軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十一話

暴走竜との死闘を制し、辿り着いた先は古城であった。

対リベリトア商業連邦方面軍を除き、マイヤード領、カノア領、本国から掻き集めたハイセルク正規兵32000名のうち、ウォルムも含め12000名がダンデューグ城へと配備されていた。

城壁の周囲には兵民区別無く陣地の形成に勤しみ、その一角には本流に先駆けて現れた魔物の死体が積まれていた。ウォルムが視認できるだけでも数百を超えている。

城壁の周囲は水堀に加え、外縁部に新たな空堀と盛り土が築かれていた。城門は3ヶ所あり、吊り上げ式の橋に加え、二重の門が備え付けられている。

ハイセルク本国との連絡線である城門周りの布石がウォルムの目を引く。盛土に加え、馬防柵。中には墓石まで積み上げた場所もあり、なりふり構わぬ総動員ぶりであった。

城内の一角では炊き出しが行われ、僅かな荷物しか持たずに逃げ出してきた者達が長蛇の列を作っている。

戦場を幾度も経験したウォルムにとって見慣れた光景であったが、規模が異常であった。マイヤード全域が大暴走に飲まれつつあり、膨大な避難民が出るのは必然であろう。

ただ、それが城内に落ち着き、後方へ逃れないのにウォルムは違和感を感じた。幾ら堅牢と名高い古城とは言え数十万の魔物が迫っているのだ。

力の象徴である城と兵により避難民が安心してしまっているのかもしれない。ここなら安全だと――

護衛対象を乗せたまま荷馬車は城門を潜り、元はマイヤード領の領主の1人が住居を設けていた天守へと誘導される。

居住区に設けられた一室は石造りで、調度品が用意されていた。護衛はウォルムを含め5人、護衛対象を含めれば7人であったが、手狭ではなかった。

手術用の器具を棚に下ろし、ウォルムは出頭を命じられた旅団司令部へと足を進める。留守はモーリッツに任せていれば、間違いは起きない。

長い廊下を抜け、重厚な扉で閉ざされた広間へと辿り着く。入り口には6人の衛兵が目を光らせていた。

衛兵に対し、身分の確認を済ませウォルムは入室する。

「失礼します。ウォルム守護長であります。命令に従い、護衛対象をサラエボ要塞より移送しました」

ウォルムは姿勢を正し、目の前の男の返事を待った。

白髪混じりの初老の男こそ、ダンデューグ城を預かるハイセルク帝国軍旅団長ジギスムントであった。古傷が目立ち、戦場上がりで出世した事が窺える。

「ご苦労。道中、戦闘が生じたようだが、まさか暴走竜を単騎で仕留めるとは《冥府の送り火》と呼ばれるだけある」

世辞混じりの称賛の言葉を受けたウォルムであったが、それを否定する。

「お褒めに与り、身に余る光栄です。ただ、私1人ではありません。護衛の騎兵が魔法で足止めを行なっている間に、私は暴走竜に抱き付き、焼き続けたに過ぎません。その上、重傷を負い治療を受けております」

間を空けたジギスムントは堪え切れないとばかりに唐突に笑い声を上げる。ウォルムは何か気に障ったかと内心身構えた。控えていた旅団司令部付きの将兵に向かって言う。

「聞いたか、あの暴走竜に抱き付き焼いただけだそうだ。魔法の重攻撃、槍衾、大太刀で討伐は聞いた事があるが、抱き付き焼き殺したなど聞いた事がない。ジェラルドが寄越しただけのことはある」

一頻り笑い終えた老将は、ウォルムへと言葉を続けた。

「君の班には治療魔術師の護衛を引き続き任せるが、ウォルム守護長には前線に出て貰う。避難民と捕虜から志願兵を募る程、人手が足りていない。本流到着前にも関わらず、既に砦周辺だけでも1000体近くの魔物を討伐している。このまま小波が続けば楽だが、直に本流が来る。クレイストの堕ちた英傑アヤネ共々働いて貰う。今日は部屋で英気を養うと良い」

「ありがとうございます。……失礼ながら、御一つご教授頂けないでしょうか」

「宜しい」

「小官の愚考に過ぎませんが、城内の避難民の数がこれまで経験してきた戦場よりも多く、戦闘に支障をきたすのではないかと」

城内には無数のマイヤード民が身を寄せ合っている。戦闘になれば兵の展開や緊急時の避難が困難になるのがウォルムには予見できた。

言い終えた時に、司令部の一部の将兵の目付きが変わり、空気が張り詰めたものに変貌するのをウォルムは感じ取った。

「……困った事に祖国を離れたくないという者が多くてな。だが今は気にするな。目の前の任務だけに集中しろ」

「承知致しました。お答え頂きありがとうございます。失礼します」

有無を言わせない返答にウォルムは大人しく引き下がった。触れてはいけない話題に触れたのは間違いない。

ウォルムは廊下を歩きながら思考を回す。将官の限られた者にしか知らされていない軍機があるに違いない。

騎士の称号と守護長という分隊規模を率いる権限を与えられたウォルムであったが、軍部におけるその実権は無いに等しい。

手足は頭に従い戦う必要性があるのをウォルムは否定しない。組織上では推奨される。それでも手足が思考を放棄してしまえば組織が衰退するだけだ。

大量の避難民を前線で抱え込んで何が目的か――志願兵、陣地の土木従事者の確保。少なくないメリットはある。

だが、兵員よりも数多い市民の食料の消費は、兵站に多大な負荷を与える。人の誘導にも兵員が取られる。

「まさか、積極的に誘導しないつもりか? 大々的な炊き出しも――」

他国の避難民、自国の兵、堅牢なダンデューグ城、単語が結びつき、ウォルムは一つの可能性に行き着いた。

「誘引用の生簀……か」

言葉にしたウォルムは、唾を飲む。そこまでするはずがないと信じたかったが、戦争の狂気は、合理性という免罪符を得た人間の狂気は、何処までも暗く深い。