軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十話 軍神の招き

フェリウス方面軍司令官ジェラルド・ベルガーは、サラエボ要塞の地下の一室で、客人を迎えていた。

「やあ、よく来てくれたね」

「……」

室内は薄暗く、魔石による光源によりジェラルドに対面する人物が浮かび上がった。三英傑の一角、アヤネ・スギモト、異世界人でありクレイスト王国に流れ着き、ハイセルク帝国と敵対関係となった少女。

その少女は後ろに手を縛られ、ジェラルドを睨んでいた。ジェラルドはそれが虚勢である事を見抜いている。長年人の生き死に関わったジェラルドは人間が大好きであった。人は死ぬ時まで本質が見えない。そこが歯痒くも愛しい。だからこそジェラルドは内心で恐怖心を抑えようと努める少女をいじらしく感じる。クレイスト王国も酷な事をする。無力な少女であればジェラルドも肩を叩き、パンでも与えて送り返したであろうが、少女の能力は稀有で危険過ぎた。

「私は人が好きだよ。それに私の祖国では捕虜は大切に扱う。君たち四カ国同盟と異なり、ゴミのように捕虜を捌かないつもりだ。人の死には意味があるべきではないかな。とは言え、何もしない捕虜は重荷であり、邪魔な荷物だ。違うかね?」

ジェラルドの問いに少女は口を開かない。

「私はね。アヤネ、君と会話をしているんだ。これでは一方的に私が独り言を言っているようではないかな。話を続けよう」

少女の返事を得ないままジェラルドは話を再開する。本音を言えば、どちらでも構わない。

「君には労働として我が軍の負傷者の治療をして貰おうと考えているんだ。返事を聞かせてくれないかな。勿論、虜囚の身とは言え、労働の対価には報いるつもりだ」

「お断り、させて頂きます」

震える声で少女は言い切った。助けが来ると楽観視している。断ればどういう事が起きるか想像が足りていない。はたまたジェラルドの人間好きが少女に伝わり、博愛主義の優しい老人に見えているのかもしれない。

「残念だ。命に見合った働きをして欲しいだけなのだがね。そうなると困ったものだ。養うにも限度というものがあるからね、捕虜を減らさなければならないな。四ヵ国同盟の様に」

少女から視線を外し、ジェラルドは部屋の外に呼び掛けた。

「連れて来なさい」

引き摺られてきたのは、生傷が痛々しいクレイスト兵の捕虜であった。敵中に囚われても反抗の気概を失わない、模範的な兵士でありジェラルドも感心している。

「クレイスト兵だ。治療所に居たそうだが知り合いかね?」

少女は黙ったままだが、無表情を演じていた顔に歪みが生じた。また沈黙。繰り返すがジェラルドは返答の有無などどちらでも良かった。

「それでだ。彼は削減対象なんだが、まずもって“全廃棄”とは勿体無い。まずは指から行こうと思うんだが、どうかね?」

「いかれた死に損ないの老人が!! 臆すると思う――」

瞬間的にクレイスト兵が罵声を浴びせた。勇猛果敢で敵地でも臆さない。ジェラルドにとっては好ましい兵士だった。

「素晴らしい、意気込みは良いようだ」

腰のロングソードは戦場働きの機会を長らく失っていたが、それでもジェラルドは目標の物を1本斬り取った。

「ァ、あアァああァア゛クッソが、クソ゛クソ!!」

ジェラルドは摘み上げると静かに机の上に置く。

「まず1本、舌を噛むといけない。人的な資源は有限だ。もったいないだろう」

ジェラルドは少女に微笑みかけた。両隣に控えていた兵がクレイスト兵に猿轡を噛ませると、机に手を固定する。

「どれもう1本」

男は背中をしならせ、足をバタつかせる。

「ふううぅ、う、ぅううう゛うっぐう゛!?」

「君は指を全て落とされた経験は? 四肢を削ぎ落とされた経験は? 生きたまま炙られる経験は? 鼻は? 耳は? 歯は? 眼は? よく勘違いする人間が多いのだがね。時に死は救済にさえ成り得る。意味は分かるかな?」

出来の悪い生徒を諭す教員のようだ。クレイスト兵の目に初めて怯えの色が灯った。ジェラルドの知性的な目は暗く澱んでいく。

「私はね。祖国を、そこに住む人を愛してる。だから四十年間来る日も来る日も戦った。だが勝てば勝つほど周辺国は邪魔ばかりする。四カ国同盟のようにね」

室内に三回連続して、鈍い音とくぐもった声が響く。切断された指を控えていた兵士が回収すると指に止血を施していく。

「あと15本、主旨を変えよう。次は右手をタタキにする。骨も念入りに」

棚に置かれていた金槌を拾い上げると、ジェラルドは足音を立てながら室内を歩き回り、少女に並んだ。

「困ったものだ。だから断言する。必要、そう必要とするのであれば私は何処までも、何だってするよ。幸い捕虜は沢山いる」

背後ではクレイスト兵の指が机に固定されていく。身を捻り、唸り声を上げて抵抗を始めた兵をジェラルドは見守る。

「お気に召したようだ。さて、これで準備が整った」

そうだ。思い出したとジェラルドは手を叩いた。

「ああ、そうだ。君と親しい女性も控えている。助手にと思ったのだが、労働をしないので有れば、必要は無い。男女は平等でなければね。皆等しい命だ。それで改めて尋ねるのだが、返事はどうだね」

突きつけられた勧告、少女は乱れた呼吸を懸命に抑えながら、絞り出す様に言った。

「……ご協力させて、頂きます」

「君ならそう言ってくれると思ったよ。潰さなくて良かった。最初の仕事はその男の指を繋ぎ合わせようか」

少女はジェラルドの期待以上の速度と技術を以て兵士の指を繋いだ。治療を終えた少女は憎らしげにジェラルドを見上げた。

「君は仕事をした。私は約束を守る人間だよ。仕事場も助手も付けよう。それにそうだね。護衛も必要だろう。全て手配するよ」

「全て、全て思い通りですか」

悔しげに言う少女にジェラルドは微笑んだ。

「そんな人間など存在しないよ。私は必要な事を愚直に実行するだけの人間だ。それしかできない」