軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

見た目は幼女、中身はオバサン  1

それは八歳になったばかりのある夏の日、異世界転生の話によくあるパターンの通り、私も突然前世の記憶を思い出した。

「お嬢様? お嬢様?!」

「奥様、大変です! お嬢様が階段で転んでしまって……」

落ち着いて。そんな大騒ぎするほどのことじゃないのよ。

階段を急いで登っていたらつまずいて、前のめりに倒れて段差におでこをぶつけただけなの。

で、その衝撃で前世の記憶を思い出してしまったのね。

「そこは危険だわ。こちらへお連れして」

「お嬢様、失礼します」

階段に手をついて四つん這いになって、俯いて動かなくなった私を侍女たちが心配してくれているのはわかるんだけど、でも少しだけ待って。異質な世界の風景や情報が一気に蘇って、頭の中がぐちゃぐちゃで動けない。

あの風景は確か日本という国で、私はそこで暮らしていたの。

頭が痛い。情報量が多すぎて眩暈がする。

もしかしてこれって異世界転生? ネット小説でよくあるやつでしょう?

娘にお勧めされてはまって、いろんな小説を読んだからよく知っているわ。

つまり……私は死んだのね。

癌だったから死ぬのはわかっていたけど……そう……死んだの。

あの最低野郎のせいで無駄に時間を費やして、ようやくこれから自由気ままな生活を楽しもうと思っていたのに。

くそう!

「シェリル?!」

いけない。両親が駆けつけてきたわ。

八歳の純真無垢な少女が、歯を食いしばってくそうなんて言っちゃ駄目。

「まあ、泣いているの? そんなに痛かったの?」

え? 私、泣いていたの?

本当だ。ぼろぼろ涙が出ている。

これは死んだ悲しさの涙じゃなくて、悔しさと怒りの涙ね。

「……痛かった」

本当はそこまでは痛くなかった。

無駄にお金があるせいで、階段の角も他と同様お高い絨毯で覆われているから、おでこへのダメージはそれほどでもなかった。

「大丈夫なのかい? 怪我は?」

うーーん、どうなのかしら。

おでこを触っても陥没していないし、血も出ていない。

「……わからない」

でも甘えたい。

抱きしめてほしい。

「あなた、医者を呼んだほうがいいのではなくて?」

「お母様、大丈夫よ。そんな痛くはないの。おでこをぶつけただけ」

さっきのは八歳の女の子の感情だ。

前世の記憶があっても今の私は子供だから、親に甘えたいと思うのは当たり前よ。

まだ前世と現世の記憶が融合しきれていなくて、記憶量の多い前世の性格や思考が八歳の子を飲み込んでしまったみたい。

それは駄目よ。

これは前世の私であって、今はもう違う人生を生きているんだもの。

今の私は八歳の幼女なのだから、子供らしい感情を優先させなくちゃ。

前世の私がまだ二十代や三十代だったら、恥ずかしさが先に立って甘えられないかもしれないけど、もう格好つける年じゃなかったし、親は頼ってほしいものよ。

素直に甘えちゃったほうが安心するわ。

「ああ、本当だ。少し赤くなっている。傷は出来ていないようだが、こうしてさわると痛いかい?」

腫れているか確認するために、お父様がおでこにそっと触れてきた。

もう痛みは全くないのよ。

絨毯の厚さと毛足の長さを見てよ。体育で使うマットレスに倒れ込むより、よっぽどダメージが少ないわ。

「痛くない」

「ああ、よかった」

お母様に抱きしめられた安心感で少しだけ落ち着いた。

いつの間にか椅子に座っているということは、侍女たちがここまで運んでくれたのね。

「ねえあなた、今日のパーティーの参加は見合わせたほうがいいんじゃないかしら」

「確かに心配だが、公爵様はお忙しい方だ。今日を逃したら、次に会えるのはだいぶ先になってしまうんだよ」

ああ、思い出した。

今日はうちの本家に当たるワディンガム公爵家の御令嬢、ローズマリー様のお誕生日会に出席しなくてはいけないんだった。

「平気よ。ローズマリー様に会わなくちゃ」

「無理をさせてすまない。あの男はうちが男爵家だからと軽く見ているんだろう。でも身分が上だからって、あの変態親父にシェリルを渡す気なんてないから心配はいらないよ」

変態親父?

ああああああああ! そうだ、そうだわ。

なんと私は今、ポロック伯爵という三十過ぎの男に求婚されているの。

三十過ぎよ? お父様より年上よ? ないわーーーー!!

八歳の少女に結婚を申し込んで、伯爵家で礼儀作法を学ばせたいからすぐに引き取るって、どう考えても変態です。おまわりさーーん!!

でも残念だけど、この世界におまわりさんはいない。

金銭的な援助をしてもらう代わりに、金持ちの上位貴族に娘を嫁がせることなんてあたりまえのことよ。

年の差?

それで家が潰れないで済むのなら、親の言う通りに結婚するのが貴族の娘の義務なのよ。

ただし、うちはお金に困っていないし、両親だってこんな結婚は望んでいない。

でもポロック伯爵は、この国の重鎮のひとりと言われているバークリー侯爵家の名前まで出して、逆らうならこの国で商売が続けられなくするって脅してきたんですって。

両親がそんなことまで子供に話すわけがないから、侍女の噂話の寄せ集めからの推測なんだけど、私の理解力を考えるとかなり正確な話だと思うのよ。

今回ばかりはワディンガム公爵に動いてもらわないと、たぶん私の人生は最悪なことになってしまう。

「今、いろいろと手を回しているからね、あの家が没落するのはもうすぐだよ」

経済力と商人としての人脈の広さで何かしているのかな。

それは犯罪行為ではないのよね?

出かける準備をするために両親と別れ、ふたりの侍女に挟まれて手を繋いで廊下を歩いていく。

少しでも時間があったら記憶を整理しなくちゃ。

幸いなことにお父様とワディンガム公爵は学園で共に学んだ友人でもあるのよね。

それでお父様が助力を求めて事情を説明し、問題が片付く間、私は礼儀作法を学びがてらローズマリー様の話し相手として、しばらく公爵家に避難することになったの。

それで今日のパーティーの席でローズマリー様にご挨拶することになっているから、絶対に出席しなくちゃいけないのよ。

もしローズマリー様に嫌われた場合は、彼女と顔を合わせないように気をつけながら侍女としてお世話になることになってしまう。

侍女は別にいいんだけど、出来れば仲良くしたいじゃない?

問題は前世の記憶を思い出したばかりの私が、八歳の御令嬢と仲良く出来るかどうかよね。

ハードルが高すぎなのよ。

「じゃあさっそく出かけましょうか」

え? これからすぐ?

まだ記憶がごっちゃまぜで、おかしなことを口走りそうなんですけど。

「遅刻するわけにはいかないからね。歩けるかい?」

「はい。大丈夫です」

駄目ですとは言えない。

よりによって出かける前に記憶を取り戻すって、タイミングが悪すぎる。

馬車の中で、少しは考える時間があるかしら。

「髪が少し乱れているわね」

「お直ししますね」

お母様の指摘にすぐに侍女たちが動き出し、髪とドレスを整えてくれた。

鏡がないので自分の顔はわからないけど、両親が西洋風の白人に近い美形カップルなので、たぶん私もそっち系統の顔をしているんだろう。

髪の色はミルクティーベージュっていう色ね。娘の見ていたファッション雑誌で見たことがある。

金色や銀色の髪に比べると地味だと私は感じるんだけど、若い子には人気の髪色のひとつだと聞いたわ。

そして着ているドレスが問題よ。

ここが現代じゃないというのは、八歳児の記憶でわかってはいるのよ。

たぶん異世界転生ってやつなんじゃないかなと、期待半分で思っているの。

でもドレスが微妙に現代日本でも通用するデザインなのよ。

上半身は体にフィットしていて白いレースと小さなリボンがついている。

スカートは膝下五センチくらいで、ボリュームアップパニエのひらひらがふわりと膨らんだ裾から見えていた。

ボンボンのついたソックスに赤い靴。

いかにもおしゃまな女の子が好きそうなデザインだけど、膝丈。ここがポイントよ。

私が娘に教えてもらって読んでいたネットの小説や漫画では、中世ヨーロッパ風のドレスを着ている設定が多かったのに、ピアノの発表会や結婚式でなら着てもおかしくないドレスだわ。

だけど私の服とは違ってお父様の服装は、私のイメージしている異世界貴族の服装そのままだった。

リボンタイのついたブラウスに刺繍の入った派手なベスト。上着とスラックスは揃えてあつらえた物だろう。襟元につけた金色のチェーンには、小さな宝石がついている。

お母様のほうは昼間なので肌の露出が控えめなワンピースだ。

スカートの長さは膝下までで、足首までの長さがあるシースルーの上着を羽織っている。

やっぱりコルセットはつけていないみたいね。

日本ではなかなか着る機会がなさそうだけど、レッドカーペットを歩くハリウッド女優が同じようなドレスを着ているのを見たことがあるわ。

……異世界なのに、なんで日本での生活で見覚えのある物がたくさんあるんだろう。

服だけじゃなくて食事も、洋風がメインだけど馴染みのある味付けだったような気がするわ。

「シェリル」

いけない。

あまり考えこんでいると、また心配させてしまうわ。

「とってもかわいいわ。リボンが素敵よ」

「本当だ。僕の可愛いお姫様は世界一だね」

じんわりと胸が温かくなってくる。

両親が私を見て表情を綻ばせて嬉しそうにしてくれると、愛されているって感じられる。

「お父様とお母様も素敵です」

「あら、ありがとう」

両親が笑顔になったので、ほっと胸を撫でおろしつつ一緒に歩き出した。

私がいたのは階段下のホールだったから、玄関はすぐ目の前よ。

両開きの大きな扉を開けて、執事や従者、侍女が見送りのために待っている。

外には渋いマホガニー色に金色の装飾のついた馬車が停まっていた。

……でも馬がいない。

馬車の横に立っているのは御者みたいだから、馬は必要なのよね?

「今日はきみが馬を作ってみるかい?」

は? 突然何? 馬を……作る?

え? 何を言ってるの?

いや落ち着こう。思い出さなくちゃ。

「シェリル?」

「あの……緊張しちゃって」

「そうねえ、お茶会は初めてだもの。しかたないわ」

「じゃあ僕がやろう」

お父様が停まっている馬車の前に手を伸ばすと、淡い緑色に光る半透明の馬が二頭出現した。

魔法だ!

うわあ、テンション上がってきたー!

「素敵」

「そうだろう? 僕もなかなかやるだろう?」

「はい! かっこいい!」

これぞファンタジーよ。

女性の服装が前世とあまり変わらないから不安になっていたけど、ここはこういう世界なのね。

魔法のおかげで文明が発展したら、女性だって動きやすい服を着たくなって当たり前。

コルセットをつけなくてすんでラッキーじゃない。

でもこの馬……日本のキャラクターみたいじゃない?

子供用のアニメに出てきそうな形をしているわ。