作品タイトル不明
第408話:二匹の猫と将来の約束
洋食屋で美味しいグラタンとハンバーグでお腹を満たした俺たちは、腹ごなしも兼ねて雪の残る道をのんびりと歩いていた。
「はぁ〜、美味しかったね。お腹いっぱい!」
「だな。さすがに少し歩かないと、夕飯が入らなくなりそうだ」
そんな会話をしながら歩いていると、少し大きな通り沿いにある大型のホームセンターにたどり着いた。
「せっかくだし、ちょっと日用品でも見ていくか」
「うんっ! あ、そうだ、柔軟剤のストックがそろそろ切れそうだったかも」
店内に入り、洗剤などのコーナーを軽く見て回った後。
俺たちの足は、自然と店舗の奥に併設されているペットショップコーナーへと向かっていた。
「あ……っ!」
ガラスケースが見えた瞬間、凛の足がピタッと止まり、その瞳がキラキラと輝き始めた。
実は凛、大の動物好きで、中でも生粋の『猫派』なのだ。
「朝陽くん、見て! 子猫ちゃんがいっぱいいるよ……!」
凛は小走りでガラスケースに近づき、無邪気にじゃれ合う小さな子猫たちに釘付けになった。
「うわぁ……可愛いねぇ、ちっちゃいねぇ……」
特に凛の目を引いたのは、やんちゃそうに動き回るアメリカンショートヘアの子猫だった。
凛がケースの前にしゃがみ込むと、そのアメショーの子猫もトコトコと近づいてきて、ガラス越しにじーっと凛を見つめ返した。
「ふふっ、いい子だねぇ。こっち見てるよ」
しゃがみ込んで子猫に微笑みかける凛。
その無防備で愛らしい姿を横で見下ろしながら、俺は心の中でこっそりと思っていた。
(なんか、可愛い子猫が二匹いるみたいだな……)
すると、俺たちの様子を見ていた店員さんが、にこやかに声をかけてくれた。
「よかったら、抱っこしてみますか?」
「えっ!? い、いいんですか!?」
「もちろんです。こちらで手を消毒して、ベンチにお座りくださいね」
凛はパァッと顔を輝かせ、入念に手を消毒してからベンチにちょこんと座った。
店員さんがそっとアメショーの子猫を凛の膝の上に乗せる。
「わぁ……あったかい……」
すごく大人しい子猫で、凛の膝の上で丸くなると、凛の顔を見上げて小さく鳴いた。
「にゃあ」
その反則的な可愛さに、完全に顔をデレデレにとろけさせた氷の令嬢が、無意識に口を開く。
「……にゃあ」
(……っ!!!)
俺は心の中で、特大のダメージを受けて悶絶した。
子猫に鳴き返す凛の破壊力が凄まじすぎる。
(ダメだ、可愛すぎるだろ……!)
その後、名残惜しそうに子猫を店員さんに返し、ペットショップコーナーを後にする。
「……はぁ。すっごく可愛かったぁ……」
「そうだな。すごく凛に懐いてたみたいだし」
並んで通路を歩いていると、凛がふと足を止め、少しだけ顔を赤くして俺を見上げてきた。
「……ねえ、朝陽くん。私、将来……猫、飼いたいな……」
上目遣いでポツリとこぼされた、その言葉。
俺は頭をポリポリと掻きながら、ごく自然に返した。
「……そうだな。一緒に住んだら、飼うか」
「……えっ?」
「……あっ」
言葉に出した直後、俺は自分の発言のとんでもないニュアンスに気がついた。
『将来一緒に住んだら』……それってつまり、結婚するとか、そういう意味にしか聞こえないのでは……!?
隣を見ると、凛もその意味に気づいたのか、耳の先までりんごのように真っ赤に染め上げて、俯いてしまっている。
「あ、いや、その……! そういう変な意味じゃなくて、その……!」
「う、うんっ……わかってるよ……っ。一緒に、住んだら……だよね……っ」
お互いに顔から火が出そうなほど照れまくり、俺たちはそれ以上何も言えず、甘酸っぱい沈黙に包まれたまま家路についたのだった。
ドキドキを引きずったまま家に帰宅すると、雪道を歩き回ったせいで足先がすっかり冷え切ってしまっていた。
「足、冷たくなっちゃったな。お風呂の前に、ちょっと足湯でもするか」
「あ、足湯! 賛成!」
俺は浴室に熱めのお湯を張った。
二人で並んで座り、浴室の中にそっと足を入れる。
「んん〜……っ、あったかい……」
「だろ。足先を温めると全身ぽかぽかしてくるからな」
そんなささやかな触れ合いにドキドキしながら、俺たちは肩を寄せ合い、凛のスマホで一緒に『可愛い猫の動画』を見て、まったりとした時間を過ごした。
足湯ですっかり体が温まった後、俺はお風呂を洗い、そのまま晩ご飯の支度に取り掛かった。
「さて、今日の夕飯は……これの出番だな」
冷蔵庫から取り出したのは、凜のおじい様から送られてきた上質な合鴨のロース肉。
今日はこれで、極上の『鴨南蛮そば』を作る。
フライパンを熱し、鴨肉の皮目からじっくりと焼いていく。
ジュワァァッ……! と良い音を立てて、鴨から上質で甘い脂がたっぷりと溢れ出してきた。
両面にこんがりと焼き色をつけたら一旦取り出し、残った鴨の脂で、今度は斜め切りにした太めの長ネギを焼いていく。
「はぁぁ……キッチンからすっごくいい匂いがする……!」
「おう、もうすぐできるからな」
鴨の旨味をたっぷり吸い込んだネギに焦げ目がついたら、甘辛い醤油ベースの温かいお出汁を張った鍋に、鴨肉と一緒に投入してサッと煮る。
茹でたてのお蕎麦をどんぶりに盛り、熱々のお出汁と具材をたっぷりとかければ完成だ。
「お待たせ。鴨南蛮そばだ」
「わぁぁっ! お出汁と鴨のすっごくいい匂い! いただきまーすっ!」
凛が早速お箸を取り、お蕎麦と鴨肉を一緒に口へと運ぶ。
「ずるっ、はふっ……んん〜っ!!」
お蕎麦をすすった凛の顔が、幸せいっぱいに綻んだ。
「お肉がすっごく柔らかくてジューシー! 噛むと鴨の甘い脂がジュワッて出てくる! あと、このおネギ! お肉の旨味を全部吸ってて、とろとろで甘い……っ!」
「だろ?おじい様が送ってくれたいい肉だからな。温かいうちにいっぱい食え」
「うんっ! お出汁もすごく美味しくて、体中がぽかぽかするよ……」
ズズッ、と美味しそうにお出汁を飲む凛。
俺も向かい側で蕎麦をすすりながら、彼女の嬉しそうな顔を見つめる。
猫の鳴き真似をした可愛すぎる姿も、将来一緒に住むという甘い約束も。
すべてが温かいお出汁とともに体中に染み渡っていくような、最高に幸せな休日の夜だった。