軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第406話:映画と、お布団と彼氏の二択

ガッツリとした特製黒酢の酢豚を二人でペロリと平らげ、お腹はすっかり満たされたはずだった。

しかし、凛の心の中には、午後に見た感動系映画の『主人公が命を落としてしまう』というショックが、まだ色濃く影を落としているらしかった。

「……朝陽くん」

「ん? どうした」

「お風呂、入ってくるから……あのね」

脱衣所へ向かおうとした凛が、モジモジとパジャマの裾を握りしめながら上目遣いでこちらを見てくる。

「……ドアの前に、いて……?」

そのあまりにも心細そうな声と表情に、俺は断る選択肢など持てるはずもなく、洗面所に座り込むことになった。

「ちゃんといるから、ゆっくり温まってこいよー」

『……うんっ』

ドア越しにポツポツと言葉を交わしながら、凛がお風呂から上がるのを待つ。

今日の映画の感想や、明日の朝ご飯は何がいいかなど、本当にたわいもない雑談。

けれど、俺の声がすぐ近くで聞こえていることで、凛は心底安心しているようだった。

お風呂上がり。

二人で軽くストレッチだけを済ませ、部屋の明かりを消して温かい布団へと潜り込んだ。

窓の外を見ると、激しかった大雪はすっかり止み、雲の隙間から冬の星空が顔を覗かせていた。

「明日は土曜日だな。雪も止んだし、久しぶりに外に出るか」

「本当!? お出かけできるの?」

暗闇の中、隣で凛の声がパッと明るくなるのがわかった。

「ああ。足首の少し上まであるレインブーツあるだろ? あれを履いて、近くの大きな公園まで歩いていこう。真っ白な雪景色、凛のイラストの背景資料になるだろ?」

「なるっ! すっごくいい資料になる! わぁ、久しぶりのお外デートだね……!」

嬉しそうにはしゃぐ凛の声に、俺も自然と頬が緩む。

そのまま「おやすみ」と声を掛け合い、静寂が訪れた……はずだった。

(……ん?)

暗闇の中、隣でモソモソと寝返りを打つ気配がしたかと思うと、俺の顔をじっと見つめる熱い視線を感じた。

薄目を開けると、月明かりに照らされた凛が、俺の顔を食い入るように見つめている。

「凛? どうし……」

俺が声をかけようとした、その瞬間だった。

「……っ、ぐすっ……」

凛の大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちたのだ。

「お、おい! どうした!?」

「ごめ、なさ……っ、朝陽くんの顔見てたら……もし、映画みたいに急に朝陽くんがいなくなっちゃったらって、思って……っ」

慌てて体を起こすと、凛は俺のパジャマの袖をギュッと掴んできた。

「朝陽くん、お料理も何でもできて、優しくて、すっごくかっこよくて……私の自慢で……だから、いなくなったら生きていけないよぉ……」

「おいおい、また映画思い出したのか? だから、俺はどこにも行かないって言ってるだろ〜」

自分をそんな風に評価してくれているのは照れくさかったが、今はそれどころではない。

苦笑しながらも、俺は泣きじゃくる凛を力強く、そして優しく胸に抱き寄せた。

「ほら、よしよし。俺はここにいるから」

「ひぐっ……あさひくん……っ」

(なんか俺、完全に大きな赤ちゃんを寝かしつけてるみたいだな……)と内心ツッコミを入れつつも、俺は凛の背中を一定のリズムで『トントン』と優しく叩き続けた。

耳を当てている俺の心音と、背中を叩くリズムに安心したのか。

やがて凛の泣き声は落ち着き、俺の腕の中でスヤスヤと穏やかな寝息へと変わっていったのだった。

翌朝。

俺は凛よりも一足早く起き出し、キッチンで朝食の準備を整えていた。

休日の少し遅めの朝ごはんだから、おしゃれにパスタでも作るか。

フライパンにオリーブオイルをひき、みじん切りにしたニンニクと細切りのベーコンを弱火でじっくりと炒める。

香りが立ったところにホールトマトを加え、木べらで潰しながらトロリとするまで煮詰めていく。

そこに固めに茹で上げたスパゲティを投入し、ソースをしっかりと絡める。

仕上げに粉チーズとドライパセリを散らせば、朝陽特製・トマトソーススパゲティの完成だ。

朝から胃がもたれないよう、量はあえて少し少なめにしてある。

トマトの爽やかな酸味と、ニンニクとベーコンの食欲をそそる香りが、部屋中に広がっていった。

「よし、できた。……凛ー、朝飯できてるぞ」

いい匂いが漂う中、寝室へ声をかけるが、布団の山はモゾモゾと動くものの、一向に中身が出てくる気配がない。

「……だめぇ……お布団が、私を離してくれないの……」

毛布の隙間から顔だけを出し、とろんとした目で甘えたことを言う氷の令嬢。

昨夜の甘えん坊モードがまだ抜けきっていないらしい。

俺は少し悪戯心が湧いてきて、ベッドの横に立ち、両手を大きく広げてみせた。

「しょうがないな。……じゃあ、凛。『お布団』と『俺』、どっちがいい?」

「……えっ?」

「お布団がいいなら、そのまま寝てていいぞ。俺がいいなら……こっちおいで」

自分でも照れくさくなるような、付き合いたてのバカップルのような究極の二択。

凛は一瞬フリーズして目をパチクリさせた後、みるみるうちに顔をりんごのように真っ赤に染め上げた。

「〜〜〜っ! あさひくんがいい……っ!」

バサッ! と勢いよく布団を蹴飛ばし、凛が俺の胸に向かって一直線にダイブしてくる。

俺は細い体をしっかりと両腕で受け止め、その頭をポンポンと撫でた。

「はい、よくできました。それじゃ、顔洗ってご飯にするぞ」

「……うんっ!」

朝から致死量の甘さを振りまきながら、俺たちはようやく食卓へ。

「いただきますっ! ……あむっ、んん〜っ!」

「どうだ? 朝からパスタだけど」

「トマトの酸味とベーコンの旨味がパスタにしっかり絡んでて、すっごく美味しい! 朝からこんなおしゃれなカフェみたいなご飯が食べられるなんて、私すっごく幸せだよぉ……」

チュルチュルと嬉しそうにパスタを頬張る凛を見つめながら、俺も温かくて美味しい休日の朝を満喫するのだった。