軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

祭りの演劇にて

カイルがシェリィを連れて大通りを歩き、道の両側に広がる屋台を指差す。

「カーニバルは最低限、仮面をつけなくちゃいけないんだ。屋台で売っているから、シェリィの仮面を俺に買わせてくれ」

「うわぁ、嬉しい!」

仮面の下のカイルの青い瞳が、甘く揺れる。

「今夜は無礼講なんだ。身分に関係なく、同じ通りで飲み食いをし、広場で踊れる」

並んで歩き始めるが、通りは仮装した人々でいっぱいだった。

中には竹馬に乗って歩きでもしているのか、道化師の仮装をした男がものすごく長い足を前に進め、通りをいく。

変わり種もいるものの、一人一人の仮装衣装を注視してみれば、衣装や仮面の外観からなんとなくその者の所属階級は区別がついた。

ある者は仮面に色とりどりの宝石をつけていたし、魔獣の毛むくじゃらの頭の上に黄金の王冠をつけている。

地位の高い者は、こういう時でも己の財力と所属を主張したいのだろう。

カイルに視線を戻すと、彼のマントは飾り気のない真っ黒なもので、仮面も質素なデザインだ。

カイルの家門については全く知識がないが、ものすごく裕福というわけではないのだろう。

シェリィは今や、ろくな後見人のいない元公爵令嬢だ。自分達がある程度は釣り合っている気がして、少し安心してしまう。

通りでは焼いた肉やカップケーキといった、甘いものからしょっぱいものまで、いろんな食べ物が売られている。雑多な香りがその場に溢れ、五感が忙しく刺激される。

広場の入り口では舞台が設置されていて、演劇が上演中だった。

周辺にいる人々は、屋台で買ったらしき飲み物を片手に、演劇を鑑賞している。

「演劇までやっているのね。役者さん達の衣装も凝っているわ!」

舞台全体を観たいと思うものの、人が多く少し距離があるために背の低いシェリィからはよく見えない。するとそれに気づいたカイルが、一旦かがんでからシェリィを抱き上げた。

落ちないように、シェリィが慌てて両手をカイルの肩に回す。

距離の近さにシェリィの心臓が跳ねるが、カイルは舞台を顎で指した。

「こうすれば、多少遠くても舞台がよく見えるだろう?」

たしかに視線がグンと高くなり、舞台の上までよく見渡せる。

「嬉しいけれど、カイルが疲れちゃうわ!」

「構わん。ここから観劇しよう」

舞台上では魔獣に扮した俳優を、精悍な顔立ちの俳優が剣でねじ伏せるところだった。

続けてキラキラ七色に輝く細かなクリスタルを縫いつけたドレスを着た女優が、彼の前に現れる。

背中に大きな白い四枚の翼がついているから、きっと妖精の女王に違いない。

妖精の王族は、背中に翼を持つのだ。

魔獣を足元にころがし、男が剣を床に丁寧に置いた。そのまま妖精女王の前に跪く。

舞台から距離があろうとも妖艶な美しさを感じ取れる妖精女王が、歌い出す。

「勇敢なる稀有な人間の男よ。魔獣に苦しめられているのならば、わたくしの魔力を授けよう。争いあう国々を魔力のもとにまとめ、民に平和をもたらしなさい」

男が顔を上げ、妖精女王に向かって腕を伸ばす。

「ありがたき幸せ。魔力は必ず人々のために使うと約束しましょう」

妖精女王が男の手を握り、その手から発せられた黄金の光が男の体を包み込んでいく。

「正義感溢れた善良な貴方ならば、人々を清く導くことでしょう」

「もちろんです。魔力を正しく使うことを貴女に誓います。貴女への愛に賭けて」

「妖精たるわたくしには愛がわからぬが、そなたほど指導者として優れた者は妖精にもおらぬ。わたくしもそなたが欲しい」

妖精は愛ではなく、条件と結婚すると言われているのだ。

妖精女王が自分の冠を外し、男に授ける。

すると舞台の隅にいるバイオリニストが、甘く切ない音楽を奏で始め、妖精女王と男が手を取り合って踊り始めた。

「あれは、ゴダイバ帝国の建国の伝説を題材にしているのね」

シェリィが確認するように話しかけると、カイルが無表情に頷いた。

初代皇帝は人間界で初めて魔力を手に入れた男だ。彼は妖精女王から魔力をもらい、乱立して戦争をしていた7つの国々の国王に王杖とともに魔力を授け、争いの絶えなかった各国を、平和的に帝国の元に一つにまとめたのだ。

ゴダイバ帝国の初代皇帝が各国に分け与えた魔力は、やがて貴族達に広がった。

妖精女王は張りのある堂々たる声で歌って踊り続けるが、初代皇帝は次第に腰が曲がり、髪が白くなり、ついに彼は臣下から差し出された杖をついて歩くようになった。人間と妖精の歳をとる速さの違いを、演出しているのだろう。

やがて皇帝が胸を押さえて寝台に倒れる。

皇帝の歌がとぎれ、悲しげなフルートの音色に乗せて妖精女王だけが歌う。

家臣達の手によって、皇帝の横たわる寝台の上に花々が散らされる。皇帝が病となり、死期が近いことを表現しているのだ。

皇帝の寝台の四方に木の板が取り付けられ、寝台は棺となった。彼が息を引き取ったのだ。

史実では初代皇帝は若くして亡くなり、その弟が次の皇帝となった。

重臣たちが悲しみのバラードを歌い、舞台上に葬列を表現する黒い煙幕がたかれる。

だがそんな中、妖精女王の希望溢れる明るい独唱が始まる。彼女は皇帝に近づき、花々に埋もれた皇帝に手を伸ばした。棺の周りで泣いている重臣達は、その異変に全く気づいていない。

妖精女王が初代皇帝の頬に、優しいキスをする。

「この時を待っていた。皇帝陛下は、ついにわたくしのもの。共に妖精界へ行き、共に生きましょう」

高らかに宣言し、妖精女王が皇帝を抱き起こす。すると上半身を起こした皇帝が、ぱっちりと目を覚ました。

そのまま棺の中から滑り出て、皇帝の上に積み重ねられていた花々が、棺の中から舞台上にこぼれていく。

周りにいる重臣たちには何も見えていないのか、彼らは未だ棺の中をぼんやりと見つめている。

そうして妖精女王と初代皇帝は二人で手を取り合い、歩き出した。

再び始まった見つめ合う二人の二重唱を聴いて、シェリィがピクリと顔を動かす。

「変わった創作劇ね。初代皇帝が妖精界へ連れていかれる、みたいなお話になっているなんて」

カイルはシェリィを抱き上げて舞台を見つめたまま、静かな口調で答える。

「ベネスティでは、そう伝わっているんだ。皇帝は死後、妖精女王と結ばれたと」

「独自の伝承があるのね。リンツ王国では聞いたことがないわ。死後に人間が、妖精界で暮らすなんて」

舞台上では二人の歌がクライマックスを迎え、白いスモークが焚かれている。妖精女王が「さぁ陛下、共に我が妖精界に還らん」と高らかに歌う中、皇帝もろともスモークの中に消えていく。

皇帝の足取りは軽く、気づけば背も真っすぐに伸びていて、髪色も白から黒へと戻っている。まるで若返ったかのようだ。

いつの間にか、妖精女王は胸におくるみに包まれた赤ん坊を抱きしめていた。

そうして三人、スモークの中へと消え、演劇が終わる。

シェリィはハッピーエンドなのかバッドエンドなのか区別がつかず、頭を悩ませた。

「――ええと、つまりベネスティの人たちが信じる伝承では、皇帝は死後、妖精女王と一緒に妖精界に行ってしまったということ?」

「そうだ。そして二度と人間界に戻らなかった」

「妖精女王は最後に、赤ちゃんを抱いていたみたいだけれど……」

解釈に苦しみ、シェリィが首を傾げる。

するとカイルは感情を抑えた低い声で、説明をした。

「……妖精女王は知っていたんだ。長寿で子ができにくい妖精も、人間との間ならば子どもができやすく、なおかつ魔力の強い子が生まれると」

いかにも信じていなそうに、シェリィが「そ、そうなの?」と相槌を打つ。

「妖精女王と初代皇帝の関係は、今日の守護妖精の契約の土台になっている」

「どういうこと?」

カイルはシェリィを抱き上げる腕の力を緩め、彼女をゆっくりと地面に下ろした。

そのままシェリィの手を握り、カイルが言う。

「考えてみてくれ。妖精がなんの対価もなく、人間の『使い魔』なんぞになると思うか? 召喚術によって人間の主人は使い魔を得る。一方で使い魔はその主人たる人間との間に子をもうけることができる。人間は死後、妖精界に連れて行かれて、生前の最も美しかった時期の姿形に戻って妖精となり、使い魔だった者の伴侶となるんだ」

「でもそんな話は聞いたことがないけれど……」

「妖精界に行った人間は妖精としての二度目の人生を終えるまで、人間界に二度と戻らないからな。お前がバイオリンで練習していた『妖精の踊り』でもそうだったように。人が妖精に連れ去られる伝承は、各地に山ほどあるだろう?」

「それはただの伝承や伝説でしょう?」

「事実は小説より奇なり、というだろう。それに学院の講義で、守護妖精を召喚する時は召喚陣に近づき過ぎるなと、注意を受けなかったか?」

「ええ、そうね。自分の作り出した召喚陣に、吸い込まれてしまう可能性があるからと、教わったわ。期末試験にも出題されたから、よく覚えている」

「術者は下手をすると、己の出した召喚陣に吸われて、妖精界に飛ばされる。そういった術者は、記録にあるだけで二桁は存在するが、彼らは人間界に二度と帰ってこなかった。何より、人は一生に一度しか妖精を召喚できない理由がここにある」

そんなバカな、と言いたかった。だがシェリィは混乱してよろめくように数歩、後ずさった。

「だけどおかしいわ。自分の子どものために、守護妖精を召喚することもあるわ。私の母のように」

「魔力は遺伝だからな。召喚主の子が強い魔力持ちであることを期待して、契約に応じる妖精もいる。だが通常そのケースで召喚できるのは、ランクの低い妖精なんだ」

シェリィのバードは、妖精の中では魔力が高かった。彼の妖精としてのランクが低いとは、思えなかった。

(でも。でも、もしかして……カイルの話が本当なら、バードはお母様に騙し討ちにでもあった気分だったのかしら?)

長年、バードは自分の主人がたいした魔力を持っていないことに、不満を抱いていたのかもしれない。

だからアンジーの召喚に応じたのか、と考えるとシェリィは切なくなった。