作品タイトル不明
第365話:地元の初詣と、内緒のお願い事
お昼過ぎ。
俺たちは実家から歩いて行ける距離にある、地元の大きめの神社へと初詣に向かっていた。
前を歩いているのは、ビシッと渋いコートでキメたおじいちゃんと、上品な淡い藤色の着物を着こなすおばあちゃん。
その後ろを、俺と凛がゆっくりとしたペースで歩いている。
「凛、足元気をつけてな。歩きにくくないか?」
「うん、大丈夫。朝陽くんが合わせてくれてるから」
普段履き慣れない草履のせいで、凛の歩幅はいつもよりかなり小さい。
俺は彼女が転ばないように、いつでも手を引ける距離を保ちながら、その小さな歩幅に合わせてゆっくりと歩を進めていた。
神社に近づくにつれて、参拝客の数はどんどん増えていく。
凛の地元ということもあり、すれ違う人の中には、彼女と同じ年頃の学生の姿もちらほらと見受けられた。
「……えっ、ちょっと待って。あそこにいるの、冬月さんじゃない!?」
「うそっ、マジだ! 着物姿、めっちゃ可愛くない……!? 女神じゃん……」
すれ違った中学生か高校生くらいの男女のグループが、凛の姿に気づいてヒソヒソとざわめき始めた。
「すげー、生で見ると破壊力やばいな……」
「……てかさ、隣歩いてる男、誰? 一見普通っぽいけど、よく見たら背高くてスタイル良いし、めっちゃかっこよくないか?」
「あー、確かに。優しそうだし、なんか余裕あるっていうか……」
彼らのヒソヒソ声は、人混みの中でも意外とハッキリと耳に届いてきた。
(……なんか、めっちゃ見られてるな)
俺が少しだけ気恥ずかしくなって首を傾げていると、隣を歩いていた凛が、ツンとすました表情のまま俺のコートの袖をきゅっと掴んできた。
「……凛?」
「……朝陽くんは、私のなんだからね」
小さな声でそう呟きながら、さらにピトッと肩が触れ合う距離まで身を寄せてくる。
周りの同級生たちに見せつけるような、少し誇らしげで、けれど誰にも渡したくないという強い独占欲。
学校では『氷の令嬢』と呼ばれている彼女の、俺にしか見せない可愛すぎる我儘に、俺は思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
「はいはい、分かってるよ」
手水舎で手を清め、俺たちは本殿の前へと並んだ。
賽銭箱の前に立ち、財布から小銭を取り出す。
五円玉(ご縁)という選択肢もあったが、俺たちにはもう必要ない。俺はすでに、隣にいる彼女という最高のご縁を神様からいただいているのだから。
『感謝』の意を込めて、俺たちは五百円玉をチャリン、と賽銭箱に入れた。
二礼、二拍手。
そして、静かに目を閉じて手を合わせる。
(神様、最高のご縁をありがとうございました。……今年も、来年も。ずっと凛の隣で、美味しいご飯を作って笑い合えますように)
心の中でそう唱え、深く一礼をした。
隣を見ると、凛も同じように目を閉じ、真剣な表情で手を合わせている。
(……これからもずっと、朝陽くんの隣にいられますように)
お参りを終えて鳥居の方へ歩き出しながら、俺はふと尋ねてみた。
「凛は、何お願いしたんだ?」
「えっ? ……な、内緒。人に言ったら叶わなくなっちゃうかもしれないし」
凛は少しだけ頬を染めて、誤魔化すようにそっぽを向いた。
「まあ、強いて言うなら……無病息災、かな。朝陽くんは?」
「奇遇だな。俺もそんなもんだ」
お互いに本当の願いを胸に秘めたまま、俺たちはふふっと顔を見合わせて笑い合った。
「おじいちゃんたち、先に戻ってるって」
「そっか。じゃあ、少し出店を見てから帰ろうか」
参道には、ズラリとたくさんの出店が並び、ソースや醤油の焦げる美味しそうな匂いが漂っていた。
定番の甘酒やベビーカステラを眺めながら歩いていると、凛がある屋台の前でピタッと足を止めた。
「あっ、朝陽くん! あれ!」
凛が指差した先には、『10円パン』と大きく書かれたのぼりが立っていた。
10円玉の形をした大きなパン(ベビーカステラのような生地)の中に、チーズなどがたっぷり入っている、最近流行りの屋台グルメだ。値段は当然10円ではなく、500円なのだが。
「美味しそうだな。一つ買って、半分こするか?」
「うんっ!」
熱々の10円パンを一つ買い、境内の端の邪魔にならない場所へ移動する。
ほんのりと甘いカステラ生地の匂いがたまらない。
「はい、凛から食べていいぞ」
「ありがとう! いただきまーす」
凛が10円パンの端っこをパクリと小さくかじる。
すると、中にたっぷりと詰まっていたモッツァレラチーズが、とろぉぉ……っと、どこまでも長く伸びていった。
「わわっ、すごい! チーズ伸びるー!」
着物姿の美少女が、口からチーズをびよーんと伸ばして無邪気にはしゃいでいる。
そのギャップがあまりにも可愛くて、俺は堪えきれずに声を上げて笑ってしまった。
「あははっ、凛、口元にチーズついてるぞ」
「んっ……ふぇ?」
「じっとしてろ。拭いてやるから」
俺はポケットからハンカチを取り出し、凛の口元についたチーズを優しく拭き取ってやった。
甘い生地と、しょっぱいチーズの絶妙な組み合わせ。
二人で一つのパンを交互に齧り合いながら、俺たちはすっかり初詣の屋台を満喫した。
お土産用にベビーカステラをいくつか買い、俺たちは実家への帰路についた。
冬の冷たい風が頬を撫でる。
少し冷えてきた空気に、俺が何気なく右手を差し出すと、凛は何の躊躇いもなく、その小さな左手を俺の掌に重ねてきた。
誰の目も気にせず、堂々と、しっかりと指を絡め合う。
「……あったかい」
凛が嬉しそうに微笑みながら、繋いだ手を小さく揺らした。
「そうだな」
袖に隠す必要なんてない。
冷たい冬の空気の中、俺たちは繋いだ手から伝わる確かな温もりと、お正月特有の幸せで平和な空気感に包まれながら、ゆっくりと歩き続けた。