軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アードモアの転生者たち  3

心の片隅にやり切れない思いを残したまま転生者たちとの会合が終わり、二か月が過ぎた頃、殿下からマガリッジの屋敷に集まるようにと連絡がきた。

平穏な毎日が戻り、勉強ばかりしている私を両親は心配していたので、アレクシアの家に遊びに行ってくると言うとむしろ喜んで送り出してくれた。

アレクシアに迎えに来てもらって、いつものようにイーデン・ダウニング子爵令息の屋敷と表向きはなっている王弟殿下の別邸に転移で向かう。

イーデン様は村の事業に出費して、ときおりふらっと村に来て屋台で買い物をしては村人たちと話をしていたそうで、いつの間にか村人たちから慕われる存在になっていた。

やるなあ。

レイフ様とアレクシアが婚約したことはもう誰もが知っているから、レイフ様の友人のイーデン様も村人たちにとってぐっと親しみやすい存在になっているんでしょうね。

そうじゃなかったらどう見ても怪しいわよ。

あの顔は子爵家の人間の顔じゃないって。

額に『王』っていう字が刻まれていそうな顔なんだから。

「やあ、ひさしぶり」

村の広場を見下ろせるいつもの部屋に、すでにバルナモアの転生者仲間は全員集まっていて、さらに今日は珍しい人がふたりも来ていた。

パーシヴァルさんとホリーだ。

ざっと室内を見渡した感じ、私が最後のひとりだったみたい。

未だに転移魔法を使わないのは私だけなので、アレクシアが迎えに来てくれた分、私たちは遅くなってしまったのね。

なんでまだ転移魔法を使わないのかって?

だってこれ以上いろいろできるってバレたら大変そうじゃない。

光魔法が使えるかもしれないと思われていた時の、保護者の方達の期待のまなざしを私は覚えているわよ。

口には出さなかったけど、私が光魔法を使ってまた何か新しいことを考えるんじゃないかってわくわくしてた。

さすがにこれ以上は目立っては駄目よ。

少なくとも学園を卒業して、正式に王宮で働くようになるまでは絶対に駄目。

「ヘンリエッタのその後を、きみたちに報告しておこうと思って来たんだ。それとこれ」

パーシヴァルさんがテーブルに紙袋を置いた。

「米を持ってきたから、炊き込みご飯を作ってみんなに配ってほしいな。おにぎりでもいいよ」

新米が育つまで待てなかったんかい!

手から手へと渡されて私の元に来た紙袋の中には、炊き込みご飯とおにぎりの両方を他国の人達も含めてひとつずつは渡せる量の米が入っていた。

そんなに日本食がいいのかしら。

というか食欲があり過ぎでしょう。

今だってテーブルには屋台で買ってきた食べ物がずらりと並んでいるのよ。

打ち合わせをする雰囲気じゃないわよ。

「いいですけど、これから作るとなると時間がかかりますよ」

「ああ、話はすぐに終わるからその後でいいよ。料理を食べているうちに出来るだろう?」

言いながらパーシヴァルさんはポテトを口に運び、少しだけ眉を寄せた。

「屋台で買った料理は香辛料が強めだな。シェリルのポテトのほうがいい」

「だろう? 俺も和風のほうが好きなんだ」

「いいから話を始めなさいよ」

ローズマリー様に怒られているパーシヴァルさんと殿下を見ていると、肩から力が抜けていくわ。

ヘンリエッタの話だと聞いて緊張してたのよ。

でも深刻な話じゃないわよね?

ちょうどお昼時なので、開けたままの窓から賑やかな広場の音が風向きによって届いてくるのと、室内の灯りをつけなくてもぽかぽかの暖かな日差しのおかげで明るいこんなのどかな雰囲気の中で、悲しい話はやめてほしい。

食欲が失せて、テーブルに並べられた料理が無駄になるわよ。

「結果から言うと記憶は消していない」

消していない!?

ということは、ヘンリエッタがパーシヴァルさんを説得して、猶予の一週間で彼女はもう大丈夫だって納得させたってことよね。

すごいじゃない。

「どういうことだ」

「待てレオン、文句は話を全部聞いてからにしてくれ。きみたちもだ。あとで質問があれば答える」

あれ? 感心しているのは私だけ?

大きなテーブルの周囲にぐるりと座り、和やかな表情で雑談していた仲間たちの表情が一瞬で険しくなっていた。

特にヘンリエッタに長い間迷惑をかけられていた殿下とレイフ様とアレクシアは、パーシヴァルさんの決定に納得がいかないみたい。

前回の集まりに出席しなかったノアとクリスタルにも、何があったのか報告はしてあるから、パーシヴァルさんの話を聞いて怪訝そうな顔をしていた。

ローズマリー様はテーブルに肘をついて、仲間の反応を観察しているみたい。

ほとんどヘンリエッタとの接点がなかったしね。

私は……どうだろう。

ほっとしたような……でも殿下たちが怒る気持ちもわかるから不安もあって、複雑な気分だわ。

「前回の集まりの後、ヘンリエッタを王宮まで送り届けただろう? 彼女は黙り込んだままで、ずっと俯いて考えこんでいた。だから特に話をしないで帰ったんで、これから話すのは神に聞いた話なんだ」

全員が話を最後まで聞く態勢に入ったので、パーシヴァルさんも静かな声で淡々と話しているから、外の音楽が先程までよりもしっかりと聞こえてくる。

流れているのはケルト風の音楽だ。

ゲームってずっとバックミュージックが流れているじゃない?

それが影響しているのかしら。

それとも、私はゲームもケルト音楽も詳しくないから、ちょっと似ているだけなのにそう思っているだけなのかしら。

「翌日からヘンリエッタは別人のように静かになったんだ。そして国王にずっと頭が痛いし眩暈もする。体調に問題があるようなので王家の保養所で休みたいと願い出て、王都を離れて生活を始めた」

「二回も突然倒れているのなら国王も信じるだろうな」

背もたれに寄りかかって腕を組んだ殿下が、ひとりごとのような小さな声で言った。

「そうだな。それに光魔法を使って薬草を育てたり、新薬の開発をしたいと話したようだ。国王にとってもそれは悪い話ではないからな」

うーーん。気になることはあるけど、質問は後でって話だったわね。

国王って、本当にヘンリエッタを愛しているのかしら。

王族としては、親の愛情より国のためになるかどうかのほうが重要なの?

「あそこで懐かしい料理を食べた時に、ヘンリエッタは忘れていた前世の記憶を思い出したんだそうだ。それまでは楽しい記憶だけしか思い出していなかったようで、彼女の中では前世の世界が理想郷のように感じられていたんだ」

パーシヴァルさんの話は、なかなかに複雑な気持ちにさせられる内容だった。

前世では推し活にいそしみ、仕事を頑張り、友人と楽しく自由に過ごしていた記憶ばかりが残っていたヘンリエッタは、王女の窮屈な毎日が嫌でたまらなかったらしい。

音楽もね、好きな時に好みの歌を聞けないしね。

一日の中のほんの数時間、ゲームや物語の中で触れるだけだからこそファンタジーの世界を夢見るんであって、そこで生活するとなったら話は全く変わってくる。

この世界が現実になった今、ヘンリエッタにとっては前世の世界がファンタジーになってしまった。

でも懐かしい料理を食べて欠けていた記憶が蘇ってみたら、前世の世界だってたいしていい事ばかりではなかったと気付いてしまったんだそうだ。

アラサーだったから両親は早く結婚しろとうるさかったし、推し活にばかりお金を使うより貯金をしろと、顔を合わせるたびに注意してきた。

家には少ししかお金を入れてなかったそうだけど、全国ツアーをする推しを追いかけるにはかなりのお金がかかるじゃない?

宿泊費も食費もあるし、ライブのチケットってけっこうするらしいのよ。

それに推しに会うのだからとおしゃれをして、グッズも買いまくる。

それだけでもかなりの出費だけど、お金を使うのはそれだけじゃないわ。

仕事帰りに飲みにも行くし、友人とも出かけるでしょ?

貯金なんて全くしないで、全部使いきっていたんですって。

だから仕事がきつくても今の仕事をやめるわけにはいかなくて、毎朝ラッシュの電車に乗って、痴漢に遭遇したこともあったけど我慢して、つまらない毎日の繰り返しに耐えていたんだそうだ。

その反動もあってライブで騒いで、お金を使っての繰り返し。

「それでもいつかきっと素敵な人に出会って恋をして、こんな生活から連れ出してもらえるから大丈夫だと自分を納得させていたんだ。だから神の喧嘩に巻き込まれた時、ようやく願っていた瞬間がやってきたと思ったんだな。好きでやっていたゲームの影響を受けた世界で、ゲームのキャラのひとりになれる。しかも女性は自分だけという状況に、内心うきうきしていたと言っていたよ」

あら? 殿下の初対面の印象では、ヘンリエッタは男性陣にまったく興味がなさそうだったのよね。

本当にあの人は女性相手だとポンコツになるときがあるんだから。

やっぱり話は両方から聞かないと駄目だ。

ヘンリエッタって、あれだわ。だいぶ前に話題になっていたじゃない。

たしかシンデレラシンドロームって言ったような……。

白馬に乗った王子様が現れて幸せにしてくれるんだって考えて、自分からは動こうとしない女性を示す言葉よね。

「だが、五人がバラバラになると聞いてがっかりして、バルナモアには行けないようだからアードモアで王女になることにしたんだそうだ。王女なら素敵な王子と恋をして結婚して、幸せになれるんじゃないかと考えたようだ」

でも実際は思っていたのとはまるで違う方向に進んでしまった。

みんな転生してそれぞれの国で生きていくのに必死で、誰もヘンリエッタに興味を示さない。

女の子が困っているのに助けてくれない。

周りの人間は、何かというと王女らしくしろと注文を付けてきて、侍女が一日中近くにいてひとりでゆっくりすることもできない。

「前世の世界は理想郷ではなかった。この世界もつまらない。気付いたら転生者仲間は親しくなっていて、自分だけが取り残された。それでもうどうでもよくなって絶望して、転生者の誰とも関わらずに静かな場所で、好きなことだけをして暮らしたいと思った時に、前世に小説で読んだ薬師になろうと考えついたんだそうだ」

「安易だな」

「そうなんだよなあ。でも王女だからさ、畑仕事は村人を雇って、薬の調合は専門家にたのんで、彼女は魔法を使ってやりたいことだけやればいいから、今のところは楽しくやっているようだよ」

結局彼女は自分だけの箱庭を作り、自分のために動いてくれる人に囲まれて生きることを選んだのね。

ゲームの中では自由を望んでいたヘンリエッタが、自分から狭い世界に閉じ籠るなんて皮肉だわ。

「本当に大丈夫なのか? また急に気が変わって何かやらかすんじゃないか?」

「レオンは心配性だなあ。その時は記憶を消すだけだよ。彼女には監視をつけてあるし、そもそも神が見ている」

「それはまあそうなんだが……」

「今までは職場で男性にも負けずに活躍していた前世の強気な性格と、周りに監視されている王女の生活が嫌で嫌でたまらない子供の思考が、融合してあの性格になっていたと神が言っていた。それが全ての記憶を思い出して、どこにも自分の望む世界はないと知って、落胆と絶望が大きかったんだろうな。子供の性格が消えて、他人と関わることに疲れた大人の思考だけが残ったようだ」

「多重人格みたいですね」

「そうだな。シェリルのいうこともあながち間違ってはいない。人間は誰でもいろんな顔を使い分けている。仕事中と家族や恋人といる時では、まるで違う顔をする。前世のヘンリエッタは転生と聞いて、ようやく自分はあの毎日から解放されて幸せになれると信じて、過去の嫌な記憶を封印してしまったんだな」

転生して王女になって、今度は幸せになれると考えた前世のヘンリエッタ。

いい思い出ばかりで、この世界にはない物がたくさんある前世の日本を夢見た子供のヘンリエッタ。

ふたりとも自分の思い描いていた世界はどこにもないと絶望して、自分の小さな世界を作ることにしたのね。

「あの、もう質問していいですか?」

身を乗り出して聞いたら、パーシヴァルさんが笑顔で頷いてくれた。

「ヘンリエッタは二回も急に倒れて原因はわからなかったんですよね?」

「誓約を破ったせいだからね」

「それでも国王はバルナモアに留学させる気だった?」

「留学させて、そのまま他国に嫁がせようと考えたみたいだよ。国内で彼女の評判が落ちると王家全体のイメージが悪くなるからね。遠い異国で彼女がその後どうなっても、それは相手の国で何かあったんだろうって片付ける気だったんじゃないかな」

……自分の子供を?

他国に追いやって、そこでどうにでもなれって?