作品タイトル不明
第325話:熱視線と、侵入事件
「…………」
「…………なぁ、凛」
「なに?」
「さっきから、めっちゃ見られてる気がするんだけど」
月曜日の夜。
晩御飯を食べ終え、順番にお風呂に入り、日課のマッサージも終えた後の、まったりとした時間。
俺は自室のデスクに向かい、パソコンのモニターとにらめっこしながら動画編集の作業を進めていた。
そして俺の足元——正確には、俺の太ももの上には、ごろんと横たわる凛の頭が乗っている。
いわゆる太もも枕の状態で、凛はさっきから瞬きも忘れたように、下からじっと俺の顔を凝視し続けていたのだ。
「気がする、じゃないよ。ずっと見てるもん」
「だから、なんでだよ。そんな見つめられると、恥ずかしくて作業に集中できないんだけど……」
照れ隠しで少しだけ視線を逸らすと、太ももの上の凛が「ふふっ」と小さく笑った。
「だって、好きな人の顔はずっと見てても飽きないんだもん。それに……」
「それに?」
「こうやって下から見上げてると、朝陽くんの顔立ちがすごく整ってるのがよくわかるから」
凛は長い指先をすっと伸ばし、空中で俺の鼻筋をなぞるような仕草をした。
「スッて通った綺麗な鼻筋とか、意外と長いまつ毛とか……。朝陽くんは自分のこと地味だって言うけど、絶対そんなことない。すごくカッコいいもん……私の自慢の、高スペックな彼氏」
熱を帯びた甘い声でそんなことを言われ、俺の顔は一瞬で沸騰したように熱くなった。
学校ではなるべく目立たないようにしているけれど、この『氷の令嬢』のフィルターを通すと、俺の顔はそんな風に見えているらしい。
「〜〜〜っ、わかった。もう好きに見てていいから!」
「うんっ、遠慮なくガン見させてもらうね」
結局、俺は真っ赤になった顔をモニターに向けたまま、動画編集の作業が終わるまで凛からの熱烈な視線を浴び続けることになったのだった。
作業も一段落し、時計の針が23時を回る頃。
俺たちは明日も学校があるため、凛を彼女の部屋へと送り届け、ベッドの布団にすっぽりと寝かしつけた。
「ちゃんと首まで布団かぶって、あったかくして寝ろよ」
「うん。……えへへ、朝陽くん、お母さんみたい」
俺が柔らかいその頭を優しく撫でてやると、凛は嬉しそうに目を細めて俺の手のひらにすりすりと頬を寄せた。
「それじゃあ、おやすみ。また明日な」
「うん、おやすみ……朝陽くん」
名残惜しそうに俺の袖を掴んでいた手をそっと離し、俺は自分の部屋へと戻った。
昨夜はずっと同じベッドで身を寄せ合って寝ていたが、流石に平日の夜は別々だ。
自室の布団に入り、電気を消す。
(……なんか、隣に凛がいないと、布団が広く感じるな)
そんなことをぼんやりと考えながら、俺はいつの間にか深い眠りへと落ちていった。
——そして、翌朝。
ジリリリリリッ!
けたたましく鳴るアラームの音で、俺は重い瞼を開けた。
冬の朝の冷たい空気が、顔を撫でる。
「……ん、朝か……」
アラームを止めようと身をよじった瞬間。
俺の腕の中、というか胸のあたりに、ずっしりとした『温かい重み』があることに気がついた。
「……すぅ……すぅ……」
(……はぁ。またかよ)
俺は驚くこともなく、ただ深く、呆れたようなため息を吐いた。
俺の腕の中には、隣の部屋で寝かしつけたはずの凛がすっぽりと収まり、パジャマの裾をぎゅっと握りしめて幸せそうに寝息を立てている。
夜中に合鍵を使って侵入し、俺のベッドに潜り込んでくるこの手口。『常習犯』だ。
俺の小さなため息で目を覚ましたのか、凛がとろんとした目で俺を見上げた。
「……あ、朝陽くん……おはよぉ……」
「おはよう、じゃないぞ。お前なぁ、これで何回目だよ」
俺がジト目で咎めると、凛は少しだけ気まずそうに目を逸らし、俺の胸にぐりぐりと頭を擦り付けてきた。
「だって……『おやすみ』って言ったあと、全然寝れなくて……」
「……」
「だから、まだ起きてるかなって思ってこっちに来たら、朝陽くんもうぐっすり寝てるし。逆にこっちがびっくりしたよ……」
理不尽すぎる言い訳に、俺は思わず天を仰いだ。
「いや、なんで俺が悪いみたいな空気になってるんだよ。俺は普通に寝てただけだろ」
「……朝陽くんの寝顔があんまりにも無防備だったから、つい……ね?」
えへへ、と誤魔化すように笑う凛。
俺はもう一度深いため息をつき、彼女のおでこを軽く指で弾いた。
「痛っ」
「まったく……。こんなしょっちゅう俺のベッドに潜り込んでたら、もう半分一緒に住んでるようなもんじゃないか」
俺が呆れ半分でそうこぼした瞬間。
凛の肩がピクリと跳ね、見上げてくるその瞳が、ぱぁぁっと期待に輝いた。
「……じゃあ、住んじゃいましょう」
「は?」
「いっそ、正式に一緒に住んじゃう? そうすれば毎晩一緒に寝れるし、朝陽くんのご飯もすぐ食べられるし——」
「バカ言うな。俺たちまだ高校生だぞ」
目をキラキラさせる凛の言葉を、俺は即座にぶった斬った。
「それに、そんなことしたら……お前のご家族が心配するだろう」
「むぅ……ケチ」
不満げに頬を膨らませる凛の背中を、俺は優しくポンポンと叩く。
「はいはい。お前には合鍵があるだろ。……ほら、風邪ひくからちゃんと布団かぶってろ」
「うん……」
朝から呆れるほどの甘えん坊っぷりだが、俺の腕の中でとろけるように笑う彼女の顔を見ていると、まあいいか、と思えてしまう自分がいた。
火曜日。
今日は冬休み前の最後の登校日だ。
昼休み、俺たちはいつものように中庭のベンチに集まっていた。
「いやー、今日でついに学校も終わりか! テンション上がるわー!」
「大輝、声が大きいよ」
はしゃぐ大輝を寺田さんがたしなめつつも、5人の間には隠しきれない冬休みへのワクワク感が漂っていた。
「そういえば、年末の焼肉パーティーの日程、どうする?」
佐藤さんの言葉に、俺たちはスマホのカレンダーを開く。
「クリスマス明けで、年末ギリギリじゃない方がいいよな。……29日の火曜日とかどうだ?」
「私は大丈夫!」
「俺もオッケー!」
「私も、その日なら予定空いてるよ」
凛もこくりと頷き、満場一致で『12月29日・割り勘焼肉パーティー』の開催が決定した。
「よし! これで年末の最大の楽しみができたな! 朝陽、またお前のオカンパワーに期待してるからな!」
「はいはい。お前らはちゃんと肉買ってこいよ」
そんな風に友人たちと笑い合いながら、昼休みはあっという間に過ぎていった。
そして放課後。
終わりのホームルームを告げるチャイムが鳴り響き、教室中に歓声が上がる。
「「「冬休みだーーっ!!」」」
ついに、待ちに待った冬休みの幕開けだ。
クリスマスのおうちデート、年末の忘年会。
俺と凛の初めての冬休みは、きっと、これ以上ないくらい甘くて温かいものになるだろう。