「ん。神の城から連れ出すことはできるけど、当分はせいぜい日帰り旅行が限界」

「せやなあ。まあ、仮に一週間やそこら落ちたりせんようになっても、学校に関しては健康診断とかそういう方面でもいろいろ問題が出おるから、やっぱり厳しいもんはあるけど」

「そうなんだよね。冬華が日本で暮らすのは、なかなかハードルが高いよ……」

前より進歩したからこその現状に、思わずため息を漏らす春菜たち。

DNA鑑定がすさまじくカオスなことになっていたのもあって、うかつに地球に連れて来られない感じになっているのだ。

「もう、そのあたりは澪が成人するまで様子見でいいんじゃない? 今までの様子を見る感じでは、多分それぐらいまではアップデートでちょこちょこ落ちるだろうし、肉体的にも今とそんなに大きく変わらないと思うし」

「そうだね。それにしても今回は、冬華のこと以外にもいろいろ考えさせられたよ……」

「ん。七十年以上夫婦を続ける、っていうのがどういう事かとか、知ってる人を看取って行くこととか……」

「せやなあ……。まあ、うちらに関しては、事故とかでもない限りは多分、スバルさんかうちの両親が天寿全うするまでは看取るほうはなさそうやけど」

宏の言葉に、まあそうだろうなあとうなずく一同。

宏の両親はちょうどスバルと雪菜の中間ぐらいの年齢で、今年五十路に入っている。

そのスバルは来年五十路を折り返すので、順番的にはどちらかが先になるのが普通だ。

なお、雪菜は今年四十四歳だが、そもそも八十やそこらで逝くイメージがない、どころか彰蔵ぐらい長生きしても不思議はないタイプなので、誰もスバルや宏の両親より先だとは思っていない。

澪の両親はまだぎりぎり三十代なので、やはりそういう話はまだまだ先だろう。

「そんな先の事より目先の話、ってことで確認だけど、澪の受験はどういう状況?」

「推薦入試で通りそうだから、多分大丈夫」

「そう。まあ、油断しないようにね」

「ん」

真琴に問われ、真顔でうなずく澪。

が、最近減ってきたとはいえ、そのまま真面目な話で終わらないのが澪である。

「合格を確かなものにしてから、うちの両親のためにも師匠が子孫繁栄に励む気になれるよう頑張る」

「たかが高校ごときでそういう事をやろうとしないの!」

「ぐへっ」

お約束のようにそういう事を言っては、全力のハリセンを食らって潰されたカエルのような声を漏らす澪。

それを見ていた春菜が、このやり取りも意外と久しぶりかも、などと頭の片隅で考えつつ苦笑を浮かべる。

「まあ、とりあえずそっち方面は、澪ちゃんのお酒解禁ぐらいまでは慌てない方向で行こうよ」

「っちゅうか、それぐらいにならんと、公権力が怖あて澪にはよう手ぇ出せんで」

「師匠、それって性的な意味だけ?」

「いんや、手ぇ握るレベルでもちっとやな予感しおる……」

「むう……」

宏に納得するしかない理由でダメ出しをされ、思わずうなる澪。

実際問題、自分のように幼く見える二十代の女性が、夫婦で手をつないで歩いていて職質を受けたという話はネットでたくさん転がっている。

成人していれば免許証を見せるなりなんなりでどうにかできるが、まだ高校生ぐらいだと何を言っても通らない可能性のほうが高い。

「まあ、あれよ。どれだけ巨乳でも非合法ロリの間は下手なことしちゃだめってことね」

「……身長が無理なら、せめてこの体格でもロリに見えない顔が欲しい……」

真琴に奇麗に落ちをつけられ、血涙を流しそうな表情でうめく澪。

「澪のことは置いとくにしても、そろそろもうちょいぐらい覚悟決めんとあかんかなあ……」

今回の件でいろいろ思うところがあったようで、今まで往生際が悪かった宏がようやくそんなことを言う。

様々な意味で宏達の重大なターニングポイントの一つとなった彰蔵の最期は、こうして表面上はいつもと変わらぬやり取りの中でゆっくりと消化されていくのであった。