軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第292話:買い出しと、割引お肉のしゃぶしゃぶ

玄関のドアを開けると、12月の冷たい風がふわりと頬を撫でた。

「うわっ、結構寒いね」

「そうだな。ちゃんとマフラー巻いとけよ」

首元をすくめる凛の隣を歩きながら、駅前へと続く道を二人で進む。

少し歩いたところで、俺のコートの袖口を、隣を歩く凛がツンツンと引っ張った。

見下ろすと、彼女は少しだけ上目遣いで、自分の空いている右手を小さく振ってアピールしている。

「……手、繋ぐか?」

「うんっ」

俺が手を差し出すと、凛は待っていましたとばかりに自分の小さな手を重ねてきた。

外の冷気で少しだけ冷たくなっていた彼女の手を、俺の少し大きめの手でしっかりと包み込む。

手袋越しではなく、直接肌と肌が触れ合う温もりが、コートの中までじんわりと伝わってくるようだった。

駅前へ向かう途中、レンタルショップの返却ポストの前に立ち寄る。

「はい、昨日のアクション映画」

「なんか、映画の内容より、急に大きな音が出てびっくりした記憶の方が強いかも……」

「お前が自分で選んだろうに。まあ、俺も違う意味で心臓に悪かったけどな」

昨日の夜、俺のあぐらの中にすっぽりと収まり、ビクッと震えるたびにしがみついてきた彼女の温もりを思い出す。

凛も同じことを思い出したのか、繋いだ手に少しだけきゅっと力が入り、耳のあたりを赤くして「えへへ」とはにかんだ。

スーパーに到着すると、店内は夕飯の買い物客でそこそこ賑わっていた。

入り口でカートを引き出し、赤い買い物カゴをセットする。

「まずは野菜コーナーだな。鍋といえば白菜とネギ、あとは……」

「きのこ! えのきと、しめじも入れたいな」

「よし、採用。……あ、お豆腐も買っておくか」

「朝陽くん、マロニーちゃんも絶対入れてね! 私、お鍋に入ってるマロニーちゃん大好きなの!」

俺の横にピタリとくっついて歩きながら、凛がカゴの中にポンポンと具材を入れていく。

食材を相談しながらスーパーを回るのは、なんだか本当に一緒に暮らしている夫婦になったみたいで、少しだけくすぐったいような、嬉しい気分だった。

そして、俺たちの歩みはスーパーの一番奥、『精肉コーナー』の前でピタリと止まった。

時刻は14時過ぎ。

「……朝陽くん、あれ」

「ああ。来てるな」

俺と凛は、少し離れたウインナーやハムのコーナーの前に立ち、そこからチラチラと精肉コーナーの様子をうかがっていた。

そこには、値札のラベルライターを手にした店員のお兄さんの姿。

(……そろそろ、『割引シール』が貼られる時間だ)

いくら俺が家計をやりくりしているとはいえ、俺も凛もただの高校生だ。

しゃぶしゃぶ用の牛肉や豚肉を定価でカゴに入れるのは、少しだけお財布に厳しい。

だからこうして、店員さんがお肉のパックに黄色い『2割引』のシールを貼っていくのを、今か今かと息を潜めて待っているのだ。

「……よし、豚バラと牛肩ロースにシール貼られたぞ。凛、行くぞ!」

「いざ、出陣!」

俺たちは素早く、かつ他のお客さんの邪魔にならないように精肉コーナーへと移動し、無事に割引シールが貼られたお肉のパックをカゴに滑り込ませた。

「やったね朝陽くん! これで美味しいしゃぶしゃぶが食べられるよ!」

「ああ。今日はちょっと奮発して、牛と豚の合い盛りだ」

ミッションを達成した俺たちは、ホクホク顔でお会計を済ませ、再び手を繋いで家路についた。

アパートに帰り着き、手を洗ってすぐに夕食の準備に取り掛かる。

「凛、白菜ちぎるの頼んでいいか? 包丁使わなくていいから」

「任せて! バリバリちぎるよ!」

エプロン姿の凛が、楽しそうに白菜を手でちぎり、えのきやしめじをほぐしてお皿に綺麗に盛り付けてくれる。

その間に、俺はリビングのテーブルに卓上コンロをセットし、土鍋に水を張って昆布を一枚沈めておいた。

「よし、準備完了だな」

「わぁ……お肉のパック並べるだけで、すっごく豪華に見える!」

テーブルの上には、たっぷりの野菜とお豆腐、そして綺麗にサシの入った牛肉と、ピンク色の豚バラ肉が並んでいる。

卓上コンロのスイッチを入れると、やがて土鍋の水がふつふつと沸騰し始めた。

昆布を引き上げ、準備は万端だ。

「それじゃあ、いただきます」

「いただきますっ!」

凛は菜箸で豚バラ肉を一枚摘み上げると、沸騰した土鍋のお湯の中へそっと沈めた。

しゃぶ、しゃぶ。

お湯の中を泳がせるように数回揺らすと、赤いお肉がサッと色を変え、ほんのりとした薄いピンク色に染まる。

余分な脂が落ち、肉の旨味がギュッと凝縮された合図だ。

凛はそれを、小鉢にたっぷりと注いだ特製のごまだれに絡め、フーフーと息を吹きかけてからパクリと口に運んだ。

「…………んんんっ!!」

もきゅっと咀嚼した瞬間、彼女の瞳がキラキラと輝き、顔面がこの上なく幸せそうに「ふにゃん」ととろけた。

「お、美味しいぃ……っ! お肉がすっごく柔らかくて、口の中でとろける……! 濃厚なごまだれとお肉の甘みが、もう、最高だよぉ……!」

「ははっ、いい顔するな。俺も食おっと」

俺は牛肉をポン酢でいただく。

サッと火を通した牛肉に、爽やかな酸味のポン酢ともみじおろしのピリッとした辛味が絡み、たまらない美味しさだ。

「はー……美味い。野菜もポン酢で食べると無限にいけそうだな」

「うんっ! 白菜もシャキシャキで美味しいよ!」

向かい合って、一つのお鍋をつつく。

立ち上る温かい湯気の向こうで、俺の作った(今日は準備しただけだが)ご飯を、世界で一番美味しそうに食べてくれる大好きな彼女がいる。

「でもまあ、夕方にスーパーで買った、割引の安いお肉だけどな」

俺が照れ隠しのようにそう笑って言うと。

凛は箸を置き、ごまだれのついた口元をペーパーで拭いてから、少しだけ真面目な顔をして真っ直ぐに俺を見た。

「……お肉の値段なんて、関係ないよ」

「え?」

「朝陽くんが用意してくれて、こうやって朝陽くんと一緒に食べてるから。……だから、どんな高級レストランの数万円するお肉よりも、今食べてるこれが、世界で一番美味しいんだよ」

「――――っ」

真っ直ぐに向けられたその言葉に、俺の胸の奥がきゅうっと音を立てて締め付けられた。

そんな殺し文句を、ポンコツで甘えん坊なこの『氷の令嬢』は、息を吐くように自然に言ってのけるのだから敵わない。

「……ほんと、お前には敵わないよ」

「えへへ。だから、お肉もう一枚もらっちゃおーっと!」

「あ、こら! それ俺が狙ってた牛肉!」

土鍋の温かい湯気越しに見る、彼女の楽しそうな笑顔。

お泊まり最後の夜は、寂しさを上回るほどの温かさと、お腹も心も満たされる多幸感と共に、ゆっくりと更けていくのだった。