軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オバサンは国王陛下と謁見する   6

「あ、いえ、あの……」

急いで波乗りポーズをやめて、腕を体の横にぴしっとつけた。

恥ずかしい。きっと顔が真っ赤だ。

「椅子が高くて足が届かなくて……落ちそうになったので、転ぶ前に飛び降りたら勢いがついてしまって……」

「くくく……」

ちょっと王弟殿下、笑ってないで助けてよ。

どうしよう。いくら悪党とはいえ、マガリッジ子爵にとっては重要な場面なのに、私のせいで緊迫していた空気が一気に緩んでしまっている。

馬鹿にしているんじゃないのよ? 私は大まじめよ?

「そうか。この椅子は大きすぎるのか」

「重さもあるので、下敷きになったら怪我をしていたかもしれません」

ガタンと音がしたのでちらっと視線を向けたら、私が飛び降りた後倒れそうになった椅子を、お父様が押さえて直してくれていた。

お父様が心配そうな顔をしているので、申し訳なさ倍増よ。

何が起こっているのかちゃんと見たくて、前のめりになっていたからなあ。

「シェリル、話は聞いていたな」

「え? あ、はい」

陛下に聞かれて慌てて頷く。

注目を浴びたままで居心地が悪いんですけど。

「アレクシアはきみの執事兼護衛であっているか?」

「はい」

「マガリッジ子爵家は取り潰しになる」

そうでしょうね。

「財産は二年前の賠償金や罰金で全て没収され、その後、どの程度の貯えがあるかはわからないが、それも全て今回の罪で没収になる」

それも、驚くことじゃないわよね。

そんなことより、なんでそれを私に説明するの?

「アレクシアは魔道省を退任する際に爵位を返上していたようだが、再び準男爵に戻し、その上で男爵に陞爵する」

「な! なぜあの娘が!」

床に押さえつけられているというのに、マガリッジ子爵が叫んだ。

「おまえたちが押し付けた仕事や、レオンの護衛をしながら手伝った仕事の功績がいくつもある。ひとつひとつは小さくとも、集めれば男爵にしてもなんら問題がない。それに現当主が無能なせいで領地経営が破綻していて、没収しても他の貴族に褒美として渡せる土地ではなくなっている。領民の生活もかなり厳しいようだ」

だから、アレクシアを男爵にして立て直しをさせようってことね。

でもね、だからなんでそれを私に説明するの?

「クロウリー男爵家の領地はかなり潤っているようだな。税収も増えている」

「……」

ここで私が口を挟んでは駄目だ。

聞かれた時だけ答えて、それ以外は黙って話を聞くのが礼儀だったはず。

それにまずいことを言いたくないから、黙っているしかないわ。

「子爵になるだけでなく、今回もきみたちの協力のおかげでスムーズに事が運んだ」

いつの間にか私たちが協力したことになってる!?

巻き込もうとしないでよって言いたい。でも言えない。

ええええ、どうすんのこれ。

「マガリッジの土地は男爵家には広すぎる。三分の一をクロウリーの土地にしよう」

もしもし、今、褒美として渡せる土地じゃないって言っていませんでした?

「是非ともその手腕で、ついでにアレクシアの領地経営も手伝って税収を増やしてくれ。五年以内に結果を出せたら、更に褒美を与えよう」

これは……アレクシアに領地を残すために考えた策なの?

うちに領地を渡しても、妬まれない言い訳にもなるし?

そうだとしても、私たちを便利に使おうとしているわよね。

「どうだ?」

「……なぜ私に?」

「きみがやると言えば、クロウリーもギルモアもフェネリーも協力するだろう?」

うわーー、そうきたか。

「ふん、あの土地は山ばかりで、平地でも豆くらいしか育たな……」

「黙れ。おまえの発言は許されていない」

「うぐ」

あ、ごんって音がした。

近衛兵が力任せに頭を押さえたせいで、マガリッジ子爵は顎を床にぶつけて呻いた。

「ああ、彼ももう邪魔だから連れていけ。余罪がないか取り調べるように専門家に引き渡せ」

「はっ」

「ま、待ってください。全てお話しします! どうかお許しを!」

引き摺って行かれるマガリッジ子爵は、必死の形相でもがいている。

取り調べの専門家って、そんなやばいのかしら……。

……怖いから考えるのはやめよう。

それより領地の話よ。

山はうちの領地だって多いし林業をやっているから無問題。

豆しか育たないって、豆が育つ土地なら他の作物も育つでしょ。

農業はよくわからないけど、豆だっていろんな種類があるし、充分に商売になるんじゃない?

あー、枝豆が食べたいなあ。

西洋の人は豆が甘いのが苦手って人も多いと聞くから、和菓子が受けるかどうかはわからないけど、お酒のおつまみに枝豆は絶対に人気になるわよ。

彩りも綺麗だからサラダにも使える。

豆とトマトと厚切りハムときゅうりを角切りにして、コブサラダのドレッシングをかけると美味しいのよね。

それとチリコンカーンも食べたいと思っていたのよ。

転生してから一度も食べていないってことは、この国にはまだメキシコ料理はないのかも。

「シェリル」

あ、陛下に質問されていたんだ。

「いろいろ考えていたようだな」

「はい。食べたい豆料理がいくつかあります」

「……そうか。いやそうじゃなくてだな、それはやるという返事と受け取っていいのか?」

やらないという選択肢なんて用意してないくせに。

「陛下、よろしいでしょうか」

のっそりとギルモアの大伯父様が立ち上がった。

「かまわん」

「我らギルモアはアレクシア嬢に大きな借りがあります。この話、ギルモアが責任を持ってお受けいたしましょう」

「ほお、そうか」

あの修羅場でアレクシアが転移魔法を使ったり、ドイルを氷漬けにしたりしたことにそんなに恩義を感じてくれていたんだ。

私にはよくわからないけど、一族の名誉ってきっとこの世界では大事なことなのね。

「シェリル」

横からお父様が小声で声をかけてきた。

「豆がほしいのかい?」

「うーーん。そうですね。枝豆がほしいです」

「枝豆……」

「大豆です」

どこにでもあるそんなものがほしいのかって顔よね。

うんうん。一度食べてみないとこれは説明が難しいかも。

「山にも面白いものがあるといいですね。一緒に旅行に行きたいです」

「それは楽しそうだね」

最近のうちの両親の私への信頼度が、ものすごい高さになっているわね。

この二年間で商会もカルキュールも大儲けで、領地も潤って、職人たちも大喜びだしね。

私が興味を持つ物は金になるって、商人の勘がそう告げるんですって。

「陛下、我がクロウリー男爵家も謹んでお受けいたします」

父が立ち上がり深々と頭を下げたら、国王がそれは満足そうに微笑んだ。

「それはよかった。ではマガリッジに関する話はこれで終わりだ。……さて次は、イアン・ゴールディング魔道省長官の処分を決めなくてはな」

アレクシアの話が終わったなら、私は帰っちゃ駄目かしら。

ああ……まだ謁見が始まってもいないんだった。

って、遠い目をして天井を見上げていたら、ギルモアの大伯父様がひょいっと私を抱えて椅子に座らせてくれた。

「落ちないようにな」

あーーん、こんなに深く座ったら足が浮くのよ。

降りる時にまた苦労するのに。

「魔道省長官に就任してから今日まで、いっさい仕事をしていないのに給金を受け取っていたのは罪に当たる。よって屋敷を含めた財産は全て没収する」

「そんな……」

後ろからだと表情は見えないのが残念。

でもあの情けない声を聞く限り、表情も情けないことになっているんでしょう。

あの人、何歳?

陛下は確かギリ二十代のはずだから、先代の国王が十八で結婚してすぐに子供が出来たとして、四十八くらい?

その弟ならたぶん四十代よね?

……四十代であれ? それはやばいわ。

「父の遺言に弟をたのむなどと書いてなかったら、長官になどしなかったというのに。好きな魔法に関わる仕事なら、まともに働くだろうと期待した私が間違っていたようだ。なぜ月に数えるほどの公務が我慢出来なかった? それさえこなしていれば十分な生活費を国が出したんだぞ」

苛立たしそうに髪をかきあげ魔道省長官を睨みつける陛下は、だいぶ感情的になっているようだ。

先代国王が亡くなって、王弟殿下とふたりで協力して国を守り、うるさい貴族たちの相手をしてきた時に、この人は全く協力しないで読書三昧していたんでしょ?

そりゃ怒るわよ。

「陛下、王族で個人資産を持っていないのは彼だけですよ。先代国王にいただいた資産を魔道書につぎ込んだ人と、まともな会話が出来るとは思えません」

王弟殿下もゴールディング様とは視線を合わせるのも嫌なのか、彼に背を向けたまま話している。

「もちろん魔導書も全て没収だ」

「やめてくれ! 貴重な本ばかりなんだ!」

「貴重な本だからこそ王宮図書館に保管する。必要な者が読めるようにしたほうが本を活用できるだろう。個人の屋敷に積まれたままは惜しい」

「それは……でも……どうしても手放したくない本もあるんだ」

「いい加減にしろ」

この期に及んでもまだ、誰か助けてくれる人はいないかときょろきょろしていた魔道省長官は、陛下の声の変化に気付き、びくっと肩を揺らした。

「まだ自分の立場が理解できないのか。四十過ぎた男が、いつまで甘えたことを言っている気だ。王籍を外れ、仕事もなくなり、爵位も領地もない。今後どうやって生きていくつもりだ?」

「……」

この場にいる全員が、マガリッジに対してより魔道省長官に対して冷ややかだ。

ノブレス・オブリージュという言葉を私だって知っている。

四十になっても現実と向き合えないままで、どうせ許してもらえるだろうという甘えを持ったまま生きてきた彼は、ここにきて今までのつけを払うことになった。

とはいえ、それをなんで私が見物しなくちゃいけないんだろう。

別室で待っていてもよかったはずなのに。

「法務大臣、彼への処罰について意見を聞かせてくれ。本来であれば牢獄か北の塔に監禁するべきであろう?」

「それではゴールディングに同情する声が出るでしょう。今回の場合は王都から追放し、監視下で生活をさせるのがよいのではないでしょうか。もちろん国からはいっさい彼のために予算を割り振ることは出来ません」

「私とレオンが自分の金を出すしかあるまい」

「はい。そのほうが陛下や殿下の評判的にもよろしいでしょう」

そうかな。働かせればいいんじゃないの?

金を出すより、就職先を紹介したらいいのに。

そうじゃないとこの手のタイプは、甘やかしてくれる女を見つけて貢がせるんじゃない?

はっ、いけない。

十歳の純真な少女はそんなことを考えちゃ駄目。