軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十三話

気取られないように乱れた呼吸を整え、襲撃者を見据えたまま、ウォルムは耳を研ぎ澄ませる。響く足音は四人、足取りには迫り乱れた様子はない。入室と同時に攻撃が始まらない状況は、無関係の第三者のパーティーによるものか、ウォルムは判断が下せずにいた。予備戦力の可能性は拭えず、監視役を兼ねた別働の恐れもある。最悪を想定すべきであった。

思考の一部を新たな来訪者に割かれたウォルムに対し、ファウストの動きはシンプルであった。

「三魔撃のメリルか、気を付けろ!! そいつはいきなり襲ってきた」

即席にしては大した芝居だ。この状況下で、濡れ衣を着せるには最上の言葉であろう。ウォルムには社会的な信用がない。遠い異国から流れ、単独で迷宮に挑む偏執的な人間とされている。口腔に溜まった血を吐き出し、弁解を口にしようとするが、三魔撃により阻止される。

「口ぶりからすると、ファウスト達はいきなりその人に襲われた。……それにしては妙だよ。二人の死因のうち、一人は眼球から入り込んだ矢による脳裂傷、もう一人は頸部の重篤な火傷。しかも五対一、完全武装の戦闘中にね。そんなに殺し方が芸達者なら、奇襲の一撃で一人くらい斬り殺されてなきゃおかしいよ。僕にはその斧槍が飾りには見えない」

飛び出したのはウォルムではなく、ファウストへの疑惑。状況を掴めぬウォルムは耳を傾け続ける。

「血迷ったのかメリル!? 長年ギルドを支えてきた俺達より、その流れ者を信じるのか」

「いやまぁ、僕はどっちにも肩入れする気はないよ。ギルドで白黒付けるなら協力するけどね。それに考えを少し漏らすなら、上位階層の探索者がまともに育たない現状で、長年生き残ってるファウストの方が僕は怪しいかな」

駄目押しを狙い、ウォルムは水気混じりの声で賛同する。

「演技派のそいつらが斬り掛かってこないのなら、俺はあんたに従う」

メリルはファウストの言葉を待つが、答えは一向に返らない。それどころか、差し迫った表情を元の無表情に戻した。まるで周囲の状況はどうでもいいとばかりに――。

「……ファウスト、どうする」

「見た目はともかく、あれの眼は確かだ。前々から怪しまれている。誤魔化せはしない」

「死体と装備は?」

「覚悟の上だ。捨て置け」

冤罪の擦り付けに失敗したファウストは、堂々と犯行後の悪巧みを交わす。奇妙な膠着状態が続く中、盾持ちと重なっていた射手の動きが瞬間的にブレた。

会話に応じていたウォルムだが、命のやり取りを交わす中で、危険度の高い射手から意識を外すはずもない。曲芸にすら感じられる矢の早撃ちをウォルムは石突きで叩き落とす。カラカラと間抜けな音を立て、矢は床を滑り乱回転の末に、三魔撃の足元で止まった。

「随分と、手癖が悪いな」

「リィロ、諦めろ。失敗だ」

凶行を非難するウォルムを無視して、二の矢を番えた射手に、無駄な矢を使うなとファウストは諭す。奇妙な緊張状態に陥る中で、沈黙を破ったのは三魔撃のパーティだった。

「ファウストのパーティが 人狩り(マンハント) であったか」

「経歴が綺麗過ぎて、逆に怪しかったからね。それよりも彼を見なよ。五対一で二人も殺してる。僕達が来なかったら五人とも殺してたんじゃないか」

流血の成された場所には似つかわしくない嬉々とした声色であった。

「考えすぎでしょ。だってぼろ雑巾みたいよ」

後ろに控えていた杖持ちの女は、ウォルムを酷評する。確かに、大きな間違いはない。今のウォルムは捨てられた犬の方がマシに見える健康状態だ。

「それで、僕らともやるのかい、ファウスト」

「用事があるのはそいつだけだ」

「またまた、今まで嫌らしい目をして、僕らも狙っていたんだろ?」

三魔撃のパーティーは軽い口取りとは裏腹に、得物を抜いていた。

「たとえそうだとして、リスクを冒して俺達を討つか」

「負ける気はしないけど、そのギラついた眼は苦手だなぁ。何時もの物優しい顔は何処に行ったんだい」

「人というのは多面的。一面だけ見て判断するのは若者の悪いところだ」

「勉強になったよ。それで答えは」

「これでも忙しい身でな。若者同士、親交を深めればいい。これで失礼する」

探り合いは終わりを告げ、ファウストのパーティーが転送室に消えたことにより、奇妙な三角関係は解消される。ようやくウォルムの注意を向ける相手は、一つとなった。

「どうするの、メリル」

「番兵が居るから待ち伏せはしていないと思うけど、少し時間を空けよう。それで、だ。君は随分と疑り深いんだね」

一定の距離を空け、探りを入れていたウォルムに対し、メリルは両手を広げて言った。

「アンタね。助けてあげたんだから、まずは礼の一つも言えないの」

杖持ちの女が不機嫌そうに眉を顰める。

「……ああ、そうだな。助かった。なにぶん、親しげに話しかけられた相手に、喉を裂かれたばかりだ。少しばかり疑い深くなっている」

「例えば、拮抗状態や討ち漏らした時のバックアップみたいに、かな」

「有りえぬ手ではないな」

武僧風の男は、パーティーリーダーが口にした可能性に素直に頷く。

「ハリ、あんた何を賛同してるのよ」

「そう怒るな、マリアンテ」

「ひと回り歳上の癖に配慮が足りないのよ。迷宮で修行するより、頭の修行した方がいいわ」

「うむ、善処しよう」

「まあ、まあ、そんなまどろっこしいことはしないよ。僕がファウストの仲間なら九人掛かりで押し潰すからね」

なんとまあ、清々しいまでの言い様であった。それでも正論には違いない。ウォルムは五人ですら手こずったのだ。三十階層に出入りするパーティー二組掛かりでは、数の差を埋められない鬼火無しではまず押し潰されるだろう。

「で、あいつはどうするのよ」

「手助けは必要かな」

「……魔力膜で出血は押さえつけている。地上の治療所まで戻れれば、問題はない」

「だそうよ。性根が捻くれてるわね」

「口が軽快に回る程度には、元気そうで何より。死体は僕らが持って上がるよ。セーフルームの遺体や遺品も人が居ないと飲まれるからね。引き摺っていった方がよさそうだ」

「ほら、ユナ。足持ってよ」

「重いの苦手。ハリに二体とも持って貰ったら」

傍観に徹していた弓持ちは、運搬の分担を拒絶する。

「ハリが二体も死体を運んだら、ギルド職員に渡すまでに床で引き摺り回して、削れちゃうわよ。ほらサボらない」

死体はそれぞれハリと呼ばれる武僧が一体、ユナと呼ばれる弓持ち、マリアンテという名の杖持ちの二人で一体を運んでいく。

「あんたは持たなくていいのか」

「僕は護衛役だよ」

「監視役の間違いじゃなくて、か」

口ぶりこそ軽いが、ウォルムはメリルが入室した時から監視対象になっている。その色彩豊かな眼はウォルムを捉えて離さない。自然な立ち振る舞いの中で、ウォルムが奇襲を仕掛けても相手取れる位置と距離を保っていた。それはウォルムが作り上げたばかりの死体を運搬する三魔撃のパーティーメンバーにも当てはまる。

「あれ、気付いてたんだ。流石にファウストのパーティーを退けただけあるね。殺し合っているところが見たかったな」

悪戯が発覚した幼児のような笑みを浮かべたメリルは言葉を続ける。

「転送室の出口は入り口と対になってる。低層向けから君は来ているみたいだから、逃げたファウストと鉢合わせはないと思うけど、少しずらして来なよ。職員と治療魔術師は僕らが手配をしておく」

「すまない。助かる」

「なんだ。落ち着けば、ちゃんとお礼言えるんだね。それじゃまた地上で」

死体を担いだ三魔撃のパーティーは、黒渦に飲まれ消えていく。地上への帰還を見届けたウォルムは息を吐き、緊張度を一段引き下げた。

「あの演技派ども、酷くやってくれたな」

二人を返り討ちにしたとは言え、熟練の冒険者にウォルムが払った代償は決して安くはなかった。最も深い傷が刻まれた首の具合を確かめ、ウォルムは包帯を巻いていく。あと数ミリメートルずれていれば、動脈を断たれていただろう。

折れた肋骨も肺腑に刺さっていないとは言え、実に煩く痛みを主張する。その他、多数の裂傷と打撲。休息に割く時間を考えると、気分も重い。何にしろ、まずは地上に戻らなくてはならない。無数の傷は自然治癒するには、深く多過ぎる。大人しく三百秒の時を数えたウォルムは、先駆者同様に渦へと飛び込んだ。