軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38 セオドア・ギビンズの絵本

三月二十日

「アンバー様、貴族のご令嬢たちからのドレス買取の件ですが、今のところ順調に買い取りが増えております。リメイクは今までの縫い子たちでもどうにか手は足りそうです」

「そう。でもコニー、縫い子にあまり無理がかかるようなら新たに人手を増やしてね」

「承知いたしました」

コニーの秘書業務は多岐にわたっているが、地頭の良い子だったらしく順調に仕事をこなしている。

二人であれこれと打ち合わせをしていると、ヘンリーが来客を告げに来た。

「画家のギビンズ様がいらっしゃいました」

「オルブライト伯爵様、先日お話しいただいた絵本を作って参りました」

「まあ、もう?絵だけではなく文章も?」

「はい」

差し出された絵本は小さい。

通常の絵本の四分の一くらいの大きさだろうか。

「絵本の値段を下げたいとのことでしたので、大きさを小さくして紙にかかる費用を抑えようと思いました」

「その手がありましたね。なるほどなるほど」

絵本は風の妖精が世界中を旅するお話だった。

海の上で魚たちと遊び、草原で馬の母と仔に乗る。

山でヤギたちと岩壁で暮らし、森の奥深くで草木の葉と遊ぶ話である。風の妖精は最後にまた自分が生まれた海の上に戻り、世界中に波を送って遊ぶ、という愛らしいものだった。

「大きさがこれだから安く作れますね。色も少ないですし、子供に喜ばれそうなスッキリした絵ですわ」

とても荘厳な古城を描いた人と同じ人とは思えない、と感心した。クリスティアンはきっとギビンズの参加を嫌がるだろうが、そこは仕事と割り切ってもらおう。彼とて子供ではないのだからきっとわかってくれるはずだ。

クリスティアンの絵本をこの本屋で売り続けるためには他の絵本も売らなければならないのだから。

「それと、こちらはお店で展示販売をお願いしたい絵です」

大きめのトランクからギビンズが取り出したのは、本棚の一番上の段に置くのに丁度いい大きさの小ぶりな油絵だった。

「まあ……素敵ですね」

絵本屋に飾ってあるクリスティアンの絵は動きのある柔らかな水彩画だが、ギビンズのはカッチリと描き込まれた油絵で対極にある感じだった。題材は、花瓶に生けられた色とりどりの花、草原に立つ大木、台座つきの皿に盛り付けられた果物などだった。

「たくさんある中から大きさが程よいものを選んできました。希望する値段を紙に書いて裏に貼っておきました」

「まあ、段取りが良いこと。ではお預かりしますね」

アンバーはすぐにギビンズの絵本をコニーに手渡した。

「あなたが印刷所に持っていってくれる?紛失したら大変だからあなたに頼むわね」

「かしこまりました。すぐ行ってまいります」

アンバーは自分も油絵を持って額装屋に馬車を走らせた。

絵を引き立ててくれて店の陽気な雰囲気を損なわないような額縁を選び、額装してもらってから書店に向かう。

まだ空いている本棚の上段にセオドア・ギビンズの絵を並べる。華やかな絵は店の中をパッと明るくしてくれるようだった。

「絵の値段は……わかりやすく表示しておく方がいいかしらね」

入り口に立ち、店内を眺める。

たくさんの絵本と絵にあふれる店内は内装があっさりしていて絵本と絵を引き立ててくれている。

「うん。なかなかいいわね」

書店員は経験者を一人、もう採用してある。店の責任者はしばらくは自分が務めることになっている。バーの管理はマシュー、フラワーズの会計管理はコニー。本屋もいずれ真面目な人を選んで任せようと考えている。

やるべきことがたくさんある。

それがちっとも苦痛ではなかった。

祖父が「女では帳簿が管理できても仕方ない」と言っていた言葉を思い出してクスッと笑った。

「おじい様、そんなことはなかったわ。帳簿が管理できて、とっても役にたっているわよ」

馬車の中で独り言をつぶやきながらアンバーはご機嫌で屋敷に戻った。

コニーは印刷所の帰り、ドレスショップ五店舗とバー四店舗を回って貼り紙をした。アンバーの許可を得て自分が書いたもので、絵本専門店のオープンを知らせる貼り紙である。

自分で描いた貼り紙は少々気恥ずかしいが、これで少しでも書店に客が来てくれたら嬉しいと思う。

最後の一枚を貼り終え、その前に立って紙を眺めながら、自分の生活の変わりようにしみじみとしていた。

たった三ヶ月前の自分は何一つ意見を言えず言うことも思いつかず、ただひたすら叱られないよう、食事を減らされないよう、言われるままに動いていた。

(あんなの、使用人ですらなかったわ。一切お金も与えられなかったんだから、まるきり奴隷だった)

あかぎれだらけだった手は、もうすっかり綺麗になった。幼い頃から働き続けていたから指の関節は太くなっていて、これはきっと一生そのままだろうけれど、コニーは自分の手が愛おしい。

(このゴツゴツしている手は、私が頑張って生き抜いた証拠だもの)

両手をそっとひとつに握って節のある手を眺める。あの日、アンバーに言われた言葉は一生忘れないだろう。

『あなたが自分の人生を守らなかったら、誰が守ってくれると言うの?』

(いつか私も誰かを助けられる人になれるよう、力をつけよう)

コニーの胸にはアンバーが灯した熱い火が燃え続けている。