軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第46話

「準備し忘れてる事って、無いよね?」

「疫病対策も、必要以上に縁が太くならんようにする処置もちゃんと出来とるで」

「記憶とかの方は?」

「そっちは要らんやろう」

宏と春菜の論文関係も落ち着き、学生組が全員春休みとなった三月下旬。

詩織と菫の三カ月健診も無事に終わり、全員の予定の調整も終え、ついに宏達は菫をアズマ工房の関係者へお披露目することになった。

その際、何かあっては悔やんでも悔やみきれない。

なので宏と春菜は現在、万全を期すために徹底的に準備と確認を行っていた。

「ねえ、他に何か気になることとかある?」

「大した問題じゃねえんだが、今回の神の城への出入り、菫はどういう扱いになってるんだ?」

「期間限定のフリーパス、っちゅう形にした。何回行き来するか分からんし、なんかあった時に追跡しやすいからな」

「なるほど。それは、菫が自分の意思で勝手に転移したりは出来ちまうのか?」

「いんや。あくまで出入りが自由っちゅうだけで、転移そのものはできへん。ただ、転移するときにはちゃんと肉体の保護はするけどな。まあ、赤ちゃんが普通の有料の施設に出入りするケースと同じような扱い、っちゅう風に思っといてくれたらええわ」

「要するに、保護者同伴じゃなきゃ機能しない、って事か」

「そんな感じや」

達也の確認に、うなずいて肯定する宏。

なお、この場合の保護者とは、神の城への出入りを完全な形で許可されている人間を指す。なので、宏達はもちろんのこと、エアリスにアルチェムどころか実はファム達やヘンドリックとアンジェリカも含まれている。

これに関しては単純に、宏がそこまで細かく設定するのを面倒くさがっただけで、特に深い理由はない。

「他になんかあるか?」

「師匠、魂の保全とかはやってる?」

「そこは抜かりなしや。むしろ、真っ先にやっといたで」

「まあ、今の段階であまりガチガチにやっちゃうと、一日二日のこととはいえ魂の成長が遅れちゃうから、強度としてはほどほどって感じだけど」

澪の質問に、宏と春菜が答える。

赤子を異世界転移させるのなど初めてなので、死亡リスクに対しては割と過剰な対処をしている。

神の城を使った転移で魂の保全をする意味はあるのか、という疑問が出るだろうが、相手が赤子で神の権能を使って勝手に連れまわすことになるので、フェアクロ世界にいる間に起こった死亡事故に対してはちゃんと保険として効果があるのだ。

なお、他のメンバーに関しては、神の城の機能を使って自らの意思で移動しているため、魂を保全していても保険としては役に立たない。

これが、移動中に事故が起こり、全く知らない世界に飛ばされてしまったという状況だと話は変わり、事故の直前、もしくは直後に巻き戻す形の蘇生をリスクなしで行う事が可能となる。

もっとも、現在の達也たちに関してはよほどのことがない限り死なないので、魂の保全を利用した巻き戻しのお世話になる可能性は極めて低いのだが。

「真琴さんは何か気になること、あるか?」

「オクトガル対策は、何か考えてる?」

「……そこはもう、考えるだけ無駄やっちゅう感じでなあ……」

「……オクトガルだもんね……」

「ごめん。自分で言っておいてなんだけど、ちょっと無茶ぶり過ぎだったわね……」

ハイライトが消えた感じの目で遠くを見ながら言う宏と春菜に、思わず全力で謝罪してしまう真琴。

有効なオクトガル対策なんてものがあれば、今まで誰も苦労していない。

そもそもの話、割と普段から便利に使い倒しているので、遺体遺棄をはじめとした妙な言動やセクハラ攻撃などに関しては、甘んじて受け入れるべきリスクだと言えなくもない。

「他に何かあるかな?」

「他に、か。防御周りはガチガチに固めてたのを見てたしなあ……」

「後はもう、何かあった時にその場で臨機応変に、って事でいいんじゃないかな~?」

「そうだな」

念を押すように確認を求める春菜に、達也と詩織がそう結論を伝える。

現実問題として、起こりうるすべてのトラブルを想定して事前に対処方法を準備する、なんてことは神であっても不可能だ。

特に春菜の場合、人間だったころから風が吹けば桶屋が儲かる的なその系統の流れで、予想外のトラブルを招き寄せることが多々あった。

下手に準備を万端にすればそのパターンで裏をかかれることも起こりうるので、素直に出たとこ任せで対処したほうがましかもしれない。

「他に見落としとかなさそうだったら、そろそろ移動してもいいんじゃない?」

「せやな」

真琴にそう促され、小さくうなずいて転移を発動させる宏。その際、菫がしっかり握って離さなかったために、従属させられた精霊が思いっきり巻き込まれているのだが、誰も気がつかない。

こうして、菫は生まれて初めて異世界を経験するのであった。

「わ~! 赤ちゃんだ~!」

「可愛い!」

「きゅっ!」

ウルスのアズマ工房本部。到着した一同を出迎えたライムとファムとひよひよは、早速菫をちやほやしていた。

「ここで立ち話してると詩織さんも菫ちゃんも疲れちゃうから、とりあえず和室まで行こうね」

「はいなの!」

春菜にたしなめられ、素直にうなずくライム。最近の年に似合わぬしっかりした姿はどこへやら、すっかり保護された当時のライムに戻った感じである。

そんな春菜とライムのやり取りを、不思議そうに見ている菫。

精霊を捕まえて無理やり連れてきたりと人以外にはやんちゃだが、それでも菫は今日も非常におとなしい赤子であった。

「……話には伺っていましたが、タツヤ様とシオリ様のお子様は本当におとなしいのですね」

「そうなんだよね~。まあ、ちゃんと泣くべきときには泣いてるし、そんなに心配はないと思ってるけどね~」

「そうですか……」

割とのんきというか鷹揚に構えている詩織に、尊敬と感心と呆れとが入り混じっているような、だがそんな分かりやすいものでは絶対ない、どう表現していいか分からない複雑な気持ちを抱いてしまうレラ。

ただ、一つ言えるのは、今現在ライムの極端な成長ぶりに怯えているレラには、ここまでの境地に至ることは不可能である。

「それにしても、本当にかわいい……」

「赤ちゃんの面倒を見るのは大変だとは思うのですが、ノーラとしてはもっと身近に赤ちゃんや小さな子供が増えてほしいのです」

「そうね。ファムもライムも大きくなってきたし、小さな子の面倒を見るっていうのは、いろいろといい経験になるし」

菫のかわいらしさに目をハートマークにしながら、そんなことを言い合うテレスとノーラ。

言うまでもないことながら、自分が相手を作って生むという発想はない。

「ノーラたちの身内で次に赤ちゃんというと、この流れで普通に考えると、次は親方とハルナさんだと思うのですが……」

「ノーラ、さすがに親方にそれを求めるのは、まだ無茶じゃない?」

「親方の事情は重々承知の上で、そろそろ見ている方が我慢の限界なのです。一体出会ってから何年たっているのかと、何年同じことをやるつもりなのかと、ノーラは声を大にして言いたいのです」

ノーラの遠慮のない言葉に、思わず気まずそうに視線を逸らす宏と春菜。

言われるまでもなく、当人たちもそのあたりを気にし出しているからこそ、無理を承知でデートなどやろうとして大失敗するなど間違ってはいないがもうちょっと何とかならないか的な努力は続けている。

そんなことは当然ノーラも理解しているが、そろそろ努力ではなく結果を求める時期に来ているのではないか、と思わずにはいられないのだ。

後、事情が事情だけにみんなついなあなあで甘い対応をしがちなので、一人ぐらいきつい事を言う人間がいた方がいいのではないかと、あえて汚れ役を買って出たというのもある。

「まあ、そう言ってやるな」

ノーラの意図を察しつつ、やんわりとたしなめる達也。

そもそも既に意識の上でのタイムスケールが大きく変わっている宏達に対して、たかが数年で結果を出すように求めてもあまり意味がない。

というより、焦れて無理な行動を起こした結果が神の城で行ったデートという惨劇だと考えるなら、行動を起こすのはともかく結果を求めるにはまだ早すぎると言わざるを得ない。

「ですが、タツヤさん。親方の思考や行動を見ていると、まだその時じゃないとか言い出したらいつまでたっても進展はないとノーラは断言できてしまうのです」

「ちゃんと行動自体はしてるから、あまりプレッシャーをかけないでやってくれ。つうかな、もう半年ぐらいになるんだが、唐突に春菜が焦り出して何かしなきゃダメ、みたいなこと言いだして神の城でデートしたんだが、な」

「……達也さん、それは言わないでくれるとうれしいんだけど……」

「……ん。達兄、そこを蒸し返すのは、バレンタインを毎年蒸し返すぐらいのレベルでやめてほしい」

「とまあ、こういう反応が出るぐらいものすごい大失敗でな。あれ自体は必要な事ではあったが、正直焦るとろくなことにならないと思い知ったわ」

達也の言葉と春菜達の反応に、腑に落ちないながらもとりあえず納得だけはしておくことにするノーラ。

これ以上は馬に蹴られるレベルで野暮だろうし、宏の表情や態度を見ているとさすがに厳しく追及する気もうせてくる。

「ねえ、ノーラ、テレス。今日はタツヤさんとシオリさんの赤ちゃんを可愛がる日だよ。親方たちの事は余分じゃない?」

「そうそう。そもそも宏達に関しては、それこそ基礎研究みたいに半世紀ぐらい何も進展ない事も覚悟しておく案件なんだし。もっと言うなら、まだ澪は手を出すのがはばかられる外見なんだから、今結論を急いじゃダメよ」

「そういう事だ。もっと言うなら、こいつらに関しては今後、どう考えてもクロマグロの完全養殖並みの困難か、ラフランスの食べごろを完全に見極められるようになるぐらいの我慢強さと蓄積が必要なのが分かり切ってるんだから、そんなに簡単に進展する訳がない」

ファムのクレームに乗っかり、ノーラだけでなく宏達にも追撃を入れる真琴と達也。

その内容に

「マグロの完全養殖……。私の恋は、マグロの完全養殖並み……」

春菜がすさまじいまでの大ダメージを受けていたりする。

もっとも、春菜が受けているダメージの種類がマグロというシュールなものに例えられたからか、それとも着手から採算が取れるレベルでの商業化まで約半世紀という期間の長さとそれだけでは語れない困難の多さのほうにかは、本人以外にはわからないのだが。

「達兄、かかった期間も歴史も難しさも知ってるけど、さすがにたとえが悪すぎる」

それを見た澪が、哀れになって口をはさむ。

そもそも、この話は澪も他人事とは言えない。

「ああ、すまん……」

澪に言われ、さすがに失敗だったと謝る達也。

いくら認識的には間違っていなかろうが、マグロというのが宏と春菜たちのイメージ的に妙にしっくりこようが、一応恋愛関係の話なのだ。

もう少しお洒落なたとえにするべきだと言われれば反論の余地はない。

「あ~う?」

そんな父親を、赤子らしく表現しづらい声をあげながら見つめる菫。会話の内容を理解するどころか、月齢的にちゃんと人の顔や姿をそうと認識できる形で見えているかどうかも微妙ではあるが、何やら雰囲気的に察するものがあったらしい。

「パパの事が気になる?」

「う~」

詩織の優しい言葉に、なんとなく安心したような感じで声を上げる菫。

その意思疎通ができているようなできていないような微妙なやり取りを、微笑みながら見守る春菜達。どうやら、ノーラの突っ込みから始まる一連のダメージからは立ち直っているようだ。

と、不意に菫が力んだかと思うと妙な達成感を感じさせる表情に変わり、数テンポ置いてすぐに泣き始める。

「あらあら~。おむつかな~? ちょっと確認してくるから、春菜ちゃんと澪ちゃんも手伝って」

「は~い」

「ん、了解」

そんないきなりの展開に特に慌てるでもなく、菫を抱っこしたまま立ち上がる詩織。ここで作業するのは、という事で、隣の部屋に移動する。

その際、今後子供を産む可能性が割と高い春菜と澪を手伝わせることで、体力的な負担を減らしつつ予行演習もさせるのはいつもの事である。

なお、真琴を呼ばなかったのは現在彼氏がおらず本人にその気もないから、春菜か澪がいるときは大体声をかけていない。達也は普段から手伝っているからで、宏に関しては菫が女の子だからということで双方に配慮したのだ。

念のために補足しておくと、香月一家以外に真琴しかいない状況では、普通に真琴もおむつの世話を手伝っている。単に、詩織の中での手伝わせる優先順位が低いだけで、真琴が一切手伝いをしていないわけではない事を、真琴と詩織双方の名誉のために記しておく。

「やっぱり、ちゃんと泣くときは泣くんですね……」

「らしくなくても、ちゃんと赤ちゃんだもの。そりゃ、普通に泣くわよ」

「なんとなく、ちょっと安心しました」

初めて普通の赤子らしいところを見せた菫に、テレスとレラが安心した様子を見せる。

その様子に、呆れたように真琴がそんなことを言い切り、宏と達也が苦笑する。

そんな中、おむつ交換が気になるのか、ひよひよが唐突に飛び上がり、ふよふよと隣の部屋に移動する。

「あの、タツヤさん。ひよひよが行っちゃったけど、いいの?」

「アレルギーとか言い出せば気にしなきゃいけないんだろうけどな。一応あれでも神獣だし、オクトガルよりはましだろうし、あんまり気にしすぎても駄目だろうって思っててな」

「そういえば、オクトガルがいないわねえ……」

「こういう時、真っ先にちょっかい出しに来そうやのに、また珍しいなあ……」

ちょっと心配そうにするファムに対し、割と大雑把な事を言う達也。

その達也の言葉にオクトガルが来ていない事に気がつき、どういう事だと顔を見合わせる真琴と宏。

フラグ的な意味でも行動原理的にも、どう考えても藪蛇なその台詞に対し、どういう訳か姿を見せないオクトガル達。

それに対して、さらに不安になる一同。

と、そこに、唐突に隣の部屋が騒がしくなる。

「きゅっ!? きゅきゅきゅ!!」

「あ~う、あ~う」

「あ~、駄目だよ菫ちゃん、そんなに強くつかんじゃ~。ひよひよちゃん、痛がってるよ~」

隣の部屋まで聞こえてくるひよひよの悲鳴と菫の機嫌のよさそうな声、それに対する詩織の注意する言葉で大体の状況が分かり、思わず笑い声をこらえつつお互いの見解を確認してうなずく和室組。

恐らく、非常にコミカルな状況になっているのだろう。

そこに追い打ちをかけるように、澪と春菜の言葉も聞こえてくる。

「ん、つかむんだったらそこじゃなくて足にする」

「いやいやいや、澪ちゃん。そう言う問題じゃないと思うんだけど。っていうか私、菫ちゃんがひよひよの足をつかんじゃうと、それはそれでろくなことにならない気がするんだけど……」

「きゅ~!! きゅ~!!」

注意されたからか、それともよほどひよひよのつかみ心地がよかったのか、どうやらさらにしっかりつかんでいるらしい菫。

その赤子らしい容赦のない行いに、ひよひよの哀れな悲鳴が響き渡る。

「……な、なあ、ヒロ……」

「……な、なんや……?」

追い打ちとしか言えないやり取りに笑い、息も絶え絶えになりながらどうにか言葉を絞り出して、達也が宏に質問をする。

「こ、ここと隣、もしかして、結構壁、薄いか?」

「う、薄いっちゅうか、わ、わざと、聞こえやすくは、しとるで」

必死になって息を整えながら、聞きたいことを聞く達也。その質問に対し、理由があって隣の音が聞こえやすくしていることを告げる宏。

どうにか笑いの発作が落ち着き、どういう理由で音を聞こえやすくしているのかを真琴が聞こうとしたところで、困ったように笑いながら菫を抱いた詩織と、その菫にしっかり足をつかまれて逆さづりにされ、どこか悟った表情を浮かべたひよひよが入ってくる。

「……神獣というのも、大変なのです」

「ひよひよ、大丈夫?」

「きゅっ……」

「あきらめが肝心? そーいうものなの?」

「きゅっ……」

ひよひよの様子を見たノーラの言葉と、一応心配しているらしいライムの言葉に対するひよひよの返事。およびその非常にコミカルな風景に、推移を見守っていた人間が全員まとめて再び爆笑の渦に叩き込まれてしまうのであった。

「ごめんください」

「遊びに来たの~」

ひよひよ逆さづり事件から一時間後。

エアリス同様夏休み以来ずっとご無沙汰だったアルチェムが、オクトガルを頭に乗せてアズマ工房を訪れた。

「あ、いらっしゃい。久しぶりだね」

「お久しぶりです。エル様も今日やっておく必要がある儀式がもう少しで終わりますので、あと三十分もしないうちにこちらに顔を出すと思います」

「了解。って事は、お昼は食べていくんだよね?」

「はい」

アルチェムを出迎えた春菜が、エアリスの予定を聞いて昼食の献立を考える。約一週間前に神の城で顔を合わせた際には、忙しい時間の合間を縫ってという感じだったため、食事はおろかゆっくり話もしていない。

というより、あの時は宏が無意識にやらかした、もっと正確に言うなら、宏が作ったチェーンブレスレットを介して春菜が無意識にやらかしたことに対し、エアリスがどう対処したかを慌ただしく報告に来ただけ、というのが実情だった。

その時どれほど慌ただしく対面を済ませたかというと、宏が作ったブレスレットを春菜が確認する暇もなく、当日の様子とその後どう根回ししてどう対処し現状維持を勝ち取ったかを説明したら、そのまますぐに転移してアルフェミナ神殿に戻ってしまったぐらいである。

そのため、宏や春菜がエアリスとゆっくり話をするのは、アルチェム同様半年ぶりである。

「それで、忙しいのは少しは落ち着いた?」

「はい。まだ日本に遊びに行くのはつらいですけど、オルテム村に帰ったりこちらに顔を出して庭の手入れやご飯を一緒に食べたりするぐらいの余裕はできました」

「そっか。エルちゃんもそんな感じ?」

「そうですね。まだ、まとまったお休みを取るには溜まっている神事が沢山ありますが、一日中神事と外交と王族の仕事に追われるような状況ではなくなっています」

「それは良かったよ……」

アルチェムからの情報に、どうやら本当に状況が落ち着いてきているらしいと悟って、安堵のため息をつく春菜。

仕方がないとはいえ、エアリスとアルチェムを仲間外れにした状況が、ようやく終わるのだ。

この半年ほどでは何一つ大した進展がなかろうと、どうしても気が咎める部分があった春菜としては、ようやくその居心地の悪さから解放された気分である。

「そう言えば、タツヤさんの娘さんが来られてるんですよね?」

「そうだけど、その情報はどこで?」

「私達が情報源~」

「……そっか。達也さんが神経質になってるから、あんまりちょっかい出しちゃだめだよ?」

「は~い」

春菜にたしなめられ、素直に返事をするオクトガル。

どこまで信用できるかは分からないが、赤子に対して悪いことはしないだろうという点だけは信用していい。

そこが信用できてしまうのが、ある意味悩ましいところなのは気にしてはいけない事実である。

「じゃあ、ちょっとご飯作ってくるから、和室のほうで待っててね。菫ちゃん、あっ、達也さんと詩織さんの子供なんだけど、その子も一緒にいるから」

「はい」

春菜に促され、和室のほうへと移動するアルチェムとオクトガル。

普段と違って、オクトガルが一体だけで来ているのは、恐らくある程度遠慮と配慮をしているのであろう。

「さて、久しぶりのみんなでご飯、何にしようかな?」

アルチェムを見送ったところで、昼食のメニューに意識を向ける春菜。

恐らく和食系には飢えているだろうが、かといってあまり贅沢な感じのご馳走は、エアリスに会食系の仕事も多い事を考えると飽きている可能性も高い。

「……まあ、エルちゃんだし、晩御飯はリクエストを聞いてお昼はおそばが確実かな?」

そう言いつつ、久しぶりにそば粉を取り出してそば打ちを始める春菜。

澪が食べる分量まで予想し、五十人前ほどをあっという間に打ち終える。

「自然薯に大根おろしにてんぷら色々に鴨南蛮、と……」

そばを打ち終え、思いつく限りの薬味やトッピングを用意していく春菜。

育ち盛りな上に小食アピールとも無縁なエアリスだと、最近は一人前半から二人前ぐらいは普通に食べる。

その食べたカロリーと栄養が、最近は澪とは違い背と胸に均等に割り振られているのは、恐らく神の奇跡というところなのだろう。

間違っても、眷属である澪に対して春菜の体質がいたずらしているわけではない筈だ。

もっとも、入院時の遅れを無理やり取り戻そうとしている感じの澪と違い、元々早熟だったエアリスの方はそろそろ成長も落ち着いてきている。

恐らく来年ぐらいには春菜とほとんど変わらない体つきになって、ほぼ成長が止まることになるだろう。

というよりそもそも、今でもすでに、下着をのぞく市販の服のサイズは春菜と同じになっている。

「さて、時間的にそろそろエルちゃんが来る頃だし、盛り付けて運んじゃおう」

そう呟きながら、大量のそばを割子そば方式で一人前ずつ盛り付けていく春菜。ドンブリにだし汁の用意もあるので、望めばそのままどんぶりに投入してダシを注いで温そばとして食べる、というやり方も可能である。

「こんにちは、ハルナ様」

「あっ、いらっしゃい。お昼おそばにしたけど、よかった?」

「はいっ!」

春菜の質問に、実に嬉しそうに答えるエアリス。

春菜が予想した通り、最近会食などで贅沢だがあまりおいしい気がしない料理が続いていたこともあり、そばのような気軽にかつ好きなように食べられる和食に飢えていたのだ。

「とりあえず、みんな和室にいるから和室で食べようと思ってるんだ」

「分かりました。おそばなら、それも風情があってよろしいかと思います」

春菜の言葉に、更に嬉しそうにするエアリス。

どうやら、実にいろいろなことに飢えているようだ。

そうして料理を乗せたカートを押しながらエアリスを案内し、和室の中を覗いたところで、ハルナの目になかなか素敵な光景が飛び込んでくる。

「あ~、う~」

「分離~」

「合体~」

「あ~、う~」

和室の中では、詩織の膝に座って全身を預ける姿勢を取っている菫が、両手に一本ずつオクトガルの足をつかんで振り回していたのだ。

しかもオクトガル達は芸が細かい事に、菫が振り回して衝突すると合体し、引き裂くように腕を動かすと分離するという高度なテクニックで遊んでいる。

そのオクトガルの、現時点の地球では絶対再現できない遊びに菫も大満足のようで、実に機嫌よく笑っている。

「……これ、帰ったとき大丈夫なのかな……」

「……まあ、赤ちゃんは結構、覚えているようで覚えていないものですから……」

そんなことを言いつつ、菫の様子を見守る春菜とエアリス。

その遊びが終わったのは三分後、菫が力尽きて寝入ってからであった。

なお、力尽きて寝入った瞬間に弾みでオクトガルを大きく投げ飛ばし、空気を読んだか今まで口にしていなかった「遺体遺棄~」の一言をついに引き出してしまったのだが、菫本人は完全に意識を飛ばして聞いていなかったので、とりあえずセーフ判定されたのはここだけの話である。

「……ああ……」

ようやく落ち着いて昼食が始まり、みんなでいただきますをしてすぐの事。

そばを一口すすったエアリスが感極まったように、妙に色っぽい声でため息をつく。

その様子を見ていた宏と春菜、澪、真琴が何となく気まずそうに視線をそらし、ファム、テレス、ノーラの三人がなぜかごくりとつばを飲み込む。

香月夫妻とアルチェムは、どこか悟ったような様子で再びそばを手繰り、ライムだけが平常運転でてんぷらに箸を伸ばしている。

なお、今回は諸般の事情により、宏をお誕生日席に配置した上で右に春菜、左にエアリスが座り、春菜の隣に澪、真琴、達也、詩織の順で、エアリスの隣にアルチェムが、その隣にテレスから年齢順に並んで座るという配置になっている。

ちょうど、ライムの正面に眠ってる菫がくる形である。

「……あの、どうなさいましたか?」

ライム以外から漂う妙な緊張感と気まずさを察し、不思議そうに小首をかしげて問いかけるエアリス。

それがまた、エロくはないのに色っぽいせいで、さらに気まずさが募る。

今まで、いい意味で色気とは無縁だったエアリスが、急激に色っぽくなった。その原因がはっきりしているだけに、どうにも対処に困るのだ。

「なんかこう、エル様がすごく色っぽくて、反応に困ってたというか……」

「原因はよく分かっているのですが、だからといって今まで通りできるかと聞かれるとちょっと、と言いたいのです……」

「ミオさんだってこっちにいたころと比べてもすごく綺麗になっちゃったのに、エル様までこうだから……」

「何というか、本当に身の置き場が、と言いたくなるのです」

エアリスの問いかけに、微妙に恐縮しながら思うところを正直に答えるテレスとノーラ。

エアリスがもう年頃になっていることなど分かっていたのだが、外見だけを見てわかっていたつもりになっていたと痛烈に思い知らされた形である。

しかも、おおよその事は知っていても正確な事情は知らないために、羽化したとか花開いたとかそういう表現が似合うほどの急激な変化には、どうにもついていけないのだ。

澪ですら、こちらにいた同じぐらいの肉体年齢の頃に比べて根本的な顔だちの時点でずっと美人になってしまったというのに、そこにエアリスまでとなると、もはやテレスやノーラの対処能力を超えてしまうのだ。

「ねえ、エル様」

「何でしょうか?」

「エル様が親方の事本気で好きなのはよく知ってるけど、誕生日の前と後でなんかすごく雰囲気が違うよね。いったい何があったの?」

いまいち正確な事情を知らない工房職員を代表して、ファムが思い切ってエアリスに質問する。

その質問に、ああ、という感じの表情を浮かべて、幸せそうな笑みを浮かべるエアリス。

「誕生日に、とても幸せな事があったのです」

「幸せなこと?」

「はい。おそらく何かの手違いだったのでしょうけど……」

そう言って、宏の方にちらりと視線を向けるエアリス。

向けられた視線に、相当な事があったらしいと再認識するファム。

恐らく、子供に聞かせられないような「何か」というのはなかったのだろうが、それでもどうにも煮え切らない宏達の関係に影響を与えるぐらいの事件はあったのは間違いない。

先ほどまでいい加減進展させろと言っていたというのに、本当に進展があると反応に困るのだから勝手な話というべきか、世の中難しいものだというべきか悩ましいところである。

「とりあえず、その件に関してはちょっと確認したい事とかもあるから、ご飯食べてからにさせてもらっていいかな?」

「それはいいんだけど、そんなに込み入った話なの?」

「込み入ってはいないかな? 単に、エルちゃんの誕生日プレゼントに宏君が作ったものが、ちょっとした手違いで予想外の挙動をしちゃったっていうだけだから」

「あ~……」

春菜の説明に、妙な納得をするファム。

宏の作ったものが予想外の挙動をするのは、割とよくあることだ。

大抵はマイナスにならないものの、プラスに働きすぎて過ぎたるは猶及ばざるが如しという状態になるのは、はっきりいって珍しい話ではない。

「実のところ、エルちゃんのそのブレスレット、ちゃんと見るのは今日が初めてだからね」

「先週顔会せたときは、そんなじっくり観察する暇なかったからなあ……」

「あの時は、慌ただしくて申し訳ありませんでした」

「いやいや。どないなったか凄い気になって悶々としとったから、報告に来てくれて助かったで」

宏の言葉に、実に嬉しそうに微笑むエアリス。その、普段通りなのになぜか色っぽい笑顔に、気まずそうに目をそらしてそばをすする宏。

事情を知らなければ、いや、事情を知っていても観察力が足りなければ、恐らくお前は付き合い始めの小学生か、と突っ込みたくなるような反応だ。

だが、事情を知り観察力も足りている人間が見れば、宏のその態度が、実は意外と厄介な心情から出ているものだという事に気がついてしまうだろう。

「……ねえ、親方」

てんぷらと大根おろしで最初の一杯を食べおえ、鴨汁での二杯目に入りかけていたライムが、不思議そうに宏に話しかける。

「……何や、ライム?」

「親方、エル様の事が怖いの?」

「……怖いっちゅうたら、怖いかなあ……」

ライムのストレートな質問に対し、少し逡巡してから、誤魔化すのをやめて正直に答える宏。

宏のその答えを聞いた春菜が、小さくため息をつく。

「確かめたいこと確かめちゃうと、特に宏君がお昼ごはんどころじゃなくなりそうだったから後回しにしようと思ったけど、先に終わらせちゃった方がいいかな」

「どうせその話題から離れられそうもないんだし、さっさと確かめちゃったら?」

「そうだね、そうするよ」

真琴にも勧められ、己の罪深さに再びため息をついてからエアリスに視線を向ける春菜。

「ねえ、エルちゃん。悪いけど、ちょっと宏君からもらったブレスレット、手に取って確認させてもらっていい?」

「はい。……どうぞ」

春菜に請われ、笑顔でブレスレットを外して差し出すエアリス。

エアリスからブレスレットを受け取り、一分ほどじっくり確認する春菜。

一目見た時に感じた以上に己のブレスレットとの次元を超えたつながりを確認し、やっぱりとつぶやいてどことなく諦めたような笑顔を浮かべる。

「ありがとう。いろいろな事がよく分かったよ」

「お役に立てましたか?」

「うん。ただ、自分の情けなさが身に染みたけどね……」

様々な迷いと悔しさと諦念をにじませながら、エアリスの問いに答える春菜。

どうしようかを散々迷った末に覚悟を決めて立ち上がり、宏の後ろに回る。

「ごめんね、宏君」

「な、なにするつもりやねん、春菜さん……」

後ろに回った挙句に唐突に謝罪する春菜に対し、大いに慌ててビビる宏。

もっとも、この流れでこんなことをされれば、宏でなくても怖がって当然であろう。

宏の反応に申し訳なくなりつつ、だが後ろに回った時点で覚悟が決まっただけでなく気持ちも一気に高まってしまい、己を制御できずに、自身の胸を宏の後頭部に押し付ける形でぎゅっと抱きしめる。

服とブラの固い感触、その下にある柔らかさと嬉しそうに忙しなく動く鼓動。前に回された白い腕がうっすら色づいている様、触れあったところ全てから感じる女性特有の柔らかさと体温。視界の隅をゆらゆらと横切る金糸の髪。そして、頭の上から聞こえてくる息遣い。

それらすべてが、宏の思考を真っ白に染め上げていく。

その、はた目に見ても過剰なほどに愛情と恋心があふれたハグに、食事を続けながら推移を見守っていた全員の動きが止まる。

「……やっぱり、か……」

たっぷり十数秒ハグを続けたところで、切なそうにため息をついて宏を開放する春菜。

エアリスの変化など吹き飛ぶほどの大胆な行いに、全員の視線が集中する。

「今回のエルちゃんのチェーンブレスレットがやっちゃった事ってね、あえて誤解される様なことを言うなら、私が無意識に出しちゃったギブアップ宣言とSOSだったみたい……」

「ちょっと待て、SOSはともかく、ギブアップって……」

「別に、この気持ちをあきらめる訳でもなければ、身を引くつもりがあるわけでもないよ。ただ、私一人じゃ、これ以上はもうどうにもならないって本気で認めちゃった感じで、ね……」

「いやいやいや。神の城でデートしようとした時点で、とっくに一人ではどうにもならないって認めてなかったか?」

春菜の告白に、思わず大慌てで突っ込む達也。それに対して、無理に作ったと分かる笑顔で自嘲的に答える春菜。

「うん。でもね、心のどこかでは、これだけ頑張ってここまでは来れたんだから、もっと一人でどうにかできるはずだって、思い上がってた部分があるんだ。エルちゃんとアルチェムさんが身動き取れない今、それを証明できるんじゃないかって、自分でも気づかないうちにそんな格好悪くて澪ちゃんにも失礼なこと考えてたんだ……」

「……あ~、春菜?」

自虐的な事を言い出しそうになった春菜に対し、思わず心配そうに真琴が声をかける。

正直な話、確かに春菜が白状したことは褒められた話ではないが、この件に関しては春菜一人でそれだけの努力と実績を積み上げている。

春菜が何に対してその思い上がりを持ってしまったのか、どうしてギブアップしてしまったのか。そのことに関しては、今の一連のやり取りや言葉だけでは分からないが、春菜だけでは無理、ではあっても、春菜では無理、という事は絶対にないだろう。

「正直、何にそんなに自虐的になってんのか、あたしにはよく分かんないんだけどさ。そう言う勘違いみたいなこととか、誰だって経験してるわけよ。だから、そこまでへこまなくてもいいんじゃない?」

「でもね、口ではまだ無理だと思うとか今はその時期じゃないとか一人じゃ上手く行かないとか言いながら、実はそんなこと考えてて上手く行かなくて勝手に焦って挙句にこれだよ……。大好きな人たちまで内心で見下すようなこと考えて、本気で情けないよ……」

「春姉、過剰な反省はだめ」

「というか、ノーラが考えるに、これに関しては春菜さんが悪いというより親方の状態が難儀なことになりすぎてるんだと思うのです」

食事を完全に中断し、ひたすら春菜をなだめる方に回る一同。

そもそもの話、内心で見下すようなことを考えていた、と言われた方とて、そのうち春菜一人で宏の妙に頑なな部分を何とかしてくれるのではないかと期待していたのだから、ある意味ではお互い様である。

「それで、親方はハルナおねーちゃんとかエル様が怖いの?」

大人たちのやり取りを見ていて、困ったようにライムが元の質問を繰り返す。心身の成熟度合い的に当然だが、ライムにはまだ恋愛がらみの話は理解できない。

それだけに、この話を終わらせ、春菜を立ち直らせるにはこれを確認するのが一番だと直感的に判断したのだ。

「……せやなあ。人、っちゅう意味では怖ない。ただ、どういうたらええんやろうなあ……。春菜さんらがくれる気持ちを受け入れた、その後が怖いっちゅうか……」

「はっきり言ってくれていいよ。宏君は、私達を、というより現実の女性を性の対象として見ちゃうのが怖いんだよね?」

「……まあ、なあ」

「性欲の対象としては見ないとしても、そもそも恋愛対象だと認めちゃうのが、怖いんだよね?」

「……ごめん」

「仕方ないよ。恋愛についてはともかく、性の対象として相手を見ちゃうことに対しては、私でも怖いと思う事があるんだから、ね。宏君が怖がるのは当然の事だと思うよ」

春菜の言葉に、救われたような、それでいて春菜同様自身を情けないと思っているような、複雑な表情を浮かべる宏。

春菜と共にレーフィアの聖域に漂着して二人きりになった頃から顕著になり始めたのだが、宏は春菜の事を、少しずつだが確実に恋愛の対象としてだけでなく性欲の対象としても見るようになっている。

もっと正確に言うなら、ある意味において最初から性欲の対象として春菜を見ていた、という事を宏が認識するきっかけが、レーフィアの聖域に漂着したときの一連の事件である。

そして、最初は春菜に対してのみ明確に持っていたその認識が、日本に戻ってからは、エアリスと澪も体の成長とともに着実にその範囲に含まれるようになっている。

宏のこの変化がエアリスと澪も対象になった切っ掛けは、皮肉にも澪が胸だけ急激に育ち、学校指定の水着だとシャレにならないほどエロいビジュアルになったことである。

今まで完全にそういう意識を向ける相手ではなかった澪が、いつの間にか肉体的には間違えようがないほど「女」になっている。

それを認識したことにより、必然的にエアリスにもそういう意識が向くようになったのだ。

逆にアルチェムは、エロトラブル誘発体質によりしょっちゅうそういう光景を見ているからか、宏の意識ではあまり性的な存在だと認識していない節があるのも皮肉な点であろう。

特に最近はアルチェムとの接触が少なく、どうやればそうなるのかというほど露骨なエロトラブルに巻き込まれていないことも、一人だけ妙に蚊帳の外に置かれている状況に拍車をかけている。

「これだけ一緒に行動すれば、宏君がそういう事で悩んでるのも怖がってるのも、なんとなく気がついてはいたんだ。でも、下手に踏み込んで関係が壊れるのも怖くて、壊れないにしてもいやらしい事ばかり考えてる女だと思われるのが恥ずかしくて……。でも、生き返ったあの時抱きしめあった時の嬉しさとか温かさとか気持ちよさとかは忘れられなくて……」

「あ~、うん。思ってたよりはるかに複雑で深刻だってのは分かったわ……」

春菜の告白を聞き、ギブアップする真琴。

普段はともかく、こういうところは妙に真面目な宏と春菜だからこそ、ともいえる悩みであろう。

ある意味ではようやく普通の恋愛的な悩みになったと言えなくもないが、宏の場合はそこに至るまでの背景が背景だけに厄介な話ではある。

ここまで来て、まだその段階でまごついていることに対し、宏が変に責任を感じているっぽいところもなかなか厄介な事ではあるが、本質的には第三者である真琴では迂闊な口をはさめない悩みである。

「……ライム、何が恥ずかしいのか分かんない……」

「ライム、大人っていうのは難しいんだよ……」

「でも、親方はおねーちゃんたちの事が好きだから、おねーちゃんたちの事じゃなくてそれにかかわることが怖くて悩んでる、っていうのはなんとなく分かったの」

まだ年齢的に恋愛も性欲も遠い未来の事であるライムとファムが、春菜達の話の難しさについていけずに、真琴とは違う方向でギブアップする。

それでも、ことの本質自体はつかんでいるあたり、ライムは実に聡い子供である。

「……あの、それでハルナさん。エル様のブレスレットがあんな大騒ぎを起こしたのと、ハルナさんの今のお話とはどういう関係があるんですか?」

どうにも深刻な話になったと踏んで、もともとの論点であったエアリスのチェーンブレスレットに話を戻すアルチェム。

「それはもう、簡単な話だよ。自分でも気がつかないうちにその事で大分思いつめてたみたいで、宏君があのブレスレットを作った時に、無意識のうちに私の神具との共通項を利用して乗っ取って、エルちゃんに助けを求めてたみたいなんだ」

「助けを求めて、ですか……」

よくわからない、と正直に顔に出すアルチェムに、さらに春菜が説明を続ける。

「うん。あんまりにも微妙なつながりで情報量も少なかったから、私自身はそんなことをしてた自覚すらなかったけどね。だから、すごい大事になってた上に引き返せないレベルで巻きこんじゃったって事でへこんでたんだよ。多分、エルちゃんにはそれも含めて全部伝わってたんじゃないかな?」

「はい。ヒロシ様がこれほどのものを作ってくださったこと、ハルナ様が私を頼ってくださった事、どちらも大変嬉しく思い、浮かれておりました」

宏と春菜にだけ全部を明かさせるのはフェアではない、とばかりに、エアリスも自身の感じた事や思っていることを正直に口にする。

「お恥ずかしながら、これで名実ともに妻の一人としてそばに置いていただくことをお二人に認めていただいた、という意味でも浮かれて気が大きくなっていた部分はあります」

「ねえ、エル。もしかしたら春姉相手に下克上も、とか考えた?」

「さすがに、それは不可能ですよね?」

「……そういう汚れた発想が出るの、ボクだけ……?」

恋愛的な意味で出来上がってはいても、浮かれているようには見えなかったエアリス。彼女のカミングアウトを聞いて、余計な事を言って自滅する澪。

これが建前でならともかく、エアリスは心底春菜相手の下克上など不可能だと考えているのが表情や口調からも分かるだけに、半ば冗談とはいえ他人ではなく澪が言ってしまったというのは、本人にとってかなり痛いミスだと言えなくもない。

「えっとまあ、アタシみたいな子供にはよくわかんない話になってるんだけど、ハルナさん一人じゃ無理なんだったら、エル様だけじゃなくてミオさんやアルチェムにも同じもの作って巻き込めばいいんじゃないの?」

「ここまで状況がのっぴきならないところまで進んじゃった以上、いずれそうするべきだとは思うけどね。こういう話をした後ですぐに口実もなしに渡すってのは、いくら何でも無粋すぎるわよ?」

「そういうものなんだ?」

「あたしが言うのもなんだけど、そういうものよ」

ファムの提案に対し、真琴が内容自体は認めつつも教育的指導を入れておく。

「まあ、どっちにしても、澪にはまだ下手に渡せんわな。確か、中学はこういうアクセサリ、禁止やったやろ?」

「ん」

「せやから、潮見高校に合格したら、入学式の日に進学祝いとしてプレゼントするわ」

「……ん!」

これだけ赤裸々な話をしたことでいろいろ吹っ切れた宏の提案に、嬉しそうに返事をする澪。

元からエアリス本人がそれを望んでいたとはいえ、もはや引き返せないところまでエアリスを巻き込んだのだ。澪とアルチェムにも同じようにプレゼントをして巻き込んでしまった方が、ある意味で誠実と言えよう。

やってしまったことはもうどうにもならないし、たとえ本意でなく覚悟ができていないときになし崩しで起こったこととはいえ、責任は取らなくてはいけないのだ。

「で、澪はそれでいいとして、アルチェムには何かそういう記念日的なものってあるのか?」

「……そうですね。すぐではない、というよりはっきりとした時期は言えませんが、一つだけ近いうちに来るであろう特別な日はあります」

「へえ、そりゃどんな日だ?」

「神の城の世界樹が最初の成熟を迎える日が、あと二年から四年の間に来ます。その時に世界樹に同調することができれば、私はヒロシさんの世界の世界樹を守る守り人になれると思うんです」

「そうか。じゃあ、その日だな」

「っていっても、全員がブレスレット貰ったからって、すぐに宏を押し倒そうとするんじゃないわよ? 仮に宏が大丈夫になってたとしても、澪とエルが二十歳過ぎるまでは我慢しないと、下手すると宏の手が後ろに回るからね?」

一人だけまたしても蚊帳の外になりそうだったアルチェムに、達也が話を振って段取りを決め、真琴が釘を刺してまとめる。

こうして、春菜の空回りが原因であった一連の騒動は、宏が春菜達を囲うというより宏を春菜達が囲うという形で将来を決定づけるのであった。