軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

01 死に戻り令嬢、リスタートする

目が覚めた時、私……エルトリーデはベッドにいた。

「えッ? なんで?」

まったくわけがわからない。

私は処刑されたはずなのに、死ねば二度と目覚めないものではなかったのか。

自分が死んだのは間違いない。

首を落とされ、転がり落ちる頭に合わせて回転する視界……あの光景は脳裏に焼き付いて離れない。

「あの光景が幻だったとでも言うの? 王子に捕まってから、処刑されるまでの全部が夢?」

そんなはずはなかった。

あんな生々しい実際に経験した記憶、それが夢であったなんてありえない。

しかし夢でなかったら、こうしてベッドの上で目覚めることもまたありえない。

「もしかしたら、今の方が夢?」

見回してみると部屋の内装に見覚えがある。

ここはたしかに、私が生まれ育ったエルデンヴァルク公爵家の上屋敷。王太子妃選抜のためにお城に上がるまで、私は子どもの頃からずっとここで寝起きしてきた。

ここで目覚めたということは、処刑されずに家に帰ってきたということ? それとも妃候補に挙がってお城に上がるところから、もう全部が夢だったということ?

何もかもわからないとばかりに混乱していると、コンコンと音が鳴る。

ノックの音?

反射的に『どうぞ』と答えてしまう。

「失礼いたします。おはようございますお嬢様」

「ノーア?」

ガチャリと扉を開けて入ってきたのは、メイド服を着た大人の女性だった。

しかも私の知っている顔。

「ノーア? 何故ここに?」

「何故と言われましても……」

困ったように言葉を詰まらせるノーア。

彼女はメイド、私の住むエルデンヴァルク公爵に仕えていた。

私付きのメイドとして、私が九歳から十歳までの一年間仕えていたが、その後辞めて故郷へと帰ったはずだった。

「アナタは辞めたはずでしょう? 何故まだ公爵家にいるの?」

「い、いえそんなはずは……? その、お嬢様……それはもう私にも暇を出されるということでしょうか?」

恐る恐る聞いてくるノーア。

そうだった……私は公爵家にいた頃、よく癇癪を起こして自分付きの使用人をすぐクビにしたものだったわ。

使用人たちも私が『魔力なし』だと見下してくる。

貴族同士ならまだ耐えられても、下僕風情にまで侮られるなんて耐えられない。だから公爵令嬢としての権力を最大限使って、私に盾突く者は皆屋敷から追い出した。

このノーアも……。

そんなノーアが今、私の目の前にいる。

しかも追い出した時とそう大して変わらない姿で。

彼女が仕えていたのは、私が十歳そこらの頃のはず。

だったら今から十年は昔のことよ?

ならば少しは年老いて……というほど当時から“老いる”なんて歳でもなかったけれども……。

どっちにしても十年も同じ姿を保っているなんてありえない。

十年前に辞めさせたメイドが、十年前と同じ姿でいる。

そこで思い至った。今、私が置かれている状況の、ある可能性に……。

「ノーア、私って今何歳だったかしら?」

「はい? 九歳……いえ来週のお誕生日に十歳になられますよね? おめでとうございます」

そう告げられて全身が凍った。

私が十歳?

そんなバカな。私は二十歳で処刑されたはず。

慌てた私のしたことは自分の身体を見下ろすことだった。

とはいえ自分自身のベッドに入った体勢からでは見られるのは精々両手ぐらいのものだけど。

でもそれだけでわかった。

なんて細くて小さな手。

昨夜まで見慣れていた二十歳の、成熟した女性の両腕とはまったく違う。

それこそ成長途上の少女の手。

そういえば視線を下ろすたびに声高に主張してくる、煩わしいほど大きな胸も、今はぺったりと大人しい。

成長期以前にあった懐かしい感覚……。

「ノーア、ノーアッ!?」

「は、はいッ?」

「鏡を出して、お願い!」

「ええと姿見ですか? それとも手鏡でしょうか?」

メイド共々混乱しながら、とにかく全身が見れる大きな鏡の前に立ち、そして衝撃を受けながらもやっと理解した。

自分の身に起こったことが。

「これが私……!?」

鏡に映っていたのはまだまだあどけなさの残る十歳の少女だった。

着ている寝間着はふんだんにフリルのついた可愛いもので、二十歳の成長した私が着ていたら、とても似合わずに失笑されているだろう。

でも今の、十歳の少女にはよく似合う。

そう、鏡に映った私の姿はどう見ても十歳の少女だった。

二十歳の女が十歳の少女に若返ることなんてありえるの?

しかも処刑台で首を切り落とされた女が?

そうだ私は死んだはずなんだ。

だとしたらこれは死んだ私が見ている夢? でも夢というには色々と感触がリアルすぎて……!?

「ノーア、私のことを叩いてくれないかしら?」

「そんな恐れ多いことできるはずがありません!」

「これが夢なら叩かれたら目が覚めるはずでしょう?」

ノーアは泣いて許しを乞うていたが、ここまで来たら私も気づかないわけにはいかない。

私はたしかに二十歳のあの日、罪をもって処刑された。

そして十歳の今日に巻き戻った。

これは『死に戻り』とでもいうのかしら?

とにかく私は死ぬはずが、やりなおしの機会を得たってこと?

それから私は……。

とにかく私の瘴気を怪しむノーアを部屋から追い出し、一人ベッドの縁に座った。

今の私にはどうしても一人で考える時間が必要だった。

自分に起こったことを整理しなければ一歩も先に動けない。

「時間が戻った……ってことでいいのよね?」

それ以外に考えられない。

幼くなった自分、いなくなったはずの使用人。

それらと再び相まみえるのは、彼女らがいた時間に舞い戻る以外にあり得ない。

時間遡行?

そんな魔法があったかしら?

この国には魔法という超絶の力がたしかに存在する。

しかしいかに魔法といえども時間を操作するなんて、そんな大それた事象が実在するはずがないわ。

何でもできるように見える魔法にもちゃんと体系があって、基本的に地水火風の四大属性。その上に特別な光属性があって、各々の特性に準じた現象を巻き起こすことができる。

でも火だろうが水だろうが、地や風だろうが光であっても……時間に作用できる属性なんてあるはずがないわ。

かつて読んだ魔法書にも、時間操作の魔法なんて存在しなかった。

精々、人の時間が過ぎる感覚を速くしたり遅くしたりできる魔法が光属性にあったと思うけど。十年単位の大規模な時間遡行には足元にも及ばない。

もしかしたら私も読むことのできなかった……王城の奥深くに秘蔵されているという禁書になら載っているかもしれないけれど。

……いえ可能性の話をしたらキリがないわね。

現状、何故こんなことになっているのかを解明することは不可能。だったらこの状況下で何をすべきかを考える方が建設的だわ。

私は、十歳の私になった。

自分自身だけじゃない。私を取り巻くこの世界すべてが私、二十歳の時点から十年前に巻き戻った。

私の十歳から二十歳の間までに起きたことが一旦すべてなかったことに……ということよね。

私が処刑された事実も、処刑されるにいたる罪のすべても十年の時間とともに消えた。

さらにその原因になった王太子のお妃選びも。

時間が十年戻ったのなら、今の彼も十二歳のはず。

お妃選びなんてまだまだ先と思われている、何も知らない子どもだわ。

すべてが消えた?

私の罪も罰もすべて。

そして記憶だけを残して、再び十年前からやり直せる?

時間は再び流れ出しているのだから。

「上手くすれば……私は今度こそ王太子妃になれる?」

考えがまとまった途端に浮かんだのは、そのことだった。

前世……と言っていいのかどうかわからないけれど、かつての二十歳の私は首を切り落とされてたしかに死んだ。

そのあとで十年前から再び人生が始まったのだから、前の人生のことは前世と言っていいのかもしれない。

とにかく前世では、王太子妃になろうと懸命になり、汚い手段まで使ってライバルの令嬢を蹴落としてきたけれど結局望みは叶わなかった。

それどころか嫁ぐべき王太子自身の手によって断罪され、殺された。

私の処刑を最終的に決定したのも王太子だと思う。

捕縛まで彼の主導で行われたのだから、量刑も彼が先導を切って行われたのは容易に想像がつく。

私の死に、彼の意志が多量に交じっているのは間違いない。

「私のことが、殺したいほど目障りだったということね……」

それもそうか。

曲がりなりにも自分の生涯の伴侶を決めようという催しで、その候補を次々と陥れ、その挙句に自分の隣に立とうとした。

そんな邪悪な女、嫌うに決まっているわ。

息の根も止めたくなるほどに。

たとえあの御方との結婚を望んでも、魔力のない私は王子の妻には絶対に選ばれない。

ならばどんな手段を使っても競争相手の令嬢を蹴落とす以外に私が選ばれる可能性はないけれど、それをやれば王子本人から疎まれる。

どっちにしろ、私は王太子妃になれない。

「私が選ばれる可能性は最初から最後までゼロだったってことじゃない」

何てバカな私。

この程度のことに死んで時間が巻き戻るまで気づけないなんて。

何てバカな女だったのかしら。