軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第364話:穏やかな時間と、目を奪う晴れ姿

「「いただきます!」」

目の前に並べられた豪華なごちそうを前に、俺と凛は元気よく手を合わせた。

メインはなんと言っても、大皿に山盛りにされたタラバガニだ。

おじいちゃんが気合を入れて市場で仕入れてきたというだけあって、真っ赤な殻の中にははち切れんばかりの極太の身がぎっしりと詰まっている。

殻に切れ目が入れてあり、お箸でそっと掬うようにするだけで、プリッとした大きな身がごそっと取れた。

それを三杯酢に少しだけつけて、贅沢に一口で頬張る。

「……っ! うまっ……!」

口に入れた瞬間、カニ特有の濃厚な甘みと旨味が爆発した。

繊維の一本一本がしっかりとしていて、噛むたびにジューシーな肉汁が溢れ出してくる。

隣を見ると、凛の様子が完全にカニに支配されていた。

「…………」

『カニを食べると人は無口になる』という法則の通り、凛は真剣な表情で黙々と身をほじくり出している。

そして、大きな身を口に運ぶたびに、ふぁ……と蕩けるような、最高に幸せそうな顔を見せていた。

「ふふふっ、美味いか凛。朝陽くんも、もっと食べなさい。エビもいい塩梅に焼けてるぞ」

「はい、ありがとうございます。エビもすごく身がしまっていて美味しいです」

おじいちゃんが勧めてくれるままに、ぷりぷりのエビの塩焼きや、おばあちゃん特製のお出汁が効いたお雑煮を堪能する。

凛の実家のダイニングには、お正月特有の明るくて温かい笑い声が絶え間なく響いていた。

食後。

みんなで温かい緑茶を飲んで、お腹がいっぱいになった余韻に浸っていた頃。

「さて、お腹も落ち着いたし、午後からはみんなで初詣に行こうかね」

「おお、そうじゃな。天気も良くて何よりだ」

おばあちゃんの言葉に、おじいちゃんが頷く。

すると、おばあちゃんが立ち上がり、凛の手を引いた。

「凛、ちょっとこっちにいらっしゃい。初詣の準備をするわよ」

「えっ? 準備って……あ、うん」

少し不思議そうな顔をした凛だったが、そのままおばあちゃんに連れられて、奥の和室へと消えていった。

リビングには、俺とおじいちゃんの二人だけが残された。

彼女の家族と、男二人きり。

普通であれば、何を話せばいいのか分からず、緊張で気まずい空気が流れそうな場面だろう。

しかし、不思議と居心地の悪さは全くなかった。

「一昨日の、友達との焼肉パーティーはどうだった? 魚介は美味く食べられたか?」

「はい、最高でした。友人たちも大トロのお刺身を見て大はしゃぎで、あっという間に無くなっちゃいました。本当にありがとうございました。みんなからも、お礼を伝えてほしいと言付けを預かっています」

おじいちゃんが淹れてくれた二杯目のお茶をいただきながら、俺はハキハキと昨日の忘年会の様子を報告する。

「そうかそうか、そりゃあ良かった! 若いもんが腹いっぱい食べてくれるのが一番じゃからな」

おじいちゃんは豪快に笑い、それから少しだけ目を細めて俺を見た。

「……いつも凛を支えてくれて、本当にありがとうな。あの子が最近、心の底から楽しそうによく笑うようになったのは、間違いなく朝陽くんのおかげじゃよ」

「いえ、俺の方こそ……凛にはいつも元気をもらってますから。俺の作ったご飯を、凛が世界一美味しそうに食べてくれるだけで、すごく満たされるんです」

変に謙遜しすぎることはせず、俺も真っ直ぐにおじいちゃんの目を見て、自分の素直な気持ちを伝えた。

おじいちゃんは満足そうに深く頷き、「これからも、あの子のことをよろしく頼むよ」と優しく微笑んでくれた。

それからしばらく、おじいちゃんとテレビの正月特番を見ながら談笑していると。

「朝陽くん、ちょっとこっちに入っておいでー」

ふすまの向こうから、おばあちゃんの弾んだ声が聞こえた。

「はい、今行きます」

準備が終わったのだろうか。俺は立ち上がり、奥の和室へと向かう。

そして、「失礼します」と短く声をかけ、ゆっくりとふすまを開けた。

「……っ」

その瞬間、俺の思考は完全に停止し、言葉を失った。

和室の真ん中に立っていたのは、華やかな着物に身を包んだ凛だった。

淡い水色を基調とした生地に、梅や牡丹の鮮やかな花柄が咲き誇っている。

普段は下ろしている綺麗な黒髪は、上品に後ろで結い上げられており、白くてうなじの細い首筋が露わになっていた。

薄く引かれた口紅が、彼女の元々の整った顔立ちをさらに際立たせ、大人びた色香を漂わせている。

学校で見せる『氷の令嬢』の隙のない制服姿とも、俺の部屋で見せるだらしなくて可愛いスウェット姿とも違う。

まさに息を呑むほどに美しい、完璧な『晴れ姿』だった。

「…………」

あまりの美しさに、俺はただただ呆然と立ち尽くし、彼女から目を離すことができなかった。

俺の視線を一身に浴びた凛は、少しだけ居心地が悪そうにもじもじと身をよじった後、上目遣いでこちらを見つめてきた。

「えっと……どう、かな……?」

ほんのりと頬を桜色に染めてはにかむ彼女は、反則的なまでに可愛くて。

(……こんなの、見とれない男がいるわけないだろ)

俺のキャパシティを軽く超えてくる破壊力に、俺は新年早々、完全に心を奪われてしまっていた。