軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

50 引き戻される

灰色の髪と灰色の瞳のブランドンは相変わらず影が薄い感じだったが、アンバーを見る目に棘があった。以前も機嫌が悪い時はこんな目で見られていた、と既視感に襲われる。

「お久しぶりでございます」

どこまでも品よくお辞儀をするアンバーの隣でクリスティアンが全身から怒りのオーラを振り撒いている。

「ずいぶん変わったんだな。僕の妻だった頃は陰気くさい大人しいだけの女だったのに」

「っ!」

一瞬で過去に引き戻されそうになる。何も言えず従うだけだった自分が心の底から急速に浮かび上がって来るのを感じた。まるで腐ったガスが沼の底からゴボリと水面を目指すように、ブランドンとの過去が自分を従うだけの女に引き戻そうとする。

(ひるんじゃだめ!負けちゃだめよ!)

アンバーは自分を励ました。

するとクリスティアンがアンバーの肩を抱いて冷たい声で会話を引き取った。

「彼女は僕の妻なので名前で呼ぶのはやめていただきたい。もうあなたとアンバーは赤の他人だからね」

周りの人々が興味津々で聞き耳を立てている。アンバーは急いでなんとかしなければと焦った。

「ほう。平民上がりの男を貴族に仕立て上げたとは聞いていたけれど、ずいぶん生意気な平民じゃないか。平民と結婚するとはアンバー、君も落ちるところまで落ちたものだな」

「何ですって。あなたは何を言ってるの?誰のせいで私が……」

クリスティアンを侮辱されてアンバーがブチ切れた時、傍から陽気な声が降ってきた。

「ブランドン、いい加減にしろよみっともない。別れた元妻を久しぶりに見て、逃した魚の大きさに驚いたのかい?」

声の主はウィリアム・ダンフォード侯爵だった。彼の娘のお茶会でお披露目した絵がきっかけでスカーレット王女殿下にまでたどり着くことができた大恩人である。

「侯爵閣下、違いますよ。以前は暗い顔をしていたのにずいぶん変わったなと言っただけです」

「そうかい?それならいいが、彼は今や王家とも繋がりのある画家なんだ。滅多なことを言わない方がいいよ。それに……」

ダンフォード侯爵は声を小さくし、ブランドンの耳元に顔を近づけて続きを口にした。

「彼が元平民というのは事情があってそう言ってるだけで、本当は辺境伯家の嫡男だったんだ。生まれ育ちで言ったら侯爵家三男の君より上だよ。口を慎みたまえ」

「なん、ですって……」

驚いているブランドンにダンフォード侯爵は追い討ちをかけるように話を続けた。

「君が手にする情報はずいぶん不完全なようだ。そんなことだから金をドブに捨てるようなことになったんじゃないか?」

そこは顔を離して普通の声量で語ったため、周囲の貴族たちがクスクスと笑い出した。ブランドンの商才の無さ、オルブライト家の被害の話は相当有名になっているらしい。

ブランドンは顔を真っ赤にすると「失礼します」と言って返事も待たずにダンフォード侯爵の前から立ち去った。

「侯爵閣下、ありがとうございました」

「オルブライト伯爵、あんな男はあなたが自ら相手をする価値もない。愚かで器の小さな男だ」

ウィリアム・ダンフォードは朗らかに笑って今度はクリスティアンに向き合った。

「スカーレット王女殿下の肖像画の話を聞いたよ。僕も君を紹介した貴族たちに感謝されていてね。おかげで我が家はとても鼻が高いんだ。娘の絵も妻の絵も本当に素晴らしかった。いずれうちの家族の肖像画も描いて欲しい」

「ありがとうございます。ぜひ描かせてください」

ウィリアム・ダンフォードは満足げにうなずくとアンバーたちから離れて行った。

国王の従者ジェームズはブランドンがアンバーたちに近寄るのを見た時点で陛下に声をかけて「行ってこい」と許可を得てから近くに歩み寄っていた。

あんまり酷いことを言うようなら止めに入ろうと思っていたのだ。しかしダンフォード侯爵が助け舟を出したので近くでやりとりを見聞きするに留めた。

一件落着したのを見届けてジェームズは国王の背後の位置にまた戻った。

「どうだった?」

「ダンフォード侯爵が上手に収めましたね。侯爵様は画伯が辺境伯家の元嫡男であることを知っているようです」

「さすがは法務大臣だな。立場を利用して彼の身元を調べたんだろう」

「抜かりのない方ですから」

ナサニエル国王は自分の顎をさすりながら

「有能な部下はだいじにしないとな。ぼんくら王の烙印を押されたら最後、ガブリと噛みつかれそうだ」

と苦笑した。

「お気をつけなさいませ、陛下」

艶やかな声で会話に参加したのはマーゴット王妃である。

「良き王であり続けるよう、精進するよ」

ナサニエル国王は王妃の手の甲をポンポンと叩いて朗らかに笑った。従者ジェームズもつられて笑った。

「で、なんでブランドンがここに来てたんだ?あいつに招待状は出してないだろう?」

「デインズ侯爵夫人をエスコートして参加したようです。現在は未亡人のお相手をしているのかもしれません」

「オルコック家はとことん息子を駒として使うつもりのようだな。貴族らしいというか浅ましいというか。デインズ家が次の被害者にならないといいがな」

「全くです」