軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それでもオバサンだった  2

バタバタと廊下の向こうから複数の足音が近づいてきた。

侍女がときおり駆け足になるくらいの早さで、ワディンガム公爵様は私の部屋にやってきたらしい。

「少しお待ちください。お嬢様に……」

「あら、お父様もいらしたの? 偶然ね」

侍女が扉を開くより早く、ローズマリー様が扉を開けて戸口の中央に立った。

いったいローズマリー様は、何をあんなに怒っているんだろう。

私がさらわれかけたことも理由のひとつではあるんだろうけど、それだけではあそこまで苛立ったりはしないのでは?

「……きみもいたのか。シェリル嬢は起きているのかい? 心配だから見舞いに来たんだよ」

「あらお見舞いだったの? だったらシェリルの気持ちを考えて、執事は連れてくるべきではなかったんじゃない?」

「謝罪をしたいと彼が言うからね」

「来てもいいか尋ねもしないで、図々しく押しかけて謝罪? 私とお父様とでは謝罪の意味が違うようですわ」

こらこらこら、最初からそんな喧嘩腰で話すなんてどうしたの?

言われたとおりにベッドにいるけど落ち着かなくて、手を前について身を乗り出して、少しでも会話が聞こえるように耳を澄ませた。

表情は見えないけど、ワディンガム公爵が苛立っているのがわかるわ。

「ロージー、私はシェリル嬢と話がしたいんだ。そこを退いてくれ」

ローズマリー様の横から室内にはいろうとしたワディンガム公爵の前に、今度はアレクシアさんが立ち塞がった。

「お帰りください。王弟殿下より、シェリル様が完治するまで、見舞いも謝罪も受ける必要はない。無理強いする者がいたら強制排除してもかまわないと命じられております」

どういうこと?

謝罪って、ワディンガム公爵家を名指しと同じでしょ。

「きみはうちの屋敷で魔法を使用した子だね。きみのほうこそ謝罪に来るべきではないのかい?」

ワディンガム公爵の冷ややかな声にぞっとして、そっと床に足をついた。

ベッドに隠れている場合じゃない。貴族の中で最も力がある大貴族と言われているワディンガム公爵の当主を、怒らせるのはまずいわ。

「謝罪は改めて王弟殿下と共に、そちらのお屋敷にお伺いする予定でおります。その前に、問題を起こしたことへのけじめをつけ、報告できるようにするべきと考えました」

「ほお?」

アレクシアさんはしっかりと公爵のほうを見て、一歩も譲らずに話している。

「魔道省に辞職願を提出し受理されました。王弟殿下の元で働くのも、今回の任務が最後になります。それに伴い準男爵の爵位も返上しました」

なんですって?

あの時は睡眠不足とストレスで、まともに頭が働いていなかったのよ?

だからって決まりを守れないのは問題で、そんな言い訳は通用しないのかもしれないけど、いくらなんでも処罰が重すぎるわよ。

「なるほど。しっかりと責任を取るということか」

「はい」

「私もまた、責任を取るために謝罪に来たんだがな」

「謝罪の押しつけは、被害者にとっては苦痛でしかありませんわ。お父様も謝罪に来る前に、執事を処罰するべきではありませんか?」

こんなにもジョシュア様にいてほしいと思う時が来るとは思わなかったわ。

ローズマリー様を止めなくては。

「今ここでお父様が謝罪をしたら、シェリルには許す以外の選択肢がありません。それをわかっていて押し掛けたんですよね? 余計に王弟殿下と国王陛下を怒らせるだけですわよ」

「……ロージー、きみは気に入った人間のことを大事にするあまりに、自分がどういう立場の人間なのかを忘れてしまうようだ」

「そんなことはありませんわ。私はワディンガム公爵家の娘だからこそ、今回のお粗末な対応に怒っておりますの。王弟殿下の指示を受けていたのに、それにシェリルが私の大切な友人だと知っておきながら、守れなかったのは誰のせいなんですか?」

「だから謝罪に来ているのだろう。きみが王弟殿下とどうして親しくなったのかは知らないが、ずいぶんと信頼しているようだね。家族より王弟殿下を優先するくらいに」

「あら、友人が心配で泣いて部屋に籠っていた私に、子供みたいなみっともないことはするな。友達ならまた連れてきてやると言うような方が家族ですか?」

うわ、なんてことを言うの。

友人がさらわれそうになるって、かなりの衝撃でしょう?

それに八歳のローズマリー様に子供みたいなことをするなって、子供よ?

ふとアレクシアさんと目が合ったら、彼女が眉を寄せて頷いた。

母親は私とローズマリー様を比べて、私が王族に気に入られるような優れた子だからと避けるようになって、父親は王弟殿下に思うところがあるからか、私のために泣いていたローズマリー様を慰めるどころか叱責した。

八歳だから子供らしくという考えがそもそも間違えていたのね。

高位貴族は、子供らしい子供なんて求めていないんだわ。

周囲から褒められるような、物わかりがよく礼儀作法を完ぺきにこなす大人な言動の子供のほうがいいのよ。

ジョシュア様はまさに理想なんだわ。

そして中身がオバサンの私も。

「お父様、今日は帰ってください。シェリルのおかげで私は変われたんです。それはお父様もお母様もわかっていたでしょう? それなのに王弟殿下と初めて面会するという大切な日に、この執事は命じられた案内を怠った。相手が男爵家の人間だからです」

ローズマリー様はびしっと執事を指さした。

「この男は前からそう。顔に出していないつもりでも身分だけで相手を判断するの。コーニリアスに対しても、いつも慇懃無礼な態度だったわ。それでお兄様に、そろそろ引退したらどうかと勧められたでしょう?」

ジョシュア様、まじですごいわね。

でもこれって大丈夫?

彼が成人して王宮で実力を認められて、ワディンガム公爵よりも陛下に重用されるようになったら、親子間の関係が悪くなったりしない?

「もういい。きみの話は帰ってから聞く。他人のいる前でそんな愚かな態度を取るとは」

「国王陛下に会議中にみんなの前で怒られたんですってね!」

ローズマリー様?

「それで慌てたんでしょう? まさか陛下が天才とは言っても男爵令嬢を本気で気にするわけがないって……」

大声で叫んでいるローズマリー様に背後から抱き着いた。

「駄目です。それ以上は駄目ですよ」

「シェリル?」

「深呼吸してください。怒りに呑まれて、相手を傷つけるためだけの言葉をぶつけてはいけません。後であなたが悔やむことになります」

ぎゅっとローズマリー様のお腹に手を回したまま、顔をあげてワディンガム公爵と視線を合わせた。

ローズマリー様がこんなに傷ついていても、この人は私に謝罪という脅しをかけて国王陛下の機嫌を取ろうとするんだろうか。

「……意外と元気そうだね」

「おかげさまで本日より起きられるようになりました。ローズマリー様は高熱で苦しんでいる私の見舞いに来て、精神的に大きな不安を感じられたんだと思います」

「死んじゃうかと……守れなかったせいで……」

抱き着いてきたローズマリー様をしっかりと抱きしめ返した。

子供じゃなくたって、友人を失うかもしれないという場面に遭遇したら恐怖や不安を感じるわよ。

そういう時こそ、家族に傍にいてもらいたいものだ。

「大丈夫です。もうこんなに元気になりました」

「うん」

「心配してくださってありがとうございます」

「私も心配したんだよ。今回のことは……」

「いったいこれはなんの騒ぎだ」

すっかり聞き慣れた王弟殿下の声が聞こえてきて、ほっとして座り込みそうになったわ。

アレクシアさんが警護のために私の部屋に来るくらいですもの。外にも誰か配置していて、ワディンガム公爵が来たという知らせは届いているかもしれないと期待はしていた。

こんなに早く到着したということは、もしかするとワディンガム公爵家も見張っていたかもしれないわ。

「ワディンガム、これはいったいどういうことだ?」

「……シェリル嬢に謝罪に伺っただけですよ」

「高熱で寝込んで、ようやく目を覚ました日に押し掛けてきて謝罪? 公爵ともなるとずいぶんと厚かましくなるものだな」

私の頭上で睨み合うもんだから、火花が落ちてきて髪が燃えそうよ。

「自分から謝罪に来ただけましか。俺への謝罪は兄上に言われるまでしなかったからな。最初から俺はシェリルのことは兄上も承知の話で、彼女のことを注目していると説明したというのに」

会議中に国王陛下に叱責されたとローズマリー様も言っていたわね。

そのうえ王弟殿下に謝罪も求められたの?

大勢の貴族がいる中で?

「今後はシェリルの件から外されたはずだ。それなのにこうして押し掛けるというのはどういうことだ?」

外されたということは、今後は私の後ろ盾ではなくなるということよね?

「シェリルは王宮で働くことが決定した。もちろん国王陛下も承諾している」

「まだ八歳なのにですか? なんでそんなにこの子供だけ特別扱いなさるのです」

「シェリルは五日間もワディンガム公爵家にいたんだ。話をすればわかるだろう? ジョシュアもローズマリーもそれを理解しているから、シェリルと親しくなったんだろう」

公爵夫妻とはほとんど話をしていないんだよなあ。

それに八歳らしさにこだわりのあった私は、割とかわいい子供だったと自負しているのよ。

本人的にはね。

周囲の意見はべつにして。

「そうか。理解できなかったか」

王弟殿下も嫌味たっぷりね。

せめてもう少しこの場を収める方向に持っていってくれないかしら。

私はいいけど、うちの両親はワディンガム公爵家の一族の一員なので、今後もお付き合いというものがあるのよ。

と思ってローズマリー様の肩越しに王弟殿下の背後を見たら、レイフ様とお母様が並んで立っていて、その後ろにうちの使用人と近衛の騎士がふたりも控えていた。

この構図はどう見てもワディンガム公爵と執事対他全員です。

お母様が冷ややかな表情でワディンガム公爵を見ているということは、うちは公爵家と疎遠になっても大丈夫なのかも。王弟殿下がいてくれるしね。

娘を危険に晒された上にこの態度では、怒るのは当然だよね。

怒ってくれたほうが私としても嬉しい。

だから問題は、ローズマリー様よ。

このまま家に帰っても大丈夫?

今日の様子もワディンガム公爵にしてみたら子供じみた態度だってことにならない?

それに父親の味方をするべきだと公爵は思っていそうなのに、非難してしまったでしょ。

「ワディンガム、今日はこれで帰れ」

王弟殿下の命令にワディンガム公爵はピクリと眉を震わせた。