軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二話

「遠慮を知らない奴らだ。日が明けるまでに三度とは」

帝国騎士が渡り歩いてきた戦場に、手癖の悪い雑兵が居なかった訳ではない。占領地で物資を調達するのはよくあること。寧ろ徴発、略奪の手際の良さは兵士の素質として数えられる。ウォルムがこの手の活動に無縁だったのは、外征を主とする殴り込み上等の部隊であったからだ。拠点に残置された糧秣、物言わぬ死体から効率よく装備を整えられる。危険を飲み込んだ上の、細やかな役得とも言えた。

だが、これが無法を許されぬ自領。それも戦場が漁られた後ともなれば、話は別であった。真っ当な手段で必要物資を得られぬとなれば現地調達の対象は友軍にすら向く。

帝国軍という共通項は確かにある。だが、彼らが最優先するのは己が部隊という小さな共同体だ。現場教育で指揮官への妄信的な信頼、部隊への歪んだ連帯は学んだ故、軍全体としての仲間意識は希薄になりがち。とは言え全体を鑑みぬ視野の狭さも非難できるものではない。単純な話だ。困窮した知人と困窮した家族。どちらを優先するかなど野暮な問いである。

程度の差はあれ、諸々の事情を考慮すれば見知らぬ兵を標的とするのも、一端の理解は示せた。だが物事には限度がある。未遂も含め一晩に三度の訪問はウォルムとて初めての出来事。夜襲、朝駆けと時を選ばぬ迷惑客ばかり。敵よりも面倒な連中であった。

「喜んでるのは、こいつくらいだな」

帝国騎士が忌々しげに睨む先には、相も変わらずの鬼の面。根性のない盗人共は吸血性の盗品候補に手を齧られると一様に逃げ出した。残ったのは夜食で小腹が満たされた面だけ。持ち主たるウォルムは何ら満たされぬどころか、寝不足の上に空腹である。

「寝覚めは悪いが、何か詰めるか」

気怠い身体を起こした帝国騎士は改めて周囲を見渡す。ある者は荷車の下で大いびきをかき、またある者は空樽の残り香を枕に落ちたまま。それでも一部の帝国兵は活動を始めていた。三々五々集まった兵士達は火を焚き、冷え切った身体を温める。一晩を共にし、後生大事に抱えられていた温石はすっかり冷め切り、焚き火の縁を飾る。

歩兵の性とも呼ぶべきもので、目に付くものは何でも拾う。放棄された物資、死体の追い剥ぎは言うに及ばず、木の新芽や薄皮も食用として削ぎ去る。宛ら飢えた蝗の群れであった。

濛々と朝空に上がる煙も例外ではない。大隊、中隊単位の兵が動けば、当然薪といった燃料も不足しがち。悩ましい問題を解決するために、生乾きの馬糞が好まれる。藁や草ばかり食べる馬の排泄物はそれらが凝縮されていた。一種の再生可能エネルギー。かつての世界に照らせば、ハイセルク兵は実に環境に配慮した存在と言えるだろう。ウォルムにも不満はない。死臭で乱れた嗅覚には、馬糞など可愛いものであった。

腰袋からパン片を取り出し、奥歯で嚙み千切る。口中の水分が咀嚼の度に奪われ、帳尻合わせに水筒で喉を潤す。寒いだの、飯が酒が足りぬなど不平不満を垂れ、のそのそと行き交う兵士の群れ。親しんだ光景だった。懐かしさすらある。とても己が帝都に敵国が攻め寄せているとは思えぬ、頼もしき図太さ。

「呑気なもんだな……まあ、人のことは言えないか」

ぷくりと白煙を吹き出す。ウォルムとて、ちゃっかりと食事後の一服まで興じているのだから、同胞を決して悪くは言えない。何事も切り替えが肝要である。

「よう騎士様、調子はどうだ」

少し前なら幻聴、幻覚の類と疑わなかった男の声が響く。かつての上官であり、懲罰中隊を率いるデュエイがそこにいた。ウォルムは不満たっぷりに言葉を返す。

「最悪だ。何度も夜這いされかけたぞ」

中隊長の傍に並ぶホゼは、愉快げに笑う。

「そいつは残念だったな。着飾っているから魅力的に見えたんだろ」

「俺に舞い上がったってことか。逢瀬下手が」

ウォルムは旧友の揶揄いを羽虫を払うように拒んだ。

「夜這い相手を間違えたな間抜けどもめ。後で名乗り出ろ。ケツ叩き一発で勘弁してやる」

母親が悪ガキを叱る仕草で中隊長は宣う。多くの者は下品な笑い声を漏らしたが、該当者達の顔色は曇った。普段どんな教育を施しているか、ウォルムの知るところではない。だが、あのデュエイだ。軽い平手だとしても鞭打ちに等しい。

「それで何の用だ。下世話で親睦を深めに来たわけじゃないんだろ」

「準備が整う前に顔合わせと状況確認だ。大隊長が連れて来いと煩い」

「そりゃ大変だ。仰せのままに」

導かれるまま二人の後を辿る。不思議な感覚であった。振り返れば今は亡き分隊員が続いてきそうな錯覚すら覚える。だが、所詮は錯覚であった。後ろには誰もいない。三人を除く分隊員は戦死。その一部は継ぎ接ぎだらけの皮膚となってデュエイに宿る。沈んだ気分を拭うように、ウォルムは尋ねた。

「……それで、今の大隊長はどんな人物なんだ」

「搾りかすの中じゃ、ジェイフ大隊長と並んで大粒だ」

「そりゃいい」

皮肉屋気質のあるホゼがこう宣うのだ。実際大した人物であろう。

「少々、口煩いがな」

辟易した様子でデュエイがホゼの言葉を補った。

「こんな奴らの面倒を見るんだ無理もない。出身は?」

「元中央方面軍だ。四ヶ国同盟戦時には、東部でリベリトア商業連邦と戦っていた」

「中央の居残り組か。優秀だな」

四カ国同盟戦の折、多くの部隊はサラエボ要塞へと駆り出されが、商業連邦と国境が面する東部でも、相応の戦闘があった。忍耐と柔軟性が求められ、弱兵にも粗暴な兵にも務まらぬ大任である。

「手綱を握って、俺の中隊の面倒を引き受けるぐらいにはな」

「野獣共の飼い主って訳か」

素行の悪い部下を揶揄されたデュエイは鼻で笑い飛ばす。当時と変わらぬ調子であった。だからこそ不気味ですらある。戦場で感じた粘着的な狂気は一過性の憤怒ではない。明確な感情の転轍点がある。宿痾としてすっかり身に沁みついたものか。それとも――。

「中隊長殿は理想的な調教師だ。声はでかいし、鞭も要らない。何せ立派な腕が二つもある」

「なんだ、ホゼ。お前も調教師になりたいのか」

「はっ、美女なら未だしも、髭面の野獣を飼う趣味なんてねぇよ」

内情を探るつもりが、軽快なやり取りについつい口も緩む。くだらぬ会話を数巡した末に、一行は足を止めた。

「さて、着いたぞ。いいか、ウォルム。行儀は――」

「中隊長、あのウォルムですよ。茶会を思い出してください」

「要らねぇ心配だったな。問題児が多くてよ。優等生が来るとどうも調子が狂いやがる」

皴のない陣幕、調達された椅子と机が整然と並ぶ。程よく乱れたデュエイ中隊と異なり、大隊指揮所は整えられていた。帝国兵には珍しい規律が存在する。陣幕の内側、その最奥にデュエイの上官である大隊長は居た。

懲罰中隊を抱え込むくらいだ。武闘派の偉丈夫かと思ったが、予想に反して上背も体格も人並み。だが眼光は鋭く、鷲鼻と合わさって小型の猛禽類のような精悍さを滲ませる。

「グラストフ・フィリップス大隊長だ。貴官がウォルム守護長か」

「はっ、小官がウォルム守護長です」

戦場で乱れた口調と態度を整えウォルムは答えた。帝国騎士という大層な名で呼ばれるが、部隊も役割も持たぬ名誉職。どう贔屓目に評価しても小隊長或いは中隊長と同程度の階級なのだ。大隊という戦力を率いる将官を前にして、身も自然と締まる。

「数々の戦歴、デュエイの部下であったと聞いてどんな猛者が来ると思っていたが、噂というのは当てにならないものだ」

入室時の値踏みを視線から読まれたか。帝国騎士はグラストフ大隊長から手痛い反撃を貰った。

「噂というのは良く分かりませんが、肩書に似合う働きをできたのか、小官も疑問に思っています」

「帝国騎士というのは、謙虚でもあるのか。素晴らしい」

なんと言葉を返すか。謙遜も過ぎれば傲慢となる。世辞を素直に受け取った方がいいか。悩める帝国騎士であったが、かつての上官が助け舟を出してくれた。

「お戯れもその辺で。他の者も待っています」

「なんだ、細やかな会話も楽しませてくれないのか」

「大隊長殿は直ぐに人の物を欲しがるではないですか」

「はは、まるで私を幼児のように語る。安心しろ。横取りなどしない」

「ははっ、流石は我らの指揮官。御冗談が上手い」

険悪な言い合いではなく、上官二人は文化的な会話を楽しんでいた。渦中の大隊長は、名残惜しそうにウォルムを一瞥した後、漸く本題に入った。

「さて、大隊の主だった者は揃ったか。全員注目、これより今後の作戦を説明する。帝都司令部より発せられた、セルタ半島防衛及びマイヤード領からのクレイスト王国軍排除。これは公国軍及び帝国軍の獅子奮迅の働きにより、達成された」

大戦果であろう。ゼレベス山地外郭線が一部とはいえ占領され、セルタは失陥寸前に追い込まれたのだ。そこからラガ岬の将兵による身を挺した抵抗、後詰めの帝国軍と連動した逆襲の果てに、リハーゼン騎士団をセルタ湖へと追い落とした。野戦軍の撃滅こそ叶わなかったが、騎士団長を始めとする首級が連なる紛うことなき勝利。だが誰も喜びはしなかった。

「最早、予定調和と言っても良いだろう。男手が留守となった家に、暴漢が殴り込もうとしている」

言わずとも何を指しているのか、集められた面々は理解していた。リベリトア商業連邦による帝都への侵攻。雑兵にすら知れ渡っている。

「従来の計画通り、拠点では地の利を生かした抵抗がなされているが大局が覆ることはない。寧ろ、要所に固執すれば各地で兵が拘束される。優良な予備や即応可能な騎兵を欠いた今、積極的な防衛など望みえぬ贅沢品となった。現に司令部は帝都への籠城へと切り替えつつある」

マイヤード派遣軍として抽出されたのは騎兵大隊、軽装歩兵一つずつ。駐留部隊も合わせれば三個大隊半にも達した。いずれも野戦の機動に耐えうる優良な部隊であり、今の帝国にとっては代替の利かぬ存在であった。

「勤勉な諸君のことだ、何を呑気に腰を据えているのだと考えているだろう。だがマイヤードには稀代の治療魔術師が居る。彼女を中心とした治療魔術師は戦線復帰可能な帝国兵を中心に治療を施している。三日もあれば一個中隊が戦列に加わるだろう。その間は、行軍と戦闘で疲弊した兵の疲労を抜く期間だと考えてくれ。もどかしいが、これは欠かせない。救援に失敗すれば、残るのは帝都に籠る兵のみとなる。強大なリベリトア商業連邦相手に、後詰のない籠城戦など、緩慢な自殺に過ぎない」

サラエボ要塞戦で経験した要所を挟んでの消耗戦とは根底からして違う。後方に策源地も援軍もいない。文字通りの全軍。北部諸国最大の大国を相手に糧秣切れなど期待はできない。必ず国力という名の体力で負ける。

「我々は乾坤一擲の手とならねばならない。分かるな」

作戦計画を伝達された大隊本陣、その最奥。先ほどまでの賑わいは幻のように陣内は閑散としていた。散々に人を集めた後、文字通りの人払いが成されたのだ。

「守護長は?」

「ホゼと先に帰しました。あまり人の仲間を欲しがらないでください」

部下であるデュエイは困り顔で直訴する。尤も、生まれ持っての狂相だ。押し掛けた山賊が財宝の在り処を吐かぬ貴族を脅しているように映るだろう。当の本人であるグラストフはこの状況を楽しんでいた。

「まあ、許せ。一族の性分故だ」

「優秀な人材が居れば、帝国に飲まれなかったと」

顔に似合わず博識な中隊長は、グラストフのルーツを揶揄している。

「お前やウォルムのような者が数人いれば、歴史も変わったであろうな。無駄な、妄想に過ぎない。安心しろ。私の心は遥か昔に衰退した都市国家より、帝国にある」

「帝国が滅んだ後のことも、考えているのでは」

優秀であるが故に、その身には野心を抱える。ハイセルク帝国の前身。無数の小国が互いを食い合った末に生き延びた末裔が、フィリップス家であった。族滅した家や他国へと逃げ延びた者を考えれば、恵まれているだろう。

「国家の血筋を残すという行為が、そんなに悪いことか」

敗れ帝国に組み込まれたとはいえ、領主としての血は未だ騒ぐ。悪びれた様子もなくグラストフは宣う。

「随分と後ろ向きでは」

「死力は尽くす。その上でだ。帝国は敗北を知り柔軟となった。マイヤードや群島諸国に散らばる同胞も居る。負けたとしても完全な滅亡は避けられるだろう。ユストゥス旅団長も承知の上だ」

「魔法銀鉱を一帯とした南部方面軍は群島諸国エドガー・ド・ダリマルクス子爵に身売り。マイヤード駐留軍はリベリトア商業連邦の足元暮らしと言ったところでしょう」

「今とて酷い継ぎ接ぎだらけだ。それにクレイストとリベリトアの狭間で生きれば、案外長生きできるかもしれんぞ」

「ご冗談を。フェリウス王国を喰らい消化不全を起こした奴らですよ。中核たるリハーゼン騎士団ごと野戦軍は半壊、三英傑も欠け、商業連邦と張り合うと? はっ、奴らには無理ですよ」

「随分と饒舌だな。かつての部下が帰還したのがそんなに嬉しいか」

射殺すような目線がグラストフを貫いた。

「何が言いたいんです」

「何時まで、懲罰中隊に囚われているつもりだ」

「俺は敵を殺せればいい。今の中隊は、向いてますよ」

「真似事も、繰り返せば真となるぞ」

「……何のことか」

「奇特な奴ばかりだ。野心が足りなすぎる。あの守護長もそうだ。望めば中隊どころか大隊すら率いれるだろうに」

かつての帝国軍であれば、戦場という鉄火場で鍛造された人材が、綺羅星の如く揃っていた。それが今やどうだ。輝く一番星は墜ち、暗夜が続く。能力のある者は、無理にでも人の上に立って貰わねばならない。小言を続けようとしたグラストフであったが、溜息を吐いた。説得が徒労に終わると悟ったのではない。

「……はぁ、何やら外が騒がしい。デュエイ、お前の部下達ではないか」

「たっぷり栄養と休養を取らせたのが裏目に出たようで」

優秀な指揮官は兵から暇を奪うのに長けなければならない。退屈は毒だ。余計な頭を動かす暇は、百害あって一利なし。

「話は終わりだ。緩んだ首輪をきっちりと締め直せ」

「ご命令とあらば」