軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オバサンはマスコットじゃないわよ  2

椅子に登ったままで挨拶は出来ないので、急いで椅子から下りてスカートを直す。

王弟殿下もキリンガム公爵も、暇だからって私に注目するのをやめてほしいわ。

あなた方にもきちんとご挨拶はしたでしょう?

視線には気付かない振りをして身だしなみを整えたところで、扉が開いてギルモア侯爵がお供を三人も連れて部屋にはいってきた。

ひいお爺様のすぐ後ろにいる人は、ギルモア侯爵家の事業を担当している人のひとりね。何回か顔を合わせているので憶えているわ。

他のふたりはどういう人なのかしら。

高位貴族はお供を三人以上つけるって決まりでもあるの?

「間に合ったかのう。王弟殿下、突然の申し出にも関わらず同席させていただけて感謝します。老体に鞭を打ち、ここまで来た甲斐がありましたわい」

「まったく。前もって言っておけよ。なんならシェリルと一緒に王宮まで来ればよかったじゃないか」

「おお、そうでしたな」

ギルモア侯爵は王弟殿下の話にはっとした顔をして、すぐに残念そうにそうすればよかったと嘆いた。

なんでこんなに気に入られたのか全くわからないわ。

「キリンガム公爵、ひさしぶりですなあ。このような形で話をする機会がくるとは思いませんでした」

「敬語はいいから、ともかく座ってくれ」

「もうすっかりこの国の重鎮のひとりですなあ」

「わかったわかった。声をかけないで悪かった」

キリンガム公爵家もギルモア侯爵家と同じ中立派で、先代のキリンガム公爵とギルモア侯爵は大変親しかったんですって。

だからキリンガム公爵は幼い頃からギルモア侯爵を知っているのよ。

赤ん坊の時に抱っこしてもらった相手と、こうして会議の席で顔を合わせなくちゃいけないって、ちょっと気の毒よね。

「おはようございます。ギルモア侯爵。わざわざ来ていただいてありがとうございます」

あれ? ちゃんと挨拶したのに口を少しとがらせて不満そうなのはなんで?

「呼び方、拗ねるから」

アレクシアが背後から小声で教えてくれた。

なんでみんなして、そんなに気を使っているのよ。

「ひいお爺様、お仕事の席ではきちんとギルモア侯爵とお呼びしなくては駄目なんですよ」

「そうなのか?」

急に嬉しそうな顔になったし……。

「そうなんです。公私混同はいけません。私の隣の席でいいですか? これから図面や特許の話をしようとしていたところでした。説明はおまかせしたほうがいいですか?」

「何を言う。わしはシェリルが説明するのを見に来たのじゃぞ」

何やっとんじゃい! って部屋中の人がみんな、心の中で突っ込んだと思う。

「では続けますね」

「うむ」

「先ほどお話しした通り、そろばんの生産数を増やすのは無理があります。二週間ほどは職人を確保できていますが、他の仕事が止まってしまっているんです」

今回は普通に椅子に腰かけ、精一杯背筋を伸ばして説明を始めたんだけど、視界の端ににこにこと嬉しそうなひいお爺様が見えてやりにくい。

「それで商会で検討しまして、商業ギルドと商工協会で図面を販売することにしました。値段もあまり高くは設定しません。また、特許は取りますが特許料を設定しません」

「本気か?」

腕を組んで話を聞いていた王弟殿下が、はっとしてこちらを向いた。

「ギルモア侯爵もご承知か?」

特許料をいらないなんて言う商会はまずないから、キリンガム公爵も驚いているわね。

「承知はしているが、わしは商会の仕事には関わってはおらんのですよ。うちのベネディクトとクロウリー男爵を中心に、当然発案者のシェリルも加わって決めたことですわい」

私がひいお爺様と顔を合わせて頷くと、相好を崩して頷き返してきた。

「その代わりといってはなんですが、うちのそろばんは王宮御用達ということにしていただけませんか?」

「差別化か」

さすが王弟殿下は話が早い。

「はい。財務省のみなさんは、そろばんが便利な道具だということをわかってくださっているので、すぐにでも欲しいとおっしゃってくださっていますけど、王宮でそろばんの存在を認知している人はまだ少ないんじゃありませんか? 必要だと考えてくれる人はもっと少ないですよ?」

「……事務官でなければ必要じゃないですね」

赤髪の男性は、もう私に突っかかってはこないで真剣に話を聞いてくれている。

「それに図面が手に入っても、うちのそろばんと同じ物を制作するための道具を持っている職人は、そう多くはないそうです。その間に王宮御用達で保証書付きのそろばんが有名になれば、充分に儲けは出ます。それに」

空間収納から自分のそろばんを取り出してテーブルの中央に置こうとして、届かないのでまた椅子の上に膝立ちになったら、

「シェリル、危ないじゃろう」

ひいお爺様が私に両手を伸ばしながら慌てて立ち上がった。

「大丈夫です。こうしないと手が届かないんです」

「シェリル用に椅子を持って来んか!」

「本当に大丈夫です! 行かなくていいですよ。すぐに終わりますから」

慌ててふたりも飛び出して行きそうになっていたわよ。

過保護をこんなところで発揮しないで。

大人と同じ私の仕事机を見たら、王弟殿下に文句を言いそうで怖いわ。

「しかしのう」

「ひいお爺様、そんなことばっかり言っていると、もう一緒に会議に出席しませんから」

「うううむ」

「心配してくださっているのは嬉しいですけど、特別なことをしないと仕事が出来ないのなら、私は王宮で働くべきではないと思いませんか? 仕事を手伝うのをやめなくては」

「やめんでいいから話を続けろ。椅子は次回までに用意する」

王弟殿下、私はそういう意味で言ったんじゃありませんよ。

用意しなくていいんです。

「やめられては困るんだ。ギルモア侯爵、あまり仕事の邪魔をするとシェリル嬢に嫌われてしまうぞ」

「ふん。心配してくれて嬉しいと言っておったじゃろうが」

へえ。キリンガム公爵は私が辞めると困るんだ。

財務省が好意的なのはありがたいわ。

「話を続けても?」

みんなが頷くのを待って、大きく息を吸い込んだ。

仕事モードが続けにくいったらありゃしない。

「特注品も制作します。色や素材にこだわった特別なそろばんを注文生産するんです。ご覧ください。これは私がお願いして作ってもらったそろばんです」

枠は赤味の強い木材で、五の珠と他の珠の色が微妙に違っている。

枠の四角には補強のために銀色に光る素材が留められていて、それが光の当たる角度でいろんな色を帯びるのが綺麗なのよ。

「……ちょっと貸せ」

横から手が伸びてきて、素早くそろばんを掴んだ。

王弟殿下はなぜかまじまじと 四角(よすみ) の補強部分を見つめた後、そっとテーブルにそろばんを戻し、どさりと椅子に身を沈めた。

「おまえの周りはどれだけ過保護なんだ」

「え?」

「そろばんの補強にワイバーンのうろこを使うやつがあるか!」

「ワイバーン!?」

これが!? なにそれこわい。

ワイバーンなんてこの国に存在するの?

それよりなにより、その素材っておいくら万円よ?

「なんだって!? 武器防具に使われる素材じゃないか」

仕事初日に、キリンガム公爵にクロウリーは変なやつらばかりだと思われてしまったわ。

「私は領地で生まれて、しばらくあちらで過ごしたので、職人さんたちとは赤ん坊の時からのお付き合いがありまして」

私は、なんでもいいから余っている素材で作ってってお願いしたのよ?

まさか箪笥の取っ手や飾りを制作する職人さんが、ワイバーンのうろこなんて持っていると思わないじゃない。

なんでそんな物を使ったのよ。

さすがヒロイン。

オジサマ方とお爺様方に大モテだわ。

恋愛する気はないからいいんだけど、なんとなく納得がいかないわ。

「と、ともかくこういう特注品を制作できます」

「実はそのそろばんで殴ると人を殺せるんじゃないか?」

「やめてください。そろばんを壊したくありません」

王弟殿下はもう呆れを通り越して笑えてきているみたいだ。

「ともかく、少しでも早く庶民がそろばんを使えるようにしたいんです。お金の計算をしたいと考える人は、庶民のほうが圧倒的に数が多いですよね。そうしてそろばんが普及すれば。他国もすぐに興味を持つのではないでしょうか」

そうして便利な道具は世界中に広まっていく。

うちのブランドの名前も一緒に広まっていくわよ。

「あ、忘れていました。ブランド名はカルキュールです」

「それを考えたのはきみか?」

キリンガム公爵に聞かれて、私がにっこりと微笑んだ。

「ブランド名ですか?」

「いろいろと全部だ」

「商会の人達と話し合いをして決定しました。先程もお話しした通り、今後の納期予定の計画をたてるため、改めて打ち合わせの場を設けさせてください」

「これで八歳か」

中身はオバサンだけどね!

「シェリルは事務官の仕事が楽になるように、他にもいろいろと考えておるのですよ」

「ギルモア侯爵、それはまだ話すかどうか迷っているんです」

「ほお。まあたしかに、そこまで我々が口を挟む問題ではないかのう」

「はい。……ただ、営業や接客の人は、事務仕事をする人を小間使いと間違えていることがありませんか? 事務の仕事は地味かもしれないですけど重要な仕事なのに」

「そのとおりです!」

赤髪の男性が力いっぱい頷き、彼らの背後に立っている男性たちも何度も頷いている。

やっぱりどこも同じなのね。

「特に今は改築や新築の建物に中庭の修復が重なっていることもあって、書類や伝票の量が普段の三倍くらいになっているんだ」

「そんなに改築が……」

それでキリンガム公爵も財務省の人達も、早くそろばんがほしいのね。

お疲れみたいだもの。

「しばらく王族は陛下と俺のふたりだけだったからな」

血行にいいお茶を飲みながら、王弟殿下が説明してくれた。

「それが今は陛下が結婚して子供が四人いる。王子たちの宮殿と王女たちの宮殿が必要になったので、しばらく閉鎖していた宮殿を綺麗にして住めるようにしなくちゃいけないのさ」

顔には出さないで頷いてはいたんだけど、王子と王女って違う宮殿で過ごすらしいわよ。

新しく作るのが王妃専用の庭と王女たちの庭。

お茶会を開くための新しい庭園に、王宮で働く人たちが使うための庭も出来るらしい。

総額費用おいくらなのかしら。

そんなにこの国は豊かなの?

庶民思考の私としては、庭なんてひとつあればいいじゃないって思ってしまうわ。

王宮で働く人が使える庭があるのなら、カフェでも開いて有料でお茶を出して工事費を稼いだらどうなの? って余計なお世話だったわね。

公爵家の庭がゴルフ場並みに大きいのだから、王宮なんて自然公園並みなのかも。

アスレチックとグランピング施設でも作ったら儲かるわよー……いけない。すっかり考え方が商人になってきている。

私だってちゃんとわかっているのよ?

国のトップが集う王宮の庭が、大自然放置のままでは他国からどう見られるかって。

王宮は豪勢でなくちゃ困るのよね。