軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

カイルの正体①

謁見の間から国王とブルーノが出て行った後で、コレッタがシェリィの腕をとる。

「私たちも正面玄関を見に行きましょう。武装して入城なんて、何が起きているのかしら」

「でも私、ここを動いていいのかしら。式典をぶち壊した処罰をまだ受けていないの」

「今は国王でさえ、貴女を処罰する権限はないと思うわ。救済を求めた被害者を罰するなんて。それより、さっき皇太子殿下のお名前が出た時のファイエット卿を見た? ちっとも驚いていなかったわ」

「もしかしたら、実は皇太子殿下はファイエット卿とご一緒にリンツ王国に入国されていたのかしら?」

頭の中を疑問符だらけにして、二人は廊下に駆け出した。

リンツ国王が呆然としたことに、ゴダイバ帝国の皇太子が率いる軍勢は、騎乗したまま王宮の建物に入ってきていた。

正面入り口から続く王宮の大回廊は真紅の絨毯が敷かれているが、馬に乗った百人ほどの武官に踏まれたせいか、絨毯は乱れ、無惨にもあちこちに蹄の跡が付けられている。

国王であれ、王宮の建物の中を馬で走りはしない。リンツの近衛兵や国王は、あまりの光景に絶句していた。

宗主国旗を掲げる軍勢の先頭にいるのは、間違いなく皇太子だった。

左右後方に控える武官がフリンジのついた豪華な宗主国旗を掲げ、皇太子は真紅に金糸の刺繍のされた、非常に目立つジャケットを身に纏っている。皇太子自身のみならず、彼が乗る馬まで金銀玉石の装飾品をつけ、神々しい。

国王は自分の王城を文字通り土足で踏み躙られ、怒りと羞恥で耳まで赤くなりながら皇太子に向かってどうにか口を開いた。

「皇太子殿下。ご説明を! これはあまりに非礼ななさりようではありませんか?」

対する皇太子バシレオスは、馬から降りることなく不敵な笑みを浮かべた。

「非礼とは、どちらのことだろうか。リンツ国王陛下」

シェリィはコレッタと手を取り合って、長い回廊の端から軍勢を見ていた。

コレッタが、不可解そうに眉を顰めて首を傾げる。

「ねぇ、ちょっと。馬上で先頭を切っている男って……。凄く、見覚えがあるんだけど」

シェリィも先頭の男性に焦点を当てたまま、困惑に震える声でつぶやく。

「え、ええ。そうよね。もの凄く、見覚えが……」

他人の空似というレベルは超えている。

言葉を失うシェリィの代わりに、コレッタが続ける。

「――アレって、貴女の守護妖精のカイルじゃない?」

「だから、カイルは妖精じゃなかったんだってば。彼は人間で」

「そうね。彼はゴダイバ人だったのよね……」

二人はゆっくりと互いの顔を見合わせた。丸くした目で数回瞬きし、再びほぼ同時に馬上の人物を見遣り、コレッタが整理をしようと口を開く。

「ええと、つまり。ゴダイバ軍を引き連れて、我が国の国王に馬上から話しかけているあの傲慢そうな男は、カイルってことで間違いないわよね?」

「そう……いうことになるのかしら。カイルは思ったより、良い家の人だったのね。――まぁ、確かに彼ってすごく偉そうだったもの」

「それで……、先頭の男は多分、皇太子殿下っぽいけれど」

「ええ。あの……つまり。私の勘違いじゃないわよね? 要するに、私が魔術でさらったカイルは、ゴダイバ帝国の皇太子だったってこと?」

「そうね。貴女が一緒に暮らして、ちょっとコキ使って、その後お茶会に一緒に行ったのも、皇太子殿下だったってことなんじゃない?」

そう言った後で、「他人の激似じゃない限りは」とコレッタが付け加える。

偉丈夫なバシレオスは、馬上にいるとかなりの威圧感があった。

ここは自分の国だと言うのに、目の前にいる皇太子の強烈な存在感に気圧され、国王は足が震えそうになるのを懸命に堪えた。

皇太子は重そうな甲冑を着込んでいるにもかかわらず、その背はまっすぐにのび、軽々と手綱を操っている。燃える船上から一人生き延びた、という噂は伊達ではないのだ、と噂そのものにも圧倒されてしまう。

「非礼、とは……ゴダイバ帝国の第一皇子殿下個人に、我が国が大量の武器を売却していたことでしょうか……?」

いや、もう一つあった。

マティアスと現キャドベリー公爵が、第一皇子に邪術である「人の精神を操る術」を行わせたことかもしれない、と国王は思った。

騒ぎを聞きつけたのかマティアスも衛兵を連れて回廊の先から現れ、バシレオスを見つけるなり腰を抜かしていた。そのすぐそばで、コレッタとシェリィが蔑むような眼差しをマティアスに向けている。

既に廃太子にしたとはいえ、あまりの情けなさに国王が額を抑える。

バシレオスは冬の湖面を思わせる水色の瞳を国王に向けた。

「マティアス王太子が最後に我が国を訪れた際の出入国記録を、調べてみたのだ。すると彼の従者の一人が、王太子の帰国後単独で入出国していたことが分かった。記録によればその従者の容姿は、髪の色や目の色、背格好が我が兄のステンと酷似していたようだ」

「恐れながら、おっしゃりたいことが、わかりかねるのですが……?」

国王が王妃に肩を支えられ、どうにか皇太子に問う。

バシレオスは大回廊に響きわたる大きな声で言った。

「王太子マティアスは、帝国から帰国する際、従者のふりをさせて第一皇子ステンを同行させてリンツに連れ帰った。そして後にステンだけが帝国に帰国し、ステンと入れ替わった従者が再び自分の国に帰ったのだ」

「事実ではありません!」

たまらずマティアスが叫ぶ。

バシレオスはマティアスを睥睨して続ける。

「報告によれば、そなたはステンに『殿下がバシレオス皇太子に反旗を 翻(ひるがえ) すなら、僕が両親を説得してリンツ王国は殿下の味方となりましょう』と甘い言葉を囁いたらしいな」

リンツ国王が頭を両手で抱え、「なんと愚かな!」とうめく。

バシレオスは国王に再び顔を向けた。

「貴国の王太子が我が不肖の兄と手を組んでよからぬことを企んでいたのは、誠に遺憾である。だが今日は別件で兵を率いている。そなたは我が国の未来の皇太子妃を監禁したと聞いた」

「こ、皇太子妃、ですか? 私にはなんのことやら、わかりかねるのですが」

困惑しきりの国王の隣へやってきたのは、ブルーノだ。

ブルーノはバシレオスを見上げ、 飄々(ひょうひょう) と言った。

「殿下、伝令が行き違いになったようですね。殿下の想い人は、幸いにもリンツ国王陛下のご英断により、つい先ほど監禁状態から解放されました」

ブルーノの説明が終わらないうちに、皇太子が馬から滑り降りた。そのまま国王と王妃の隣を通り過ぎ、大股でスタスタと回廊の奥へ進む。

(来るわ! こっちにカイルが……じゃなくて、皇太子が!)

その先でシェリィがハッと息を呑む。