軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20 三人の夕食会

十二月二十七日

新年を前にクリスティアンが屋敷に戻ってきた。

「おかえりなさいクリスティアン。ひと月ぶりね」

「ただいまアンバー。元気そうで安心したよ」

二人でハグしあって互いの頬を軽くくっつける。恋人同士ならキスするところだが、二人の間には微妙な距離がある。

クリスティアンは相変わらず小ぶりな鞄ひとつだけしかない。そのこだわりの無さがなんとなくアンバーには怖い。いつでもふいっと自分の前から消えてしまいそうな気がするのだ。

夜、クリスティアンはずっとライラと遊んでいたらしく、使用人控室の方から食堂に向かって歩いて来た。

たまたま同時に食堂前で顔を合わせたアンバーは「そうだわ、我が家にしばらくお客様が滞在するの」と話しかけた。

「お客様?」

「ええ、十六歳の子爵令嬢だけど、色々あって家を出てるの。コニー・ハクサムよ。家でつらい暮らしをしていた子だから、その辺は触れないであげてね」

「うん。わかったよ」

二人で一緒に食堂に入ると、コニーは既に着席していて、二人を見るとパッと立ち上がり腰をかがめて頭を下げた。

「コニー。こちらは私の婚約者のクリスティアン・アンカーソン伯爵令息よ。クリスティアン、彼女がコニー・ハクサム子爵令嬢です。二人とも仲良くしてね」

「コニーです。もう家は出ましたので、ただコニーとお呼びくださいませ」

「やあ、初めましてコニー。クリスティアンだ。よろしくね」

コニーは初めて見るクリスティアンの美しさに圧倒されているようだった。

「さあ、三人で食事にしましょう」

コニーは散々「使用人として扱ってほしい。食事も使用人の皆さんと食べる」と主張していた。しかし、アンバーが「食事の礼儀作法も私が見てあげたい」と譲らなかった。

その日は甘い芋のスープ、ハーブと岩塩を使って寝かせた豚肉の塊肉をじっくり煮込んだもの、冬野菜の蒸し物、温かいカスタードソースをかけたスポンジケーキのデザートだった。

「我が家は質実な暮らしだけど、味は保証するわ」

アンバーがそう言うと、コニーは

「こんなご馳走、初めて食べます」

と本音をこぼしてから真っ赤になった。そんな様子が可愛くてアンバーは目を細める。

クリスティアンは

「この家の料理は最高だよ。コーディーは絶対に手放しちゃいけない料理人だと思う」

と言いながら豚肉の煮込みを早くもお代わりしている。

「クリスティアン、春の女神の絵は進んでるの?」

「そうだなぁ……壁全面ではないから、あとひと月くらいで終わるかな。でも気に入らない箇所があればもっと延びるかも」

まだそんなにかかるのか、と落胆しそうになったが「そうなの。頑張って」と笑顔で言うに留める。

「あの、春の女神って?」

「ヒューズ伯爵家で壁に絵を描いているんだ」

「まあ、クリスティアン様は画家でいらっしゃるのですね」

コニーの顔がパッと明るくなり、目に尊敬の色が宿る。

「最初はそこの御令嬢の絵姿を頼まれたんだけどね。それの出来がお気に召したらしくてホールの壁に絵を描いてほしいと頼まれたんだ」

「絵姿……」

「コニー嬢もお年頃だから絵姿を描いてもらったことがあるかな。あれは注意して描かないとその人の内面が出てしまうから気を遣うよ」

「いえ、私は絵姿など……」

口ごもるコニーにアンバーが助け船を出した。

「コニーは内面の強さと繊細さ、謙虚さが滲み出ると思うわ。あなたは素敵な淑女だもの」

「私なんて。伯爵様こそ絵姿には美しさと強さと優しさが表れるはずです!」

頬を赤くしてコニーが言う。

「私は絵姿は要らないのよ……」

(再婚しないもの)と続けそうになってやめた。

「アンバーに絵姿は不要だよ。僕がいるんだから。彼女を他の男に売り込む必要はないんだ」

「あっ!そうでしたね。私ったら。失礼なことを申し上げました」

アンバーはコニーとクリスティアンの会話にピシリと固まっていた。

(ええと……それじゃまるで本当の婚約者みたいじゃない?)とクリスティアンを見るが、彼は早くもデザートに夢中でアンバーの視線に気づかない。

その彼が「そうだ」と皿から目を上げて

「アンバー、新年の贈り物の準備は終えてしまったかな」

と言い出した。

「あー、いえ、まだかしら」

コニーが目に見えて慌てだした。

「新年の贈り物、ですか?もし私も含まれているのでしたら、私、お金を持ってなくて何も……」

慌てたコニーのためにアンバーが助け船を出した。

「買ってきた物を贈る場合もあるだろうけど、手紙や刺繍したハンカチなどを贈ったりしてもいいのよ。今度、必要なお金はマーサから渡してもらうよう言っておくわね」

「いえ、お金はいりません。刺繍ならできます!」

「じゃあ、マーサにハンカチと道具を頼んで出してもらってね」

「刺繍か。羨ましいな。アンバー、新年の贈り物、僕も貰える?」

ワクワクしてアンバーの答えを待つクリスティアン。

コニーまで目をキラキラして「伯爵様も刺繍をなさるんですか?」と婚約者への贈り物がどんなものか知りたがっている。

コニーは自分たちを本物の婚約者同士と思っているだろうからともかく、クリスティアンはなぜそんな期待に満ちた目を向けるのだ。美しい顔にキラキラした表情を浮かべて見つめられるとなんだか胸が痛くなるではないか。

「え、ええ、もちろんよ」

コニーの手前そう答えたが、実は彼には街で買ってきたクラバットを贈るつもりでいた。気合いの入った手製の物は重いかと思ったのに、と慌てる。

それにエステマッサージの二号店がオープンしたばかりでバタついている。

(どうしよう。もしや私が針を刺したお手製を期待されてる?でも今からだともう、寝る時間も惜しんで取り組んでも間に合うかどうか。年末だから各店舗の帳簿の確認もあるし、あああ、どうしよう!)

大好物の豚肉の煮込みを食べているのに、もはや味を楽しむ余裕がなくなった。