軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

07 死に戻り令嬢、都戻りする

こうして王都へと戻ってきた私、エルトリーデ。

八年ぶりの帰還。

私が十歳まで暮らし、十歳になった頃に去ったエルデンヴァルク公爵家の上屋敷は八年離れていた今もまったく変わらっていなかった。

少しは変化があってもいいと思っていたんだけど、留守を任せていた家令が余程キッチリとしてくれてたんでしょうね。

私が寝起きしていた部屋も八年前とまったく変わっていない。

しかしそれだと十歳の少女趣味の部屋に十八歳が寝起きすることになるので、それはそれで問題なのだけど。

「……まずは部屋の模様替えから始めないと、ね」

「左様でございますね」

私に付き添って上京してくれたノーア。

彼女は王都出身なので、彼女の里帰りも兼ねているつもりだった。

久々の故郷でノーアも嬉しいのではないかと思っていたけれど……。

「……あの御嬢様、私も王都は随分久しぶりなのですが……」

「ええ、そうね」

「こんなに臭かったでしょうか?」

「……」

ノーアの帰郷一言目の感想に、私も答えが見つからなかった。

私も同じ感想しかなかったから。

「当時は気にしなかったけど、改めて踏み込むと錯覚とは思えないわね」

「ご領地ではまったく感じなかったのですけれど、王都はもう街中から臭ってきてますよね。一体何なのでしょう?」

「街全体の臭いでしょうね。でもこれは王都が臭うんじゃなくてエルデンヴァルク領が臭わないって言うのが正しいと思うわ」

私たちが領地で暮らしていた港町は、上下水道が整備されていて汚水はキッチリと生活区域から隔離されていた。

それは領主であるお父様が心を砕いた結果。

各国から人々が訪れる港町は、快適に過ごせるようでないと腰を据えてくれないし再訪もしてくれない。

――『快適の基本は清潔さ』。

お父様はそう言って街中から汚れをとどめない、汚れを発生させない仕組みを精力的に敷いていった。

下水道の配備もそうだし、ゴミの処理施設も私費で建設した。

外国から来たお客様に訪ねて新しい仕組みを取り入れて。お陰でエルデンヴァルク領内の各街は、国内でもっとも清潔で過ごしやすいと評判になっている。

国外からの移住者が多い理由でもあるだろうし、お父様が名領主である理由でもあるでしょうね。

「エルデンヴァルク領の上下水道やごみ処理施設には外国から学んだ技術が多く使われているの。だから王都にまで伝わっていないんでしょうね」

よしんば伝わるとしても、王都の人々はけして採用しないだろう。

魔法国家であるスピリナル王国では、魔法こそが至高のテクノロジーにして万能の力。

その魔法を持つ我が国が、他国の技術になど頼る必要はない。

そもそも技術や工学などといったものは魔法を得られなかった他国が、その代替品として仕方なく使っているのだから、魔法を持っている我々が下位互換である他国の技術に頼る理由はない!

……と考えるようだから。

「だから王都には悪臭が漂っているのでしょうね。生活の中で必ず出るゴミとか汚水を、キッチリと処理できずにいるのよ」

「不可思議でございますね? 役立つ技術なら率先して取り込めばよろしいでしょうに。そんなに魔法がご自慢なら、それで臭いを消せばいいんじゃないのでしょうか?」

「そんな魔法はないわよ」

私も前世では、魔法を使えるようになろうと何十冊もの魔法書を読み漁ったものよ。

そもどんな魔法書にも、ゴミや汚水を処理するような所帯じみた魔法は載っていなかったわね。

魔法とは精霊より与えられた崇高な力。

それを低俗な生活のために使うなど言語道断というのでしょう。

「そう聞くと、魔法ってそんなに便利でない気もいたしますわね。何故貴族様たちは、そんな力をありがたがるのでしょう?」

「魔法が自分たちの価値を証明するからよ。それよりノーア、そんなこと屋敷の外では絶対言わないでよ。もしも貴族が聞いたら無礼打ちもあり得るわよ」

「あら、お嬢様だって貴族でしょう?」

そうだけど。

魔法こそが世界の頂点に立っていると信じてるスピリナル王国生粋の貴族ってことよ。

「アナタを連れて王城へ上がるのが不安になってきたわ。今夜の晩餐会、私語は一切禁止よ」

「お嬢様が命じられるなら拷問されたって喋りませんわ。でもお嬢様、王都に到着したその晩に晩餐会ってなんだかあわただしくありませんか?」

いいじゃない。

そうなるように調整したのだから。

王太子キストハルトの王太子選びはまさに今夜から始まる。

まず王城で大規模な夜会が開かれ、そこに王太子妃候補となる貴族令嬢数百人が一堂に会するのだそうだ。

「本当なら余裕をもって王都入りすべきなんでしょうけど。私は評判の『魔力なし』令嬢でしょう?」

「悪い意味での評判ですわね」

意地の悪い人たちが興味津々で寄ってきたらと思うと。

下手に本番までの日数を確保したら、事前に茶会の誘いでも受けかねない。招待に応じても嫌な予感しかしないし、かといって断るのも角の立たない理由を考えるのに精神力を無駄に消費しそう。

だから途上の中継地で上手く調整して、夜会当日に到着できた。

あとは夜会に参加して、翌朝さっさと出発すれば王都滞在は最小限の時間で済む。

「それともノーアはもっと王都にいたかった? この悪臭で充満した王都に?」

「さすがお嬢様ですわ! 面倒事は早めに済ますに限りますものね!」

調子のいい従者だけど意見には賛成ね。

魔法が使えない限り、この街に私の居場所はない。私がいることを誰も望んでいないのだから用がある間だけいる方がいいわ。

明日の今頃には、帰途の馬車内でホッと一息ついていたらいいわね。

そしてあっという間に日が暮れて……。

私の乗る馬車は王城の正門を潜るところだった。

「夜でも明るいわねえ」

「左様でございますね。あの明かりはガス灯でしょうか?」

闇夜の中、燦然と煌めくクリスタルのように輝きを放つ王城を見て私とノーアはため息をつく。

「王都にガス灯なんてないわよ。ここにある目を引くべきものはすべて魔法で発現したもの」

「じゃあこの光も魔法で?」

「当代の王太子キストハルト殿下は光属性の魔法を得意とされるわ。王太子の膨大な魔力を持ってすれば王城全体を真昼のように照らすなんて造作もないでしょうね」

「へえ、魔法も捨てたものではありませんわねえ」

ノーアはただただ感心しているが、私は却って平然としてしまった。

何しろ初めて見るわけじゃないから。

前世で初めてこの風景を見た時は、それはもう今のノーア以上に驚愕したものだわ。

輝きの美しさにただただ見惚れて……。

魔法の凄さに心奪われて、同時に怒りが湧いた。

どうしてこの力が私に与えられなかったのか、一人にばかり強大な力がそそがれるのかと。

「お嬢様、そろそろ馬車から降りるようですわよ」

「案外スムーズね」

数百人もの貴族令嬢が集まるんだからもっと入場に手間取ると思ってたんだけど。

王家側も新しく王太子が年頃になるたび繰り返してるんだから慣れたものってことかしら。

私は開いたドアから馬車を降り、ノーアも後ろに続く。

「宴の間、アナタは従者用の控室で待機。わかっているわよね?」

「当然ですお嬢様。何か御用があればお呼びを、すぐ駆け付けますので」

念のための確認ではあるけれど心配はないわよね。

ノーアはこう見えて優秀な侍女だし。むしろ問題があるとしたら私の方だわ。

会場に入ったら色々言われるんだろうなあ。嫌味とか皮肉とか、もっとストレートな罵声とか。

耐えられないほど辛いわけじゃないけれど、好き好んで辛い思いをしようとも思わないのよね。

一応、今世の私は正常な感覚のつもりなのよ。

王城の内側ではどんな厄介事が待ち受けているのかと心中身構えいたら……。

「……あら?」

私の進路を塞ぐ者たちがいる。

三人の若い女性。

場所柄からして、彼女らも王太子妃選びに参加する貴族令嬢かしら。その割にはこんな通路に突っ立っていないで、早く会場に入ればいいのに。

通せんぼするかのような彼女らが、私を見下ろして言う。

「エルデンヴァルク公爵令嬢でいらして?」

「だったら何か?」

応えるとすぐさま彼らの口端にいびつな笑みが浮かんだ。

ヒトを侮蔑する時に浮かべる禍々しい笑み。前世で嫌と言うほど見たわ。

「『魔力なし』とかいう出来損ないの娘が、年頃ゆえ来るかもしれないと噂になっていましたが、本当にいらっしゃるなんて」

「恥を知らない御方なのね。我らが敬愛せし王太子殿下が、アナタごとき出来損ないを相手にすると思って?」

「勘違いするアナタに身の程を知っていただきたくて、ここで待ち伏せして正解でしたわね。これもキストハルト殿下への忠節の証。格式ある王太子妃選びが始まる前に、私たちで塵芥を払い清めて差し上げますわ!」

これは参ったわね。

王城に入ればどんなトラブルや嫌がらせに遭うかと警戒していたのに。

まさか入る前から騒動が起きるなんて……!?