軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それでもオバサンだった  5

おいしそうな匂いが充満する中で、私だけ野菜のサンドイッチを少しずつ齧っているって寂しい。

でも量が食べられそうにないから、ひと口の量を減らして長く持たせるしかないのよ。

かといって、言いつけを破って普通に食べて気持ち悪くなっては困るもの。

「そうだ。ローズマリー様に聞きたかったの」

「何?」

意外とがっつりサンドイッチに齧り付いているわね。

公爵令嬢の上品さはどうしたの。

「この顔ぶれならいいじゃない。公爵令嬢ってほとんど一日中誰かが傍にいるから、令嬢らしさを忘れないようにするのって疲れるのよ。屋敷で出てくるサンドイッチは最初からひと口大に切られているものばかりよ。こんなふうに齧り付けないの」

「王宮もそうだ。ああ、ハンバーガーが食べたい」

「作ればいいじゃないですか」

全員の目がいっせいに私を見た。

もしかして私を除いた四人は、前世で料理をしていなかった?

「そうだ。シェリルの前世はベテラン主婦だ」

「料理が出来るんでしたね」

王弟殿下とレイフが、仕事の合間に料理を作らせようとする未来が見える。

あまり新しい料理を広めるのは駄目なのかしら。

異世界転生物ではお約束の展開だと思うんだけど。

「シェリル、私ね、たこ焼きが食べたいの」

「あれは、タコ焼き機が必要です。それにこの世界の調味料をひととおりチェックしないと、作れるかどうかはわかりません」

「調味料なら世界中から取り寄せるわ」

ローズマリー様って関西圏の生まれなのかしら。

目が真剣そのものよ。

「わかりました。タコ焼き器は私が準備しましょう」

「レイフ、本当に?」

「ええ、その代わりローズマリー様、調味料をお願いします。私はおこわが食べたいのです」

「それは私だって食べたいわ」

転生者のグループが、料理研究家のグループに変わりそうね。

その場合は、全員に料理をマスターしてもらうわよ。

男性でも王族でも、料理しないものは食べるべからずという方針のグループにするから。

「それは調味料が集まってから話し合いましょう。ローズマリー様、面会の日に御者をしてくれたジェフという人はどうしていますか? まさか罰を受けたりはしていませんよね?」

「彼のこともお父様が王弟殿下を嫌う原因になったわよ。王弟殿下ってば平民なのに魔法が使える有能な御者を引き抜くんですもの」

「え?」

振り返った先では、王弟殿下が呑気な顔で次のサンドイッチに齧り付いていた。

お昼どころか朝ご飯も食べていなかったの?

そうだ、思い出した。

友人の家は息子がふたりいて、夫を合わせて三人分の料理の材料を買い込むのに業務スーパーでまとめ買いしているって話を聞いたことがあった。

娘ふたりの我が家と、月に必要な食費の違いに驚いたことがあったわ。

十四歳と十六歳って、成長期で育ち盛りじゃない。これでは料理が足りないかも。

「あれも俺のせいになっているのか? あいつはあの日、シェリルたちと一緒にこの屋敷まで来て、自分が出かける時に本当にこの馬車でいいか確認するか、帰りにもっと早く馬車を玄関に回していれば令嬢を危険な目に合わせなくて済んだはずだと、クロウリー男爵夫妻に謝罪したんだよ」

彼は何も悪くないでしょう。

あの馬車で出かけようって決めたのは私なのよ。

「きみの両親も気にしなくていいと言っていたよ。ドナが彼の活躍を話してくれたしな。駆けてきた勢いのまま手下の男に飛び蹴りを食らわせたんだろう?」

「はい。あ、露店が巻き込まれていたのが見えた気がします」

「ちゃんと修繕費を渡したから心配するな」

「何から何までお世話になりました。おかげで助かりました」

せっかくお礼を言ったのに、嫌な顔をしないでほしいんだけど。

「せめて年齢よりちょっと大人びている程度の話し方にしようか。もっとずっと年配者の話し方になっている時があるぞ」

「あら」

「あらも駄目だ」

むずかしいわね。

もっと具体的に言ってくれないとわからないわ。

「殿下、そんな細かいことばかり言っていると嫌われますよ」

「うっ……」

レイフ様に言われて、王弟殿下はそれ以上は何も言わずに食事の続きに取り掛かった。

「気にすることはありませんよ。あの日、御者の彼は取り調べを受けるために、しばらくこの屋敷にいたんです。男爵家の使用人は平民が多いですよね。公爵家より全体的に庶民的な雰囲気なのが居心地よかったんでしょう。騎士とは仲良くやっていたみたいですけど、公爵家の侍女や侍従は偉そうだったんだそうです」

「それならここで働いてみるかとクロウリー男爵が誘ったんだよ。シェリルが王宮に行くようになれば御者が必要になるし、護衛も出来れば安心だ。シェリルが仕事をしている間に剣の修行も出来る。住み込みで働けると聞いて喜んで、すぐに引っ越してきた」

うちの父が誘ったというよりは王弟殿下がスカウトしたというほうが、話が簡単に進むから、嫌われるのを承知で動いてくれたのかな。

ありがたい。

頑張って働いて恩返ししなくては。

「私のことも話してよ」

アレクシアさんが紅茶を口元に運んだまま、視線だけ王弟殿下のほうに向けて言った。

「自分で言えばいいじゃないか」

「……そうだけど」

王弟殿下では駄目だと思ったのかレイフ様のほうを見たけど、彼はアレクシアさんを見てにっこりと微笑んで、すぐに食事の続きに取り掛かった。

「ほんと性格わるっ!」

仲良しだなあ。

年齢が近いし、転生者だという共通点があるせいで仲間意識が高いのでしょうね。

私も、まだ出会ったばかりで私よりずっと身分の高い方たちばかりなのに、この場の空気がとても居心地がいい。

「なんで自分で話すのが嫌なの? クロウリー男爵にはしっかりと自分で売り込んだんでしょ?」

ローズマリー様にも言われて諦めたのか、アレクシアさんはカップをテーブルに置いて私のほうに体ごと向き直り、膝の上に手を置いて背筋を伸ばした。

「私もクロウリー男爵家で雇っていただくことになりました。家とは縁を切ったので貴族とは言えないかもしれませんが、王弟殿下が身元保証人を探してくださるそうなので、王宮内での警護をさせていただきます」

「ああ、前に話していた住み込みで魔法を教えてくれるのと警護もしてくれるって話ね」

魔道省を辞めちゃうし、爵位を返上したと聞いてどうするのか心配だったけど、ちゃんと再就職先を確保していたのね。

「はい。もうお部屋を用意していただいたので、明日引っ越し予定です」

「敬語はやめて。王弟殿下にタメ口で私に敬語はおかしいわ」

「シェリルさんでもタメ口なんて言葉を使うんですね」

「それは……前世の年齢的に不自然だってこと?」

「いえいえいえいえ、違いますよ」

そんなに慌てなくていいじゃない。

私はオバサンだよってもう言っちゃっているんだから、そんなことで怒らないわよ。

ジェネレーションギャップは職場で毎日のように感じていたから大丈夫。

「私の年代でもタメ口は言うわよ。最新の言葉は知らないけど、テレビを見れば若い人の会話を聞く機会は多いでしょ。でも貴族社会は言葉遣いに厳しいから気をつけないと駄目ね」

「そうですね」

「だから、このメンバーの時は敬語はやめてちょうだい。あと呼び捨てでいいわよ。うちはあまりそういうのは気にしないから」

「じゃあ、私も呼び捨てにして」

「わかったわ」

喜んでくれているアレクシアさんの背後に見えるローズマリー様が寂しそうなのが気になるわ。

王宮に行って王弟殿下やレイフさんと仕事をして、アレクシアさんはうちに住むことになって、ローズマリー様だけが参加できない場面が増えてしまう。

「ローズマリー様、お勉強はどうします? 忙しくなりそうなので週に一回くらいになってしまいますけど、私としては語学の勉強は続けたいです」

「私もよ。でも、どこでやるの?」

「私がワディンガム公爵家へ伺います」

「え?」

食事の手を止めて、全員が私に注目してきた。

「本気で言っているのか?」

「もちろんです」

聞かれたから答えただけなのに、王弟殿下に嫌そうな顔をされた。

「来にくいでしょう? あんなことがあったばっかりで。うちの両親が何か言ってくるかもしれないし、使用人の中にもあなたに不満を持つ人がいるのよ」

「ローズマリー様の侍女や今までお世話になった方々が、もう私には関わりたくないというのであれば諦めます。でもそうじゃないのなら、たいていのことは大丈夫です。伊達に年を取ってはいないんですよ。職場にママ友に旦那の家族、近所づきあい、どこにでも付き合いにくい相手はいるもんです」

「そ……うなんだ。こわいのね」

そんな引かれるほど大変な経験はしたことありませんよ。

私は割とそつなく付き合いが出来たほうだと思っているので。

「真面目で優しい人のほうが、人間関係で傷つくものなんですよ」

「それはわかる。ある程度の距離を置いて、相手を観察できる人間のほうが世渡りはうまいもんだ。レイフみたいなタイプだな」

「私に飛び火しないでください」

確かにレイフ様はそういうタイプっぽい印象だわ。

でも大人って、少なからずそういう付き合い方をするものよ。

そんな中から親しくなれる人が出てきて、気が付いたら距離感なんて気にしなくなっていて、長い付き合いになっているのよ。

「食事はそろそろお済みですか? うちの両親が来る前にこの顔ぶれでしか話せない話はしておきましょう。何かありますか?」

聞いたけど誰も何もないようだ。

転生者の友達が出来て色々話せて嬉しいってローズマリー様が言っていたから、何かあるかなって思ったのよ。

でも確かに、ローズマリー様と前世の話をしたのはワディンガム公爵家にお世話になった最初の日だけだったわ。

「あ、そうだ。ひとつあった。このグループの誓約の紋様のデザインがごつくて嫌」

「私もローズマリーに賛成!」

アレクシアも嫌なのか。

私はまだ確認していないのよ。

「脇腹にあるんでしたっけ」

「脇腹というか、腰骨のあたり? ハイレグの水着を着たら見えちゃうあたり」

「この世界にハイレグの水着なんてないんだからいいだろう」

「場所は文句をいっていないじゃない。デザインが嫌なのよ」

そんなにローズマリー様が嫌がるなんてどんなデザインなんだろう。気になる。

「そんなに嫌ですかね。魔法陣のような絵柄ですよ。複雑で説明はしにくいなあ」

「なるほど。誓約の紋様としてはふさわしい気がしますね」

「そうでしょう。私も王弟殿下も気に入っているのに、そちらのお嬢さんたちは嫌だっていうんですよ」

じゃあ、どういうのがいいんだろう?

「猫とか……蝶とか」

「この間のお兄様とコーニリアスとシェリルで誓約した時の紋様は好きよ」

デザインタトゥーの感覚なのかな?

ワンポイントになるような小さくて可愛いデザインがいいのね。

「私はべつにどちらでも」

「えー、いずれ結婚した時に旦那さんに見られて恥ずかしい紋様は嫌でしょう?」

「見るからに重要な誓約ですって感じがこわいのよ」

なるほど。人それぞれに理由があるのね。

私は、目立つ場所になければなんでもいいわ。